133 リーかグラントか?
ラフィアディアの拠点を出発する前の晩、「グリフォンの夢」の拠点では南北戦争が勃発していた。
北軍大将はジェシー・グラント、南軍大将はガブル・リーである。互いに相手の出身地に攻め込もうとしていた。
「ここを出たら北に向かおうよ。北の方は伯爵領か子爵、男爵領を越えればすぐに隣国だから、早く出国できる。ユージンもアビーもその方がいいよね。隣国に入ればガブルの故郷もあるし、ガブルも一度自分の村に帰るのも良いんじゃないかな」
ジェシーは北を押す。ニヤニヤ口元を緩めているのは、ガブルの故郷でガブルを誂ってやろうという魂胆なのだろう。
「行くなら断然南だで。国境まで遠いというだが、たかだか三つくらいなものだ。北と大した違えは無え。それに南は珍しい魔物が多いらしいだ。
角ヒョウや角トラなんて言う猫の大きいのが居て、毛皮がきれいなんで高くで取引されると聞いてるだ。北に居るのはクマやオオカミの魔物くれえで毛皮も防寒具にしかなんねえから大した取引にゃ無んねえだ。故郷を言うならジェシーの村は南なんだべ。オラの村さ行っても何も面白えことは無えだべ」
ガブルは真顔で南を推す。村が面白くないのを強調するところを見ると何か嫌なことがあって出てきたのだろう。
「ボクの村は南に行って海にぶつかったら西に行って、普通に歩いても一年くらいかかるよ。
森人の村なんてみんなダラダラしてるだけで何も面白いことなんて無いし、第一、余所者は受け入れて貰うのも難しいよ。その点山人の村は酒と菓子さえ持って行けば何時でもウェルカムだからね」
ジェシーも真顔で出身の村をディスる。こちらも行かれると都合の悪いことがあるのだろう。
西は帝都の方向なので当分は避けたいし、その行き着く先は砂漠で、進めたものではない。東はすぐ海に行き当たってしまう。その向こうに島が有るらしいが、誰も住んでいる形跡はないらしい。結局北か南かという争いになる。
「アビーとユージンはどっちが良えだか」
リー将軍ことガブルは一人では戦力不足は否めないと考えたのか二人を味方に引き込もうとした。
「僕としては早く帝国を出たいのは山々だから北へ行きたいんだが北は帝国とほぼ戦争状態だからなぁ。入国が難しそうだな」
「オレは絶対南だぞ。ヒョウとかトラとか狩ってみてえ」
「ユージンは相変わらず優柔不断だべ。アビーを見習うだな。アビー、南は色んな果物もあるだ、マンゴーとかパパイヤ、パッションフルーツ、ドラゴンフルーツ、ドリアン、定番ならバナナやパイナップルだ。どれも美味いだ。
肉もいろんな種類があるだし、何よりスパイスが何種類もあるだから同じ肉でも違う風味で食べられるだ」
「そうか。食い物が美味えのか。そりゃ絶対南だな」
「ガブル、あんた今並べた果物なんて食べたことないだろ。ドリアンなんて臭くて食べられたもんじゃないよ。実際に食べてきたボクが言うんだから間違いない。他の果物だって同じさ。スパイスだってパクチーなんてカメムシみたいな匂いがするし、他のも辛いだけで、山椒と変わんねえさ」
(あー、ジェシーらしいわ。ひとつだけひどいのを挙げて、あとは十把一絡げに腐してアビーを誑かしよる。確かに食いもんは南のほうが美味いかも知れん)
「南に行ったら、途中でローレン村の孤児院に寄れるかな。出てきた時十歳以下の鼻垂れだったのが、今じゃリーダーだもんな。それを見に行くのも良いかな。でも北だって、一角ハイイログマや魔カモシカなんて言う狩り甲斐のある魔物も居るらしいしな。どちらも魅力的だな。
ガブル、お前、どうしても自分の村に帰りたくないんだろ。理由を行ってみなよ。それによっちゃ南に付くぞ」
勇人はガブルが村に帰る理由を知りたくなって、彼に水を向けて見た。
「どうしてもそれを言わなきゃ駄目だか」
ガブルは躊躇しているが、もう一押しだ。勇人はアビーに目配せした。アビーは傍若無人なところはあるが、気が回らない訳ではない。
気がついていても知らん顔で我を通すのが彼女の生き方だ。勇人の目配せに気付いて目元が笑った。面白そうだと感じたのだろう。
「オレもハイイログマやカモシカの肉を食ってみてえな。ユージンが北へ行きたいのならオレも乗るぞ。ガブルの村ってのも覗いてみたいしな」
