127 朝チュンは男の子の夢?
翌日は朝食を済ますと帝都見物に出かけた。枢密院と貴族院を見たものの、外見からは中を推し量ることは出来ない。
(まあ、ここはワイの主戦場やないからな。中はヨナが良う知っとるやろ)
侯爵邸は騒がしかった。領兵が足繁く出入りしている。たぶんトラックの行方を捜しているのだろう。見物人に混じって怪しまれない程度の時間それを見て、そこを離れた。何気ない風をして後を付けてくる者がいる。犯罪者は犯罪現場に戻るというセオリーに則って見慣れない者を付けているのだろう。勇人は新婚夫婦を装ってアビーを引き寄せた。
「アビー、付けられてる。特に怪しまれている訳ではないらしい。新婚らしく振る舞うぞ」
「り、了解」
勇人はその言葉を聞いてアビーを引き寄せた。それから当たり障りのない話をしながら木陰に在るベンチに座ると、アビーの顎を右手で優しく包み、唇を寄せた。アビーは目を閉じてそれを受け入れる。長いキスの最中に目だけを動かして見ると、目の端に興味を失ってその場を去って行く尾行者が見えた。勇人はそっと唇を離す。アビーは何も言わず下を向いた。涙を流している。
「アビー、ごめんよ」
「ユージン。オレのことが好きか」
「ああ、どうもそうらしい」
確かに勇人は何だか下半身がむずむずとしていた。ここへ落ちてきてから感じなかった気持ちだ。
(ひょっとしてワイもまだ出来るんか)
「それなら許すぞ」
言葉はぞんざいだが、目は真剣に勇人を見ていた。
「さあ、次は武器屋だ」
勇人は気持ちを振り払うように言った。
「お、おう。店があるのはこっちだぞ」
アビーも何事もなかったかのように立ち上がると商店街の方にさっさと歩き始めた。勇人は慌ててそれを追う。
何軒か見て回ったが、日本刀のような形の片手半剣は無かった。勇人は幾分自棄気味になって古ぼけて如何にも流行ってなさそうな武器屋に入った。そこで見てみるがここにもない。
「親父っさん、こんな剣はないかなあ」
勇人は【亜空間庫】から模造刀を取り出すと店主に見せながら言った。
「ああ『刀』か。店先に置いてたって売れやしねえから奥に置いてるが、何本かあるぞ」
「なんだって。ここに来るまでに何軒も大店を廻ったんだが、どこも無いって言ってたんだよ」
「そりゃそうだ。こんな酔狂な物を扱うのは帝都広しと言えども俺の店しかねえからな。見てみるか」
「ああ。是非お願いするよ」
店主は店の奥に引っ込んたが、数分で戻ってくると目の前に鞘に入った刀を三本並べた。
「みんな無名だが、これは『菊正宗』、こいつは『村覚め』、そして最後のこれは『知恵の小鉄』、皆上の世界では名刀だ・・・と売った奴が言っておったぞ」
(なんやて。最初のは酒やし、二つ目は落語のネタ、最後のは猫、おまけに著作権ギリギリやんか)
「親父っさん、振ってみても良いかな」
「おお、買う気があるんなら良いぞ。裏庭でやってくれ」
「手にしっくり来るものがあれば貰うよ」
勇人はそう言って三本の刀を持つと裏手に行った。そこで振ってみると『村覚め』が一番軽い。勇人は実は切れ味はどうでも良かった。どうせ【次元刀】で切るときのダミーなのだ。「軽いイコール早く振れる」で、軽い方を選ぶつもりだった。
「親父っさん、値段は幾らだい」
「置いていてもどうせ売れっこねえから、どれでも一本二両だ。仕入れ値が一本一両だったからな。それくれえは儲けさせてくれ」
「分かった。で、三本纏めたら幾らにしてくれる」
「三本纏めてなら、五両で良いぞ」
「買った」
勇人は切れるか切れないか分からない刀を三本仕入れた。早速「村覚め」を腰に差す。何だか、あの抜刀術の使い手になった気がした。
街中を歩いていると、来たときより明らかに街の雰囲気が険悪になっている。兵隊が走り回り、武器屋を出てから宿に帰るまでの間に、勇人たちは三度も誰何された。兵隊は西洋系の者を捜しているらしく勇人はそれとは全く違う身なりだったので、特に疑われたと言うわけではない。手当たり次第に誰何しているらしい。リーア奪還作戦でひと手間掛けて上の世界の外国兵を犯人に仕立てた甲斐があった。
「明日にも帝都を出た方が良さそうだね」
