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異世界人は魔法を使えませんって、そら無いでぇ~  作者: 浪花翁
第一章 孤児院編
23/26

023 植えよ、根付けよ~♪

 その日の夕食は何時もより豪華だった。玄米とイモ、マメ、大根などの根菜を一緒に煮込んだ、炊き込みご飯とも雑炊とも言えない代物はいつもと一緒だったが、みそ汁の代わりに猪肉と葉物野菜の味噌煮込み、平たく言えば猪鍋(ししなべ)もどきが付いた。それも肉マシマシだ。


 (みそ汁んときから思うてたんやけど、出汁くらい取ってくれんかなぁ。猪鍋もせめて粉山椒があればもうちょっと美味いんやけど)


 みんなは久しぶりに腹いっぱい食べられたので食事中も笑顔が絶えず、話も弾んでいる。ここでは味は二の次、腹いっぱいに食べることが一番のご馳走なのだ。


 その日の勉強会は歴史だった。勇人がまた貴族の来歴の話かと思っていたら魔道具の話だった。


 魔道具の始まりは約二百年前にゲンナイ・ヒラガーと名乗るチュードが光石に着目し、魔石を繋ぐことで光を強くする方法を考案したことに始まると言われている。


 (ゲンナイ・ヒラガーて言うんは平賀源内のことやろけど、偽者(にせもん)やな。時代が百年ほど違うわ。誰や、(かた)りは)


 その後、電気で言えばトランジスタやコンデンサ、抵抗器、コイルなどに相当する部品が逐次開発され、氷、風、火、土の各魔法の機能を再現できるようになった。氷魔法からは魔導冷凍機、魔導冷蔵機などが、火魔法からは魔導コンロ、魔導暖房機など、風魔法からは魔導送風機、土魔法からは魔導石化機などが発明され、火、氷、風の三魔法を応用した魔導冷暖房機も作られている。

 現在の課題は体内魔法うち治癒魔法や虚空庫魔法の実現、雷魔法の実用化それに魔法の軍事的利用とのことだった。

 魔道具の軍事利用は存外難しく、火魔法と同じことさえできていないらしい。魔力を短時間で大量に扱うことができないことにある、これが助祭の説明だった。

 それに反して魔道具の平和利用は先に述べた通り氷、風、火の分野では順調に進んでおり、大規模な商会がそれぞれの得意分野で魔道具を開発しているらしい。


 (家電メーカーみたいなもんやなぁ。火魔法原理を使うた鉄砲、大砲なんか御免被りたい。平和利用万歳や)


 元の世界のラノベで言われていたのとは比べ物にならないくらいにショボいがともかくも魔法があることで、この世界の科学は魔法の分析と利用の方向を向いているらしく、元の世界とは自然科学の向かう方向が全く違っていた。火薬はまだ発見されていないし、化学薬品に対する知見も魔導機に使う部品の作成の方向で向かう先が固まってしまっている、そう考えても良さそうだった。


 (いずれは火薬なんかも発見されるんやろけど、無うても社会が回っとるんやったら遅い方がええなぁ。ワイも黒色火薬くらいやったら作り方解るけど、これは墓場まで持ってくでぇ。他のことは知らんさかい例え拷問されても言われへん。文系で良かったわ)


 二時間ほどで勉強会はお開きとなり、子供たちは三々五々各自の寝室に戻っていった。勇人も一旦は寝室に戻ったが、直ぐに十三、四歳組の女の子の部屋を訪ねた。


「ユージンだけど入って良いかな」


 寝室のドアを遠慮がちにノックしながら小声で尋ねると答えが返ってきた。


「いいよ」


 十四歳組のデボラらしい。勇人がドアを開けて入るとデボラとマラヤが一つのベッドに腰かけ、十二歳組のダリアがもう一つのベッドに座って頭を突き合わせ勇人が渡したレポート用紙を前にしていた。九九の文句を話し合っていたのだろう。


「どう?九九の文句はできそうかなぁ」


 勇人は入口のところに突っ立ったままドアも閉めずに尋ねた。相手が三人も居るとはいえ、女の子の部屋に入ってドアを閉めるのはマナーに反すると助祭から勉強会で言われていたので、それを忠実に守ったわけだ。


