132 私は今、旅立ちます~♪
その夜、勇人も交えて三人は夜更けまで語りあった。ローレン村孤児院での生活、ひもじかったこと、初めてお腹いっぱい食べたときの感動、鯉料理、手術の練習、孤児院を砦にしての戦闘、そして勇人とアビーの再会、リーアの救出の仕掛け等々話は尽きなかった。
翌朝、従士長が尋ねてきたとき、不覚にも三人はまだ起きていなかった。慌てて着替えを済ませて下に降りると、従士長はレストランでコーヒーを飲んでいた。
「ゆっくり朝食を摂って頂いて結構ですよ。こんなときでもなければこのホテルでコーヒーなどとても飲めませんからな。なに、必要経費ですよ。ミリアム様から頂いております」
勇人たちは従士長の言葉に甘えてゆっくりと朝食をいただいた。一時間近くかけての朝食を終えるとホテルの精算を済ませて出発した。
玄関前には馬車が停まっていた。質素では在るがテレビジア子爵家の紋章が施されている。従士長は御者台に座った。
「普段は従士見習いが手綱を取るのですが、今日は儂が取らせて頂きます」
そう言うと従士長は、ウインクのつもりなのだろう、左目を不器用に瞑った。三人が客室に乗り込むと従士長は馬に一声掛け、馬車が動き出した。帝都の東門には大隊から従士が派遣されており、従士長は止まることもなく馬車を門外に進めた。
数キロ進み帝都が見えなくなったところで馬車は停まり、従士長が客室のドアを開けた。
「ユージン殿、ここまで来ればよろしかろう。馬車と馬を【虚空庫】に入れて山伝いでテレビジアディアまで行くとしませんか」
そう言った従士長の顔は期待に満ちていた。
(そう言うたら、この人ほとんど【そこまでドア】経験してへんだなぁ)
勇人はアビーとリーアが降りるのを確認して馬車を馬ごと収納すると近くの山に【そこまでドア】をズームした。周囲を見渡して誰いないことを確認するとアビーを先頭にドアの向こうに入る。
後はその繰り返しでゆっくり行ったにも拘らず、日暮れにはまだ大分間がある時刻にテレビジアの領都テレビジアディアの領主館に着いた。直ぐに応接室に通されてお茶が出される。
「なるべく早くリーア殿の住居と施療院用の建物を捜しますので、それまではこの領主館で滞在して下さい」
「僕も少しリーアに教えておかなくっちゃならないことがあるので、一緒に滞在させて貰ってもいいかな」
「もちろんですとも。御三方ともお好きなだけご滞在下さい。では小職はこれにて失礼します」
従士長が出で行くと、侍女が前に進み出た。
「よろしければ客間にご案内いたします」
「その前にお聞きしたいのですが、この館に日が当たらず、涼しくて、乾燥している部屋があったらご提供頂きたいのですが」
「客間向かいの従者用の居室がその条件に合うように思われますのでご案内致します」
つれて行かれた部屋は確かに条件を満たしていたので、勇人は【亜空間庫】から傭兵のトラックに積まれていた医薬品と医療器具の大半を出した。
戦場で使用するものだったので外科用の医薬品や医療器具が多かったがそれはそれで好都合だ。特に抗生物質や点滴用のチューブ、針、注射器に注射針、縫合用の針、縫合糸、ステプラーなどは何にも代えがたい。五年も経過しているので医薬品は使用期限が怖いが。
勇人はリーアの目の前で薬品や器具の名前とおおよその使用方法を説明しながらメモ用紙に記入して貼り付けて行った。
「これで腹部の傷も僕無しで直せるかも知れない。でも薬は万能じゃないし、使用期限が過ぎてるのもあるからそもそも効かないかも知れない。それに、ここにあるのが全部で無くなってしまえば補充はないんだ。そのことも理解して、相手に理解もさせて使ってくれ」
「分かったわ。使わなければ命がないって場合だけ、第三者の立ち会いのもとで本人と家族の了承を書面で貰ってから使うことにする」
「それが良い」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数日後、領主館のすぐ近くに家と施療院にする建物が見つかった。街に出て必要な家具や備品を買い込むとそれを家や施療院に持ち込み、薬品類は施療院の一階の北向きの部屋に入れた。
「これで良いな。リーア、いよいよ暫くはお別れだね。土産話をもってまた帰ってくるから」
