128 B案の方が良いよね
「救出作戦は無事終了したようじゃの。キシェフの屋敷はどうじゃった」
ヨナはリーアを見て満足そうに言った。領内に入る前にリーアは【亜空間庫】から出ている。勇人たちはテレビジア領主館に到着すると早速ヨナに呼び出され、早速様子を問われた。
「うん。うまく行ったよ。キシェフの屋敷は正面の門と中庭に続く出入口を吹き飛ばしておいた。元通りにするにはかなり日数がかかると思うよ。リーアが監禁されていた中庭の塔屋は火事で丸焼けになっている。僕が持ち主ならあまり目にしたくない光景だね」
「そうか。キシェフは用心深い男じゃゆえ、修理が終わるまでは宰相公邸で過ごすじゃろう。ひとつ目標が減ったのう」
それから暫くヨナは目を瞑って思案に耽った。
「あと三日でこちらの出撃準備は整う。それで頼みがあるのじゃが、帝都の密偵の交代を手助けしてもらえぬか」
「手助けって、運搬しろってことか」
「そうじゃ。諜報部隊三十人を連れて行って、現在密偵となっている諜報部隊員三十人を回収してきてほしいのじゃ。連中から最新情報を得たいでの」
「もう道中は把握したし、僕一人なら一日で往復できるから手伝うのはかまわないんだけど、今帝都にいる密偵をどうやって集めるんだ」
「今、帝都に居る連中と連れて行く連中とは一対一で組になっておっての、帝都の連中は毎日決められた時刻に決められた場所で交代要員を待っているのじゃ」
「僕は帝都の密偵の顔を知らないよ」
「そうじゃったの。諜報隊長を同行させようぞ」
「それならお互い顔を見分けられるか。良いよ、明朝にでも出よう」
「待て待て、なるべく最新の情報が欲しい。一日で往復できるのなら明後日にするのじゃ」
「了解。僕としても一日休めるのは有難いよ。捕虜にした外国兵、上の世界の僕とは違う国の兵隊だけど、それを出すからそちらで尋問してくれ。手荒くあつかうのは無しだよ」
それを聞いてヨナはまた目を瞑って暫く黙っていた。
「残念ながら明日の休みはなしじゃな。尋問に立ち会って貰いたいでの」
勇人は黙って溜息をついた。
(あーあ、物言えば唇寒し、やったな。「沈黙は金」、「雉も鳴かずば撃たれまい」とも言うな)
係の兵隊に先導されて、勇人はノロノロと地下牢兼尋問所に行き、そこで三人の外国兵を警備兵に引き渡した。外国兵は下着だけにされて別々の個室に彫り込まれる。それを確認したあと隣の詰所に入り、イスに座って目を閉じた。
トラックの積荷を確認するためである。
トラックの積荷は主に弾薬だった。小銃弾とグレネード弾、手榴弾、地雷、クレイモア、迫撃砲弾そして小銃とランチャーが少数と銃器の補修用部品が満載されていた。
(クレイモアなんてどこで手に入れよったんや)
他の積荷としては医薬品、医療器具や作戦立案のための文具があった。その中で目を引いたのはノートパソコンとプリンタ。印刷機、スキャナー、コピー機を兼ねたいわゆる複合機という物だ。かなり古い型のインクジェット式だが予備のインクカートリッジもあった。トラックの十二ボルト✕二電源で動くようにDCDCコンバータもある。使用電力の関係でトナー式でなくインクジェットが選択されたのかも知れない。
ともかく、これでヨナの偽文書がどうやって作られたのかがおおよそ判明した。偽文書を作り、何処かで入手したヨナの署名を貼り付けて、こちら世界の紙にコピーしたのだろう。これは確認する必要が有る。場合によっては逆用できそうだ。
ヨナの署名入り文書を彼らが偽造したのだとすれば、彼らはヨナが十五歳になる前からこちらの世界に居たことになる。こちらの世界の言葉を全く話せないということはないだろう。元の世界で何語を喋っていたか知らないが、勇人には日本語以外はまともに話す自信がない。だがこちらの言葉が喋れるのであれば勇人も尋問に加わることができる。彼は早速外国兵に会いに行った。
「なあ。上の世界の兵隊さん、あんたが隊長みたいだから聞くんだけど、ミリアム皇女殿下の署名入りの手紙を偽造したのはあんたたちだよな」
