014 乙女(?)の秘密は命がけ
翌日から勇人は裏の林で竹を切り出すとそれを1センチ幅に割りだした。切るのは孤児院の鋸、割るのにはそこの鉈を使った。ほぼ一日かけて山のような割竹が出来た。
本来ならここで一夏かけて乾燥させるのだが、ここには優秀な歩く乾燥機が居る。勇人はアビーを呼んだ。
「おーい、アビー、こっちへ来て手伝ってくれー」
アビーは昨日と同じように田圃への種まきを見ていたが、勇人から呼ばれているのに気付くとのそっと立ち上がってブラブラと歩いてこちらへ来た。
「何だ。オレ、忙しいんだ」
「他の仲間が仕事をしてるのをぼーっと見るのが忙しいんだろ。良いから少し手伝えよ」
(ほんまに、こいつは何でここに来とんのや。協調性ゼロやないか)
「何やれば良いんだ」
「アビーの得意なことだ。ここにある割った竹を乾かしてくれ」
「分かった。すぐ済む」
なんだかんだと面倒くさそうに言いながらも頼んだことをやってくれるのはこの子のいいところだ。
アビーが両手を向けて真剣な顔になると手が僅かに光り同時に割り竹も鈍く光った。次第に竹の色が変わって行き五分後にはすっかり薄茶色になった。
「出来たぞ。これくらいで良いだろ」
「ああ、十分だ」
「何作るんだ」
「網代って分かるかなあ。取り合えず竹を編んで板のようなものを作るんだ。それと笊も」
そう言いながら勇人は割り竹を薄く削り出した。元の世界から持ち込んだナイフで薄く割り、削って仕上げをして行く。一本仕上げるのに結構時間がかかった。
(まずいなあ。この調子やったらいつまでかかるか分からへん)
アビーは何が面白いのか今度は勇人の傍らに座り込んでじっとその作業を見ている。
「アビー、見てるんなら手伝えよ」
「分かった」
勇人が手伝うように頼むとアビーは気軽に引き受けた。
(こいつは仕事嫌い言うわけやないんやな。何やかんや言いながら頼んだら気安う引き受けてくれる)
「じゃあ僕と同じように頼むよ。良く切れるからケガしないように気を付けろよ」
そう言いながらナイフを渡すとアビーはそれを受け取って暫く見ていたが竹を削り始めた。
「網代ってのか。それ作って何に使うんだ」
アビーが竹を削りながら聞いてくる。
「この間、鯉の養殖をするという話はしたよな」
「おお。堀を広くするのは大変だったぞ」
「アビーは見てただけだろ」
「オレは現場監督だ」
アビーは仕事の手を止めると、腰に両手を当て、ない胸を張ってそう言った。反省の気持ちは全くないようだ。
(チョロッと土手を固めて『土魔法は苦手』言うて、そのあとは見てるだけやったのによう言う。現場監督が聞いて呆れるわ)
「そうか、そうか。それでな、堀は流れがあるだろ。鯉が小さい間にそのまま堀に入れてしまうと流れてどこかへ行ってしまうから、堀の一部を囲ってそこである程度大きくなるまで育てるんだ。その囲いを作るんだよ」
「堀の両側にその網代ってのを入れたら水が流れなくなるから一部だけ囲うんだな」
(よう分かってるやないか)
「それで大きくなったら水は流れるけど鯉は流れない目の粗いので堀の両側を囲うんだな」
「そのとおり。だから、手を止めずに竹を削ってくれ」
アビーはいつの間にか止まっていた手を黙って動かし始めた。少し赤い顔をしている。
勇人は自分ももう一本ナイフを持ち出して仕上げの削りを始めた。
「二本も持ってるのか。良いナイフだな。鉄製か」
「ただの鉄ではなくてアビーが使ってるのはダマスカス鋼、僕の方がステンレス鋼だ」
「どう違うんだ」
「両方とも只の鉄よりは固くて粘りがある。ダマスカスは錆びにくく、切れ味が良い。ステンレスは切れ味はそこそこだけと錆びない」
(ほんまは偽ダマスカスやけどな)
「そう言えばここの刃物は鉄製なのか」
「鉄製は斧が二本、包丁が一本。あとエラドが持ってる剣も鉄だ」
仕方のないことだが、ここの文明程度から予想できるように高炉を使っての鉄の大量生産はまだ出来ていないようだ。