「あはは。助祭の礼儀作法の勉強会で習った通りにしてるんだね。感心感心。でも十歳のチビ助に何かされるなんて思ってないよ。で、九九の文句の話だけど、なかなか難しいよ。でも少しずつ三人で話し合ってるから時間さえ呉れればできると思う」


 デボラは屈託なく笑いながら言った。ちょっと揶揄いも入っている。勇人はそれには取り合わず、真面目な顔で頷いた。


「良かった。出来ないって言われたらどうしようって心配だったんだよ。掛け算まで勉強会が進むのにはまだだいぶ時間がかかるから、二、三か月くらいの余裕はある。それまでに作ってくれたら嬉しいな。それじゃお休みなさい」


 そう言うと勇人は早々に部屋の外に出てドアを閉めた。


 (ワイとしたことが十四歳の子供に揶揄われるとは。情けのうて涙ちょちょぎれるわ)


 あとは寝るしかない。勇人は自分の寝室に戻って行った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 五月の声を聞くと林はもう夏だ。若葉とは言えないくらいに茂った葉に覆われている。直播(じかまき)をした田圃も一面緑に覆われている。()いているのは田植えを予定している勇人の五畝ほどの田圃だけだ。そこに植える予定の早苗もそれなりに育ってきている。


 今の日本では育苗技術が向上したことと三ちゃん農業が主流になっていることから、男手が増えるゴールデンウイークに田植えを行うのが当たり前になっているが、昔は六月が田植えのシーズンだった。


 ここでは日本よりも気温が高めなので田植えは五月で良いだろう。苗は弱弱しいが田植え時期の苗は大体こんなものだったはずだ。勇人はそう思っている。彼が今どこで何をしているかと言えば、孤児院前の空き地に座って自分に任された田圃を見ながら十五メートル程の藁縄に二十五センチおきに麻紐を巻き付けている。


 (鯉については生け簀の準備もでけたし、餌にする虫粉も年少のガキどもが頑張って薬研や石臼を使うてくれたから当面の分は出来てる。あとは鯉がいつ産卵するかなんやげどこればっかりは見張ってるしかないやろなあ。年少組にもここで何もせんとワイの仕事を見とるだけの怠け者にもまかせられんわ)


 作業をしながら考えるでもなくそんなことを思っていると、その怠け者、アビーから声が掛った。


「それ、何にするんだ」


 縄のことだろう。


「これかい。これは田圃の両端に渡して苗を植える目印にするんだよ。この麻紐を結んだところに苗を植えてやる、そしたら苗が同じ幅で並ぶだろう」


 勇人は縄を持ち上げて見せながらそう答えた。やはり縄のことだったらしくアビーは小さく頷いた。


「苗を一列に植えて何かいいことがあるのか」


「お日様がどの苗にも満遍なく当たるだろう。それに土や水からの栄養がどの苗にも十分に行き渡るよ。それに苗の間に雑草が生えるだろう。それを取るのも楽になるし、苗の間に鋤き込んでしまえば稲の栄養になるよ。そうすると収穫が増えるんだよ」


「面倒だな。雑草なんか取らなくても米は出来るぞ」


 アビーは納得できないように肩をすくめる仕草でそう返した。


「それはそうだけどね、同じ広さの田圃でも米の出来がよくなれば食べられる量も増えるでしょ」


「どのくらい増えるんだ」


「種籾を選ぶときに塩水選ってのをしたのは覚えてるかなぁ。あれも合わせて今回は二割くらい余計に採れると良いなって思ってるよ」


 アビーは難しい顔をしていたが、立ち上がると一歩勇人の方に近づいた。


「そうか。オレの食い扶持が一割増えるのか」


(あー、増えた半分は街の孤児院に回すつもりなんや。それにしても惜しいけど計算間違うてるで)