「お前、上の世界の人間だな。日本人か、中国人か。オレの認識番号は一五五八三、アルフレッド傭兵隊、第三中隊、第一補給分隊所属、オットー・ブラス伍長だ。ジュネーブ条約による捕虜としての待遇を要求する」
「あんたバカだね。この世界にはジュネーブ条約は無いし、この世界じゃ捕虜の扱いは人道的とは言えないよ。質問に答えないのはあんたの勝手だが、僕がここを出ていったら次に入ってくるのはこの世界の尋問官だ。何を持ってくるかなぁ、爪の間に打ち込む針かな、指を潰すペンチかな、それとも・・・まあ、最終的には知ってることを全部吐き出すんだけど、その頃にはどんな身体になってることやら。で後は処刑だな」
「お前の質問に素直に答えたら拷問はされないのか。それでも死刑にされたらおなじじゃねえか。それも阻止できるってんなら話すぞ」
勇人はニヤッと嫌らしく笑った。
「拷問はされないだろう。死刑については、頼んでみるよ。皇女殿下と僕とは共に死線をくぐってきた仲だから、大概のことは聞いてくれると思うんだが、こればっかりは殿下の御心次第だよ」
隊長は暫く考えていた。
「分かったよ。黙ってたら拷問されて洗いざらい話させられた挙げ句に死刑だろう。お前に掛けてみるしかねえな。俺達は五年くらい前に戦場へ補給物資を運ぶ途中で穴に落ちた。出てきた先がここってわけだ。上の世界でどこに居たかなんて興味がねえだろうから割愛するぜ。
出た先が偶々キシェフ領で、侯爵に保護、早い話が飼い殺しにされた訳だ。待遇は良かったから別に文句はないがな。
どこで学んだのか知らねえが、奴の部下に英語がなんとか喋れる奴がいてな。おれもその頃には片言だが、こっちの言葉を話せるようになってたし、それで装備について色々と説明して、侯爵も結構熱心に聞いていたんだが、コピーの話をしたときに喰い付いてきた。
手紙みたいな文書と署名が入った別の手紙をもってきて、最初の文書に署名だけコピーしろって言われたんだ。
それで言われるとおりにコピーして偽手紙を作ったよ。おれはその頃はこっちの言葉は片言しか喋れねえ。まして文字なんか全く読めなかったから手紙の内容は分からねえし、署名も誰のものか分からねえ」
「パソコンやコピー機は今でも動くかな」
今度はオットーの方が笑った。
「ここじゃ、ネットも無えし、パソコンに入ってるのは作戦に使う業務用ソフトばっかりなんだぜ。そんなもの誰も見向きもしねえよ」
「動くか動かないか分からないってことか」
「そうだ。でもキッドが帰ってくれば、壊れてても大抵は直してくれるぜ。あいつはそういうことにかけては隊一番だったからな」
「キッドってのはラフィア領に行ったやつか」
「そうだ。あそこへ行った二人の内の一人だ」
「それなら、今頃は沼トカゲの腹ん中だな」
「死んだのか」
「二人ともな。あそこへ行った中隊は全滅だ」
オットーはその言葉に、暫く黙ったまま上を向いていたが、溜息を一つついた後、吹っ切れたように言った。
「そうか・・・じゃ、壊れてれば自分で直してくれ。俺たちはそこまで責任は持てねえ」
勇人は聞きたいことは聞いたので、部屋を出ていこうとした。
「ちょっと待ってくれ。聞きたいことがあるんだ」
「何だい」
「トラックを盗んだのはまあ分かる。あれを取られたら俺達はほぼ無力だ。剣や槍での戦い方なんて知らねえからな。何で俺たちまで拐ったんだ。それにどうやって俺たち三人を無力化したんだ」
「後の質問には答えられないね。企業秘密ってやつだ。最初の質問には答えるよ。キシェフ侯爵の屋敷はあの日、塔に軟禁されていた少女が自殺して、お前とその仲間はその直後に警備を殴り倒して塔に侵入し、火を掛けた。その後、中庭から外に通じる扉と正門をグレネードで破壊してトラックで逃走した。
キシェフの頭の中ではそういうことになってるんだ。そのためにあんたらを誘拐した。だから忠告しておくけど、ここから逃げ出してキシェフ侯爵に助けを求めても無駄だよ。その場で殺される」
「くそっ、汚え手を使いやがる」
勇人は再びドアの方に歩きかけたが、ふと振り返って愛想よく隊長に笑いかけた。
