016 ジョブチェンジ?
015話が少し短いので016話もアップしました。
勇人が講師料の話を持ち出した途端に助祭の表情が一変した。
(おお、おお。鬼の形相や・・・言うたらチョット大げさやけど)
「あなた、ここに置いて貰っているのに日当を求めるのですか」
「僕はここで他の孤児たちと同じものを食べ、食糧事情の改善のためにこの一月で米の増産の実験をし、今は堀を広げて鯉の養殖の準備をしています。それ以前については僕の記憶はありませんが、最初の一年を除けば他の孤児たちと同じように働いていると聞いています。つまり孤児院の孤児としては十分に仕事をしている訳です。そのうえで助祭様の仕事まで肩代わりするのですから日当を頂いて当然だと思ってます」
(ダチの慶三が言うとったわ。税理士養成講座で講師になってくれ言われて週一で九十分の講義して講師料九千円言われて、まあ後進の為やし、一時間六千円の日当ならええか思うて引き受けたら、真面目に講義しよ思うたらその五倍から十倍くらい時間がかかってえらい目に会うたて。まあ税理士の時給が六百円とか千二百円とか言われたら泣くわな)
「あなたが一人増えたために、孤児たちの食べ物はその分減っているのですよ。その見返りに算術を教えるのになぜ日当を求めるのですか」
助祭は勇人の食い扶持の話を持ち出したが、はっきり言ってこれは悪手だ。
「その分はサミュエルさんが出してくれているのですよね。あの人は私の養育費として毎月銀貨五枚を助祭様にお渡していると仰ってましたが事実ではないのでしょうか。それで僕の分は衣食住すべて十分に贖えていると思いますが、もしかしてサミュエルさんが計算間違いをしているんでしょうか。たたき上げの商人であるサミュエルさんが間違えるてとは思えないんですが」
「サミュエルさんは毎月教会へ寄付をされているのです。決してあなたの養育費ではありません」
「見解の相違があるようですね。ここはお互いの話し合いを円滑にするために話し合いの土台について事実を確認させて頂く方が良いように思われます。一つお聞きしたいのですが、僕がここに来るまでサミュエルさんは毎月幾ら寄付されていましたでしょうか」
「それは・・・サミュエルさんがこの教会に来られるようになったのはあなたを連れてきてからのことですから・・・」
「と言うことはサミュエルさんは僕をここに預けてから様子を見るためにここを定期的に訪れるようになり、その都度月にして銀貨五枚分を置いて行かれているということになるのですね。それならあなたの認識はどうあれ、事実は僕の養育費として渡されたお金だということになりますよね」
助祭は悔しそうな顔をして黙ってしまった。手がブルブルと震えている。
(黙りよったわ。このくらいの煽りで顔色が変わるようでは交渉術は合格点はやれんな。それでは追撃開始や)
「あなたから提示して頂けないようなので僕から言いましょう。週一回の講師で日当は週銀貨一枚でどうですか」
「それでは教会の取り分がなくなってしまいます」
勇人の提案に対して助祭は即答した。だがその内容は本音丸出しである。
「教会の取り分としては月一枚は残りますよ。まあ、月五週の月もあるから週一枚ではなく月四枚でも良いですよ」
(週給月給ごちゃまぜ作戦開始や)
「それだけ持って行って、あなたの生活費はどうなるのです」
「先ほども申し上げましたがサミュエルさんから僕の生活費は受け取っておられますよね。僕が受け取りたいのは講師日当で、生活費をよこせと申しているわけではありません」
「こ、講師日当ならば月銀貨一枚で・・・」
(おやおや、最初っから随分出すんやなぁ。「日当を出すくらいなら私が教えます」で突っ張られるとこっちは穴銀月二枚でも引き受けんならんのやけど。まあ算術が苦手と言うことと、こっちの心理状態は知りようがない言うことでこの金額か。こいつは交渉術の講義もワイかエラドはんが引き受けたほうがええんちゃうか)
「話になりませんね。大負けに負けて週穴銀八枚でなら受けますよ」
「月銀貨三枚と穴銀二枚。高いわ。月銀貨二枚。これが限界よ」
(もう週単位の提案を四倍して月で考えるようになっとる)
「ところで最初の話に戻るのですが、あなたはサミュエルさんから受け取ったお金はどうされているんでしょうか。僕はサミュエルさんから私の十五歳までの養育費として支払った分とこれから支払う分を合わせて金貨五十枚分の返還を請求されているんです。僕にとは言いませんが孤児院のために使っておられるんでしょうか。全部を食費に充てればもう少し豊かな食事になると思うんですが」
「そんなことはありませんよ。肉は購入していますし」
「安いくず肉をほんの少しね。ここの孤児院は土地柄肉が手に入りにくいので教団から食費補助が出ていますよね。これを全部肉代に充てれば一人当たり毎週百匁 (三百七十五グラム)くらいの肉は買えると聞いていますよ」
(ここは孤児たちやエラドからの又聞きの話で憶測に過ぎんけど、突っ込んでみたる)
「営繕費も教会にばかり使って孤児院の方には使っておられないのではないでしょうか。週穴銀六枚。清水の舞台から飛び降りたつもりで下げられるのはこの金額までです」
「う~。清水の舞台が何かよく分かりませんが、月大銀貨二枚と穴銀四枚ですか。いいでしょう。これで手を打ちます」
(助祭の言うように月計算したら年穴銀二百八十八枚やけど週計算をすると三百十二枚。年間で穴銀二十四枚得や。あくまで合意したのは週六枚やからな)
「では少し待っていて下さい」
勇人は執務室を出ると食堂を通り倉庫へ行った。そこには勇人の荷物がある。その中からレポート用紙とボールペンそれにカーボン紙を取り出すと途中で食堂に残っていたエラドに一緒に来るように頼み、急いで執務室に戻った。
執務室で勇人はレポート用紙にカーボン紙を挟み、ボールペンで助祭と交わした講師契約の内容を記載してゆく。助祭とエラドとは勇人が紙やボールペンにカーボン用紙まで持ち出したのを見て目を丸くしているが勇人はそれに構わず契約書を作って行く。
ちゃっかり有効期限を勇人が十五歳になるまでとし、勇人にだけ解約権を認める内容にした。さすがにエラドは勇人が小難しい契約内容の中に一方的に自分に有利な条項を紛れ込ませたことに気が付いたようだが何食わぬ顔をしている。二通に勇人と助祭が署名し、証人としてエラドが署名して目出度く契約が成立した。
「これで僕はこの孤児院の算術講師となりました。一年間で全部教えるのは無理だとおもいますが、今七歳の子供については僕がここを出てゆくまでに最低でも四則演算ができるように教えようと思います」
勇人がそう言うと助祭はほっとした様子で、冷めた紅茶に口を付けた。
「ではそれでお願いしますね」
(ほんまはそれではあかん。ワイが出た後に四則演算を下の子に教えられる力のある子供を作ってそれが続くようにしとかんならん)
「準備もあるので算術は明日からと言うことで良いですね」
「もちろんです。今日は礼儀作法にしましょう」
そう言うと助祭は立ち上がり、勇人とエラドにも立ち上がるように促した。
(四則演算全部言うてしもたけど、割り算どうするかなあ。本格的に割り算教えだしたら少数や分数要るし。ワイ、自慢やないけど、分数の掛け算、割り算は大学に合格してから五十年ほどやったことないし、やり方完全に忘れたでぇ)
勇人は異世界生活(主観時間で)一月にして小学校教諭(無資格)に転職した。
勇人の生来の根性の悪さが少しずつ出てきます。




