031 種が無うては、仕掛けは出来へん
本日2話目です
十月になった。稲刈り、稲木での乾燥、千歯扱きでの脱穀と唐箕での選別、穀物の収穫後の処理は大変である。勇人は千歯扱きはともかく唐箕があるのにちょっと驚かされた。農機具の改良で農作業の効率化を図るというのが一つの目標でその中に唐箕が入っていたからである。
(唐箕があるんやからあとは名前忘れたけど回転式の脱穀機と田圃の手動式草取り機、この辺りやなぁ。田植え機は無理やろ。籾擦りはどうやったらええかなあ。今は木臼みたいやからこれを水車で回すか、風力で壁にぶつける現代方式か、回転方向のズレた二本のベルトの間を通して文字通り擦るか)
いろいろと考えては見るがすぐには実現できそうもない。
甘藷の収穫も終わった。こちらは保存方法が確立している。勇人の付け入る隙はなさそうだ。タマネギ、ダイコン、ニンジン、カブなどの根菜や白菜、ホウレンソウ、キャベツなどの冬物野菜の種蒔きも終わった。種は春先に種取り用に残していた野菜から収穫したものだが毎年同じような出来だと聞いた。品質の良さから見てチュードの誰かがF1種全盛になる前の品種の種を持ち込んだのだろう。
子供たちは林に入ってクリ、クヌギ、トチ、クルミなどの木の実やキノコを集めている。キノコは怖いが十四歳組のタミールとデボラが鑑定し十二、三歳組が補佐に付いている。こうやって見分け方が伝授されてゆくのだろう。これも聖域に入ればもっと大量にあるのではないだろうか。
鯉は毎日一人一匹になった。それでも八月頃の二匹分以上の量になる。
米の収穫作業が終わったころ、勇人はエラドに聞いた。
「エラド、僕の田圃の出来はどうだった」
エラドはいつものベンチに座って勇人を見上げた。
「おう、例年の三割から四割増しってとこだ。いい出来だったぞ」
「そうか、良かった。じゃあ、来年は米が少なくとも二割増しにはできるね。イモも一町歩くらいの作付けは出来るし、鯉も毎日大きいのが食べられる。食べ物に関してはかなり良くなるなぁ」
エラドは相槌を打ちながらも少し渋い顔をしている。
「米はお前が今年やったのと同じにゃ出来ねえぞ。それに種芋が足りるかどうか」
「稲作については前に云ったと思うけど田植えは諦めたよ。あれはここの子供じゃ無理だ。これまで通りに直播にするよ。そのかわりバラ播きにするんじゃなくって筋播きにして欲しい」
「どこが違うんだ」
「日当たりが均一になるのと、草取りがし易くなる」
エラドは記憶を掘り返しているのか遠い目をしていた。
「そういえばチビたちを使って田の草を取っていたな。あれも重労働だぞ」
「うん。だから鯉にやらせる。来年は専用の機械を考えてみる」
「鯉が草を食うのか。それにお前の世界には草取りの機械があったのか」
「最近は動力付きの機械を使ってたと思うんだけど、以前は人力のがあったんだ。だいたいの構造は分かるから一年かけて作って見るよ。後は塩水選と初夏の水管理、これだけやれば二割は増産できるんじゃないかな。どちらも田植えや草取りほど大変じゃないよ」
「米の二割増産は出来そうだな。だが芋はなあ」
エラドの渋い顔は依然として続いている。
「芋の何が問題なんだい」
「一町植えるほど種芋がねえんだよ。と言うか、今ある芋を種芋にしちまったら可能なんだが次の芋が出来るまでに飢え死だからな」
「作付面積を減らすしかないのかな」
勇人がそう言うとエラドは苦笑いをした。
「まあ、何とか悪あがきしてみるさ」
「当てはあるんだね」
「種芋の芽出しをするまでには何とかするさ。どうせ今手に入れても保管する場所も無えからな。芽出し用の室も準備しなけりゃなんねえし」
「僕ができるのは開墾地を広げる手伝いくらいだから、ここを出てゆくまでに三町歩くらいは広げておくよ」
「そんなに広げてどうするんだ。ここの連中じゃ耕せないぞ」
「冬は半分麦を作って残り半分にレンゲを撒く、夏場は三つに分けて、芋とレンゲかシロツメグサ、大豆かかぼちゃで回す。レンゲやシロツメグサ、カボチャや芋の弦はそのまま鋤き込んでやれば肥料になるし、できれば田圃も冬は水を抜いてレンゲを撒き、代掻きのときに鋤き込んでやるとこれも肥料になるよ。大豆は身体に良い食べ物だし、レンゲもシロツメグサもマメ科だから植えると土が肥える。牛の餌にもなるしね。何年かすれば麦も良くできるようになるよ。ホントはブタか羊かヤギでも飼いたいんだけど」
「俺は牛を、出来れば馬を飼いてえな。ガキどもが楽になる」
話は広がり互いに夢を語るようになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