(あの銅の剣の世界やな。あいつは銅の剣と皮鎧あとは百ゴールドほど貰うて放り出されたどワイは一文無しで放り出されたわ)
「そういえば今日使った鉈は変に茶褐色だったけど銅か青銅製なのかい」
「違うぞ。あれは鉄木製だ。鍬も鋤も鎌も包丁もナイフも槍もみんな鉄木。青銅よりは良いぞ」
鉄木と言えば元の世界では鉄のように固く重い木の総称で、セイロン鉄木、ボルネオ鉄木 (ウリン)、太平洋鉄木 (タシロマメ)などがそう呼ばれている。勇人は残念ながらこれらを一つも見たことがなかったものの、地球には固くて重い木が何種類かあってまとめて鉄木と呼ばれていることくらいは知識として知っていた。だが、どうもアビーの言う鉄木はそれらとは違う気がした。というのは先ほど竹を割るのに使った鉄木製といわれた鉈が鉄製と同じくらいに重かったからだ。幾ら何でも地球に鉄と同じくらい重い木はなかったはずだ。
「鉄木って何だい」
「鉄と同じくらい固くて重い木だ。裏の林に十本くらい大きいのが生えてるぞ」
「そんな木をどうやって切ったり、削ったりするんだ」
「生木のときは重いけど固さは普通の木と同じ。乾くと鉄と同じくらい固くなる。生木の時に使い道に合わせて切ったり削ったりして、それから乾かす。切れ味はそんなに良くない。刃物にはあんまり向かないけど包丁や加工用のナイフくらいなら使えるし、槍の穂先や矢尻なら十分使える。重さがあるから斧や鉈なんかも良いぞ」
(しもた。そんなんがあるんやったら、ワイのナイフ使わんとそれ使うたら良かった。刃が大分傷んでしもたわ。ここ砥石あるやろか)
「アビー、一度使ってみたいから鉄木ナイフを持ってきてくれないか」
勇人がそう頼むとアビーは頷いて立ち上がり倉庫にのそのそと歩いて行った。そして暫くするとこげ茶色のナイフを二本持って帰ってきた。
使ってみると竹細工くらいには十分使える。二人はそれを使って夕方まで作業をしたが、二メートル位なものが二百本もあるので、全体の三分の一も仕上げられなかった。この分だと割竹を仕上げるのにあと二、三日はかかるだろう。それから網代を編んで囲いと網代わりの笊を作る作業になる。そう言えば端や縁を止めるのに紐か細い縄が要る、どうしよう。勇人としては最悪は蔓性の植物を集めて代用にするつもりだが、できればまともな細縄が欲しい。虫籠も六つは欲しい。人手も欲しいがこれは他の農作業との兼ね合いもあるからエラドと相談するしかない。
「アビー、孤児院に紐か細い縄はあるかなあ」
「細いのから言うと、木綿糸、麻紐、棕櫚縄、藁縄がある。エラドに言うと良いぞ」
その日の作業を終えて食堂へと戻る道すがら勇人が尋ねると、アビーからは意外な答えが返ってきた。木綿糸は縫物用に買うのだろうし、藁縄は冬の仕事で綯うのだろう。
「木綿糸と藁縄はともかく、麻紐や棕櫚縄もあるのか」
「裏の林の中に、一番奥の方だけど麻が沢山生えてるところがある。棕櫚の木は彼方此方にある。採ってきてみんなで紐や縄にしてる」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夕食のあと、勇人はエラドが座ってくつろいでいるところに行った。
「エラド、二つ頼みがあるんだよ」
「何だ。言ってみろ」
「まず、麻紐か棕櫚縄の細いのを分けてほしいな。できれば十二間ほど」
「どっちが良いんだ」
「水に浸かるんで棕櫚の方が良いんだけど、あまり太いと使いにくいので現物を見てから決めたいな」
「何に使うんだ」
「鯉の稚魚の養殖に使うんだよ。網代を作る積りなんだけど、その端を止めるのに使いたいんだ」
「そんなら確かに細い方が良いなあ。明日見て決めろ。それでもう一つは何でえ」
「人手が欲しいんだ。六歳以下で良いから四人とアビー」
「アビーはいつ使っても良いぞ。あいつはすぐに怠けるから戦力にゃあならん。他の四人は暫くは貸せねえぞ。畑の土壌改良のために裏の林で落ち葉集めをしなきゃあなんねえからな。そのあとは芋苗植えが待ってる。どっちも人手が要る。いったい何に使うつもりなんだ」
