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129 皇女の帰還

 広い練兵場一杯に戦闘服に身を包んだ従士と兵士合計千五百人が整列している。勇人はその最後尾にいた。横十人が約一メートル間隔で並んでいるので先頭からは百五十メートル離れている。ヨナが魔導拡声機を使って大声で訓示をしているが、ここではやっと聞き取れる程度だ。


 各隊は制圧地点ごとに先頭に立った隊長が隊番号を書いたプラカードのようなものを持っている。これで従士長の指示に従って各所に出してゆく隊を特定することができる。


 アビーとリーアとはどうしても付いて行くと言って聞かなかったので、必要な時以外は出さないと言う約束で既に【亜空間庫】に収納済みだ。演台でヨナの斜め後ろに控えていた従士長が手を挙げて降ろした。これが合図だ。今から百五十メートル走が始まる。勇人は【亜空間庫】を隊列の後ろに広げながら前へと走った。


 次々と領兵たちが収納されてゆく。勇人がヨナの所に来た時には練兵場に居るのは彼とヨナ、従士長の三人だけとなっていた。ヨナは涼しい顔で、従士長は目を剥いて固まったままで立っていたが、勇人は膝に両手を当てゼイゼイと息を切らせていた。流石に百五十メートルの全力疾走は堪える。


 暫くそうやって息を整えたあと、勇人は尋ねた。


「すぐに出発するかい」


「グズグズしてはおられませんぞ」


「うむ。では我らも出発するとするか」


 勇人はそれを聞いて【亜空間庫】から例の手紙を取り出し、ヨナに渡した。


「これが例の手紙だ。上手く使ってくれ」


 ヨナは黙ってそれを受け取ると【虚空庫】に収納した。


「それでは出撃じゃ」


 その言葉と共に勇人は二人を【亜空間庫】に収納した。あとは帝都へもう通い慣れた道筋をたどるだけだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 勇人は帝都の見える岡で深夜になるのを待った。交代に密偵として派遣した諜報部隊員との約束の時刻となったので従士長と諜報部隊長を【亜空間庫】から出す。


「お二人とも、あれが帝都です。約束の時間が迫っているのでここをくぐって下さい」


 いつものことで二人は急に場面が変わったことに驚き、一瞬固まっていたが、勇人に促され我に返ると言われるままに【そこまでドア】をくぐって帝都に入った。そこには密偵が自然な風を装って集まっていた。


「交代以降、状況に変化はないか」


 隊員は勇人たちが急に現れたことに驚いて小さなうめき声を発したものの、部隊長の言葉に誰も言葉を返さない。変化がないということだ。


「では解散」


 そう言うと部隊長は従士長を見た。従士長は手元に帝都の地図を広げて、勇人に場所と配置する部隊を指示する。勇人は諜報部隊長を収納すると従士長の指示のままにその場所まで【そこまでドア】を繫いで従士長と共に行き、そこで指示された部隊を出す。部隊はあらかじめ受けていた従士長の指示に従って目標を制圧に走る。そんな事が何度も何度も繰り返された。


「従士長さん、帝都にどのくらい兵隊が居るんだ」


「第一師団が八千、近衛連隊が千、警備隊が二千。そのくらいだな」


「それを千五百で制圧できるのか」


「軍隊ってものはな、頭を押さえれば暫くは動けねえもんなんだ。師団長、聯隊長クラスと要所の大隊長を押さえるだけで一日くらいの時間は稼げる」


「その頭が何時もの場所に居るって保証はあるのか」


「それがこの作戦のいいところよ。おめえが直接ここに領軍を運んでくれるから、帝都の戦力にとっちゃ今は平時だ。この時刻なら頭はみんな宿舎で御ねんねだ。それに外れた奴が居ればさっきの密偵が報告を挙げてるはずだ」


「宰相と枢密院議員や貴族院議員は確保するのか」


「宰相と枢密院は全員だな。貴族院は領地に帰ってる奴もいるから全員って訳にはいかねえ。奴らは丁重に扱うよ。それで反感を持たれちゃたまんねえからな」


 そんな話をしながら領兵を配置していたが、それも終わった。帝都は静かなものだがあちこちで標的の確保が進行しているのだろう。これは領兵の働きを信用する他無い。


「うちの領兵は精強だぞ。なんせ、家業そっちのけで訓練してるんだからな」


「皇族の秘密領地ってそんなものなのか」


「そうらしい。他は見たことねえから話に聞いただけだがな。さあ、最後は宮城だ。ここだけは一筋縄じゃいかねえから一個大隊出すぞ」


「近衛兵ってのは四六時中武装してるのか」


「そんなわけはねえだろう。勤務中鎧は身につけてるが、槍や剣、盾なんかの武器は手近な武器架に置いてるよ。そんなもの持ってちゃ、待機中に飯も食えねえし水も飲めねえ、博打にしたって邪魔になるだろ」


