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126 誰が殺したヘン・リーア

 キシェフ侯爵邸の衛兵ザカリは、一階詰所のイスからのそっと立ち上がると気乗りしない様子で二階から三階へと続く階段を登り始めた。時刻は二時、定時の巡回の時間だ。


 今晩は週に一度周ってくる塔屋の夜番だ。三階の住人はうら若い娘で出入口は分厚い木戸に二重の閂、一階の出入口も同じ仕様だ。しかも侯爵邸の中庭ときている。逃げ出せるはずもないのに塔の中に一人、出入口の外に一人の警備兵が二十四時間体制で付く。あの娘はよほど重要人物なのだろうが、ザカリにとっては退屈でおまけに迷惑な仕事に過ぎない。明日はこのまま昼の勤務があるのだ。


 三階に着くと覗き窓から室内を覗いた。この時間なら娘はベッドで寝ているはずだ。なんだか室内が可怪しい、ベッドがない。室内を手にした魔導灯で照らしてみる。梁から何かぶら下がっている。あの娘だ。


 ザカリは慌てて閂を外し、ドアを押し開けようとした。だが何かがつかえていてドアが開かない。覗き窓から下を覗き込むとベッドが斜めになってドアに寄りかかっている。あの娘が首を吊るときの踏み台にしたに違いない。


 ザカリは階段を二段飛ばしに一階に走り下ると出入口の外にいる警備兵のヤロンに手助けを求めようと出入口の木戸を開いた。その途端に何者かに殴り倒される。彼が倒れる前、最後に見たのは四年間見慣れたチュードの軍服姿だった。顔は屋内に差し込む逆光で見えなかった。背が低いから隊長だろう、そう考えながら意識を失った。


 その少し前、警備兵のヤロンはチュードの兵隊たちが屯する部屋から一人軍服姿の者が出てくるのを見た。あいつらの一人、顔は奴らの部屋の灯りがちょうど逆光になって見えないが、多分背丈からいって隊長だろう。あいつは意外と紳士で時々差し入れと称してエールを一杯飲ませてくれる。


 ヤロンはそいつに向かって手を振った。


「やあ。毎晩酒を飲めて良いなぁ。俺もそういう身分になりてえよ」


 軍人は何も言わずに手を振り返した。その途端に後頭部に強い一撃を喰らい、そのまま昏倒してしまった。


 ザカリが意識を取り戻したとき、辺りは既に火の海だった。あわてて外に出ると中庭からの出入口が大音響とともに吹き飛び、軍用トラックが唸りを挙げてそこから外へと飛ぶように走り去って行った。その後もう二、三度正面で爆発音が聞こえ、唸るようなトラックの音が次第に小さくなっていった。


 ふと見ると足元にヤロンが倒れている。ザカリは彼を叩き起こそうとしたが、なかなか起きない。周囲では邸内の使用人や警備兵が右往左往して塔屋の火を消そうとしているが火勢が強く、とても消せそうになかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 それから六時間後キシェフ侯爵は執務室でことの顛末を聴取していた。塔屋の火事は燃えるものを燃やし尽くして既に消えていた。彼の前で報告しているのは警備隊長イエールだ。


「娘の遺体は三階室内で発見されました。死因は縊死これは当直のザカリが確認しております。その後、火災によって綱が焼損して遺体は床に落下、焼損したものと考えられます。チュード兵のうち少なくとも隊長が娘の縊死よりあとにヤロン、ザカリを殴り倒して塔屋内に侵入した模様、放火もその男の仕業と思われます。


 彼の侵入目的は不明ですが、娘と関係があると思われます。同人の縊死を知って放火に至ったかと。その後部下二人とともに連中の銃器で中門、正門を破壊してトラックで逃走しました。行方は追っておりますが今だに不明です」


「発見された遺体は娘のものと確認できたのかね」


「残念ながら焼損が激しく人定までには至りませんでしたが、女であることは確認できております」


「そうか・・・まあよい。あのような乗り物が人知れずに逃げ遂せることはあるまい。いずれ捕縛できるであろう。燃料なるものが無くなれば動かなくなるとのことであったしな」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日、勇人とアビーは手分けをして材料集めに奔走した。大量の引火性の強い油と丈夫なロープ、それに女の死体。最後のは難物だった。下町の死体置き場を廻り、行方不明の親族を捜す振りをして、行き倒れの死体、犯罪の被害者で身元の分からない者の死体を見て回った。


 やっとのことで体格がリーアに似ており、一人で生活していたが生きがいを失って首を吊って自殺したという死体を見つけた。年齢は四十代でリーアより太っていたが何とかなるだろうと言うことでそれに決めた。だが、持ち帰るという訳には行かない。結局死体安置所が閉まってからそこに忍び込んで盗んだ。


 その夜、十二時に勇人はアビーを【亜空間庫】に入れて、昨夜と同じように侯爵邸に飛んだ。侯爵邸の屋根から見ると兵隊は昨日と同じように三人で酒盛りをしている。今度はトラックの陰に飛んでじっと待つ。十二時半になった。作戦開始だ。


 勇人は窓から屋内に【亜空間庫】を伸ばすとそこから石礫を三発兵隊たちの後頭部に放った。三人は声も立てずに昏倒する。その内の一番背の低い隊長らしき者を残して【亜空間庫】に収納すると手早く隊長の制服を脱がせ自分が着込んだ。そして銃架の銃器を収納する。


 午前一時、勇人はエールの入ったジョッキを持つと部屋から出て塔屋の見張りの方に歩いていった。見張りの警備兵から声がかかる。


「やあ。毎晩酒を飲めて良いなぁ。俺もそういう身分になりてえよ」


 うまく隊長と思ってくれたらしいが、声を出すわけには行かないので手を振ってそのまま近寄った。そして後頭部に一発石礫をお見舞いするとそのまま警備兵は昏倒してしまった。素早く【亜空間庫】に収納する。これで二人以上の犯行と思って貰えるだろう。