「虫を集めるんだよ。鯉の餌にする。人手はすぐには要らないから、芋苗を植え終わってからで良いよ」
「それだったら四人くれえは回せるな」
丁度アビーの名前を出したついでに、勇人は以前から彼女について疑問に思っていることを聞いてみることにした。あまり大声で話すことでもないので、エラドの隣の椅子に腰かけると小声で話し始めた。
「アビーのことについてちょっと聞きたいんだ。ここの孤児院は米なんかを作って街の孤児院に送るのが大事な役目で、ここに送られてくる孤児ってのは働き者で協調性がある子を選んでいるって聞いたんだけど、アビーはそれとは正反対だよね。なんでここに送られてきたのか疑問なんだけど」
「ははは。アビーのことはここでは秘密でも何でもないから小声で話すことはねえぞ」
エラドはそう言って笑った。
「あいつは特別なんでぇ。魔法使いとしては魔猟士組合の基準でA級かB級、火魔法だけで言えばS級と言って良いだろう。
と言ってもピンとこねえか。まず魔猟士組合の等級を簡単に説明してやろう。組合では魔法の能力と実績とで組合員を等級分けしている。理由は無茶な狩猟に挑んで命を落とさねえようにだ。魔猟士組合は等級によって狩れる獲物を決めており、等級外の獲物を持ち込んでも買取をしない。でその等級は下から、F級、E級、D銀級、C級、B級、A級、S級、SS級だ。
F級はなり立てだな。それでC級までは実績でも昇級するが、外魔法士はB級から上は実績はもちろん必要だが、そもそも魔法の能力か技量が一定以上でなければ昇級することはない。A級になれるのは数十万人に一人、S級は数百万人に一人、SS級に至ってはこの国に一人居るかどうかだ。
アビーは五歳のときに魔法の能力のみで火魔法ではS級と判断された。すごい火魔法だぞ。五十間離れたところから一瞬で直径一尺の木を焼き抜いた。聞いた話ではオークの頭も同じ条件で焼き抜いたそうだ。制御はダメダメだったらしいがな。
S級と判断したのは当時の孤児院を運営していた教会の司祭と巡回司教様だ。このことが公になると帝室や高位貴族が秘密兵器として徴用したり、良からぬ輩に誘拐されて奴隷にされたりする危険性があった。それで成人に達するまで隠す決定がなされた。
そのための方法として地方へ疎開させる決定がなされ、その先としてこの孤児院が選ばれ、ここに送り込まれたわけだ。ここは帝都から遠くて訪れる人も少ない。それに領主も男爵という低位貴族で真面目に領地を運営しているという点が評価されたんだろうな。そんな訳でここの奴はアビーが怠け者で自分勝手だと言うことはみんな先刻承知ってことよ」
「誘拐されてもアビーの能力からしたら簡単に抜け出せるんじゃないのかなあ。そこまで配慮する必要があったのか」
それを聞いてエラドがニヤッと笑った。
「そこよ。ユージンはあの年だけ女の子二人なことを不思議に思わねえか」
「確かに言われてみると変だね」
「実はアビーとリーアは同じ日に王都の孤児院の前に捨てられていたんだ。顔かたちも髪色や目色も当時着ていた着物も全く違ったから単なる偶然だろうがな。それから二人は姉妹同然に育った。アビーと違ってリーアには特別な力はない。アビーの最大の弱点がリーアなんだよ。リーアを人質に取られるとアビーは言うことを聞くしかなくなる。それでアビーと共にその最大の弱点もここに送られてきたわけだ。アビーとリーアが離れ離れになるのをものすごい勢いで拒否したこともあるがな」
(アビーをあんまりいじったらあかんな。怒らせて頭に大穴開けられる言うのは願い下げや)
「分かった。アビーはあんまり揶揄わないようにするよ」
「ははは。それが大人の対応ってもんだ」
勇人とエラドの話が終わったのを待ちわびていたかのように、珍しく助祭が勇人に話しかけてきた。




