032 栴檀は双葉より金の匂い
翌日、勇人は朝から林に入った。目的はタブノキの樹皮だ。太めの枝を数本切り取って樹皮を剥いでゆく。思い付きで葉や小枝も集めてゆく。樹皮を入れた籠と葉や小枝を入れた籠を抱えると孤児院に戻り、それを筵の上に広げて乾かし始めた。そのころになって勇人が変わったことをしているのに気付いたアビーが寄ってきた。
「ユージン、何やってんだ」
相変わらずぶっきら棒に聞いてくる。
「こっちはタブノキの木の皮、こっちはその葉っぱや小枝だよ。乾かして粉にするんだ」
勇人が筵を指さしながら答えるとアビーは九歳らしく小首をかしげた。
「粉にしたらどうなるんだ」
「粉にしたら金になる」
勇人は細かく話し出すときりがないので適当に結論だけ言って倉庫に行くと薬研を持ち出した。アビーはそれに構わず筵の上に並べられたものを見ていたが、勇人が帰ってきたのを見て話を続ける。
「どのくらい乾かすんだ」
「ううん。一週間くらいかなあ」
「なんだ、分からないのか」
「やったことないからね」
「オレが乾かしてやる。乾かすのは得意だぞ」
「火魔法を使うのか。やってみてくれ」
勇人から頼まれて嬉しそうな顔をしたアビーは両手を筵の方に向けた。両手と筵全体が薄っすらと光り、暫くすると湯気のようなものが立ち上り始めた。樹皮にはあまり変化は見られないが、葉は枯れ葉色に変わってくる。
「おお。大したもんだな」
「オレはここじゃ一番の火魔法使いだからな。これくらいは朝飯前だ。一気にやると火が点くからじわっと全体を温っためるのがコツなんだぞ」
勇人の誉め言葉にアビーの鼻の穴が得意げに開いた。
「このくらいだな。これ以上やると火が点くぞ」
五分くらいでアビーは火魔法を止めた。勇人が樹皮を触ってみると仄かに暖かくなっており、手触りから十分に乾燥しているように思えた。
「冷めるまでにこっちを粉にしよう」
そう言うと勇人は腰の袋から昨日手に入れた香料を取り出して薬研に入れた。粉にし始めたが思ったより時間がかかりそうだ。
「アビー、もう一つ薬研を持ってきて手伝ってくれないか」
「オレはユージンの護衛だからな。周りをずっと見張ってるぞ」
(単調で面倒くさいと思うて手伝わんつもりやな)
「アビーが手伝ってくれると助かるんだけどな。手を前後に動かすだけだから目も耳も見張りに使って問題ないよ」
「そ、そうか。仕方がない手伝ってやるぞ」
アビーは嫌そうな顔をしながらも薬研を取りに行った。その間に勇人は樹皮を子袋に入れてナイフの背で叩き出来るだけ細かく砕いておいた。
「持ってきたぞ」
見るとアビーが薬研を持って立っており、それを地面に置くとその前に座り込んだ。勇人はその薬研に砕いた樹皮を入れアビーは気がなさそうに薬研車を前後し始めた。樹皮はある程度細かくしたところで何度も水を換えて洗った。不純物を取り除くためだ。
薬研では思うように細かい粉ができなかった。すり鉢とか目の細かい石臼が必要だ。と言うことで勇人はエリオラの所へ行った。エリオラは裏庭の隅で何か鉢のようなものに向かって魔法を使っていた。
「エリオラ、ちょっと頼みがあるんだけど。・・・何してるんだい」
近寄ってみるとエリオラの前には木で作った植木鉢があり、それに手を向けて魔法を放っている。良く見ると植木鉢の中の土が光っている。
「花の種を植えたの。こうやって土に魔力を加えてあげると花が早く咲くようになるの」
「へぇ。早くってどれくらい」
「ん~とね。毎日こうやってると二週間くらいで花が咲くの」
「へ~。そんなことどうして知ってるの」
「誰でも知ってるよ」
「じゃあ。みんなで畑とか田圃とかに毎日魔力を加えたらお米とか野菜とか早くできるんだね。なぜそうしないんだろう」
「畑や田圃はだめなの。あげた魔力が他の土地までどんどん広がって行くから早くは育たないの」
勇人がエリオラから根掘り葉掘り聞き出したところでは、魔力を物に込められるというのはここでは常識らしい。ただ地面とか池や湖などでは魔力がすぐに広がってしまい効果がない。一方材質が極端に違うと魔力の拡散がその部分では極端に遅くなるらしい。エリオラはそれを利用して木の植木鉢に入れた土に魔力を注ぎ、その拡散を土と鉢の境界で抑えて、植えた植物が魔力を吸収する時間を作っているとのことだ。これも緑が少ない街中ではよくやられているらしい。