「師匠。気を付けてね。仲間が大怪我をしても師匠が【虚空庫】に入れてここまで運んでくれれば何とかするけど、師匠は自分の【虚空庫】には入れないんだから」
(言われてみたらそのとおりやんか。ワイが一番死に易いわ)
「ありがとう。十分気をつけるよ。リーアも同じ事が言えるんだからね」
「リーアと別れ別れになるなんて考えもしなかったぞ。でも今じゃなくても何時かこんな日は来るんだ。元気でな、また来るぞ」
「アビーも元気でね。師匠を大事にしてね、師匠もアビーを離さないで」
「な、何のことだ。オレは分かんねえぞ」
「ふふふ。隠さなくても良いよ。アビーと違ってわたしはそう言うことには敏感なの。二人とも仲良くね」
(バレてらぁ)
アビーを見ると否定しながら顔は正直に肯定している。勇人もなんだかいたたまれない気持ちになった。
「アビー、行こうか」
そう言うと街の門の方に歩き出した。アビーも慌てて付いてくる。門のところで振り返るとまだリーアはこちらを見ていた。手を振ると振り返してきた。
アビーは後ろを見ない。そっと顔を除くと折角の化粧が醜く流れてしまっていた。勇人は気付かない振りをして城門を抜けた。
一キロほど歩くと城門から見えなくなるところが在った。そこから近くの山に飛ぶ。それからは山の頂き伝いに飛んで夕方にはブルカン村に着いた。
ガブルはゲッソリと痩せて、見るからに窶れていた。ジェシーは機嫌が悪いどころではなかった。
(噂に聞く「激オコプンプン丸」言うもんやろか。近寄らんのが吉なんやけど)
「ボクらを何時まで待たせたら気が済むんだ。ガブルはハレム状態でウハウハ喜んでいたけど、ボクは完全に無視されて飯食って寝るだけ生活だったんだぞ」
そう言われれば少し太ったような、勇人はそう思ったがこれは決して口にしない。命に関わる。
「オラ別にウハウハはしてないぞ。オラあんまり酒は強くねえだに、毎日娘っ子が押しかけてきて口から酒を押し込まれて、訳わかんなくなって朝になったら横にいつも娘っ子が寝てるだ。疲れるばっかりだ」
「キネレットはどうしたんだい」
「二日に一度は横に寝てただよ。けんど直ぐに種が付いたって言って来なくなっただ」
「あと何人種を付けたんだ」
「そんなに早く分かるわけなかんべ」
勇人とガブルがバカ話をしている間に、アビーがジェシーに話しかけていた。
「ジェシー、オレとユージンはこの国を出ることにしたぞ。ヨナもそれが良いって言ってた。お前はどうすんだ」
「ふうん。何故なのかな」
「ユージンが【虚空庫】の変わった力とか【そこまでドア】の魔法とか大勢の前で使いすぎたんだ。このままこの国に居たらヨナはともかく他の権力者に良いように使われるんだぞ」
「それはユージンも嫌だろうね。ボクもラフィアディアは飽きてきたから付いて行こうかな」
「それが良いぞ。二人だけだとつまんねえ」
ジェシーが色気を見せると、アビーは嬉しそうに笑った。
「それにしても、君、化けたねぇ。あんまり変わってたからユージンがいなかったら誰か分からなかったよ」
「おう。ヨナが変装しろって侍女に遣らせてくれたんだ。少し気に入ってるぞ。ユージンもな」
「それで仲良くなったんだね」
「な、仲は元から良いぞ、幼馴染だからな」
カマをかけたのが当たった。アビーが慌てたのを見て、ジェシーはニヤニヤと頬を緩ませた。
「ベッドの中でもね」
そう言われてアビーは黙り込んでしまった。
ユージンもガブルに話している。
「ヨナにも言われたんだが、僕がこの国にいると色々厄介事に巻き込まれる恐れがあるし、せっかく救出したリーアやアビーにも危険が及ぶ可能性がある。それでこの国から逃げ出すことにしたんだ。ガブルはどうする。ここで根を張るってのも良いと思うし」
「冗談言うでねえだ。これ以上ここに居たらオラ娘っ子に殺されるだ。オラもついて行くべ」
勇人は軽く頷くとジェシーたちを見た。
「そっちは纏まったかい」
「うん。ボクも一緒に行くよ。ここに居ても仕方ないし、ラフィアディアで新しい仲間を見つけるのも面倒だしね」
「そうだか。ヨナが抜けたのは寂しいけど、アビーが増えたし、アビーはヨナと違ってオラのこと誂わねえだからな」