「なら、僕に少し働かせてくれないか。奴らの武器を取り上げてくるよ」


「武器か・・・それより近衛兵をお前の【虚空庫】に収納してくれ。丸腰でも奴らに領兵とやりあって貰いたくねえ」


「なるほどそれなら血は流れない。そっちのほうが良いね」


 (もう、ここまで来たら「毒を喰らわば皿まで」やな。ワイの【亜空間庫】に生き物が入れられるちゅうことが大々的に知られてしまうけど、もうどうでも良うなったわ。リビング・ストラテジック・ウエポン爆誕や。英語で言うてもワイの危険が()うなる(ちゅ)うもんやないけど)


 勇人は宮城の中に【そこまでドア】で入り込むと手当たり次第に近衛兵を【亜空間庫】に収納して廻った。二時間ほどで粗方収納できた。途中鉢合わせした侍従や侍女も何人か収納しなければならなかったが。


 勇人は宮城内の広場に出ると、そこに従士長を出して告げた。


「近衛兵は粗方始末したよ。ここに残りの領兵を出すけど良いかな」


「有難い。そうしてくれ。殿下も出してくれれば陛下との話は付けてくださるはずだ」


「了解」


 勇人は従士長の言葉に従って領兵一個大隊とヨナ、ついでにアビーも出した。


「ヨナ、今から宮城内に入って陛下と話をしてくれ。アビー、お前は僕の護衛だ。敵対者が居てもやむを得ない限り殺るなよ」


「分かったぜ。オレはいつもお前の護衛だぞ」


 勇人がそうしている内に従士長はヨナの護衛を二十人ばかり選んだ。その先頭に立っているから自分も行くつもりなのだろう。


 宮城内に入ると自然と小走りになった。皇帝の寝室はヨナが知っている。静まり返った宮城に勇人たちの足音だけが響いた。


 皇帝の寝室の前には近衛兵が二人不寝番として立っていた。従士長が部下に制圧を命じようとしたが、ヨナはそれを静止して二人に【電撃】を放った。近衛兵二人はその場に崩折れ、鎧が床に触れて大きな音を立てた。


 領兵四人が先に立って入口の戸を開け、彼らを先頭にヨナは室内に入った。勇人とアビーもそれに続く。


 室内では皇帝がベッドの中で身を起こし、眠そうに目をこすっていた。流石に近衛兵の倒れる音で目が覚めたらしい。十歳くらいな男の子だった。ヨナはテーブルの魔導灯の灯りを最大にする。室内が急に明るくなった。


「陛下、ネリアでございます」


 ヨナは優しく微笑んで皇帝に話しかけた。


「あっ、ネリア(ねえ)。会いたかったよ! キシェフは姉が僕を殺そうとして失敗した。それで逃げたけど途中で亡くなったって言ってた。けど生きてたんだね」


「キシェフは悪いやつよ。自分が摂政で居るために私を無実の罪で陥れようとしたの。私は逃げたけど何度も追っ手を送ってきたわ。彼とその仲間に助けられてやっと帰ってこれたの」


 ヨナは勇人を指してそう言った。勇人はちょうど切りが良いと思って声をかけた。


「ネリア殿下。これからどうなさいますか」


「陛下にお出ましを願って、夜明けとともに枢密院に出向くぞ。我が手の者が議員たちを拉・・・護衛して登庁して来るはずじゃ」


 皇帝が押っ取り刀で現れた侍女たちの手伝いで着替えをしている間に夜が明けた。皇帝とヨナ、それを取り囲む一個大隊の領兵は堂々と枢密院に乗り込んだ。そこには丁重に拉致された枢密院議員十人と宰相キシェフ侯爵が待たされていた。


 枢密院の議場は一番奥の一段高い所に皇帝の席があり、その左右に宰相、皇族らが座る席がある。皇帝の席の前には演説席があり、それを馬蹄形に囲むように十席の枢密院議員の席が設けられている。この議場に護衛を伴って入れるのは皇帝と皇族のみである。皇帝の護衛は寝室の前で不寝番をしていた二人、ヨナの護衛名目で勇人とアビーが入っている。議場に入る扉の左右には二人ずつ侍従が立っており、議場の隅では二人の書記官が別々に書紀を務めている。


