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130 話せばわかる!!

 ヨナに促されて前に出た勇人は議長を見て言った。


「証明の前に、皇女殿下の謀反の証拠とされた書状もこの場にお持ち頂きたい」


 それを聞いた議長は侍従に目配せをした。侍従は一礼をして部屋を出てゆく。それを横目で見て、勇人は話し始めた。


「私は皆さん方が言われるチュードです。この世界に七歳児として落ちてきて、成人まで孤児院で育ち、その後は魔猟士として生活してきました。孤児院で一通り貴族の方々を前にしての作法は教えられましたが、十分に身に付いたとは言えません。ですから言葉や作法に至らぬ所はありますが、どうかご容赦をお願いいたします。


 七歳児として落ちてきましたが、これは落ちてくる時に特殊な事情があったからで、実年齢はもっと上です。ですから上の世界の技術について常識程度のことは知っております」


 そこまで話して勇人は侍従が帰ってくるのを待った。それほど時間を要せず彼は書面を手にして帰ってくるとそれを議長に渡した。議長はそれを一渡り調べた後侍従に渡し、侍従はそれを勇人の所に持ってきた。それを渡そうとする侍従を制する。


「この場で何か細工をしたと言われるのは心外ですので、僕は証明が済むまで両書面に触れないことにします。侍従殿あなたがこの書面を持っていて下さい。それからもう一人の方、宰相様から書面を受け取って持っていて下さい。今一人、水差しと、そうですね箸を一本持ってきて下さい」


 それを聞いて二人の侍従が動いた。一人は宰相から書状を受け取り、もう一人は水差しと箸を取りに走った。


「準備が揃いましたら、立会人として議長様にこの席までお出でいただきたいと存じます」


「相分かった。そちの言うようにしようぞ」


 やがて先程鑑定官が付いていた机の上に両書面が広げられ、水差しと箸が置かれた。勇人がその前に立つと議長も席を離れてその机のところまで行き、勇人の前に立った。


 勇人は箸を水差しに漬けてその先に水滴を付けると、両文書の文面のところに水を垂らした。紙が少しふやけたが特にそれ以外の変化はない。次に同じようにして両書面の署名に水滴を垂らした。暫く待つと水に濡れたところのインクが滲んで来た。


「おお、これは何ということだ!」


 議長の口から驚きの声が漏れた。


「ご覧になったとおりです。本文はこの世界のインクで書かれており、煤が原料なので乾いた後は滲みません。これは証明するまでもなく皆様がよくご存知のことでしょう。これに対して署名は同じ黒でも上の世界のインクで記載されており、滲みます。実は上の世界にも滲まないインクはあるのですが、これには偶々滲むインクが使われたのです。書かれた時期が四年もずれているので滲み方に多少さはありますがどちらも滲んでいます」


「確かに署名がこの世界のものでないインクで記載されたことは理解できた。だがまだなぜ鑑定官が間違うほどの精度で二つの署名がなされたのかと言う点については何も証明されて居らぬ。それが出来ない限りは殿下と宰相殿の双方に謀反の疑いがあると言うだけじゃ」


 勇人は大きく頷いた。


「さすがは議長様、ご慧眼恐れ入ります。その答えをお見せいたしますので、一旦席にお戻り下さい」


 議長が席に戻ると勇人は机の上を片付けた。書状は侍従に持たせる。机が空くとその場に【虚空庫】から前日に使ったコピーセットを出す。


「なんだね。それは」


「これはコピー機・・・複写機と言って、紙に書いた文書を全く同じに別の紙に写す機械です。まあ見ていて下さい」


 勇人は議長の質問に答えながら複合機にヨナの署名が偽造された文書をセットしてコピーのボタンを押した。紙の吐出口からコピーされた紙が出てくる。勇人はそれと元の文書とを議長の元に届けさせた。


 議長はそれを見て思わず唸り声をあげた。そこにはさっき水を付けたことで出来た滲みも含めて全く同じ文書が二枚あった。


 次に勇人は紙を一枚出してそれに適当に絵を描いた。そして別の紙を取り出すと議長に渡した。


「この紙の上の方に適当に何でも良いですから描いて、下隅にご自分の署名ほ書いて下さい」


 議長は言われるままに署名を記載した。勇人は絵を描いた紙を複合機に戻すと、議長から受け取った彼の署名した紙の署名部分のみを切り取り、慎重に場所を合わせてコピーした。


