124 馬子にも化粧
アビーは孤児院時代から何度も【そこまでドア】を使っているので慣れたもので勇人が目標の山の頂に焦点を合わせるや否やそこに飛び込んだ。ヨナと勇人もその後に続く。
「領都のどこに飛んだら良いかな」
勇人は領都を伺いながらヨナに尋ねた。
「そうねぇ。正面の門から入るのが領主としては理想なんだけど、そこも見張られている可能性がないとは言えないわね。直接中に飛びましょう」
「そんなら、あの倉庫の陰だぞ」
こういうときのアビーは的確である。目聡く、辺りから死角になった場所を見つけて指摘した。ヨナもそれに頷き、それを見た勇人は黙ってそこに【そこまでドア】の焦点を合わせた。アビー、ヨナ、勇人の順でドアをくぐってその場に降り立つ。
その後はヨナが先頭に立って歩き出した。領主館の門前に立つと門番が直立して敬礼し、門を開けようとする。ヨナはそれを制して、脇の出入口から中に入った。勇人たちもそれに続く。車寄せを過ぎて正面出入口の前に立つと直ぐに入口が開き、執事らしき老人と領主代理と思われるヨナと年格好のよく似た女性が現れるとヨナの前で膝を突いた。
「ネリア・ミリアム・ビン・テレビジアじゃ。今帰ったでの」
「これは皇女殿下、よくご無事でご帰還遊ばせられました。一同お喜び申し上げます」
「お主も、領主代理の役目ご苦労であった。爺も息災のようじゃな」
「お陰様を持ちまして。殿下もよくぞご無事で。ささ、中へお入り下さい。してお連れ様はどちら様でしょうか」
「うむ。客間に行くので、話はそちらでしようそ」
そう言うとヨナはさっさと屋敷の奥へと歩き出した。勇人もアビーも呆気にとられて立ち止まったままだ。
「アビー、ユージン何をしておる。付いて参れ」
「はは~」
勇人もアビーも思わず畏まってしまった。言われたとおりに後を付いてゆく。
「紹介しておくのじゃ。この者はテレビジア家執事のイザヤじゃ。イザヤ、この者たちは我の魔猟士分隊仲間のユージンと帝国魔導兵アビゲイルじゃ」
「当家執事のイザヤでございます。以後お見知りおきを」
「ユージンだ。こちらこそよろしく頼む」
「自分は帝国軍魔道士大隊第一中隊第三小隊所属アビゲイル中尉であります」
「殿下、恐れながらこの場に帝国軍人を同席させても宜しいのでございましょうか」
「うむ。案ずることはない。ユージンの知り合いじゃ。これからこの者が帝都に潜入するについて先導役をするでの」
「さようでございますか。承知いたしました」
イザヤはそれで納得してしまったが、勇人は思わず目を見開き、アビーをまじまじと見つめてしまった。
「お、お前、そんな話し方が出来たのか」
「おうよ。オレだって帝国軍人だぞ。あそこは言葉遣い一つとってもえれえ厳しいんだ。あれくらいは三か月も居れば覚えるぞ」
(いや、三ヶ月もかかったんかい)
「あっ、普段はそっちなんだ」
「これの方が使い慣れてるからな」
二人の話を他所に、ヨナが指示を飛ばし始めた。
「イザヤ、至急、従士長を呼ぶのじゃ。それと風呂、化粧室の準備、アビゲイルに合う魔猟士風の衣装を準備してやれ・・・魔猟士組合長も呼んて置くほうが良かろう。ちと頼みがあるでのう。以上じゃ」
「承知致しました」
イザヤは一礼をするとその場を去った。何やら室外で指示を飛ばしている。領主代行と呼ばれた女性はその場に佇立したままだ。
「エヴァ、仕事に戻って良いのじゃ」
その言葉に領主代行は一礼をして客室を去った。三十分ほどその場に座って待っていると、ノックが有った。
「従士長ヨシュア、お呼びにより参上いたしました」
