024 聖女が村にやってきた
この世界の司法組織、聖女会の説明回です。聖女会はこれから時々出てきます
その夜の勉強会は珍しく役に立つ話だった。この国では一応三権分立が成り立っている。聞いた話を要約すると次のようになる。
行政はたてまえとして皇帝とその下にある官僚機構が行う。実際には宰相と言う役職についた貴族が「皇帝の雑務」を代行することになっている。さらに現在の皇帝は幼少なので彼が十五歳になるまでは宰相が摂政を兼務して皇帝の全ての権限を行使しているらしい。官僚機構は俸禄一万石未満の宮廷貴族である準男爵、騎士爵が担い、要職には皇帝に任命された領地貴族が就任する。
立法府は全領地貴族で構成される貴族院と領地貴族の互選による元老院の二院制で、一般の法律は元老院が、重要事項にについては貴族院と元老院とが採決する。皇帝には拒否権があるが、再議決、二院の議決などで排除することが出来る。帝国法は全貴族に適用され、領地貴族は帝国法の範囲内でのみ領地法を作ることができる。まあ条例のようなものかな。
一番面白いのは司法で、それを司るのが教団だ。教団はこの世界の創造神を祭る組織だから宗教団体だ。帝国以外にもこの周辺には大小合わせると十指に余る国があるが、いずれの国も教団の神を信仰しており、不思議なことに他の宗教はない。だから教団に他と区別するための名前はない。ついでに言えば神様にも名前がない。これは一神教だから区別する必要がないということと、神に人が名前を付けるのは不遜だという考えかららしい。
教団の通常の組織は、教皇、枢機卿、司教、司祭、助祭、修道士修道女というヒエラルキーである。これは一般の宗教団体に在りがちな腐敗と無縁ではなく、寄付を受けての便宜供与、出世のために贈収賄、資金の私的流用などが半ば公然と行われている。こちらはそう恐れられているわけではないようだ。
重要なのは聖司教を頂点とする聖女会と言われる女性聖職者組織である。それは聖司教、聖司祭、聖助祭、見習い助祭というヒエラルキーで成り立っている。彼らはその職務上各地を巡回するので平民の間では巡回司教などと聖の代わりに巡回を付けて呼ばれることの方が多い。
この組織は教会関係者、貴族、平民などその身分を問わず断罪する権限を有している。例えば教会関係であれば聖司教は枢機卿、聖司祭は司教、聖助祭は司祭までを断罪することができるし、教皇ですら全聖司教の一致で断罪することが可能だ。その権威は彼女たちが持つ破門権と彼女たちが持つ嘘を見抜く力によって認められ、その権力は彼らを守ることのみを目的とする聖騎士団がその源である。聖騎士はやはり孤児の中から選ばれる。
聖女会の経歴は、はまず孤児院からおおむね十歳くらいのときに見込みのありそうな少女が勧誘されて始まる。そこで彼らは嘘を見抜く訓練を施される。これは魔法ではない。相手の手を取って発汗、脈拍を観察し、顔色、目の動き、仕草、言葉の高低や口腔内の様子など幾多の項目によって質問に対する答えが真実か否かを判断する訓練である。言わば歩く噓発見器となるのだ。孤児が選ばれるのは係累による忖度を排除するためである。
ここで常時九十五パーセント以上の成績を収めると見習い助祭となる。その後巡回司祭以上の者付となって更に能力を磨き、常時百パーセントで真偽が判別できるようになると聖助祭となる資格を得る。
聖助祭を三年務めるとそこで最大の試練が待っている。このまま聖女会に留まるか、一般の助祭となるかの選択を求められるのだ。聖女職を選ぶとそれ以降は聖女職を辞めることはできず、退職後は修道院で残りの生涯を神に仕えて過ごすことになる。聖女職を選んだ場合には帳簿やその他の書類から嘘を見抜くスキル、権謀術数とそれに対抗するスキルなど各種のスキルを磨いて行き、聖司教に昇り詰める。
と言っても位階によって俸給が変わるなどということはない。毎月小遣い程度が支給されるだけで、あとは各教会や孤児院への支給金、備品や衣類などの位階に応じた経費が支給されるだけである。つまり位階が上がることによるメリットは殆どなく、責任のみが大きくなるシステムとなっている。聖司祭の一部は領都などの大都市に常駐している。その場合には聖司祭という言い方よりも真偽判定官と言う名前の方が通りが良い。
貴族の領地では、民事、刑事ともその一次裁判権については領主および聖女会が担当し、国法およびその下にある領法によって裁かれるが、領主の裁判についてはそれに不服がある場合、聖女会に上訴することができる。その場合に証拠が証言しかない場合には聖女が訓練された真偽判定手法に従って証言の真偽を判定したうえで判断を下すことになる。彼女たちが審議判定官と称される所以である。実際には真偽判定官は偽証と判断された場合に支払うべき罰金額を宣言するのでその段階で意図的に偽証をしているものは証言を取り消すし、それ以前に真偽判定官が出てきた段階で証言を取り消すのが大半である。
ただ貴族対貴族の争いは真偽判定官の職務の範囲外とされていて、貴族対平民、平民対平民の争いにしか関与しないのが通例となっている。
(なかなかおもろい制度やなぁ。百パーセント真偽が解る言うけど実際はどうなんやろ。一辺見てみたいもんや)
でも今日の勉強は疲れた。勇人の偽らざる気持ちだった。
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翌日、朝食の時に助祭から話があった。