 出てきた紙を見せられた議長は驚きを隠せなかった。その様子を見て満足気に頷いた勇人は言葉を続けた。


「これが九分九厘の残りの一厘です」


「それを儂がやったという証拠がどこにある。お主がやったのであろう」


「あなたの署名を偽造したのは僕です。でも殿下の署名を偽造したのは僕ではありませんし、それを利用したのは間違いなくあなたですよ、閣下」


「儂は偶々殿下の謀反の書面を手に入れたのでそれを元老院に提示して殿下の逮捕の許可を得ただけだ。偽造など感知しておらぬ」


「仕方がない人ですね。ではあなたに偽造を依頼されたという証人に出てきて貰いましょう。控室に居るはずです。侍従殿案内して下さい」


 勇人はそう言うと反論が出る前にさっさと室外に出た。あわてて侍従が一人付いてきて控室に先導する。幸いにも鑑定官が控えている部屋とは別のヨナの控室だった。


「あなたはここで待っていて下さい」


 そう言うと勇人は室内に入り、すぐに外国兵二人を出した。二人は一気に環境が変わったので戸惑っていたが簡単に説明すると直ぐに順応した。


「なるほどお前の【虚空庫】ってのは生物が入れられて、時間も止まるのか。良いものを持って落ちてきたな」


「そうでもないよ。国家に知られたらこき使われるに決まってるからね」


「そう言う考え方もあるか。それで俺達は何をするんだ」


「これから元老院のお偉方やキシェフ侯爵、ネリア皇女殿下の前でキシェフに依頼されて書類を偽造したことを証言して欲しい」


「了解だ。キシェフには恩義もあるが、俺達を殺そうと思ってるなら仕方ねえ。ありのままに話すよ」


「知ってるかも知れないけど、この世界には真偽判定官ってのが居て、嘘を見抜くずば抜けた能力を持ってる。嘘は駄目だよ」


「ああ。侯爵に初めて出会ったときに一度真偽判定ってのにかけられたからよく知ってるよ」


「そうか。それじゃ行こうか」


 三人で部屋を出ると侍従が待っていて議場に先導してくれた。オットーとカイルが議場に入ると明らかに侯爵が動揺した。勇人は演壇に戻ると入口のところに留まっていた二人を指して言った。


「この二人が証人です。一人は侯爵様から直接偽造の依頼を受けたもの、もう一人は実際にその作業をした者です」


「それでは直接依頼を受けた者から先に話を聞こうか。侍従、真偽判定官をここへ」


 議長がそう命じると侍従の一人が一礼して部屋を出た。それを見て侯爵が慌てて立ち上がると口を開いた。


「待ってくれ。貴族と貴族の争いでは真偽判定は行われないはずだ」


「侯爵、お主の言い分は根本から間違っておるぞ。我は貴族ではない。皇族じゃ。皇族と貴族との争いに真偽判定をしてはならぬという法はないわ」


「それは詭弁だ!」


「ではもう一つ間違いを指摘してやるかの。貴族法百五十一条ではこうなっておる。『貴族間の争訟に置いては貴族本人、その親族及びその使用人が証言する場合には、その貴族以外の者は真偽判定官の判定を求めることが出来ない』どうじゃ。そこな二人はお主の使用人か」


「儂のところで五年間も生活費を出しておる。儂の使用人同然だ」


「そうか。五年間お主の屋敷に居た旧知の者であることは認めるのじゃな。そこな二人、侯爵はお主らの主人か」


「違うぞ。まあ、そいつが言うとおり飯は食わせて貰ってたし、時々は小遣いも貰ったがな。雇われたつもりは無えぞ」


 このままでは不毛の争いが続くと見たのか、ここで議長が口を挟んだ。


「儂が裁定する。皇族と貴族の争訟でも貴族法百五十一条は暫定的に適用されるものと判断する。これは貴族と皇族の関係についての重大案件じゃからここで決める訳には行かぬ。次に定期的に給金を支払って居らぬ以上、そこな二人は侯爵の食客ではあっても使用人ではない。従って同人らの証言について真偽判定を行うのに支障はない。同僚諸君それで良いかな」


「そいつらの話のみで、使用人かそうでないかを決めるのは不公平ではないか」


 侯爵は粘る。なにしろ真偽判定をされれば自分が極めて不利となる。


「宰相殿、使用人か否かでそこな二人と争うつもりかな。では平民と貴族との争いということになるから真偽判定は当然出来ることになるがよいのか」


 議長にそういわれて、流石に不味いと思ったのかキシェフは黙り込んでしまった。


 最後に議長は今の裁定について他の枢密院議員の賛否を求めた。他の議員は頷くものばかりで特に反論は無かった。


 (こいつら、絶対芝居見物気分や。まあ法廷劇みたいでおもろいからなあ、ちょっと間延びしとるけど)


 真偽判定について決着が付いたとき、それに合わせるように真偽判定官が入ってきた。中年の女性だ。


「今月の枢密院付き真偽判定官リアット聖司教です。お呼びにより出頭いたしました」


 (うわっ、結構高位の人なんや。月ごとに変わるんか)