十月の下旬になって巡回司教の訪問があった。今回は乗用の馬車の他に大きな荷馬車が付いてきている。お付きの騎士も五人に増えていた。前回と同じように司教と見習い司祭、お付きの騎士たちのうち二人は教会の中に入って行き、公事ごとの裁定が始まった。
その間孤児院の子供たちは荷馬車の御者とエラドの指揮に従って米と芋とを荷馬車に積んで行く。都会の孤児院に供給する食料の積み込みだ。勇人も黙ってそれを手伝った。
夕食には鯉料理が振舞われた。巡回司教は驚いた顔をしていた。
「皆さん全員が魚を食べているようですが、これはどうされたのでしょうか」
助祭が何かを言おうとしたがそれより先にシモンが説明を始めた。
「鯉の養殖を始めたんです、聖司教様」
「養殖。それはどういうものですか」
シモンは勇人を見て説明をするように促した。
「俺が話すより、発案者のユージンが話した方が分かりやすいと思います」
勇人はシモンに促されて鯉の養殖の概略を話した。
「肉の代用として魚を。狩猟の代わりに稚魚から育てる。なるほど良く考えられた遣り方ですね。ここでは魔物が出ないのでその被害もない代わりに肉が手に入りにくいのは分かっています。聖域には狩猟対象の獣が多いのですが、危険な獣も多いので孤児院の子供では入りにくい所ですから肉の入手が難しいのは良く分かっております。特にここのご領主は領民が聖域に入ることも禁じているようですので、領全体で肉の需要が満たされていないようですね。孤児院の手持ちでは贖うのも限りが有るでしょう」
「そうなのです、聖司教様。この教会だけでも歳費を増額して頂けないでしょうか」
レヴィナ助祭が唐突に口を挟んで教会の歳費増額を懇願した。
「レヴィナさん、あなたのお気持ちは良く分かりますが、教団の立場としては員数に応じて歳費をお渡ししており、ここだけ特別扱いにするわけにはまいりません。この魚のように工夫をされるか聖域で安全に狩りをする方法を考えられるかして頂くほかはないのです」
そう言われるとそれ以上話の接ぎ穂はなくレヴィナ助祭は黙り込んでしまった。
(ワイに便乗して歳費の増額目論んだんやろけど生憎やったなあ。どうせ自分の懐増やすつもりやったんやろ。あっ、養殖で株が上がったついでにちょっと頼んで見よか)
「巡回司教様、僕からもお願いがあるのですが申し上げて宜しいでしょうか」
「何でしょう」
聖司教は少し訝し気な顔で勇人を見た。
「司教様がお使いの香を分けて頂きたいのです」
「どのくらいでしょうか」
「出来れば、公事ごと一回に使われる量を」
「私の使っている香は極々安いものですが、それでも公事ごと一回に使う量となると小銀貨二枚にはなります。これは教団の歳費から出ているものですので無料でお譲りするわけにはまいりません。小銀貨二枚でならお譲りしますよ」
そう言うと聖司教はにっこりと笑った。
(試されてんのかなぁ)
「分かりました。小銀貨二枚をお支払い致します」
勇人は腰の袋から財布用の子袋を出し、そこから小銀貨二枚を取り出すと食卓の上に置いた。聖司教は何も言わずに隣の見習い助祭を見る。見習い助祭は自分の【虚空庫】の中から香袋とメジャースプーンのようなものを取り出すとそこからスプーンで三杯分の香の粉末を他の子袋に入れそれを持って勇人の横まで来た。そしてそれを勇人の前に置くとテーブルの小銀貨二枚を取って【虚空庫】から出した小箱に入れ、自分の席に戻った。
「それにしても、ここ以外で生活したことがないと思っておりましたのにお金を持っておられたことに驚きました」
「助祭様のお仕事のお手伝いをして僅かばかりお小遣いを頂いておりますので」
勇人も少し微笑みながらそう返した。
「そうそう。危うく大事な用事を忘れるところでした。タミールさん、デボラさん、二人ともこちらへ来てください」
二人が聖司教の横まで行くと聖司教は立ち上がり二人の方を向いた。見習い助祭は【虚空庫】から大きめの包みを二つ取り出すと聖司教の横に置いた。司教はそれを一つずつ手に取りタミールとデボラに手渡していった。
「これは教団からあなた方成人を迎えるお二人に対する餞です。新品を用意することは出来ませんでしたが、程度の良い衣装の上下一組と銀貨五枚が入っています。あなた方とお会いするのはこれが最後となるかもしれません。幸多い将来をお祈り致します」
「ありがとうございます。出るときが来るまで、義弟、義妹たちの為に出来るだけのことをしてゆきます」
二人は涙声で口々にそう言った。
翌朝、巡回司教一行と都会の孤児院への食料を積んだ荷馬車は静かに教会を去って行った。