「それから、皇女殿下の苦難ってのはお前たちが偽造した手紙が原因だからなあ。僕のとりなしが効くかどうか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一昨日の夜、勇人は尋問の結果をヨナに伝えた。それで昨日はゆっくり休むことが出来た。もちろんアビーとは何もない。二人ともリーアの前でいちゃつくほど太い神経はしていなかった。
次の日の早朝、勇人は呼ばれて領主邸の大会議室に入った。そこには、商人、職人、労務者、浮浪者、魔猟士、娼婦、下級貴族とその従者、兵隊、そして近衛兵まで三十一人の様々な職業の人々が集まっていた。衣装だけでなくその態度や言葉遣いまでも違う者たちはいずれも諜報隊員である。
やがてヨナが一人で入ってきた。演台に立って集まった者たちを見渡す。突然全員の姿勢が軍人のものに変わり、老人だと思っていた者が張りのある声で号令を掛けた。
「殿下に敬礼!」
全員が一斉に敬礼をする。
「忠誠確かに受け取った。各々役目に戻るがよい」
その言葉で全員がもとの姿勢に戻る。
「今日、諸君らは帝都に赴き、それぞれの仲間と交代して勤務についてもらう。このことについては既に聞いておろう。
明日夜には両軍は帝都に侵攻するのでそれまでに担当範囲の最新情報を集めておくのじゃ。交代諜報員からそれまでの最新情報を入手し、侵攻の際にそれと異なる状況になっておれば報告するように」
そこまで言った時に隊長から質問があった。
「どうやって今日中に帝都に行くのでありますか。また領兵は未だ領内におりますが、どうやって明日夜に帝都に侵攻するのでありますか」
「うむ。そこにおる者が諸君を今夕までに帝都まで運んでくれる。運ぶ方法については極秘事項だ。もし目にすることがあっても絶対に他言してはならぬ。侵攻する領兵も同様にその者が運ぶ。その点については心配無用じゃ。では出発じゃ。全員その場で目をつぶれ」
全員が目を瞑ったのを確認すると勇人は後方から一掬いで彼らを【亜空間庫】に収納した。
「色々とばけているんだねぇ」
「感心したじゃろう。あの近衛兵に至っては本物じゃぞ。双子の二人一役での。正真正銘任官して近衛兵になったのじゃ。その後は時々入れ替わって報告を上げに来ておる」
皇女殿下恐るべし、それが勇人の率直な感想だった。
「それじゃ、行ってくるよ」
勇人は隣の家に遊びに行くような気軽さでヨナに挨拶すると、会議室の窓から、山の頂きに飛んだ。それからは以前のルートを辿って昼には帝都が見える岡に着いた。そして人目のない場所を選んで帝都の中に飛ぶとすぐに【亜空間庫】から全員を出した。
諜報員たちは急に変わった景色に一瞬戸惑っていたが、そこが帝都の中だとわかると自分の役割に従って分散していった。隊長はそこに在った箱に腰を卸して如何にも老人が日向ぼっこをしている風を装う。勇人は直ぐに直前に居た場所に飛んだ。
それからは交代してきた諜報員が隊長と合流する都度その者を【亜空間庫】に収納していった。最後になったのは近衛兵だった。もう夕方になっていた。彼は勤務日だったため交代に手間取ったのだ。
勇人は彼と隊長を収納すると帰路を急いだ。暗くなると飛べなくなる。道程の三分の一ほどを残して日が暮れてしまった。勇人は街道に降りて見える範囲での【そこまでドア】での転移を繰り返し、日付が変わる前にテレビジア領主館に帰り着いた。
ヨナへの挨拶もそこそこに会議室に全員を出すと、自室に戻り、ベッドに身を投げ出すように倒れ込んでそのまま寝入ってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇人は翌朝早くに目が覚めた。神経が高ぶっているのだろう。食堂に行くとメイドが朝食を配膳してくれたのでそれを摂りながら、今後の行動を考えた。
作戦に参加するのはヨナ、従士隊五百名、兵千名。これで帝都の要所を抑える。隊の配置は従士長が決めるから勇人は言われる通りに出して行けば良い。
あとはヨナがどういう方法でキシェフ侯爵を排除しようとしているかだ。普通に考えるとクーデタ型。武力で有無を言わさずキシェフを抹殺して元老院か貴族院かに自分を摂政に、自分を支持する誰かを宰相に任命させる。