宿に帰って、いつものように少し豪華な夕食を取り、風呂に入ってくつろいでいた。せっかくの帝都だしもう少し長居をしたい気持ちも在ったが、身分証明はテレビジアの魔猟士組合発行の物だ。キシェフ侯爵の目がテレビジアに向くと勇人たちの身も危うくなる。
「そ、そうだな。オレとしてはまだ一緒に寝てても良いんだぞ」
「そうか。もう一晩あるよ。そんな隅っこに座ってないでここに来ないか」
勇人は何となくアビーを側に引き寄せたくなって誘った。何時ものようにそっぽを向いてしまうかと思っていたが、案に相違してアビーは黙って勇人の左に座ると子猫のように身体を寄せてきた。
(こいつ、こんな可愛いところもあったんや)
勇人は左手でアビーの頭を抱えるようにしてその髪を優しく撫でつけながらそっと唇を重ねた。アビーもそれに応じる。勇人はテーブルの上の魔導灯の灯を絞ると、アビーを抱え上げてベッドに向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝、目を覚ますと鳥の声が・・・聞こえなかった。ここは帝都、帝国随一の大都会なのだ。朝チュンなどあろうはずもない。聞こえるのは早朝の喧騒だけだった。
横を見るとアビーが寝ている。半開きの口からヨダレが垂れている。それもまあ可愛いか、勇人はそう思った。アバタもエクボである。
「アビー、起きろよ。なるべく早く出発するからな」
勇人はアビーを揺する。昨日までよりこいつの扱いが優しいな、自分でやっていながらそう思っておかしくなった。
「う~。疲れた。もうちょっと寝てたい」
「化粧に時間が掛かるんだから早く起きろ。一分違いで死ぬことだってあるのは知ってるだろ」
「わかった。起きる」
アビーは物憂げに起き上がるとバスルームに向かって歩き出した。何か歩き方が変だ。
「アビー、歩き方が変だよ。ガニ股で何してるんだ」
「うー。何か股に挟まってる気がするぞ」
(あっ、五十年も前のことで忘れとったわ。嫁はんもそんなこと言うとった)
「良いけど、外では普通に歩けよ」
「良いじゃねえか。初めて何だからよう」
「何言ってんだ。僕たちは新婚夫婦なんだよ。昨日が初めてなんて有るわけないよ」
「む~。オレは初めてだぞ」
「もう良いから、シャワーでも浴びて化粧してこいよ」
「ふん。言われなくてもそうするぞ」
(猫・・・と言うよりは山猫みたいな奴やけど、あれはあれで可愛いのう)
狒狒爺である。
アビーが化粧をしている間に勇人もシャワーを浴び、スッキリしたところで何時もの服装に着替えた。
「アビー、お前が持ってるヤバいものを出せよ」
「そんな物、持つてねえぞ」
「以前の身分証、帝国軍の軍服、階級章、支給品、昨日使ったロープ、シーツの残り、孤児院で貰ったもの、それからユナに貰った毛染め薬、これは分に過ぎる、なあ、こうやって見れば色々有るだろう」
「支給の下着まで出すのか。着替えが無くなってかえって変だぞ」
「東門に行くまでに商店街で買い揃えれば良いよ。それで思いついた。金だ。いくら持ってるんだい」
「良い仲になったからって人の財布まで除くのか」
「そんなゲスじゃないよ。必要だから聞いてるんだ。お前はD級の魔猟士だ。やっと一人前になったばかりなんだよ。大金を持ってたらおかしいだろう」
「それもそうだな。金貨百五十枚ほどだな」
「随分持ってるんだな」
「少尉の俸給が月四枚、中尉の俸給が月六枚。少尉で一年、中尉で二年だから三年で百六十八枚だ。官舎住まいだから時々部下に奢るくらいしか使い道は無え。それくらいは溜まるぞ」
円に換算すると少尉で月給四十万、中尉で六十万だ。
「へぇ~。結構良い給料を貰ってたんだな」
「腕の良い魔導兵は貴重なんだとよ。だから民間に引き抜かれないように金で縛るんだ。オレもあの作戦で戦果を上げれば大尉だって言われてた。そうなれば俸給月金貨十枚だぞ。でも、あくまで上に「魔導」が付く階級だからこれで頭打ちだ。
士官学校出の貴族士官とは同じ中尉でも扱いは全く違うぞ。奴らは直ぐに佐官になって将官になって行く。同じ士官学校出でも平民は佐官が上限だ。オレたちは尉官が上限なんだ」
アビーはちょっと暗い顔になって答えた。孤児院から向かえの馬車に載って出かけたときの笑顔とは全く違うその顔がこれまでの経験を物語っていた。彼女はその後自分の【虚空庫】から仮の身分に会わないものを全て出し、勇人はそれを自分の【亜空間庫】に収納した。
