002 終わりがあれば始まりがある、ごく稀に
状況説明です。少し長い・・・
(知らない天井・・・やないなぁ)
知らないはずなのに、何となく見覚えがある。
現状は酷く寝心地の悪いベッドに寝かされているようだ。
(あのときワイは空に開いた穴から落ちそうになって、穴の縁を掴んだら縁が破れて、途端に電撃みたいなんがビビッと来て・・・そっから先は覚えとらんけど、今ベッドに寝てる言うことは誰かに助けられたんや。腹の減り具合から見てあれから二、三日言うとこかなぁ。取り敢えずここ何処やろ)
天井については一端保留にしてここが何処か当たりをつけるために辺りを見回そうとした途端、目の前に覆い被さるように五,六歳くらいな女の子の顔が現れた。茶髪、碧眼である。女の子は勇人を見るとニパッと笑い、勢い良く立ち上がるとそのまま「ユー兄が起きた」と大声で叫びながら部屋を飛び出して行った。
(今の子はどう見ても日本人やないし、着とる物も生なりの作務衣みたいな服、それもえろう使い古し言う感じやった。言葉も日本語やあらへんだ・・・待て待てワイ、なんで言葉が分かるんやろ。ワイの語学力は自慢や無いけど英語で挨拶までや・・・て言うか今までに聞いたことない言葉やった。
あのとき日本で穴に落っこちて、真っ暗な中をひたすら落ちて今度は穴から外に落ちた。ここがどこか言うて、天国・地獄の線は完全に無うなったなぁ。天国の着物が生なり作務衣の着古しでは功徳積んだ人が可愛そう過ぎるし、地獄に堕ちた者が気い付くまでベッドに寝かせて貰えるとも思えへん。赤鬼に金棒で叩き起こされるか、良うてバケツで水をかけて起こされる言うんが相場やろ。
常識的な線は地球を突き抜けてブラジルあたりか。どうかブラジルでありますように。異世界は堪忍やなぁ)
などと考えながら辺りを見回すと、殺風景な土壁の部屋で、粗末なベッドが合計四台置かれており、木製のロッカーらしき物が部屋の入口脇の壁に同じだけ並んでいた。後は女の子が座っていたらしいイスが一脚、勇人の寝ているベッドの脇に置かれているだけで、少なくとも都会の病室とは思えない。
そういえば天井から明かりがぶら下がっているが電線も見当たらない。窓際を見ると粗末な長机が窓に沿って置かれ、椅子が三脚その前に置かれている。窓ガラスのない窓には板の雨戸が上からぶら下げられ、それが半分ほど開けられて明り取りになっている。
(病院の四人部屋なんかも知れんけど、電気も通ってなさそうやし、病院やとしてもそうとう田舎やなぁ)
部屋を見渡しながらそんなことを考えていると、ドヤドヤと廊下を走る音がして男の子ひとりと女の子二人が部屋になだれ込んできた。どの子も十歳くらいで先ほどの女の子と同じ様な作務衣風の粗末な服を着ている。
「ユージン、大丈夫か。三日も寝てたんだぞ。」
そう言ったのは短く刈り込んだ赤毛の髪に濃いブルーの目をした男の子だ。
(ユージン言うのはワイのことやろか。それにしても言葉遣いのなっとらんガキやなぁ。仮にもこっちは大人やで、敬語使えとは言わんさかい丁寧語くらい使えや)
「ユージンと言うのが私のことなら、少し・・・いや相当空腹なくらいで、体調も悪くはありませんよ。私は坂東勇人と申します。あなた方が誰か分かりませんが、助けて頂きありがとうございます」
勇人がそう言うと、男の子は半ばあきれ、半ば納得したような表情を浮かべた。
「サミュエルさんが言ってたとおりだ。ユージンって言う名前は、お前がここに来た時に自分でそう名乗ったんだよ」
「ユージンに言葉を教えたのは私とアビーよ。私はリーアと言います。忘れたのかしら」
一緒に入ってきた女の子の一人がもう一人の女の子を指しながらそう付け加えた。ゆび指されたアビーと言う子は「そう、そう」と言わんばかりに何度も頷いている。リーアと名乗った女の子は金髪、碧眼で将来は相当な美人になると思わせる整った顔立ちをしている。アビーと呼ばれた子はリーアよりもかなり小柄で、黒に近いこげ茶色の髪に同じ色の目をしている。厚めの唇と大きいけれど吊り気味の目つきにはよく言えば強い意志、悪く言えば強情な性格が見て取れる。
「俺はシモン、十歳だ。ユージンとは同い年だ」
男の子も慌てて名乗った。
(そう言うたらユージンは息子とドラ〇エしたときにいつも使うとったワイの名前や。懐かしいなあ・・・うん?十歳? 歳は分からんでもジジイや言うことはわかるやろ。冗談言うてんのか)
聞き返そうとしたとき、大人のものらしい足音が聞こえ、大柄な中年の男が入ってきた。白髪まじりの茶髪にブルーの目をしている。顔には不死身の〇本程ではないが刀傷があり、目つきも鋭く、いかにも歴戦の勇士という雰囲気を漂わせている。膝が悪いのか少し足を引きずっていた。
