125 翼よ、あれが帝都の灯だ
翌朝、勇人とアビーはテレビジア領主館の三階にある山の見える部屋から出発した。アビーがジョラを満足させるまで化粧の手直しをさせられ思わぬ時間を食ったのは御愛嬌だ。
あとは山の頂伝いに帝都に向かう街道の見える山まで行き、そこからは街道とツァハヴ川を目印に、そしてアビーの記憶を辿って山伝いに帝都に向かった。帝都までは意外と遠く着いたときには昼を回っていた。
あと一つ先の山頂に出れば帝都が見える。勇人はアビーからそう聞いて初めて見る帝都に心を踊らせながら【そこまでドア】を次の頂きにズームした。素早くアビーがくぐる。勇人はその後に続いた。山の頂きを少し先に進むと遠くに帝都が見える。十キロくらいは有るだろうか。
勇人は帝都を見て思わず口にした。
「翼よ。あれが帝都の灯だ」
「なんだ、それは。お前にもオレにも羽根は無えぞ。それに今何時だと思ってんだ。灯りなんか点いてる訳無えだろ」
「放っとけ」
せっかくの決め言葉にけちを付けられて、年甲斐もなく勇人は腹を立てたが、そんなことも言っていられない。
「さあ、どこに飛ぶかな」
「もう少し先の左手に岡があるから、一旦そこに飛んで、それから帝都の東門の近くの見えねえところに飛んだらどうだ」
「駄目だな。帝都の門だけあって出入りが多い。道を歩いてる奴もな。今まで歩いてなかったやつが急に出てきたら怪しまれるよ。ここは、麓に草むらがあるだろう。そこに岩が見えるからその陰に出て、間合いを見て街道に出よう。そこから先は歩きだ」
「え~、歩くのかよう」
「そうだよ。普通に歩いて行って、普通に東門で審査を受けて、休みを取って帝都見物に来た魔猟士として帝都に入るんだ」
「それなら、ふ、夫婦で、し、し、新婚旅行ってことにしようぜ。その方が只の帝都見物よりは在りそうだろう」
「何、噛んでるんだ。でもそれも良いな。如何にも在りそうな設定だ・・・そうしよう」
(アビーの奴、ジェシー、ヨナ、おまけにジョラにまで揶揄われて完全に意識してるわ。ちょっとの間、弄ってみよ)
「や、宿屋の部屋も二人部屋か」
「そりゃあ、別々だったら可怪しいだろう」
「そ、そうか。何もするなよ」
アビーの言葉に勇人はニヤッと笑い返した。アビーは真っ赤になってそっぽを向いた。
「さあ、奥さん、飛ぶよ」
そう言うと勇人は目星を付けていた岩の陰に【そこまでドア】のズームを合わせた。アビーは逃げるようにそこに飛び込む。勇人もその後を追った。それからは人が見えなくなった時を見計らって街道に出て、てくてくと帝都の東門を目指して歩く。二時間ほどで門に着いた。
「新婚なんだからな。言葉遣いには気をつけろよ」
「わ、分かってるわ」
「うん。その調子だ」
門に並んでいる列は思ったより短かった。特に警戒をしていないからだろう。直ぐに勇人たちの順番が来た。
「身分証明を見せて下さい」
門衛の言葉遣いは丁寧だ。物腰も柔らかい。しかし後ろで見ている上官らしい人物は眼光鋭く、勇人たちを見ている。勇人たちは偽造の組合員証を渡した。
「氏名、職業、生年を述べて下さい」
二人は言われたとおりに答えた。
「帝都へ来た目的は?」
「新婚旅行です」
勇人の答えに隣りにいたアビーは真っ赤になった。
(よしよし、ええ感じや。新妻の雰囲気がでとるで)
「滞在はいつまで?」
「決めてません。組合に顔を出して、仕事があれば受けhるかも知れないんで」
「では、これが滞在証です。署名欄に署名して下さい。滞在中は必ず携帯すること。警備兵から提示を求められて所持していなければ逮捕されます。あと入城者名簿に署名して下さい。帝都から退去するときには必ず滞在証を返還して退去者名簿に署名して下さい」
