134 帰り道は怖かった、来たときよりも怖かった~♪
「グリフォンの夢」は徒歩である。実はヨナが帝都から載ってきた馬車と二頭の馬が有るのだが、D級の魔道士分隊が二頭立ての箱馬車を持っているのは如何にも不自然なので勇人の【亜空間庫】に入れてしまった。
南下する街道を五人は特に急ぐでもなく歩いている。その日は逢魔の森の手前にある野営地で野営をして、明日森を越えることに決めている。
やはりオークとの夜間戦闘は避けたい。これは五人の一致した意見だった。
「なあ、ユージン。戦闘の度に砦を出すのは止めねえだか」
「何故だい」
ガブルから提案があったので、勇人は反射的にそう問い返した。
「砦は安全だけんど、オラみたいな直接戦闘職は手持ち無沙汰になっちまうだ。それに、作戦も何もなく、安全なところから魔法を撃っておしまいってのはヨナもアビーもジェシーも詰まらなくねえだか」
「ボクは弓にしろ風魔法にしろ、間接攻撃主体だから安全なのは歓迎と言えばそうなんだけどね」
「わたしは、どちらも出来るけど、前に出て剣やナイフを扱いながら色々な魔法攻撃を繰り出すってのは嫌いじゃないわ」
「オレも前に出るのは好きだぞ。二丁の剣とかナイフを振り回してその間に【火箭】を飛ばすのが得意技だからな」
各々が自分の戦闘スタイルから考えて何となく砦は出さない方向でと言う話になってきた。そこでジェシーがもう一つ付け加える。
「ユージンは目立ちたくないんだよね。だったら【虚空庫】からあんまり大きな物を出すのは止めたほうが良いんじゃないかな」
「確かにそうだなぁ。【虚空庫】を使わない訳にはいかないけど、バカ容量を見せつけて目立ちすぎるのじゃ国を離れる意味が無いね。元から生き物が入れられることや盾にもできることは隠そうと思ってたんだけど、容量もオーガ一、二頭分に制限するか」
「それでも十分に大容量だべ」
「他にも、ベクトルを保存できること、特に重力加速系の飛び道具や、それに【そこまでドア】も封印よね」
勇人はヨナにそう言われて少し困った顔をした。
「そうなると僕の戦闘での役割は槍か刀を左手に持ってクロスボーを抱えて万一に備えるくらいしか無くなるよ」
「ユージンは、それで良いんだ。オレが守ってやるぞ」
アビーが決意を口にしたが、綺麗系の化粧をしているのでいささか迫力に欠ける。
「ユージンは表向きの分隊での立ち位置は運搬係兼交渉係で戦闘力はあまり無い。戦闘時には後衛で不意打ちを警戒するってのはどうかな。対人戦闘になったときにはそう言う偽装は案外役に立つと思うよ。それで本当に危ない時には能力を最大限に使ってもらう」
「それが良いだ。ユージンの能力を隠しさえすれば、『グリフォンの夢』は普通のD級分隊だで」
「わかったよ。冷静に考えれば僕が目立つと外国に出る意味がなくなるってのもその通りだしな」
「それじゃ、戦闘隊形はガブルが前衛盾役でその両側に遊撃のアビーとヨナ
、その後ろが間接攻撃のボクで、最後尾がユージン。これが基本だね。索敵はどうする?」
「オレが出るぞ」
「じゃあ、ボクは後衛位置で風魔法で索敵するよ」
「僕の出番は無しだな」
その言葉を聞いて、少し前を歩いていたガブルが近寄ってきた。
「そう拗ねるでねえだ。お前はいざってときの切り札だべ」
ガブルはそう言いながら、ふと勇人の腰に目を向けた。
「ユージン、剣を換えただか」
「ああ、偶々帝都で僕の国の剣、刀って言うんだけど、それを売っているのを見つけて買ったんだ」
「じゃあ、前のをオラに呉れねえだか。盾を持って振り回すのに丁度言い長さだと思ってただ」