「おめえがそったらこと言ったら、三対一でオラの負けでねえか。お願えだ、こっちさ味方してくんろ」
「何で自分の村に帰るのがそんなに嫌なんだ。話によっちゃ考えるぞ」
アビーも面白がって水を向ける。ジェシーも三人のやり取りから、ユージンとアビーがガブルの故郷に帰りたくない訳を聞き出そうとして小芝居をしていると気がついた。
もともとジェシーは南でも良かった。というのは自分の故郷に行かれたくはないものの、そこへ行くのには一年の年月が必要なのだ。さすがに三人ともそれほど遠くへは行かないと踏んでいた。
「そうね。ガブルの話によっては南にしても良いよ」
ここまで来るとガブルは腹を括らざるを得なくなった。
「分かった、話すだ。話すけんども笑うで無えだよ。
オラが十五に成った年の正月のことだった。二日に若衆宿の集会があって生まれて初めて酒を飲んだだ。で、酔っ払って集会所の隣の部屋で寝てしまっただが、オラあんまり酒に強く無えだから、飲んだ量が少なくて割と早く目が覚めただ。
あんまり気分がよく無かっただから、そのまま横になってるとオラより三つくらい年上の娘っ子が三、四人部屋に入ってきただ。
オラ何となく怖くなって寝た振りしてたで、娘っ子らはオラが酔っ払って寝てると思っただな、オラのことを『明日食うのはオラだ』とか『オラが美味しく頂くよ』なんて言い出して、そのうちの一人がオラの褌の中に手を入れて、あそこを掴んで『このソーセージ、中々食いでが有りそうだべ』と言っただ。
他の娘っ子もそれを聞いて笑って、そんならクジでも引くべと言いながら部屋から出ていっただ。その後も外でオラを食う話をして盛り上がって、クジを引いてる様子だっただ。
オラ、それを聞いて明日はオラの大事なところ食われて仕舞うって怖くなって、次の日の朝、その辺にあるものをかっさらって村から逃げ出しただ。
それから四年も経ってるからオラも大事なところをホントに食われるんで無えことは分かってるだし、何を言ってたかもエフラと仲良くなってからはよく分かっただ。
でも、それとこれとは別で、あの村に帰ると考えると身体の芯が凍るようで震えが止まらねえだ。だからあの村に帰るのだけは勘弁だべ」
何と、いつも呑気そうなガブルにもトラウマになるようなことは有ったのだ。
「ふーん。そんなことが有ったんだ、ボクやヨナが今までエフラやキネレットのことで誂う度にそれを思い出してたってわけね。悪かったよ。南でいいよ」
今度の南北戦争はグラント将軍が降伏して終わった。
「ユージン、ローレン村の孤児院にも行けるぞ。鯉がどうなってるか、シイタケが売れてるのか見てみたいぞ。オレたちの努力の成果だからな」
「そうだな、お前は何もしてなかったけどな。狩りのシステムはちゃんと動いているかな。それも見ておきたいな」
勇人はアビーにひとこと言っておいて、孤児院に思いをはせた。意識が戻ってから六年間世話になり、腹いっぱい食べるために色々工夫を凝らした日々が蘇った。
「そう言えば、東の街道で南に行ったら、四、五日のところで地面からお湯が湧いたって話をしてただ。二年くらい前のことで、今では村の者が小屋を立てて風呂にしてるんだと。宿も新しくちょっと高級なのが建って、お湯に入るのを目的に来ているもの好きもいるそうだで」
ガブルは勇人にとって核爆弾的な発言をした。本人はその重要性に全く気付いていないようだ。
「ガブル、その話をなぜ今になって持ち出すんだ。もっと早く言ってれば恥ずかしい話なしで、僕は南に一票入れたぞ」
「地面から湧くお湯がそんなに大事だか。何時もの風呂と変わらねえべ」
「上の世界の僕の国じゃな『温泉』って言って、普通の風呂よりポカポカと暖かくなって、湧いてくるお湯の種類によっちゃ、傷の治りが早かったり、神経痛が治ったりと色々な薬のような効果があるんだ」
勇人は決して日本人としては風呂好きの方ではなかったが、それでも日本人だった。目をつむると昔情緒に満ちた温泉宿、湯気に煙る広い湯殿が脳裏に浮かんできた。
こちらに来てからついぞ無かった元の世界を懐かしむ気持ちで心が一杯になった。気が付くと涙がこぼれていた。