「取り敢えず一旦ラフィアディアに帰ろうか。『天使の羽根』や、世話になった人に挨拶も無しに出てゆくわけにはいかないだろう」
「それもそうだね」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇人たち四人は翌日ラフィアディアに帰ると組合事務所に顔を出して移動する旨を伝え、ついでに食堂を見回して『天使の羽根』を捜したが見当たらなかった。
それで彼女たちの定宿に行ったが、狩猟に出ていて二、三日は帰ってこないとの話だった。仕方がないので『豊穣の森』に行って領都を出る旨の挨拶をしたあと拠点に戻って「天使の羽根」の帰還を待つことにした。
勇人はその間にサミュエル商会を尋ねた。
「サミュエルさん久しぶり。線香は売れてるかい」
サミュエルが丁度店先で店員と話をしていたので、勇人はそれが終わるの待って話しかけた。
「や。ユージンじゃないですか。暫く顔を見ませんでしたね。どこかへ遠出されていたんですか」
サミュエルは勇人に気付くと愛想よく答えた。
「ちょっと用事があったんで帝都まで出てたんだよ」
「それは、それは。長旅だったのですねぇ。あっ、線香はやっと売れだしましたよ。お陰で大店や貴族様との取引もできるようになりました。今度の夏には庶民向けに蚊取り線香も売り出すつもりです」
「そりゃあよかった。今日はちょっと報告しておくことがあって来たんだ。色々あって暫くこの街を離れることになったんだ」
「あの兵隊たちもあなた方の絡みでこの領まで来たって噂がもっぱらですから、敢えてはお聞きしませんが結構な大事になっていたんでしょう。
トラブルを避けてこの街をはなれようって言う気持ちはよく分かりますから細かいことはお聞きしないことにしましょう。元気で旅をされることをお祈りしています」
「サミュエルさんには孤児院のときからずっとお世話になりっぱなしだった。詳しい話が出来ないのは残念だよ。サミュエルさんも商売繁盛をお祈りしてます」
翌々日に「天使の羽根」の四人が尋ねてきた。
「あたいらの定宿を尋ねてくれたんだってね。何か用が有ったんだろ」
「まあ、用と言うほどのことじゃないの。色々あってね、ヨナは帝都に行ってそこに残るって話になったし、ボクらの身辺も怪しいことが起こりだしたからこの際、この国を離れて少し旅をしようってことになったんだよ。だからその挨拶に行ったんだ」
「そうかい。何が有ったかは知んねえけど、中堅どこの魔猟士があっちこっち旅して回るってのは良いことだ。ここいらじゃオーガが一番強え魔物だが、南にゃ剣歯虎って化け猫が居るそうだ。
他にも化け猫にゃ事欠かないらしいぜ。そいつらは力も強いしビックリするぐらい早ええそうだ。いい修行になるよ」
「そうそう。角豹とか一角象とか色々いるらしいわよ」
「今生の別れってんじゃねえだろ。まあ行ってきな」
「そうね。ジェシーはできれば故郷にも寄ってね。みんな待ってると思うわ」
「天使の羽根」の言葉はあっさりしたものだった。今まで何度も仲間をそうやって見送ってきたのだろう。帰ってきた者たちも居れば、帰ってこなかった者もいる。
帰ってこなかったのは何処かに定住したのか、命を落としたのか。そういうこともあるのが魔猟士だ。そう割り切っているのだろう。
「それでいつどっちの方向に向かうんだ」
「多分明日。北か南に行くことになると思う。今日相談することにしてる」
「そうか。じゃあ達者でな」
「天使の羽根」の面々は簡単な別れの挨拶をすると帰ってしまった。涙を見たり見せたりするのが嫌だったのか、それともこれが普通の別れなのか勇人たちはそれを知るには経験がなさすぎた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日、勇人は拠点を【亜空間庫】に収納すると、全員で大家のところに行った。丁度あと二ヶ月弱で契約更新時期だった。大家に二ヶ月分の賃料を支払うと、大家は如何にも残念そうな顔をしてそれを受け取った。当てにしていた家が残らなかったのだから仕方がない。
昨日、全員で相談して、勇人がラフィアディアに来る時に辿ってきた道を逆に南に行くことに決めていたので四人は東門に向かった。
東門を出ようとしたときだった。後ろから馬が駆ける音とともに大声で怒鳴る声が聞こえた。