(膝に矢でも受けたんかいな、知らんけど)
「エラドさん、ユージンがここに来る前のことを思い出して、サミュエルさんの言うとおりになっちゃったよ」
「分かった。後は俺に任せてお前たちは仕事に戻れ」
エラドと呼ばれた男は子供たちにそう言うと部屋に一脚だけ置かれたイスにドカリと座った。子供たちはちょっと不服そうな顔をしながらも言われたとおりに部屋を出ていった。仕事に戻るらしい。
「さて、俺はエラドってもんだ。ここローレン村教会兼孤児院で下働きをしている。行商人のサミュエルが三年前にお前を拾ってここに連れてきた。そのときお前はユージン・バンドールと名乗ったが本名じゃねえんだろ」
「はい、私は坂東勇人と申します。バンドールはおそらく私の苗字『坂東』がここではバンドールに聞こえたのだと思います。なぜユージンと名乗ったのかは分かりませんが、『勇人』では言いにくいと思い、その別の呼び方である『ユージン』と言ったのかも知れません」
「おいおいと理由は話すがここではユージンで通せ。その方がお前のためだ。ただ苗字の『バンドール』はここでは使わない方が良いだろう。そもそも苗字を持つ者は少ねえし、『バン』は貴族の身分を表す称号の一つだ。身分詐称を疑われんのもまずかろうよ」
それからエラドは衝撃的な話をした。
「ここはお前が居た世界とは違う世界だ。お前はその世界の『地球』と言う星の『日本』とか『大和』とか言われる国から落ちてきたんだろう」
(異世界言うのはワンチャンある思とったけど、日本人言うことまで分かっとるとは)
「なぜ、それを・・・」
「ユージンのように空から落っこちてくる奴は、ここではそう珍しいことじゃねえんだ。そう言う者をこの国じゃあ『チュード』って呼んでる。見つけた者が世話をしても良いし、申告すりゃ国が世話をすることになってる。まあ、本人が望めばだがな。ただお前の場合は少し特別なんでサミュエルは自分で世話をすることにしてここに預けたんだ」
「私のどこが特別なんですか」
「その話をしようか。チュードはどういう訳か年寄りが多い。言葉を覚えるのに時間が掛かり、大抵は覚えるまでに死んじまう。若いのも落ちては来るが、ほとんど物狂いして言葉を覚えようとしねえ。たまに覚える者がいても話が通じねえ。たとえば数十年前にも制服を着て武器を持った兵隊みてえな奴が纏まって落ちてきたことがあったんだが、『皇国の…』とか『鬼畜米英』とか訳のわかんねえこと言って、あげくは刀って刃物を振り回したり『腹切り』をしたりで始末に負えなかったことがあんだ。それでもチュードを国が保護すんのは稀にこの世界にない技術や知識を持っていてこの国の役に立つ奴が居るからだ。
ユージン、お前はその点でかなり変わった存在だ。三年前に落ちてきたときは七歳くらいの子供だったが、本当の年齢は、詳しくは分からねえが大人なんだろう。着ていたって言うか、包まれてた衣装は誰が見ても大人ものの大きさで、持ち物も子供が持つようなもんじゃなかったからな。サミュエルはお前がここで自然に大きくなって記憶が戻れば違う世界の有用な知識が得られる可能性があるってことで自分で保護することにしたんだ」
「まあ、歳についてはあなたよりは上・・・な、七歳・・・」
「やはり俺より年上だったか。今更だからこの口調で続けさせてもらうがな。それは置くとして、自分の姿に気が付いてなかったのか。そうだな・・・取り敢えず自分の手を見てみろや」
言われて手を見ると、そこにあるのは見慣れた皺のある手ではなく、それよりも小さくて張りのある、どうみても子供の手だった。
「さっき、シモンって男の子が同い年と言ったけど冗談じゃなかったんだ」
「子供になったってえことは納得出来たかな。それじゃあここのことを少し話しておくわ。その前に身体に問題が無えんなら起きちゃあどうだ」
そう言われて気が付いたが、勇人はベッドに寝たままだった。言われるままに身体を起こすとベッドに座って、エラドの話を聞くことにした。
エラドの話では、ここはローレン村教会とそれに付属する孤児院である。教会は下ローレン村にあり、上ローレン村を併せて教区に持っている。二つの村を合わせてローレン村ということもあるらしい。
上下ローレン村にはそれぞれ千人くらい生活しており、主産業は米作、住民はほぼ農民である。上下ローレン村は石高公称三万石のマハラ男爵領に属しており、マハラ男爵はタイラー帝国の貴族である。
「貴族様には逆らうな。と言うよりできる限り近寄るな、関わるな。失礼があれば即打ち首、無くても機嫌次第で打ち首、奴らは理不尽の塊だ。それでもここの男爵様はましな方だがな」