「今からそこな二人の証言について真偽判定をして貰いたい」


「承知いたしました。慣例ですのでテーブルとイス二脚をお願いいたします」


 準備よく用意されていたテーブルが演台の上に置かれ、その両側に一脚ずつイスが置かれた。まずオットーが呼ばれて奥のイスに顔を議員たちの方に向けて座り、その前のイスにリアット真偽判定官が座って、オットーの手を握った。


 ここで勇人が口を挟んだ。


「今から証言してもらう内容の中には、質問するために上の世界の技術的な知識が必要な事柄もあります。つきましては僕が質問者を務めることをお許し頂きたいのです」


「よかろう。お主が質問するが良い」


「それと、もう一つ、話の性質上一問一答形式では流れが分かりづらいと思いますので、質問に対して自由に証言してもらい、証言者が記憶と異なる証言をした場合のみ真偽判定官に異議を挟んで頂くということは出来ますでしょうか」


「リアット殿どうかな」


「技術的には特に問題はありません」


「ではそれも許可しよう」


「有難うございます。それでは早速始めます。証人はチュードですね」


「そうだ」


「では上の世界での姓名、職業を言って下さい」


「オットー・ブラス。傭兵、アルフレッド傭兵隊、第三中隊、第一補給分隊伍長だ」


「あなたが、キシェフ侯爵の屋敷で生活するようになった経緯を話して下さい」


「五年前任務で物資輸送をしていた際に突然輸送トラックごとこの世界に落ちた。それが偶々キシェフ領だったんで、通りかかった奴に侯爵邸に連れて行かれた。そこで侯爵から身振り手振りで自分が面倒を見てやると言われて、帝都の屋敷まで連れてこられた。それからつい先日までそこでタダ飯喰らって呑気に生活してたんだ。てめえに拉致されるまではな」


 リアット聖司教が口を挟んだ。


「侯爵から直接面倒を見てやると言われたとの部分は記憶に反します」


「あっ、なるほど正確に言わなくっちゃな。侯爵の使用人に身振り手振りで言われたってのが正しい。侯爵は側にいただけだよ」


「これは記憶のとおりです」


 勇人は先程実験をした机にコピーセットを出した。


「この装置に見覚えがありますか。これらはあなたの物ですか」


「見覚えはあるぞ。俺の物・・・じゃねえな。所属の傭兵隊の物だ。俺は輸送中にそれもろともここに落ちたんだ」


「この装置でコピーするところを侯爵に見せたことがありますか」


「あるぞ」


「何時頃のことですか」


「ここに落ちてきて一年くらい経ったときだったよ」


「そのとき侯爵から何か質問がありましたか。どんな質問でしたか」


「質問はあった。何か書かれた紙に、ほかの紙に書かれたものをコピーできるかって質問だったな。正直、鋭い男だと思ったよ。使い方を見ただけでそんなことまで気が付くんだからな。俺は正直に出来るって答えたよ」


「その機能に関して何か依頼がありましたか」


「何か書かれている紙を二枚渡されて、一枚の紙の一番下にもう一枚の紙の一番下にある署名のようなものをコピーしてくれって頼まれた」


「それに何が書いてあるか分かりましたか」


「いいや。そのときは俺は話はなんとか出来るが字はまったく読めなかったんで何が書いてあるのか分からなかった。ただ一方の写し取れって言われた紙の下に書いてあったのは体裁から見て署名かなって思ったくらいだ」


