018 敵の敵は味方や
翌日も同じ作業を続けたが、終わりが見えてきたので午後からは割竹の処理はアビーにまかせて、勇人は網代を作り始めた。縦50センチ、横一メートルの規格にして目の細かい網代を何枚も作って行く。
「何で同じものをたくさん作るんだ。使う場所に合わせて作ればいいだろ」
アビーが目敏く見つけて、ある意味至極まともな疑問をぶつけてきた。
(まあ、そう思うわなあ、小学生なら)
勇人はニヤリと笑った。
「何でも『規格化』って大事なんだよ。同じものなら使う場所を測って作るより手間が省けるだろう。そんで使うときには場所に合わせて使うから使いまわしが効くんだ」
小学生にはこんな説明で良いだろう。アビーは分かったような分からないような不思議な顔をしている。
(まあ、使って見せれば分かるはずやし)
次にその規格品のうち何枚かの縁を曲げて浅い籠状にした。そして目の粗い網代を作って蓋にする。
「それ、何だ」
「鯉の餌を干すための籠だよ。蓋は餌を鳥に獲られないためだ」
「ふーん。餌は干さないとだめなのか」
「鯉の稚魚にやるんだからな。細かくしないと食えないだろう。干して乾かさないと細かくし難いんだ」
「乾かすのならオレがやってやるのに」
(その手が有ったか)
「お前がここに居る間はそれでもいいけど、出て行ったあとはどうすんだ」
「それもそうだな。オレほどの火魔法使いはそうそう居ないからな」
籠の次は箕だ。稚魚を掬う網代わりにする。残った割竹で少し目の粗い一メートル✖二メートルの網代、同じ規格でもっと目の粗い網代も作る。これで養殖池と稚魚の採魚の準備は終わった。
夕食後は二回目の算術勉強会だ。まず加減乗除の記号と等号、それに零の文字と意味を教えた。十、百などの文字を使って桁を表しているので零がないのだ。仕方がないので加減乗除の記号と等号それに零の文字は元の世界で使っているものを流用した。零の概念と位取り表記を理解して貰うのには苦労したが幸い算盤があったのでそれも使うことで何とかなった。簿記はどうしてるんだろう。
この日の勉強会の終わりに勇人はリーア、ウジ、アラヤ、デボラの四人に残ってもらった。
「君たち四人に残ってもらったのはチョッとお願いがあるからなんだ。ウジは引き算はできるかな」
「おう。足し算、引き算で不自由はないぞ」
「良かった。じゃあ、ウジは引き算の勉強会が終わるまで僕の手助けをして欲しい。分からない子に僕と手分けして足し算、引き算ができるようにしてほしいんだ」
「了解だ」
「それで女の子三人は、この表を見て欲しい」
そう言って勇人は掛け算の九九を記載した表を三人に渡した。カーボン紙を使って虎の子のレポート用紙三枚に血の涙を流しながら複写したものだ。
「これは掛け算で元の数、掛ける数、答えを表にしたものなんだ。掛け算を速くするためにはこれを丸暗記するのが一番手っ取り早い。それで三人には元の数、掛ける数とその答えを覚えやすい言い方、それを考えて欲しいんだ。
僕に作れればいいんだけど、僕はここの言葉をまだ二年ほどしか使ってないから、数の言い方も普通のものしか知らないしゴロの良い表現にも自信がない。それでも一つ例を作って見たからこんな感じでつくって見てほしい。勿論僕が作った例には拘らなくていいよ」
三人は顔を寄せ合って小声で何か話し合っていたが、暫くすると一番年上のデボラが真剣なまなざしで勇人を見た。
「いいわ。三人で相談したんだけどやってみる。上手く行くかどうかは分からないわよ」
「ありがたい。これで掛け算、割り算に進めるよ。あっ、そうと決まればシャーペンと消しゴムも渡しておくね」
勇人は良い笑顔で三人にシャープペンシルと消しゴムを渡し、その使い方を教えた。
(ボールペンは売るほど有るんやけど、シャーペンも消しゴムも少ないんや。終わったら返してな)
勇人の心はまたも血の涙を流すのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝朝食が終わるタイミングで勇人はレヴィナ助祭の席へ行った。
「助祭様、このあとお部屋に伺っても宜しいでしょうか」
「かまいませんが、ここでは話せないことですか」
(こいつもう忘れとるな。今日は土曜日や。昔から週給の支払いは週末て決まっとる。まあ、ほんまは仕事終わりやから夕方なんやけど、細かいことはええんや)
