026 井戸マシンが現れた
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七月の上旬のことである。鯉の養殖は順調に行っており八月には間引いた小魚を食卓に登らせられるだろう。勇人としてはこのあたりでサミュエルに売り込むものを何か考えてみようとは思っている。しかしアイデアなんてものは都合よく出てくるものではなく、売り込めそうなものは中々思いつかない。
そんな中でヒントになるちょっとした出来事があった。いや、「ちょっとした」で終わってよかった出来事があった。
ある朝、勇人は起きるとすぐに顔を洗うために同室のシモンと共に井戸端に行った。みんなが一斉に井戸端に集まってくるため何時もの通り混雑しており、取り合うようにして釣瓶で汲んだ水を洗面器にしている小さな木製の盥に移しては場所を移動して顔を洗ったり歯を磨いたりしている。勇人と同室のヨナタンが釣瓶から水を移そうとした時だった。何が発端でそうなったのか定かではないが井戸の順番待ちをしていた列の後ろの方からよろめいて前の子の背中を押すという波が伝わってきた。水を汲もうとしていたのが一番小さいヨナタンだったことが災いして彼は押されて井戸に転落しそうになった。
勇人は偶々これを目撃して何とかしようと思ったがその身体が全く動かないうちにヨナタンのすぐ隣にいたダニエルがヨナタンの腰帯を掴んで転落を防いだのでちょっとした出来事で終わることになった。
腰帯というのは作務衣の上から腰に巻いている帯で、色々な道具を入れるためのポケット代わりの袋やナイフをぶら下げて置くための帯である。使い古した柔道着の帯が一番わかりやすい比喩だ。柔らかいが丈夫、端的に言えばそういう性質の帯となる。
(おお、腰帯言うのは偉大やな。て言うてる場合やないわ。井戸の間口は結構広いのに真ん中にぶら下がった釣瓶で水汲みて、小さい子には「落ちて下さい」言うてるようなもんや。よう今まで事故がなかったなぁ)
そこで勇人ははたと思いついた。手押しポンプはどうだろう。見本を作ってサミュエルに見せれば買って貰えるのではないか。手押しポンプなら小さい時には小学校に有ったし、さすがに現役ではなかったが自宅にもあった。水道が普及する前には井戸からの揚水装置として普遍的にあったものだ。その構造も解っている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇人はルーチンとなっている朝の鍛錬、朝食、鯉の餌やりを終えると早速ポンプを作る材料を集め始めた。本物の手押しポンプは鋳鉄製だが、ここでは、と言うよりもこの世界では望むべくもない。集めたのは太い竹、輪切りにした木材、厚い皮、鉄木の釘と細い棒、ぼろ布、麻縄、細めの竹、木の棒。こんなところだ。いずれも孤児院にあるかその周辺で採取できるものばかりだがこれで何とかなるだろう。材料集めでその日は終わってしまった。
翌日からはいよいよ作成にかかる。裏庭に材料を広げていると例の暇人がやってきた。
「何してるんだ」
「手押しポンプを作ろうかと思ってね」
「それって何に使うんだ」
「井戸から水を汲み上げる道具だよ」
「釣瓶があるぞ」
「釣瓶は何度も上げ下げしないといけないから大変だろ。それに一昨日ヨナタンがよろけて井戸に落ちそうになっただろう。手押しポンプなら持ち手を上下させるだけて水が出てくるから楽だし早いし安全なんだよ」
「ふうん」と言ったままアビーはその場に座り込んだ。作業を見ているつもりらしい。
「今日はここで作業をするから僕が危ない目に会うってことはないよ。護衛はいらないから他の作業をしてきたらどうかな」
「現場監督もオレの仕事だぞ。見ていてやるから早く始めろ」
(なんだかんだ言うて物ぐさなくせに好奇心だけは旺盛な奴ちゃからかな)