エラドは吐き捨てるようにそう言った。よほどひどい目にあったのだろうか。
(ひどい言われようやなぁ。まあ、中世貴族言うたらそんなもんやろな、知らんけど)
エラドの話は続く。ローレン村孤児院には勇人を除いて五歳から十四歳まで各年齢二人ずつ合計二十人の孤児とエラドと助祭それに勇人の合計二十三人が生活している。孤児は各年齢で男女ひとりずつが原則だが、勇人の一つ下のアビーとリーアだけはちょっと訳ありで女児が二人になっているとのことだ。
孤児全員がローレン村とは関係がなく、都市部の孤児院で五歳になった者から選抜されてここに送られて来ている。選抜の基準は労働能力と協調性である。彼らはここで教会領の田畑を耕して収穫物の五割を都市の孤児院に送っている。それが四歳以下の幼児とその世話をするために残っている五歳以上の子供たちの食料になっている。都市部の孤児院は田畑が無いので食料の自給は出来ず、田舎の孤児院からの食料と偶にある慈善寄付に頼るほかないのだ。教会の田畑なので領主の年貢はかからない。
この国では一五歳が成人で、孤児たちはその年になるとここを出てゆく。勇人の年齢については彼がここに来た時に歳が分からなかったので、身体の発育具合が似ていたシモンと同い年ということにされたらしい。
「どうだ。少しは思い出したか」
「残念ながら・・・」
「まあ、記憶については気長に待つしかねえな。思い出せなければもう一度覚えればいいだけだ。それじゃあ俺も仕事に戻るが、ユージンはゆっくり休め。ここでの仕事や自分の役割を十分に思い出すまではお前の手伝いはかえって足手まといだから、それまであちこち見て回ると良い」
「分かりました。そうさせて貰います」
「それから、その馬鹿丁寧な言葉遣いは辞めんか。気持ち悪くていかん。俺はケガで仕事を辞めた元傭兵だ。敬語を使われるような者じゃねえ」
「分かり・・・分かった。出来る限りそうするよ」
「それでいい。お前の持っていた荷物は倉庫の箱に入れてあっから、中を確認したらどうだ。倉庫は部屋を出て右に行ったら外への出口があるから、出る手前の左側の部屋だ。それから厠は外に出て左側の建物だぞ」
「分かった。倉庫にはそのうちに行ってみるよ」
じゃあなと言う言葉を残してエラドは部屋を出て行った。
エラドは体感で一時間以上話をしてくれたが、十歳と言われたときから後の話はほとんど頭に入らず右から左へと抜けていった。
(異世界に落ちてきて十歳やて、何の罰ゲームや。六十五歳で定年になって、人生ゲームも上りまで後十年か十五年か思うてたのに、ほぼ『振り出しに戻る』や。それも右も左も分からん世界やで。それも孤児院やて、せめて王子様か貴族様か大商人の子供か、欲は言わへん、次男でも三男でも何なら七男でもええでその辺りからの再スタートでも罰は当たらんやろ。
十五歳までは取り敢えず飯は食わせて貰えそうやし、汚いけど雨露凌げるところはあるさかい良えけど、その後はどうせえ言うんや。職業訓練して貰えるんやろか・・・取り敢えずトイレ行って出すもん出してこ)
厠へ行って帰ってくるともっと気が滅入った。
(『ボットン』は知っとった、小さいとき田舎生活やったから。ワイの子供の頃言うたら田舎の便所はボットンが相場やった。そやけど、まさか『汝、カミに見放されたるときは、自らの手でウンを掴め』を地で行かんならんとは。紙の代わりに布切れが何十枚か重ねておいてあっただけ手やら葉っぱやら棒きれよりはましか。あれが紙代わり、使用後は隣の桶に放り込んでおいて洗うて再利用なんやろなぁ・・・わら半紙でも作ったら売れるんちゃうやろか。藁を煮て糊みたいなもんをつなぎにして・・・コメは貴重やろし、近くに海があったら海藻か、無かったら蕨を煮て何とかならんやろか。やろ思たら紙漉き機も作らんとあかんしなぁ)
どう見ても元の世界より格段に文明の程度が低い世界でのこれから数十年に渡る人生という先の見えない問題から眼をそらせて、勇人は落とし紙をどうやって作るかという益体もないことを考え始めた。ハッキリ言って逃避である。
他にも天井からぶら下がっている一見電灯に見えるものは何だとか、王様とか貴族はどんな生活をしているのかとか、少し寒いがここでの暖房はどうなっているのかとか、取り留めのないことを考えているうちに夕方になったのだろう、最初にここに居た女の子が入ってきた。
「ユージン兄、ご飯の時間だよ。食堂に行こうよ。それともここで食べるか」
「あっ、もうそんな時間なのか。食堂に連れて行ってくれるかな」
勇人は女の子の後について食堂に向かった。