滞在証への署名は組合員証の署名と比較するためだ。入城者名簿と退去者名簿に署名させるのは居住者以外の入、退城を把握するためだろうか。
勇人とアビーは要求されるままに署名をして帝都に入城した。
「アビー、キシェフ侯爵の屋敷はどこにあるんだ」
「帝都の貴族街の東区画だ。貴族の屋敷のうちでは一番大きい建物でみばも良いから見物人も多い。俺達が行っても怪しまれることは無えぞ」
「その近くに宿は在るかなあ」
「ちょっとお高いが在るぞ」
「じゃあ、部屋が空いてればそこにしよう。新婚ならちょうど良いだろう」
「ほ、ホントに二人部屋を取るのか、新婚用の部屋は高けえぞ」
「幾らくらいなんだ」
アビーは少し考えてから答えた。無理もない。これまで兵営住まいで宿になど縁がなかったのだから。
「食事別で一晩銀貨五枚くらいかな」
(こいつ適当に言うとるな。金貨一枚と考えといたらええか)
「じゃあそこにして、宿を取ってからキシェフ邸を偵察に行くか」
東区角の高級商店街が立ち並ぶ街路沿いに「帝都ホテル」は在った。心配していた宿泊拒否などはなく、一泊素泊まりで金貨一枚のスイートがあったのでその部屋をその日から三日間予約した。求めに応じて金貨三枚を前払いする。これが信用のあるなしの差なんだろう。夕食はホテルのレストランを予約した。新婚旅行で一世一代の奮発をしている若夫婦と見てもらえれば良い。
部屋に通されて荷物を置くと、散歩を装って外出した。侯爵邸は歩いて五分ほどの目と鼻の先にあった。
上級貴族の屋敷とあって、周囲には幅五メートルくらいの堀を巡らし、その内側には同じく五メートルくらいの高さの土塀が巡らされている。敷地への出入口には鉄で表を覆われた十五センチ四方もある角材の門扉で閉ざされていた。
この世界では土魔法があるせいで鉄材と木材の役割が入れ替わってしまっている。
何気ない風を装って隙間から除くと、豪勢な邸宅とその前に広がる手入れの行き届いた庭園が見えたが、リーアが監禁されているという塔屋は見当たらなかった。
(今晩忍び込むしかないなあ)
「アビー、今から買い物に行きたいんだけど、動きやすい服とかマントなんかを売ってる店を知ってるかい」
「下町に行けば、そんな店は幾らでも在るぞ。今から行くか」
「うん。今晩使いたいからね」
アビーは勇人の手を取ると先に立って歩き出した。見るからにウキウキとしている。勇人に帝都を案内できるのが嬉しいのだろう。
あれこれとアビーの説明を聞きながら歩いているうちにいつの間にか如何にも生活の匂いのする焦点が立ち並ぶ一画に着いた。アビーは迷わず一軒の店に入る。
「作業服なんかを売ってる店だ」
勇人はそこでなるべく黒い色の上着を購入した。その後アビーの案内で服展を二軒回り、黒いズボンと黒いスカーフを買った。
「なんで、最初の店で全部買わなかったんだ。三軒も回って面倒じゃねえか」
「黒装束一式なんて、如何にも泥棒臭いじゃないか。なるべく目立ちたくないんだよ」
「なるほど。ユージンは頭が回るな」
「こんなので褒められたかぁないよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
予約したレストランでちょっと奮発した夕食を取り、部屋に帰ると勇人は買ってきた黒の上下に着替え、スカーフで顔を隠した。
「アビー、行ってくるよ」
「任せたぞ」
アビーも流石に連れて行けとは言わなかった。屋根から屋根に転移するのには自分が足手まといになることは分かったのだろう。
勇人は部屋の窓から見当を付けていた民家の屋根に飛んだ。そこからは侯爵邸が目と鼻の先だ。躊躇無く、その屋根に飛ぶ。