「お待ちくだされ! ユージン殿の御一行とお見受けする。しばしお待ちを!」
何か面倒ごとの匂いがする。勇人は身構えて振り返った。
ガブルはその左前に、アビーは右前にすっと身を写して構え、ジェシーは勇人の右後方で今では後方となった先程までの進行方向を警戒する。
「あいや、怪しいものではございませぬ。ネリ・・・ヨナ殿の使いのものであります。書状を届けに参りました」
その男は手綱を強く引いて馬を竿立ちにさせながら止まると、転がるように下馬して勇人に書状を差し出した。勇人はそれを受け取ったものの、訝しげな表情を浮かべてその使者に問う。
「あんたは本当にヨナの使者なのか」
「ユージン殿はそう言われるだろうとおっしゃっておられました。その際にはアビー殿にこれを渡せと言われております」
男は懐から毛染め薬を取り出した。
「それとジェシー殿に『キネレットに子どもはできたか』と問えと」
それを聞いて勇人は警戒を緩め、書状を開いた。そこには一言『別命有るまで拠点または『豊穣の森』で待て』と書いてあった。
勇人は三人にその書状を廻した。
「どうする?」
「待つしか無いよ」
ジェシーが残りの二人を代表するようにそう言った。
「そうだべ」
アビーは黙って頷く。
「使者の人、これからあんたはどうするんだ」
「一日この街で馬を休めたのち、帝都にもどります」
「そうか。途中でもしヨナに出会ったら『豊穣の森』で待つって言ってくれ」
「分かり申した」
使者はそう言うと馬を引き街中に消えて行った。
「引き換えして『豊穣の森』に宿を取ろう。どうせ何か渡したいんだろう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
待つこと五日。「豊穣の森」の前に簡素な馬車が停まり、ヨナが降りてきた。
ヨナは勇人たちが待つ部屋に入ってくると腰に両手を宛てて胸を反らせ、風呂上がりにコーヒー牛乳を飲む親父そのものの格好で、いきなり宣言した。
「我も同行するのじゃ!」
「おまえ、摂政はどうするんだ」
「フルバ侯爵に押し付けてきた。摂政と言っても皇帝の教育係みたいなものじゃ。我より奴の方が適任じゃ。
それにの、我が摂政をやっておると嫌なことが起こるのじゃ。我が国では男系の男子しか皇帝になれないという話はしたのう。普通はそうなのじゃが、嫡男が幼少の場合とか十分に皇帝教育を受けておらず政務が取れない場合には直径皇女が女帝に付く先例が有るのじゃ。
今回の場合、皇帝は幼少と言うほどではないが、キシェフがろくな皇帝教育をしておらんかったからいささか教育期間が必要じゃ。それで我を女帝にという話がもう持ち上がっておるのじゃ」
「その場合お前の弟はどうなるんだ」
「上帝という地位に就く。それで彼が政務を取れるようになったときに、我が退位するか、上帝に政務奉還をするのじゃ。我が女帝になるとまずあれが二十五になるまでは女帝のままじゃ。
そこでまた問題が起こるの。女の我の方が扱いやすいと考えて我に死ぬまで女帝をやらせようとする一派と、若い皇帝のほうが操りやすいと考えて我に退位を迫る一派との争いがおこる。我は十五年近く女帝をするのも、死ぬまで女帝をするのも厭じゃ。それで逃げ出すことにしたのじゃ」
「皇帝成人後にヨナがエラザール殿下の後釜の宰相になるって話で殿下も宰相を引き受けたんだろ」
「心配ない。フルバに宰相をさせるのじゃ。本人も了解しておるわ」
「フルバ侯爵がキシェフみたいにならないか」
「フルバは我の姉の夫の父じゃ。野心は微塵もない男じゃから心配はないの」
「姉って・・・お前、前皇帝の第一皇女じゃなかったのか」
「うむ。姉は側室の子での。我が出来たときに第一皇女を辞退したのじゃ。その後婚姻で皇族の身分も失っておる。今はフルバ家嫡男の妻じゃ」
「ううう。頭が痛えだ」
「それで、我は旅立つのじゃ。これからは村娘ヨナで付いて行くから宜しくね」
もう勝手にしろ、勇人はそう思った。
これまでお付き合い頂き、有難うございます。これで第三部 摩猟士編は完結です。明日から第四部 南紀行編を開始します。書き溜めが一桁になったので毎日更新が出来なくなるかもしれません