「できればお部屋の方が僕にもあなたにも都合が良いかと」
「そうですか。では付いてきて下さいな」
レヴィナ助祭はそう言うと席を立って自室に向かった。勇人はその後に続く。
部屋に着くと、助祭は執務用の椅子に座り勇人の方を見た。
「それで用件は何でしょうか」
「週末ですのでお約束頂いた週給を頂きたいと思います。今週は一昨日と昨日の二日間算術の講師も致しましたのでこちらの約束は十分に果たしております」
助祭は驚いたような顔をした。
「あら、月給だったのではありませんこと」
「いいえ、週給で穴銀六枚、六千文、土曜日に後払い、ほらあなたとの契約書にちゃんとかいてありますよ」
勇人はこんなこともあろうかと準備していた契約書を作務衣の懐から取り出すと助祭に示した。助祭はいきなり椅子から腰を浮かしてそれを奪おうとしたが、それも予想していた勇人はひょいと手を引っ込めて助祭の手を避けた。
「助祭様も随分品のないことをされるんですね」
助祭は怒りに顔を真っ赤にしてこぶしを握り締めている。
「そんなに怒ることはないでしょう。週給か月給かくらいのことで」
「あなた、私を騙したのね。それが腹に立つのよ」
「契約書はあなたも読んだでしょう。貴族のお生まれなのですからまさか読めないってことはないですよね。金額が気になって他の条件はスルーしたんですか」
(あんまり煽らん方がええかな。切れて魔法でも使われたらワイ対抗できへんし)
「とにかく週末ですんで穴銀六枚支払って下さい。お願いしますよ」
勇人が頭を下げ、哀願するように上目遣いに助祭を見つめると、助祭も少し冷静になったのか虚空庫から財布を取り出し、投げるようにして穴銀六枚を勇人に渡した。
「ありがとうございます。来週もよろしくお願いします」
「あなたとの契約は打ちきりよ。私が算術を教えます。支払いはこれっきりね」
助祭は勝ち誇ったように胸を張り、勇人に指を突き付けてそう言い放った。
「助祭様、契約書をよくお読みください。僕との契約は僕が十五歳になるまで続くことになってます。あなたからの解約権もないと明記されています。貴族様なら契約書はよく読んでからサインされるべきでしたね」
「では来週もよろしくお願いします」
執務用の椅子にもたれ掛かり泡でも吹かんばかりの様子の助祭に声を掛けると、勇人は助祭の執務室を後にした。
(これでワイと助祭との関係は冷戦突入ちゅうこっちゃな。まあエラドと助祭とはうまく行っとらん感じやし、敵の敵は味方言うことであいつがこっち側で居てくれたら特に実害はないけど。ほなら次はエラドさん懐柔作戦と行こか)
勇人はその足で教会の裏手に出て開墾地に向かった。暫くは総出で裏の林で落ち葉を集めては開墾地に撒くと言っていたのでそのあたりに居るだろうと見当を付けたのだが、案の定開墾地の外れの切り株に腰を掛けて退屈そうに鼻毛を抜きながら子供たちの落ち葉集めを見ていた。
「エラド、ちょっといいかなぁ。相談したいことがあるんだけど」
勇人が声をかけるとエラドは鼻毛を抜くのを止めて振り向いた。
「話ってなんだ。まあ立っているのも何だから・・・そこの地べたにでも座れ」
エラドは勇人に座るように勧めようとしたが、適当な椅子替わりになるものが無かったため、ちょっと思案した後に地面を指さした。
「作務衣が汚れるから立ったままでいいよ。小さい子たちは虫集めをしてくれてるかなあ」
「おお、面白がってやってるぞ」
「ありがたいなあ。それで相談ってのは・・・」
「聖域なら許可できねえぞ」
勇人が相談事を切り出すと聖域へ入る許可を求めていると勘違いしたエラドは即座にそう切り返した。
「いや、聖域のことじゃないよ。このあいだ僕が助祭と交わした契約は知っているだろ。それに従って今日穴銀六枚を貰ってきた」
「よくアイツがくれたな」
「うん。契約書を持ち出したらくれたよ。赤くなったり青くなったり大変だったけどね。これからもくれるように釘も刺した。でもおかげで関係は最悪さ」
エラドはニタッと笑みを浮かべた。いつもの人のよさそうなエラドの顔がその時だけは悪人面になった。
(こんな顔もできるんや。敵の敵は味方。これで確定やな)