(一番単純明快やけど、下策やなあ。元老院議員は有力貴族やろし、貴族院かて構成員はみな貴族や。他人に強制されるんが一番嫌いな手合いやないか。絶対に先々良えこと有らへん)
武力で帝都を制圧するのは、自分の言い分を言う機会を確保するためという建て付けで、摂政や宰相の任免は完全に貴族の自由意思で行わせる。これが上策だ。とするとやはりあれを用意しておく必要がある。それにあいつも連れて行かなければ。
そんなことを考えているうちに食事は終わった。勇人は壁際に佇立している侍従にヨナのところまで案内させた。
「ヨナ。何かキシェフが署名している文書はあるかい」
「有るぞ」
「それと隣国の宰相の名前、それからその宰相に対して自分が帝位を簒奪する意思があるのでその際には軍を出して帝国軍を牽制して欲しい旨の文書、これは以前からやり取りをしている風に誰かに書かせて欲しい。それとそういう時に使うキシェフの肩書と使うような紙を準備して欲しい」
「それはすべて用意できるが何をするのじゃ」
「キシェフの手紙を偽造する」
「それは分かっておるが、どう役に立つのじゃ」
「ヨナは武力で枢密院と貴族院を抑え込んで無理やり摂政になろうって考えてるんじゃないか」
「それしかないからの」
「それじゃ、貴族院議員や他の貴族たちの反感を買うぞ」
「何か良い考えがあるのか」
「うん。お前の手紙が偽造された方法が分かった。上の世界にコピー機と言って紙に書かれたものをそのまま他の紙に写す機械が有るんだ。キシェフは奴らにそれを使ってヨナの手紙を偽造させた。だから今度はキシェフの謀反の手紙を偽造して、それを作った本人に両方とも自分が作ったことを証言させる。そのためには先日捕まえてきた上の世界の軍人三人を証言と引き換えに釈放するという確約をして欲しい」
「わかったぞ。手紙については執事に書かせよう。あれはそういうことには長けておる。他の物は直ぐに準備させるのじゃ。軍人についてはお主が捕まえてきた者じゃ。お主の好きにするが良い」
「ありがとう。これで少し事態を良い方に転がせるかも知れないな」
勇人はそう言うと侍従に地下牢まで案内させた。
「おい。また来たのか、いい話を持ってきてくれたんだろうな」
「ああ、お前たちがこの状況で望める一番良い話を持ってきた」
「まず、お前はもう一度帝都に行ってもらう。枢密院と場合によっては貴族院と言うところで、キシェフの依頼で皇女殿下の手紙を偽造したことを証言してくれれば処罰なしで放免だ」
「キシェフから別々の文書と署名とを一つにしろって言われて現物を渡されたのは事実だが、俺は内容をちらっと見ただけだから今現物を見せられてもその時の手紙だとか皇女殿下の署名だとかは証言できねえぞ」
「実際にやったのは誰だい」
「カイル一等兵だ。そうか、あいつは記憶力は抜群だから覚えてるかもな」
「それじゃ、お前とカイルに帝都に行ってもらうことにするよ」
勇人はカイル一等兵の独房に行き、隊長と同じ話をした。カイルは偽造したものかどうかは見れば分かるし、文書や署名は今でも宙で書けると請け負った。文字は読めないが模様として覚えているとのことだ。稀にこういう人がいる。
「画家じゃねえからな。そっくりそのままには描けねえぜ」
カイル一等兵はそう言ってニヤッと笑った。
勇人は二人に軍服を返すと、それを着るのを待って後ろから【亜空間庫】に掬い入れる。
それから自室に戻ると既にヨナに頼んだものが準備されて机の上に置かれていた。手紙は肩書と署名を除いて完成しており、その隣にはキシェフからヨナに宛てた手紙が置かれていた。表現は婉曲だが煎じ詰めれば、成人しても若年で職務が全うできないから摂政は辞退しろと言う厚かましい手紙だった。
勇人はパソコン、複合機、デコデコと予備バッテリーを【亜空間庫】から出すと早速キシェフの手紙を偽造した。
従士長と各聯隊長、大隊長は連れ帰った諜報隊員の情報を元に、重要人物の動静、軍の配置を割り出し、制圧箇所を決めているようだが、勇人には口を出す余地はない。
あとは出立を待つだけだ。
タイラー一等兵→カイル一等兵に変更しました。皇室の苗字と重なってしまっていたので。