 それから屋根を間に挟んでリーアの居る塔屋の三階に飛んだ。窓枠を収納して室内に入ると、リーアは見慣れぬ軍服姿に一瞬ハッとしたが勇人だと直ぐに気付いた。


「師匠、来てくれたのね」


 勇人は黙って頷くと、アビーを【亜空間庫】から出した。アビーは急に周りの景色が変わったので一瞬キョトンとしていたがリーアを見つけると小さな声でその名を呼んで飛びついた。リーアも喜びを顕わにしてそれを受け止める。


「さあ、時間が惜しい。準備をするぞ」


 勇人はそう言うと用意してきた女の死体を取り出した。既に下着だけにしてある。


「リーア、いま着てる寝間着と同じ様なのはあるか」


「あるわ」


 アビーに聞かれて、リーアはそう答えるとチェストから同じ柄のパジャマを取り出した。二人でそれを女の死体に着せる。その間に勇人はベッドを収納するとドアに斜めに掛かるように取り出してドアを封鎖してしまった。これで巡回してきた警備兵は一人ではリーアの生死を確かめられなくなる。


 女の遺体を出入口の覗き窓の死角になる場所に移動すると、シーツを割いて急いで縄を作った。それからアビーはリーアのパジャマの下にロープを通して背中で結び、その先を長く伸ばす。これが首を吊っても死なない仕掛けだ。ダミーのシーツ縄を逆に梁から下にぶら下げる。これで準備完了だ。


 警備兵が階段を登ってくる足音が聞こえた。アビーは勇人の肩を足場にして素早く梁に登る。その後直ぐにリーアも勇人の肩に乗って勇人の手を支えにしてロープの端を差し上げるそれを受け取ったアビーが梁に結ぶ。リーアはダミーのシーツ縄を首に巻く。アビーが音もなく梁から降りて勇人とともに覗き窓の死角に入る。


 須臾の後、覗き窓が開き、息を飲む声が聞こえ、閂を外す音とガタガタと戸を押す音が聞こえた後、慌てて下へ降りる音が聞こえた。勇人は窓から屋根を介して塔屋の出入口まで飛ぶと、そこに昏倒させた警備兵を出し、ついでに自動小銃も出して身構えた。その直後に中で足音がして木戸が開く。勇人は間髪を入れずに小銃の銃床で顎に一発入れて殴り倒した。


 二人の見張りを再度収納して塔屋内に入り、あちこちに油を撒いて火を付け、出入口のところとその外に倒した警備兵を出した。それから塔屋の窓に飛んで屋内に入る。


 そこでは既にアビーとリーアが油を撒いて待っていた。女の死体にも油が撒いてある。勇人は二人と協力して女の死体を梁から吊るすと二人を収納して再度中庭に戻った。


 軍用トラックに載っていたグレネードランチャーを取り出すと中庭の出入口に一発打ち込む。それと同時にエンジンを掛けてそこから飛び出し、正面の門に三発グレネードを打ち込んでそれを壊すとトラックを運転してそこから逃走した。暫く走って人目がないところまで行くとトラックと着ていた軍服を収納し、後は屋根伝いにホテルに戻った。


 一息つくと、勇人はアビーを出した。


「うまく行ったな。リーアはどこだ」


「【虚空庫】の中だよ。ここで出すわけにはいかないだろう。新婚さんが3Pって訳にはいかないよ」


「そ、そうだな。新婚だもんな」


 アビーは勇人の言葉の意味は正確には分からないものの、察しは付いたのだろう。真っ赤になって横を向いてしまった。


「それで、これからどうするんだ」


「どうするも、こうするも新婚さんが帝都に新婚旅行に来てるんだ、することは一つだろう」


「い、いや。そうなんだが、オレ、覚悟が、ま、まだ」


「何を勘違いしてるのか知らないが、帝都観光に決まってるだろう」


 アビーは益々赤くなった。


「か、勘違いなんかしてないしぞ。観光、観光だな。宮城は凄いぞ」


 (おもろいから、もう少し誂おか)


「アビー。お前、ひょっとして誰からも好きだって言われたことないのか」


「バカにするな。オレだって結婚してくれって言われたこと有るんだぞ」


「へぇ、そんなこと言ったのはどんなやつだ」


 勇人は如何にも疑っているという風に言った。


「結構まめに働く奴だぞ。オレに結婚してくれって言って、結婚してくれたら炊事も洗濯も家事は全部自分がやるなんて言いやがった」


「良いやつじゃないか。お前にはお似合いだろう。何で断ったんだ」


「『今と同じじゃねえか』ってプッ飛ばした。オレの当番兵だったからな」


「ははは。そりゃいいや。ところでさっきの話だけど、宮城はもう見たじゃないか」


「そ、そうだったな。後は枢密院か、貴族院か。中央公園なんかも良いぞ。あっ、武器屋も防具屋も多いぞ」


 (アビーは誂うとおもろいなあ。まあ、次の主戦場は枢密院と貴族院、外見だけでも見といて孫はないなぁ。それに、武器屋か。模造刀も大分ボロになってきたし代わりを捜すのもええか)


「よし。枢密院と貴族院を見て、武器屋だ。それに侯爵邸も見ておきたい。通りがかりの風を装って行けるルートで案内してくれ」


「うん。それが良いぞ。侯爵邸は任せておけ」


 そんな話のあと風呂に入って、二人は寝ることにした。新婚用スイートとあってベッドはキングサイズのダブルだがもちろん二人の間には何も無かった。 

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