まずポンプの中心になるシリンダの作成からだ。材料には太い真竹を使い、適当な長さに切って一番下になる部分の節を残して他の節を抜いた。一番下の節には適当な大きさで穴を開けた。これに竹釘と木で作ったワッシャーもどき、厚皮、細い竹釘で弁を作って取り付ける。細かい工作が必要で思ったより時間がかかってしまった。
ピストンはシリンダの内径に合うように直径を調節した輪切りの木だ。水漏れを防ぐために太めに作ってその周囲にぼろ布を巻き麻縄と鉄木の釘で止めた。どうせ水漏れで朝にはシリンダ内の水は抜けてしまうから鉄木を使っても良いだろう。ピストンの重心に穴を開け細い竹をピストンロッドとして取り付ける。ここは穴の周囲を少し大きめにくりぬきピストンロッドとその止めに使う竹釘がピストンの下面から下にはみ出ないようにした。なるべくシリンダ内部の実効容積を増やすためだ。ピストンの両側に切り欠きを作りここに厚皮を打ち付けて弁にした。
ピストンロッドにも少し仕掛けが必要だった。ピストンから出た竹を短く切り、両側を少し切り取って太めの竹釘で残りの部分を繋ぐ。そこから上は竹の下部を同じように処理して九十度回転させてピストンから出ているロッドとつなぐ。まあ、ユニバーサルジョイントもどきだ。これでピストンに無理な力が係るのを防げる。ここまででまた二日も費やしてしまった。思ったより時間がかかる。
翌日も午後から続きの作業を始めた。相変わらず暇人は見に来ている。
持ち手には木の棒を使うことにした。棒術の鍛錬に使う棒が一番手軽に手に入るのだがさすがにそれを使う訳には行かないので出来るだけ真っすぐな木の枝を捜して切ってきている。しかし生木なので弾力がありすぎる。
「なあアビー、ちょっと手伝ってくれるかな」
「おう。何するんだ」
勇人は生木の棒を指した。
「これを乾かして欲しいんだ」
アビーは「ん」と言って掌を棒に向ける。棒と手とが淡く光り木から薄く湯気が立った。
「乾いたぞ。また共同作業だな」
アビーが極上の笑顔で言った。
(調子のええやっちゃなぁ。ちょっと乾かしただけで共同作業て)
「わかった。わかった」
勇人は適当に返事をして作業を再開した。
この棒を仲介にしてピストンロッドを作用点、手を力点とするとどこかに支点が必要になる。元の世界の手押しポンプを思い出してみると支点はシリンダの外側にあった。シリンダの内側に作ると支点と作用点の距離が近すぎてピストンのストロークが十分にとれないのだ。
ここはもう一本太い真竹を使った。シリンダに使ったものより数十センチ長いものを用意してシリンダと同じ高さまで直径の四分の一を取り除き、それをシリンダに括り付ける。シリンダから上に突き出た部分は前後を切り取って残った部分を支点にする。残った部分の間に持ち手の棒を通して適当な高さで残った部分と竹に持ち手に穴を開けて細い鉄木の棒を通して支える。ピストンロッドを持ち手に繋げば一応ポンプは完成だ。持ち手の支点の高さを決めるために何度も穴を開けなおしたり、一度は支点の竹を作り直したりしたのでまた二日もかかってしまった。
最後の日は節を抜いた竹で取水パイプを作って取り付け、吐水口を持ち手と九十度の角度で作り、これを井戸の縁に取り付けて完成だ。これには人手が必要だったのでエラドや年長組に手伝ってもらった。
最初は二、三日でできると思っていたが、一週間近くかかってしまった。
取り付けて動かして見せると子供たちには大変好評だった。押し棒を押すだけで吐水口から水が出てくるので重い釣瓶を何度も上げ下げする必要がない。ピストンと外筒とのかみ合わせが甘くて半日ぐらいで外筒内部の水が抜けてしまったが最初だけ釣瓶で呼び水をすれば良いだけなので食事の準備や後片付け、洗面、湯あみと一度に大量の水を汲むことが多い孤児院ではその点は問題にならなかった。井戸の水面までの深さが二メートルほどだったのでポンプや取水パイプに強い負荷がかかるということも免れた。
(これで、サミュエルはんから金を巻き上げられるな)
勇人は悪い笑みを浮かべてポンプで水を汲む子供たちを見ていた。
井戸魔神ではありません。お間違えなくwww