侯爵邸はロの字型の三階建ての建物で、ロの字の中が庭になっており、その中心近くに三階建ての塔屋があった。一階には窓は一切無く、二階、三階には窓はあるものの門と同じく木と鉄でできた格子がはめ込まれていた。
そして一階の戸口は衛兵が一人ついている。おそらく一階の中にも衛兵が居るのだろう。
勇人は二階の窓をズームして中を覗いたが、そこは人気がなくリーアが居る様子はない。三階の窓をズームすると中にはリーアが居た。
室内は生活環境が整えられており、彼女が虐待されている様子はなかった。おそらく侯爵やその身内が大怪我をするなどの万一の場合に備えて彼女を確保しているのだろう。
勇人は改めて中庭を見渡した。中庭に面した建物の一画に、灯りが点いていて何やら少し騒がしい部屋があった。そしてその直ぐ側に何年ぶりかで目にするものがあった。
トラックだ。オリーブドラフに塗装され布製のホロが付いたそれは如何にも軍用車両という外観で、長年使われていたらしくところどころ傷つき、塗装にも塗り直されたた跡が見受けられた。
よく見るとちょうど屋敷の裏手に当たる部分が大きく出入口になっている。トラックはここから運び入れたのだろう。
灯りのついた部屋の窓にズームすると中では西洋系の容貌の男たちが三人、テーブルを囲んで酒を飲んでいた。着ているのは不帰沼に居た軍人と同じ迷彩柄の制服だ。彼らの同僚に違いない。
一人は腰に拳銃をぶら下げ、残りの二人は丸腰だが近くに手作りの銃架があり、そこには特徴的なバナナ弾倉からひと目でAK系の自動小銃と分かる銃器が三丁立てかけられていた。拳銃を下げた者が分隊長、残りの二人と不帰沼で死んだ二人がその部下と思われる。
(他には居そうもないし、トラックに兵隊五人言うたら輸送隊かなぁ。トラックの中身は補給物資か。それにしても三人に銃ぶっ放されたら面倒や。今、攫おか・・・それで警戒されても厭やなあ。決行直前に攫うか)
今日は帰ってからアビーと救出手順の打ち合わせ、明日は必要な機材の買い出しをして、夜に救出決行、勇人はそう決めた。とすると警備兵が巡回してくる時刻を今日確認しておく必要が有る。
勇人は三階の窓まで飛んだ。格子が小さいので直接中まで入ることは出来ない。中のリーアに声を掛ける。
「リーア、ユージンだ。大声を出すなよ」
リーアは突然の声に動きを止め、次いで大声を出しそうになったが、寸前でそれを抑えた。
「師匠、助けに来てくれたのね」
「ああ、アビーが知らせてくれたからな」
勇人はそう言いながら窓枠を【亜空間庫】に収納して室内に入り込み、窓枠を素早くもとに戻すと出入口の覗き窓から死角になる部屋の隅に移動した。
「明日か、遅くとも明後日にはここから出すよ」
「今では駄目なの。師匠は入ってこれたじゃないの。このまま連れ出してくれれば良いのに」
「駄目だよ。それじゃあリーアが突然消えたってだけだ。侯爵の追求は終わらない。だからリーアは死ななくっちゃならないんだ」
「師匠がそう言うなら従うしかないわね」
「まずここの夜の巡回体制について話してくれ」
「きっかり二時間置きに見に来るわ。その覗き窓から見て私が寝てればそのまま立ち去るの。それ以外に来ることはない。侯爵邸の中庭だから気が緩んでるのね」
勇人は出入口を見た。戸は内開きで、外には閂が刺されているようだ。上を見ると梁が剥き出しになっている。それを見て彼は大まかな計画を立てた。
「大体の計画は出来たよ。明日か明後日の夜にはアビーと助けに来るから、それまでは普通に生活してくれ。はしゃいだりして悟られるなよ」
「分かったわ。私もそれほどバカじゃない。情に絆されて腕をくっつけたバカだけどね」
「人ってそう言うもんだよ。今日はこれで帰る」
勇人はそう言うともと来た道筋を辿って宿へと戻った。