「それでね。その穴銀六枚をエラドに預けるから村の肉屋で肉を買ってきて欲しいんだ。それでちっとはここの食い物もよくなるだろう。で、出来れば年長組の誰かを順番に連れて行って欲しい。買い物を覚えさせたいんだ」
エラドは少し感心したように勇人を見つめた。
「俺はあの金はサミュエルに対する借金返済に使うと思ってたんだが、孤児のために使うつもりだったのか。見直したぜ。ガキを連れて行く件は了解だ。
肉は十匁で六、七文は取られるから買えるのは八十匁から百匁くらいだな。だがあの助祭も食うんだぞ。癪じゃないのか」
「その分助祭が思っているより穴銀二十四枚余分に貰うから気持ちの折り合いは付けたよ。肉に使うことについちゃ僕が栄養取りたいけど、みんなの前で一人だけ食べるわけにはいかないだろ。それに穴銀六枚なんて借金の金貨五十枚から比べたら屁みたいなものだよ。それより今は栄養だ。
ところでさ、サミュエルさんはこの辺りでは十匁四文が相場だって言ってたけど」
「それは村人相場だな。孤児院みたいな他所者はその値段では買えないぞ。そもそも両ローレン村の肉屋を合わせてもそれだけ他所者に回す肉があるかどうかの方が問題だ」
勇人はそれから一時間ほどローレン村の肉事情を聴かされた。両ローレン村には一軒ずつ肉屋がある。肉屋と言っても街のように毎日店を開いている訳ではなく、週二回開店の朝市みたいなものだ。
あとの日は何をしているかと言うと、まず休み明けの初日に肉屋の主人二人とその妻たちで猟に行き、獲物を二、三頭仕留めてくる。その日はその血と内臓を抜いて川に沈め、場合によっては翌日までかけて体温を下げる。その間、肉屋の主人は交代で見張りだ。
猟場から川まで、川から村までの運搬は下ローレン村の肉屋の女将さんが行う。この人は本人がもう少し虚空庫の容量があれば魔猟士としてやって行けたと悔しがるくらいの虚空庫持ちで三頭の獲物の村までの運搬は十分に熟せるらしい。
次の日は皮を剥いで枝肉にして熟成小屋に入れる作業をする。そしてその翌日に熟成小屋で一週間ほど寝かした肉を切り身にして売りに出すのである。それを二回繰り返して一日休みというのが村の肉屋のルーチンとのことだった。
この世界の野生動物は総じて大きい。イノシシだと枝肉にして百キロ、シカでも七十キロはある。それでも両村千人で分ければ一人当たり一日五十グラムくらいだ。買い手が多い時には猟師の持ち分で調整して過不足が無いようにするが、それでも需要が重なり足りなくなるときは少なくない。そんなときに他所者が買える肉は有態にいって無いだろう。
それがエラドの話す村の肉事情だった。
(余所者値段については、サミュエルの話とどちらが本当なんかわからんけど、肉事情に関してはなるほどやな。買えればええとせなあかんか)
「わかりました。僕のお金が許す限り買える時に買えるだけ買って欲しい。もともと足りないんだから沢山あって困ることはないんで」
「買えずに余った金はどうするんだ」
「芋でも米でも良いから買ってくれ、それもできなければそのままエラドが預かって、次に買える時に使ってくれればいいよ」
(多少飲み代に消えるやろけど、しゃあないな。こいつが週に二回ほど夜に抜け出して酒臭い息で帰って来とんのは知ってるで)
勇人はエラドに穴銀六枚を手渡した。
「ひとつ頼みがあるんだけど、今日だけで良いから、土魔法の上手い子、マルカだったかな、その子を貸してほしいんだ」
「良いけど、何をさせるんだ」
「ヤケンと石臼を作りたいんだ」
「分かった。連れてけ」
「ありがとう。ところでアビーはどこかなあ」
「あいつなら田圃が見える土手に座ってるはずや。あいつはあそこが好きやからなあ。何か作業をさせるのか」
「アビーは土魔法はどうなのかな」
「自分で言ってたとおり、ヘタッピだよ」
「そうか。それじゃ今日頼むことはないけど、そばに居ないとそれはそれで気が抜けたようになるから面倒は看るよ」
「ははは。お前がいい大人だって知らなければ惚れたなって言うんだがな」
立ち上がって教会の前庭に向かい始めた勇人に向かってエラドが大声でからかった。勇人は返事をせずに後ろ手に手をヒラヒラさせただけで、そのまま歩み続けた。
勇人は鯉の養殖を本格的に始めます。自分の異能に気付くのはまだ少し先です。
見出しの言葉、意外や出典が不明なんですねぇ