「あれは駄目だよ。模造刀って言ってね。刃物のように見えるけど切る能力は殆ど無いんだ」
「でも切ってただべ」
「僕の土魔法【次元刀】を沿わせて、そのダミーにしてたんだ。でも、そうか、帝都で三本買ったんだけど、その内の『知恵の子鉄』って名前の刀が模造刀に似た長さだ。それをやるよ」
勇人はそう言うと七十センチ弱の長さの一振りを取り出してガブルに渡した。
「切れ味は保証しないぞ。名前からして『長曾禰虎徹』って言う刀のパチモンだからな」
ガブルはそれを受け取ると道端の草むらに向かい、鞘を払って片手で振り回した。殆どの草が切れたが、靭やかな茎をした物が何本か残る。
「この国の剣とは比べ物になんねえだ。なあ、ユージン、もっと切れるようになんねえだか」
「お前、土魔法使いだろ。土魔法で刃先を尖らせれば切れ味は良くなるぞ。その代わり直ぐに刃毀れしたりするから注意しろよ」
「なーるほど、その手が有っただか。やってみるだ」
そう言うとガブルは早速土魔法で刃を鋭くし始めた。歩きながらである。こういうところがこの男の土魔法使いとしての優秀さを示している。
これで生物が切れれば土魔法使いも立派な前衛戦闘職なのだが、残念ながら生物は切れない。おそらく分子構造の問題なのだろう、勇人はそう推測していた。
ガブルは研ぎが終わったらしく、再度道端へ行って草を払った。今度は全部の草が刈り取られ、しかもほぼ真下に落ちた。ガブルは満足気に頷くと刀を鞘に戻した。
「ところでユージンの差してる刀にも名前はあるだか」
「あるよ。『村覚め』って言うんだ」
「綺麗な名前だな。どういう意味だか」
「村境で覚める酒って言う意味だよ。同じ音の『村雨』って架空の名刀があってね、こっちは村の中をシトシトと降る雨くらいな意味かな。それに掛けたパチモンだよ。元々の物も架空な上にこっちは落語っていう一人語りの話の中に出てくる酔えない酒なんだから嫌になるよ」
「でも差してるんだな」
「模造刀よりは丈夫だし、三本の中では一番軽かったからな。どうせ土魔法の【切断】のダミーだよ。【切断】で生物が切れたら可怪しいからね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんな話をしているうちに、今日の予定の野営地に着いた。二組先客が居る。一組は商人とその護衛二人、荷馬車を持っている。もう一組は四人組の魔猟士だった。いずれも知らない顔だ。北から直接南下してきたのだろうか。
「グリフォンの夢」は軽く挨拶を交わすと、野営地の隅に近い場所に陣取った。
「早く出しなさいよ」
ヨナが催促してくる。勇人は二号砦でも出せと言っているのだと思ったが、わざとにしらばっくれた。
「何をだい?」
「決まってるでしょ。砦よ」
「昼間、砦はいざというとき以外は使わないって話し合ったじゃないか」
真面目な顔でテントを出すと張り始めた。
「みんな、その辺りで枯れ木を捜してくれ。晩飯の用意と野営用に火がいるからな」
勇人は他の分隊員に声をかけた。全員が仕方なく薪拾いに散る。勇人はその間にテントを張って、鍋やそれを吊る三脚を出す。今日はまだ生を出しても問題ないだろう、そう考えて肉の固まりとキャベツのような野菜を出した。後は水だ。酒は持っているけど出さない。
小さく切った肉とキャベツを水で煮て味噌で味付けをしたスープと炊いた飯がその日の夕食だった。ガブルとジェシーは黙って食べたが、ヨナは不満らしくブツブツ言っていた。それでも残しはしない。
