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異世界人は魔法を使えませんって、そら無いでぇ~  作者: 浪花翁
第一章 孤児院編
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028 ご無体な、財産権ないやて~

 畑の草取り、野菜の取入れ、鯉の餌になる虫の採取と餌の製造、間引き、その合間に川に行っての水遊び、裏庭での昼寝などを繰り返しているうちに八月も下旬に掛かった。本当は夏の米作農家は忙しいはずなのだがばら撒きの直播なので草取りさえできなかった。


 (これでは収穫上がらんわな)


 勇人の正直な感想であった。

 そして待ちに待った日が来た。三か月ぶりにサミュエルが教会に来たのだ。


 (渾身のガッチャンポンプ買わせちゃる)


 孤児院前のベンチに座って見ているとサミュエルは教会の前に荷馬車を停めた。孤児院の前庭で遊んでいた小さい子たちがわらわらとサミュエルの周りを取り囲んで口々に挨拶をしている。小さい子たちのお守をしていたデボラもその後を付いていった。


「サミュエルさんいらっしゃい」


「デボラ、お土産のお菓子だよ。みんなで食べてね」


 サミュエルは荷台から大きな袋を取り出すとそれをデボラに渡し、そのあと辺りを見回して勇人を見つけると手をわずかに上げて小さく振った。気が付いている、後で行くから待ってろとでも言う意味だろう。


 デボラはサミュエルに礼を言うと小さい子たちに囲まれながら小走りに食堂へと入って行き、サミュエルは教会の中に入っていった。暫くすると子供から知らせがあったのだろう孤児院の裏庭でくつろいでいたエラドもその前の広場に現れた。


 「後で呼ぶからそこで待ってろ」


 歩きながら勇人に声を掛けて、彼も教会の中へと入っていった。


 暫くするとエラドが教会の入り口から顔を覗かせた。


「ユージン、話があるんだろ。入ってこい」


「ああ」


 勇人はエラドの呼びかけに応じてベンチから立ち上がり教会の中へと入った。


 教会の応接室では助祭とサミュエルがソファに向かい合わせに座っていた。勇人の養育費を受け取って嬉しいはずの助祭は渋い顔をしており、サミュエルは入ってきた勇人をみるとニヤッと悪い笑みを見せた。


「エラドから聞いたんですが、私に見せたいものがあるそうですね」


「はい。手押しポンプを作ったので見て欲しいんです。裏庭に設置してます」


「そうですか。では早速見せて貰いましょう」


 サミュエルは助祭の渋面の原因については一言も触れずにそう言って立ち上がった。


「こっちです」


 勇人はサミュエルを先導して教会の横手から食堂と台所を通って裏庭の井戸端へと向かった。途中サミュエルが後ろから話しかける。


「助祭様からお金を巻き上げたそうですね。随分ご立腹でしたよ」


「巻き上げたなんて人聞きの悪いことを言わないでよ。助祭様に代わって週に二回算術を教える対価だよ。それも週に穴銀六枚で手を打ったんだ」


「ははは。それでは助祭様の取り分は半分以下になってしまう。それで受け取ったお金は私への返済資金にするつもりですか」


 サミュエルは愉快そうに笑った後真顔で聞いた。


「そうしたいのは山々なんだけど、今はエラドに渡して肉を購入して貰っているんだ。ここの食料事情は最悪なんで、今、たくさん食べておかないと身体の元が作れないんだもの」


「ほほう。自分が食べるために全員に同じように食べさせるということですか。随分効率が悪いですね。それにエラドさんは信用できるとお考えですか」


「僕一人でこっそり食べるほど肝は太くないよ。エラドについては全部を飲み代にしてしまう程悪人じゃないと思ってる。この村で何か購入しようと思えば彼に頼むほかないんだから必要経費だとおもってるよ」


「なかなか達観しておられる」


 そんな話をしているうちに二人は井戸端についた。


「ほう。これが手押しポンプですか。どうやって使うものなんですか」


 サミュエルは感心したように言ったが使い方は分からないようだった。


「使って見せるよ」


 そう言うと勇人はポンプの押し手を二、三度上下させたが水が上がってくる様子はなかった。小さく舌打ちをすると彼は釣瓶を使って水を汲み上げてシリンダに注いだ。そして再度押し手を上下させると今度は勢いよく水が上がってきた。それを桶を変えながら三、四杯分水を溜め、手を止めてサミュエルを見た。


「サミュエルさんもやってみる?」


 勇人の誘いに軽く頷くとサミュエルは勇人と場所を変わり自分でも一、二杯桶に水を汲んだ。


「釣瓶で水を汲むのに比べると楽だしかなり早く汲める。これは井戸から水を汲み上げる手段としては画期的ですね。材料は見たところ主に竹だが作るのにどれくらいの時間がかかりましたか」