 勇人たちは、皇帝の護衛を先頭に議場に入り、皇帝が着席すると護衛はその左右に佇立した。ヨナは皇族席の一つに着き、その後ろに勇人とアビーが立った。従士長は従士たちに指示を飛ばして議場を警護、という名の封鎖をしている。既に全枢密院議員と宰相は席に着いており、当面の役者は揃ったことになる。


「してネリア殿下、これはどういうことですかな」


 キシェフ宰相は席から前に出るとヨナを睨みつけつつも、声だけは穏やかに話の口火を切った。


「うむ。最終的には我に降り掛かった皇帝陛下暗殺未遂との嫌疑を晴らすのが目的なのじゃが、その前に宰相の謀反の陰謀を暴きたいと思うておる」


「なんですと。小職が謀反とな。そのようなこと有ろう筈もないわ」


「我ら皇族が秘密領地を有しておることはここに居るもの皆にとって周知の事実であろう。我がその領地に入れず、やむを得ずラフィア領に潜伏しておった間にも我が秘密領地の者は精力的に動いておってのう、偶々キシェフ宰相から隣国の宰相に宛てた密書を入手したのじゃ。議員殿にはそれをまず見てもらいたい」


 ヨナが自らの【虚空庫】から手紙を出すと、ササッと近づいてきた侍従がそれを受け取って枢密院議長に届けた。議長はそれを黙読していたが、次第にその目が大きく見開かれてきた。


「何とこの密書は、隣国の宰相に陛下を弑する際には隣国の軍を動かして我が国の目をそれに釘付けにして欲しいという反逆の内容。しかもその署名は儂の見る限り宰相のものと言わざるを得ぬ。誰か署名鑑定官を呼んで参れ」


 議長はその手紙を隣に回しながら、侍従に命じた。それには宰相も驚いた様子だったが、その場で手紙を見るわけにも行かず、直ぐに取り繕って様子だけは泰然と自席に戻った。


 議員たちが手紙を廻し終わった頃、先程の侍従が紙を一抱え持った中年の女性を先導して議場に帰ってきた。その人物は侍従の前に出る。


「お呼びにより、署名鑑定官ソロン参りました。宰相閣下の筆跡の鑑定と承りましたので、参照すべき資料も持参いたしております」


「うむ。大儀じゃ。早速この書状の署名が宰相殿のものか否か鑑定して欲しい」


 議長は手元に戻った手紙を侍従を介してソロンに渡した。ソロンは用意されたテーブルにその手紙と参照資料とを出して見比べていたが、顔を上げると議長に向かって恭しく言った。


「議長殿、この署名は九分九厘宰相閣下のものと判定致します。必要であればその理由を申し述べますが如何が致しましょうか」


「ご苦労であった。今はその必要はない。下がって控室で待機するように」


 その言葉に鑑定官は恭しく頭を下げると、対象資料を纏めて退室した。


「では、宰相殿。書状をご覧になり、その存念、いや弁明をお聞かせ頂きたい」


 侍従は議長の手から手紙を受け取るとそれを宰相に届けた。それを読んだ宰相の顔色が変わった。


「こんなものは偽物だ。署名の偽造など幾らても出来るわ」


「ほほう。あの鑑定官はこの国でも署名の鑑定に掛けては随一と言われる者ですぞ。その彼女が九分九厘あなたのものと断言した署名を偽造と言われるのか」


「残り一厘があるわい」


 そこでヨナが立ち上がった。


「議長、我も発言したいのじゃが良いかの」


「どうぞ、皇女殿下」


 ヨナはそのまま演台に進むと口を開いた。


「我の署名のときもそうであったの。我の反逆の証拠とされた手紙の署名をあの鑑定官が我が否定したにも拘らず九分九厘我の署名じゃと言いおった。議員殿は覚えておるかのう」


「確かにそうでありましたな」


 議長の返答に各議員もそれぞれ頷いている。


「だがな、この書状も、我の書状とされたものもいずれも残りの一厘なのじゃ」


「何とこの殿下の書面ばかりかこの書面も偽造とおっしゃるのか」


「そうじゃ。説明はこの男がするぞ」


 ヨナはそう言って勇人を指さした。


 (まあ、流れ的にはこうなると(おも)とったけど、面倒(めんど)くさいなぁ)


「その男は殿下の護衛ではなかったのですか」


「この男はチュードでな。元の世界の技術については詳しい」


 (文系男捕まえて何ちゅうこというんや)


 勇人は心の中でぼやきながらも前に進み出た。

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