 勇人は、麻紐を結んでいた手を止めるとアビーをちょっと残念そうな顔で見上げた。


「計算間違ってるよ。えっと、元が二十合の収穫だとして二割増えたら何合になるかな」


 アビーは難しい顔をして大分考えてから答えた。


「二十合の一割は二合だから二割だと二合足す二合で四合増えるな。そしたらもとの二十合と加えて二十四合だぞ」


「その半分を街に回したら残るのは何合かな」


「十二合だぞ」


 これはすぐに分かったらしく、アビーは腰に両手を当てて自慢げにそう答えた。少し胸も張っている。


「元の十合から何割増えたかなぁ」


「あれ。二割増えてるぞ」


「そうだろ。それに増えた分まで街にまわさなくても良いんじゃないかな。そしたら十四合で食い扶持は四割増しだよ」


 勇人はそう水を向けた。ちょっと悪い顔をしている。


「そんなことできるか。オレたちもチビのときにはここの奴らや他の田舎の孤児院の奴らに食わせてもらったんだぞ。今度はオレたちが食わせてやる番だ」


「お前は何にもしてないけどね」


「うるさい」


 痛いところを突かれて真っ赤な顔をしている。


「そういうアビーに仕事を頼みたいな。五、六歳組の四人を呼んできて欲しいんだ。あー、エラドの許可はちゃんと貰ってね」


「分かったぞ」


 アビーはそう言うと踵を返して畑の方へ向かった。普段は急がずにのそのそと歩い行くのは彼女の仕様だ。勇人が縄に麻紐を結びつける作業を終えて一息ついた頃にアビーが戻ってきた。五歳から七歳まで六人の子供を引き連れている。


「六人も連れてどうしたの」


 勇人のその言葉にアビーが偉そうに答える。


「こいつらはオレの子分だからな」


「『子分だ』じゃないよ。エラドの許可は貰ったの」


「エラドが連れて行けって言ったんだぞ。四人じゃ足りないだろって」


 アビーはそう言うと少しばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。


(なんや。エラドの指示かいな)


「よし、それじゃ田植えをしよう。付いてきてよ」


 勇人はそう言うと立ち上がって藁縄をまとめ、他に三十センチほどの棒切れを二本、それに肩から掛けられるようにした籠を五、六個抱えて堀を渡る橋の方へと向かった。


 橋は教会の前から村へ向かう道に掛かっている。以前は堀は一メートルもなかったのでどこからでも広場から田圃へ渡れたのだが今は幅が五メートルになり広場側に土塀も出来たので橋を渡らないと田圃へ行けなくなったのだ。少し不便になったが、鯉の養殖のためには仕方がなかった。


 目的の田圃に着くと勇人はアビーと五歳組の二人に向かって藁縄と木切れを渡して頼んだ。


「アビーは藁縄のこっちの端を持って、ヨナタンとヤスミンは反対の端を持って田圃の両側の畔に行ってね。それで、一番向こうで三人で縄を張ってよ。とにかく一直線になっていれば水に浸かっていても良いからあまり強く引っ張らないで」


 三人が田圃の両側の畔を進んで行く間に、勇人は苗代の苗を適当な束にしてそれを五つの籠に分けて行った。それを六歳、七歳組の四人に渡し、自分も一つを肩にかける。


「僕たちは田圃の中に入って紐の印が付いた所に・・・そうだなあ、三、四本ずつ苗を取って植えて行こう」


 そう言うと同じく二手に分かれて畔をアビーたちが縄を張っているところまで進み、そこで田圃の中に入った。


 それからは一列毎に苗を植えてゆき、一列植え終わるとアビーたちに渡した木切れの分だけ下がって同じように縄を張ってそこに苗を植えるという作業を続ける。慣れない作業だったためその日と翌日、翌々日の三日かかったものの田植えは無事に終了した。植えた早苗は等間隔に並んでいるために直播をした担保よりも隙間が多く、一見弱弱しく見える。


「弱っちい苗だな。こんなので育つのか」


 アビーは孤児院前の広場の土塀の上に立って田植えが終わったばかりの田圃を眺めながらそう言った。田植えを手伝った年少組の六人も何も言わないけれど同じ思いなのはその表情を見れば歴然としている。まあ無理もない話だ。


「まあ、ひと月もすれば分かるよ」


 勇人としてはそう言って苦笑いをするしかなかった。

小見出しは「天穂のサクナヒメ」の「田植え唄ー巫ー」から頂きました

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