「初めてだったんで、試行錯誤するところもあって一人で一週間かかったね。規格化すれば三人で一日五個から十個はできると思うよ。材料はこれは竹だけど、元の世界では鋳物でできてたな。ここなら土魔法で出来るかもしれないね」


「鋳鉄は無理ですね。土魔法なら可能かもしれません」


 サミュエルは頷きながらそう予想した。


 (ええ感じやんか。買うてくれそうや。)


「このアイデアは幾らで買ってもらえますか」


 この国の人口は約二千万人、井戸はどう少なく見積もっても十万はある。その十に一つが手動ポンプを備えるとして一万台、一台金貨一枚(約十万円)として金貨一万枚だ。その一パーセントをアイデア料として貰えるとして金貨百枚。それで課題クリアーじゃないか。勇人は期待を込めてサミュエルを見た。


「金貨五枚ですね。本当は金貨三枚と言いたいところなのですが初めての取引なのでご祝儀をつけてその金額です」


「えっ。この国の井戸の数から考えて一台金貨一枚で売ったとしても金貨一万枚くらいにはなるよね。そのアイデアがたった金貨三枚の価値しかないの」


 勇人はあまりに安いアイデア料に驚いてつい大声を出してしまった。サミュエルは難しい顔をしている。


「ユージンはこの前お会いした時に『三方良し』の話をしていましたよね。それに対して私はここではそんな商売は通用しないと申しました。覚えておられますか」


「ええ」


「あなたが言われたように最低でも一台金貨一枚で売っても一万台は売れるでしょう。それで仮に私がその価格でこれを売り出したとします。百台も売らないうちに大手の商会が同じものを作って銀貨九枚で売りだします。次に別の大手商会が銀貨八枚で売りだします。


 これが次々と続いて私の商品は売れなくなってしまいます。どこかの大手商会が皇室御用達とかこれこれ侯爵領御用達とかを得て独占してしまうことも考えられます。結局私の商会は高々金貨百枚しか得られないことになります」


「この国には特許法はないの」


「特許法。それは何ですか」


「新しい発明品について一定の期間を限って国が発明者にその利用権を独占させる法律だよ。違反者に対しては発明者に対して賠償請求をする権利を与え、場合によっては違反者に罰を与えることもできる。


 元の世界ではそうして発明を保護して、それによって新しいアイデアによる社会の発展を促してきたんだ」


 サミュエルは悲しそうな顔をした。


「良い制度だと思います。でもこの国にはそんな法律は有りませんし当分制定されることもないでしょう」


「なぜなの」


「大商会は中小の商会のアイデアを取り上げ御用達の名を得ることで利益を上げているからです」


「それじゃ、サミュエルさんの商会が御用達を得れば」


「私の商会なんて大商会から比べれば塵芥(ちりあくた)ですよ。御用達を得るだけの知名度もなければ資金力もない。だからこの手動ポンプのアイデアを私が買ったとして、私に出来るのはこれを大商会に転売するくらいなんですよ。そうですねぇ、金貨三十枚か良くて五十枚ですかね」


 サミュエルはそう言ってため息をついた。勇人はサミュエルの求めるアイデアというのがどういうものか分からなくなった。


「ではサミュエルさんが私に求めるアイデアってどんなものなの」


「見ただけでは盗めないもの、その一言に尽きますね。例えば新しい薬とか、最近都会で流行っている石鹸とか。


 大商会が売り出している魔道具でも一番重要な魔導回路については欺瞞を施したり多層化して解析できないようにしたりと色々アイデアを盗まれないための工夫がされているのすよ」


 (なるほど、化学系とまでは言わんでも現物見ただけでは作り方が解らんもんやないとサミュエルはんとこでは商品化は難しいわけや。こら難儀やなぁ)


「わかりました。サミュエルさんが、次に来るときまでにもう一台現物を作っておくよ。それに原理を書いた物も用意する。『紙』は持ってるの」


「『紙』って何ですか。羊皮紙のことですか」


「植物から作った羊皮紙のようなものです」


「ああ、紙のことですか、藁やボロ布で作った藁半紙があります。羊皮紙が必要でしたら準備しますがかなり高価ですよ」


「それは必要ないよ。藁半紙を下さい、駄目なら板にでも描きます」


 (藁半紙しか無いんか)


「売れたらで良いので、一割のアイデア料を下さい」


「そうさせて頂きましょうか」


 そう言うとサミュエルは教会へと戻って行った。勇人はその場に頽れてしまった。


 (無体財産権が無いて、(なん)言う(ちゅう)世界や)

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