「二日前に先触れが有りました。今日の午後にマヌエラ聖司教様が巡回しておいでになります。両村の村長にも先触れは行っていますので今日は聖司教様の裁定を求めて朝から何人か村民が来ると思います。聖司教様の御職務は昨日お話した通りです。裁定の邪魔にならないように」
(ああ、昨日国の制度について長々話しよったんはこれの前振りやったんか)
勇人は、昨日助祭が子供には難しすぎる話を長時間に渡って説明していたのを不思議に思っていたが、今朝の助祭の話を聞いて得心がいった。聖司教が巡回してくる度にこの話をしているのだろう、子供たちも年上の者は粗方話の内容を理解している様子だった。
子供たちは大騒ぎはしないものの一様に嬉しそうな顔をしている。
昼食が終わって一休みした後、子供たちは助祭に促されて亜空間庫に行き長椅子を持ち出すと教会の軒先に並べた。それが終わると全員が教会の前に整列して聖司教一行の到着を待った。
ダリアだけは助祭に言われて教会の中に入っていった。日曜日の礼拝のときのように香を炊くらしい。
公事ごとを抱えているらしい村人もちらほらと集まって同じように並んでいる。待つことしばし、一行が教会へと続く道を登ってきた。小型の特に華美とも言えない一頭立ての馬車が一台、聖騎士と思しき鎧装束の騎馬兵が三名、それが聖司教一行だった。馬車の側面と聖騎士の鎧の前面には教団の印である澪標のような模様が描かれている。
(思うてたより随分簡素なご一行やなあ。教団の裏の最高職なんやから護衛も十人位居てお付きの世話係が四、五人はいると思うてたんやけど)
馬車から降りてきたのは見たところ四十代半ばの女性と十代後半か二十代前半くらいの女性の二人だけだった。年嵩の女性が服装や立ち居振る舞いから見て聖司教だろう。若い女性は見習い助祭か聖助祭なのだろう。聖司教と思しき女性が馬車の前に降り立つと勇人を除いた全員が胸の前で両手を交差させて首を垂れた。勇人も慌てて同じように振舞う。
「レヴィナ助祭、それに私の子供たち、久しぶりですね。元気そうで何よりです。公事事を抱えている村の皆さん、一組ずつお話を伺いますので村長から名前を呼ばれるまで暫くお待ちください。正しき振る舞いに神のご加護のあらんことを」
そう言うと聖司教は教会の扉へと進んだ。聖騎士がその歩みに合わせて扉を開き、聖司教は足を止めることなく教会へと入って行く。その後には年若い方の女性、レヴィナ助祭、聖騎士と続いた。
暫くすると扉が開きダリアが出てきた。そしてレヴィナ助祭も扉から顔を除かせて村長と思しき人物に目配せをした。
「あれは誰なの」
勇人は隣に居たエラドに顎で村長らしき人物を指しながら聞いた。
「あれは上ローレン村の村長だ。その隣で長椅子に座っているのが下ローレン村の村長だよ。本来は両村長が呼び出し役なんだが、今回は下ローレン村の村長も公事ごとの当事者みたいだな。あいつはなかなか強欲だからな」
エラドは軽蔑の薄ら笑いを浮かべながら吐き捨てるように言った。あまり好いてはいないようだ。
勇人は教会から出てきたダリアに声を掛けた。
「ダリア、今日は香を炊き続けなくても良いのかい」
「今日はね。公事ごとの日だからお付きの見習い助祭様が香の番をするのよ」
(なるほど、人手は足りとるし子供には公事ごとは聞かせん言うこっちゃな)
「さあ、ガキどもお出迎えは終わりだ。今日の仕事に戻るぞ」
エラドは開墾地の方に子供たちを追い立て、子供たちはぞろぞろと開墾地に向かった。その場に残ったのは公事ごとの関係者と村長を除けば勇人とアビーだけだった。
「アビー、川に行くよ」
「また川を見張るのか。飽きたぞ」
勇人が歩き出すとアビーは文句を言いながらも付いてきた。
「別に来なくてもいいよ。川を見てるだけだから僕一人だけでも出来るし。それはそうと、僕たちには公事ごとは見せてくれないのかなあ」
「村は人が少ないから勝った負けたで居づらくなるから本人たち以外には結果が分からないようにするって言ってたぞ。でも公事ごとが貴族と村人の場合とか盗みとか人殺しとかを裁く場合はみんなに見せるんだって。それに領都なんかでは平民どうしの争いでも見せるらしいぞ」
(プライバシーの保護か、裁判の公平さの担保か言う問題やな)
「よく知ってるなあ」
勇人が褒めるとアビーは自慢そうに胸を張った。
「オレは勉強熱心だからな。エラドや助祭の話は耳の穴かっぽじって聞いてるぞ」
(表現の使いどころがちいとアレやけど、アビーにしたら珍しい真面目に聞いとったんは事実やな)
二人は川へと向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日の夕食は何時もより少し豪華になっていた。そしていつもと違って聖司教と見習い助祭が同席した。聖騎士は別室で自分たちが持ち込んだ携帯食料も合わせて食べるらしい。完全装備で乗馬移動しているのだ、孤児院の食事では身体が保たないのだろう。
翌朝勇人たちはまた教会の前に整列した。聖司教一行の見送りのためだ。聖司教は疲れた様子もなく馬車の前に立つと手を胸の前で交差させて軽く頭を下げた。
「おもてなしありがとう」
そして聖騎士に目配せをすると、聖騎士は馬車から一抱えもある袋を下ろしてデボラにそれを手渡した。
「これは孤児院のみんなへのお土産のお菓子です。仲良く頂いて下さいね」
そう言うと馬車に乗り込み、一行は教会の前の道を下って行った。
「ようし、みんな仕事だ。イモの植え付けがまってるぞ」
エラドの掛け声に答えてみんなはゾロゾロと開墾地の方に歩いて行く。エラドもそれに続いて歩き始めた。
見出しは「聖者が町にやってくる」のもじりです。