「偉え、偉え。お嬢様の口にはとても合うめえと思っただがな」
ガブルが日頃散々「種馬」とか「ハレム野郎」と揶揄われた意趣返しとばかりに、小声で誂った。ヨナはキッとガブルを睨みつけ、これも小声で言い返す。
「皇女様はね、どんなものでも出されたら美味しそうに頂く訓練を小さいときからしているのよ」
(こいつアホやなぁ。こんなときに冗談は言うても通じんわ。怒らすだけやで)
見張りは最初二人で一時間毎に一人代わるという方式で行った。ここで二号砦を出すわけに行かないのはみんながもう分かっていたのでこれには誰も文句を言わなかった。
翌朝、昨日の味噌煮込みを温めて冷やご飯にぶっかけて朝食にすると野営地を肩釣りけて出発した。昼抜きで歩き通せば午後早い時期に森を抜けられる、ラフィアディアで得た情報ではそうなっていた。
逢魔の森では偶にオークに出会う。一頭なら討伐はさほど難しくはない。だが数頭纏まって出ることがごく稀にある。勇人がラフィアディアに往く時に遭遇したのがそれだった。
自然ここを抜ける者たちは出来るだけ纏まって行く。勇人たちも、商人一行、他の魔猟士分隊と歩調を合わせて進んだ。
「これって良いのか悪いのか分からないわね。他の隊と一緒だと必要なときに砦を出せないし、ユージンの強力な攻撃も出せないもの」
ヨナが小声でぼやいていた。
「この人数ならオーガが出たって大丈夫だよ。オークなんか五頭くらい出ても大丈夫さ」
(おいおい、ジェシー、変なフラグ立てたらあかんでぇ)
「でも挨拶したとき、四人組はD級だっていってたし、荷馬車の護衛はC級って言ってたけど二人よ。ちょっと心もとないわね」
ヨナが他所に聞こえないように小声で反論する。
「二人とも縁起の悪いこと言うでねえだ。言霊知らねえだか。言うとホントになるだよ」
「ふん。バカバカしい」
ジェシーはガブルの言葉を一蹴した。
街道は逢魔の森の中を奥へ奥へと続いており、両側は鬱蒼とした木々と灌木その間に茂る下草で中を見ることもできず、覆いかぶさる木の枝で、昼間というのに辺りは夕暮れの雰囲気が漂い出した。いよいよ逢魔の森の最深部に差し掛かったのだ。
そのとき街道の右側の森の中で、灌木がへし折れる音が響いた。
「右から大きな物が近づいてくる。オークじゃない。それより大きい」
風を読んだジェシーから小声で報告が来た。アビーは音も立てずに飛び出すと手近な木にスルスルと登った。彼女は灌木の向こう側を見ていたが、木から飛び降りると戻ってきて小声で告げる。
「オーガ、一頭だぞ」
「茂みに隠れよう」
勇人は「グリフォンの夢」のメンバーにそう言うと、後ろの荷馬車とその後ろを歩いている四人組に情報を伝えるため走った。アビーもそれに続き、他のメンバーもオーガから距離をとるために後ろに走る。
四人組の魔猟士は即座に道の左側の茂みに隠れた。勇人たちはそれより少し後ろで右側の茂みに入る。だが商人とその護衛は躊躇した。
商人がすぐには馬車を捨てる決断が出来ず、御者台に乗ったまま様子を見てしまったのだ。そのため護衛二人もそのまま逃げる訳には行かず馬車の脇に立ち止まった。
護衛二人はオーガの影を見て、商人を御者台から引きずり下ろし、そのまま右脇の茂みに飛び込んだ。だがオーガに姿を見られてしまった。
オーガは普段はおとなしい。他の魔物と違って、餌を求めていない時には敵対しない限りは無闇に人を襲うこともない。
その場の全員が身を隠してオーガが立ち去るのを待った。だがオーガは立ち去らなかった。まず荷馬車を引いていた馬を殴り倒すとそれを貪り食った。それから立ち上がり、商人とその護衛が潜んだほうを探るように見た。