「へえー、魔力にはそんな使い方もあるんだ。ところでエリオラ、それが終わってからで良いから小麦を粉にするような目の細かい石臼を作ってもらえるかなぁ」
「いいよ。これやると魔力を全部使ってしまうから先に石臼をつくるわ。河原で作って持って行くから表の広場で待ってて」
エリオラは植木鉢をそこに放ったまま河原へ続く道を駆けて行ってしまった。勇人がアビーと薬研車を動かしながら待っていると二時間ほどしてエリオラが帰ってきた。
「ユージンできたよ。二人でやってるみたいだったから二組作ってきたわ。心棒とか取っ手とかは自分で作ってね」
エリオラは【虚空庫】から石臼を出すとそれを二人の前に置いて孤児院の裏手に帰って行った。さっきの続きで鉢の土に魔力を注ぐのだろう。このままでは石臼として使えないので勇人は林で適当な枝を切ってアビーの元に持ち帰った。
「アビー、乾燥を頼めるかなぁ」
「いいぞ」
アビーが枝を乾燥させてくれたのでナイフでそれを削って心棒と持ち手を作る。二人はそれを石臼にはめ込んで薬研で細かくした香料を少しずつ挽いて粉にした。それが終わると樹皮を細かくしたものも同じように粉末にした。
三日がかりでこれならという粉が出来上がった。香料とタブ粉と水、その配合については孫の夏休み自由研究で線香作りをやったので大体は覚えていた。混ぜて捏ねて三角錐型と直線型に整形して乾燥させると線香の出来上がりだ。
もともと巡回司教からは公事ごと一回分の香料しか買っていないし、実験する必要もあったのでどちらも小さめ短めだったが、火をつけてみると良い匂いで十分ほど燃えていた。
タブ粉のところに秘密があるからこれならすぐには真似できないだろう。これは片栗粉や小麦粉、米粉などでも代用できる。しかし貴族や教団関係者は普段から香料を使っているから、タブ粉は僅かながらも独特のにおいがするそれらとは差別化できるのではないだろうか。ついでに杉の葉でも作って見た。こちらも良い匂いだ。クスの葉でも作って見た。これは衣類の虫よけに使えそうだ。
アビーには材料や作り方について誰に聞かれても絶対に言わないように口止めをした。
「なぜだ」
「これの作り方はサミュエルさんに売って金にするんだよ。他に漏れたらまずいだろう」
「そうか。金になるのか。黙っててやるから分け前を寄越せよ」
「僕がここを出るときには必ず分けてあげるよ。だから黙っててほしい」
アビーもそろそろ金の価値が分かってきたようだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
屋内での燃焼実験を食堂で行っていると匂いに釣られたのか助祭がやってきた。
「良い匂いですね。どうやって作ったのでしょうか」
「助祭様。これは線香というものなんだ。助祭様は日曜礼拝のときに、巡回司教様は公事ごとの際にお二人とも香を焚いておられるけど、そのときに助祭様は年少組の一人に、巡回司教様はお付きの見習い助祭様に香炉の番をさせておられるよね。それはすぐに香が燃え尽きてしまうからだよね。これはこのままでも十分くらいは燃え続ける。実用品になると三十分から一時間くらい、作り方によっては半日でも燃え続けるんだ。香炉の番の必要がなくなるわけだよ」
「ですから、どうやって作ったのですか」
「助祭様。僕はこれの材料や作り方をサミュエルさんに買ってもらうつもりなんだ。そういうわけだから彼以外の人にそれをお教えすることはできないよ」
「そうですか。教団にとって役立つものだと思ったのですが」
(あんた、教団に売り込んで手柄にするつもりなんやろ。ワイの飯のタネを何が悲しゅうて只でくれてやらんならんのや)
「教団やその傘下の教会は多くの見習い助祭様を抱えてるよね。香炉の番をするのもその方たちの修業なんじゃないのかなぁ」
これは正論だったらしく助祭はあっけなく引き下がり教会へと戻って行った。少し騒ぎになったので台所や裏庭に居た子供たちが集まってきた。本物の香や杉の香、楠の香のけむりが立ち込める中で、この匂いは日曜の匂い、爽やかな臭いで好き、臭いなどと姦しい。
食堂は割合広い部屋なのだが、このくらいの部屋でも使えるのなら実用性は十分だろう。
貴重なレポート用紙を一枚使って製法上の注意点や配合割合などの要点をまとめて置いた。もちろん日本語で。