「それをあなたはコピーしましたか」


「いいや。結構微妙な仕事になるから、そういうのが得意なカイル一等兵に廻した」


「カイルは、あなたと一緒にこの部屋に入ってきた兵隊ですか」


「そうだ」


「彼からは出来上がったものを受け取りましたか。受け取ったとしたらそれをどうしましたか」


「出来上がったのと、元の署名のある文書と二枚受け取ったから、二枚とも侯爵に渡したよ」


「ありがとうございました。これで質問は終わりです」


 勇人がそう言うとオットー伍長は一瞬ためらった後演台を降りてカイルの横に戻った。


「なんだ。結局何を複写したのか分からないではないか」


 キシェフ侯爵は少し安堵したのか余裕のある声でそう言った。


「次にカイルに証言してもらいます。カイルさん、演台に来て下さい」


 その言葉に応じてカイルは演台に登り、席に着いた。リアット聖司教は同じようにその手を握る。


「カイルさん、自分の名前と職業を述べて下さい」


「俺はアルフレッド傭兵隊、第三中隊、第一補給分隊員のカイルってんだ。階級は一等兵」


「あなたはオットー伍長の部下でしたか」


「上の世界じゃそうだったよ。五年前に輸送任務中に他の四人とともにトラックもろともこの世界に落ちてきたんだ。それ以降は部下ってより仲間って感じだな」


「横の机に出ているコピー機などはあなたたちがこの世界に持ち込んだものですか」


「そうだ」


「オットー伍長から、その機械を使って何か記載された紙に別の紙の一部を複写するよう頼まれたことがありますか」


「四年くらい前に、署名のない手紙の下に別の手紙の署名をコピーしろって言われたんで、そうして署名をコピーした紙と元の紙をオットーに返したぜ」


「誰の署名か分かりますか」


「その時は字が読めなかったから誰の署名か分からなかったが今は分かるぜ。『ネリア・ショーシ・ラ・タイラー』だ」


 突然キシェフ侯爵が怒鳴りだした。


「昔読めなかったものが何で今になって読めるんだ。嘘を言っているに決まってる!」


 リアット聖司教は静かに反論した。


「今の証言は真実です」


「なぜ、昔読めなかったものが今は読めるんですか」


「字が読めるようになったからな。俺は自慢じゃねえが字でも、絵でも形のあるものなら一目見りゃ覚えちまうんだ。だからその時預かった二通の手紙は細かいところまで覚えてらぁな」


「今、ここで読めますか」


「済まねえ。字が読めるって言ってもここ数年で覚えただけだ。今の俺じゃ読めねえところがある。なんせ崩し字が多くてな」


「では今、ここで書けますか」


「内容とか何処で改行されてたとかは書けるけど、真似て書くことはできねえぜ。出来るだけ似せては見るけどな」


「では、紙とペンを渡すので書いてみて下さい」


 勇人はそう言って紙を二枚渡し、ボールペンを指し出した。カイルは慎重に書いてゆく。数分で一枚を書き終わり、それを勇人に渡すと、二枚目にかかった。勇人は侍従にそれを渡し、侍従はそれと預かっている元の手紙とを合わせて議長に届けた。


 議長はそれを見てまた小さく唸った。そこには内容と改行位置が全く同じ二通の文書があった。字やその傾きまで似せている。二枚目の文書も書き終わったのでそれも見せられたが、一枚目と同じだった。それらは議員に順次回され、最後にキシェフ侯爵にも見せられた。


「嘘だ。ペテンだ。時間をかけて覚えてきたに決まっている」


 侯爵は顔を真っ赤にして鬼の形相で怒鳴った。


「では、もう一つ。ここに先ほど議長に描いて頂いた絵が在ります。カイル証人はこれは見ておりません。これを一瞬だけ見てもらって同じように描いて貰いましょう」


 そう言って勇人は議長が模様を描いた紙をカイルに渡した。カイルは一瞬ちらっとそれを見ただけで勇人に返す。勇人が新しい紙を渡すと、それにスラスラと絵を描き、出来上がるとそれを勇人に返した。勇人がそれを議長に届けると議長はそれを見てまたも小さく唸った。


「うむ。其奴の言うことを信ぜざる得まいな」


 議長は二枚の紙を隣の議員に廻しながら言った。最後にそれを見せられた侯爵はがっくりと肩を落として席に座り込んだ。議長は続ける。


「ネリア殿下の謀反の疑いは晴れた。謀反を示唆する手紙はキシェフ侯爵による偽造と判明した。貴族院としては、そのことを公表し、キシェフ侯爵の摂政及び宰相職解任とネリア殿下の摂政職就任を貴族院に建議したい。同僚議員諸君異存はございませんな」


 議員からは口々に賛同の声が上がった。


「キシェフ侯爵については、ネリア殿下に対する謀略及び暗殺の疑いがあるので、摂政職による処分およびそれに対する貴族院の賛否が明らかになるまでその身柄を元老院の権限で拘束する。これも同僚議員諸君異存はございませんな」


 これについては賛同の声が多かったものの、数人黙ったままの議員もいた。


「それでは侍従、公表の文書を作成するように。枢密院会議はこれにて終了する。陛下、ご退室を」


 その言葉に勇人が陛下を振り返ると、彼は皇帝席に座ったまま眠っていた。ヨダレまで垂らしている。


 (まあ皇帝()うても十歳くらいの子どもや。法廷劇は詰まらんわな)


「我らも控室に戻るのじゃ」


 ヨナの言葉に近衛兵が先に立って歩き出し、その後にヨナや勇人とアビー、外国兵二人がゾロゾロと続いて控室に戻った。控室で勇人はさっと二人の外国兵を【亜空間庫】に収納する。


「可哀想にまた収納か」


「彼奴らは本物の傭兵だからな。油断してると寝首を掻かれかねない」


「オレも二人だけの方が良いぞ」


 そう言うと、アビーはニヤッと笑った。化粧をした顔がやけに眩しい。

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