「後で返してくれよ」
「返すよ。お金以外はね」
勇人が笑ってそう言うと、アビーは両手でポカポカと勇人の胸を叩いて、それから笑った。
「金はユージンが持ってて良いぞ。お前の財布はオレの財布だ」
朝食を摂って精算を済ませ、ホテルを出ると二人は東門に向かった。予想通り東門は出城する者が長蛇をなしていた。特に出城者が増える理由はないから、詮議が厳しくなっている証拠だ。列に並ぶこと二時間でやっと二人の番になった。
「三日前に入場したな。新婚旅行で、滞在日数は未定と。宿泊は帝都ホテル、奮発したな。登録地はテレビジア領か。少し聞きたいことが有るので奥に入れ」
どうもトラブルに遭ったようだ。二人はびっくりした顔をしながらも大人しく指示に従った。
奥には幾つか部屋が在り、その一つに案内された。中には机が一つ在り、その前に階級が上らしい帝国軍人が座っていた。両側には警備兵二名が佇立している。
「君たちは新婚旅行で帝都に来たんだね」
「そうです」
「帝都は楽しめたかね」
雑談めいた話から始まったが、初っ端から仕掛けをしてきた。
「私は楽しめたんですが、妻はそうでも無くて」
「ふむ。ところでせっかく帝都に来たのに三泊四日で帰ってしまうのか。見物する所は多いぞ」
「ええ、そうなんですが、僕たちは田舎者なんで、妻の方が人酔いをしてしまってもう帰りたいって言うもので」
「最初っから三泊しか宿を取ってないようだが」
「僕たちはしがないD級魔猟士ですよ。最初の三日間は奮発しましたけど、あとは少しランクを下げて泊まるつもりだつたんですよ」
「なるほどね。それで君たちは帝都から持ち出し禁止の物を持ち出そうとしていないかね」
「持ち出し禁止の物って何ですか。お土産品くらいしか持ってませんけど」
「念のため、魔封の腕輪を付けさせて貰って良いかな」
(やはりそう来るか。テレビジア領出身と言う身分証がまずかったな)
「あまり気は進みませんけど、拒否するわけには行かないんでしょうね」
「承諾と取らせてもらうよ」
そう言うと取調官は両側の警備兵に目配せした。警備兵は封魔の腕輪を持ち出して勇人とアビーに掛ける。アビーは【亜空間庫】に入れていたものを総て吐き出さされたが、特に怪しいものはない。金も小遣い程度しか持っていない。
勇人は掛けられた途端にあらかじめ選んでいた出すべきものを外に出した。昨日購入した刀三本、その前日に購入したロープと油の入った壺がその中に含まれていた。最初は出すつもりの無いものだったが、取調官の話しぶりから自分たちの行動の裏付けがある程度取られていると見ての決断だった。
「これは何だね」
取調官はまず刀に付いて聞いて来た。最初の軽いジャブというところか。
「自分へのお土産ですよ。珍しい形の剣でしょう」
「このロープは何だね」
「あまり言いたくないんですが・・・私と妻の夜の趣味でして・・・」
「なるほどね」
取調官は好色そうな眼差しをアビーに向けた。
「夫婦で趣味が一致するとはね。それでこの油は」
「ああ、それは私の趣味でして、昔風のランプと言うものにそれを入れて火を付け、灯りにするんですよ。風が吹くと少し揺れてなかなか風情のあるものですよ。でも田舎では良い油がなくて。帝都で揮発性の強い油を見つけてつい大人買いをしてしまいました」
勇人はそう言って恥ずかしそうに頭を掻いた。
「なるほど、特に問題は無いようだ。時間を取らせて悪かったな。もう行って宜しい」
そう言われて勇人とアビーは床に散らばった物を各々の【虚空庫】に仕舞うとそさくさと部屋を辞した。警備兵の一人がで口まで案内する。
「疲れたぞ」
「しっ、迂闊なことを言うなよ。隣の部屋から出てきた商人風の男は多分密偵だ」
勇人はアビーの耳元で囁いた。顔は笑っている。
「お前も笑ってくれ」
そう言われてアビーもニッコリと笑った。
二人は街道を東に歩き続けた。先程の商人風の男は暫く勇人たちの少し後ろを歩いていたが、いつの間にか見えなくなった。やはり密偵だったのだろう。二人はその日一日歩き、その夜は野営までした。
翌朝、まだ薄暗いうちに出立すると、途中で辺りに人影がないことを確認して草むらに入り、そこから近くの山に飛んだ。それからは早い。その日のうちにテレビジアの領主館に帰り着いたのだった。