「チッ、まずいぞ。あいつ進化前だ」
道の向こう側の茂みで四人組の一人が舌打ちをしてそう言うのが聞こえた。
「隠れてても見つかるわ。どうするの」
ヨナがそれを聞いて、勇人に指示を催促した。
「護衛がどうするか見よう。連中が逃げればオーガは反射的に追いかけるはずだ。それをやり過ごして反対側に逃げよう。戦う方向で前に出るなら、こちらも一斉攻撃だ。準備してくれ」
オーガは商人と護衛が隠れているところに向かった。護衛は自分たちが標的であることを悟り、商人を後ろに逃がすと、一人が盾を構えて前面に出て、もう一人が茂みの中から矢を放った。商人は街道を出来る限りの速さで走って逃げてくる。盾を構えた護衛が跳ね飛ばされた。
「殺るぞ」
勇人の掛け声とともに、まずヨナの【雷撃】が飛んだ。一発、二発、三発。オーガの動きが一瞬止まり片膝をつく。その間にガブルとアビーが前に走っていた。
街道の左の茂みからは盾持ちと槍持ちの二人が飛び出し、残る二人が一人は矢を放ち、一人は【火箭】を放った。矢はオーガの右手に当たったが深くは刺さらずダメージはないに等しい。【火箭】は目測を誤り手前に光の帯を残した。
「女の子が飛ぶぞ。当てるな!」
勇人はアビーの行動を予測して四人組に注意を促す。
アビーはその間にオーガの膝に飛び乗り、右手に持ったナイフをオーガの胸に突き刺すとそれを手がかりにして更に飛び上がって至近距離から左手で【火箭】を顎から頭頂に向けて放った。これは効いたようだが、まだ致命傷ではない。アビーはナイフを手放すとオーガの腹を蹴って飛び、宙で一回転しながら一旦距離を摂った。着地した時には、その手には次のナイフが握られていた。
ガブルは楯でオーガの左手を防ぎながら左側からオーガの後ろに回り込むと地面近くにあるオーガの左足のアキレス腱目掛けて「知恵の子鉄」で切りつけた。オーガはアキレス腱を切られた痛みで大声で吠えた。
四人組の前衛二人は立膝をした右足に切りつけ、深手を負わせたものの、一人が殴り飛ばされた。もう一人は太ももに槍を突き刺すとそれを手放して後ろに飛び、腰の剣を抜いた。
勇人とジェシーはボルトと矢を釣瓶打ちに撃っている。狙いはオーガの両目だ。右目は勇人のボルトが刺さり、目を潰して眼窩を突き通し、脳まで達した。左目にはジェシーの矢が刺さった。
両目が見えなくなり、立つのも困難になったオーガは、その場で闇雲に両手を振り回している。
「離れて!」
ヨナの叫び声に全員がオーガから距離をとると、【雷撃】が再度オーガを襲った。特大の一発にオーガは意識を失ったのかその場で上体を痙攣させた後、仰向けに倒れた。
すかさずガブルはオーガの腹に飛び乗って心臓の辺りを目掛けて刀を突き刺した。日本刀本来の切れ味に土魔法の【切断】で表面を削られて鋭さを増した「知恵の子鉄」はオーガの硬い表皮をものともせず胸に深々と刺さり、その心臓を貫いた。
オーガは一度大きく痙攣し、動きを止めた。四人組の一人は肩で息をし、後衛の二人は叩き伏せられた仲間の方に走り寄った。モゾモゾと動いているところを見ると息はあるようだ。
護衛も後衛が跳ね飛ばされた盾職の方に走り寄っている。かなり重症のようで動く気配がない。こちらは駄目かもしれない。
勇人とヨナ、ジェシーもノロノロと茂みから這い出してきた。アビーだけは元気で、何時ものようにゲシゲシとオーガの腹の辺りを蹴っている。
「あとはどう分けるかだな」
勇人は小声で呟いた。