ヨナが入室を許可すると、四十代の偉丈夫が客室に入ってきてヨナの前に跪いた。
「殿下、ご無事で何よりです」
「うむ、心配を掛けたな。火急の用件があるので、堅苦しい挨拶は抜きにしてとにかくそこに座るがよい」
ヨナが自分たちと向かい合うソファーを指してそう言うとヨシュアは一礼してそこに着席した。
「帝都に密偵は出しておろうな。我はどういう扱いになっておるのじゃ」
「勿論であります。殿下につきましては、エラザール殿下と共謀の上で帝位を簒奪しようとしたとの疑いがかかっております」
ヨシュアの言葉にヨナは眉を顰めた。
「言い出したのはキシェフであろうが、何か証拠でもあったのかのう」
「恐れながら、殿下からエラザール殿下に宛てた謀反共謀を持ちかける書状が侯爵の手にあるとのことです。まごうかたなき殿下の署名と元老院一同が認めたと言われております」
「我はそのような書状を描いた覚えはないぞ・・・まあよい。今、動員可能な従士隊は如何ほどじゃ」
「全員で約千五百名ですが、各地の守備についておる者、休暇中の者もあり、全員となれば揃うのは二週間先になります」
「一週間では如何ほどじゃ」
「五百名ほどです」
「ちと足りぬか。一週間で動員可能な領兵は?」
「千名ほどであれば、十分に訓練を積んだものが集められます」
「よし。それで良いのでなるべく静かに集めるのじゃ。キシェフめを排除するぞ」
「千五百では、道中で帝国兵に阻止されてしまいますぞ」
「そこは心配しなくとも良い。帝都内部に全員が無傷かつ完全武装で到着できたとして、抑えるべき地点と配置人数を立案するのじゃ。作戦上、人数が足りなければ動員は二週間先でも良いぞ」
「承知しました。ではこれにて退室いたします」
ヨシュアが退室した後、勇人は疑問に思ったことを聞いてみた。
「ここは子爵領だろう。従士千五百人は多すぎないか」
「ふふふ。ここは帝都に異変があった場合の我の避難先じゃ。その為に作られた秘密領でのぅ、代々皇族の一人に貸与されておる。今は我の領地と言う訳じゃ。普通の貴族領なら、出仕するのは一家に一人かせいぜい二人じゃが、ここでは戦えるものは十五歳から四十五歳まで男女を問わず総て従士扱いじゃ。兵も同じだ。農民、町民総て輪番で調練を受けておる。そのかわりここは誰もが租税免除じゃ。運営は我の小遣いで行っておる」
(帝室恐るべしやな。どんだけ小遣い貰ろてるんや)
ヨシュアの室を待っていたかのように再度ノックが有った。
「ジョラにございます。お風呂の準備が整いましてございます」
ヨナが入室を許すと四十代の女性が入ってきた。如何にもという侍女の服装をしている。
「ジョラ、この者はアビゲイルと言う。風呂に入れて、これから帝都に潜入するので別人に見えるようにするのじゃ。眉毛を細くして髪色を変えて、それとあの女が持っておった「カラー・コンタクト」なる物があったであろう。あれを使って目の色も変えるのじゃ」
「承知いたしました。アビゲイル様こちらにおいで下さい」
「わ、わかったぞ」
アビーは挙動不審になりながらジョラについて退室した。これから丸洗いされるのだろう。
それから二十分ほどして、三度目のノックがあった。
「魔猟士組合の組合長カトリエルでございます。お呼びとのことで参上いたしました」
ヨナが入室を許すと六十代の老人が入ってきた。少し息を切らしている。慌てて来たのだろう。
「カトリエル、急に呼び立てて済まぬな。火急の頼みがあっての」
「お心遣い恐れ入ります。ご領主様、いや殿下のお呼びとあれば、何をおいても参上いたすのが私の務めでございます」
「急ぎの用なので儀礼は省かせて貰うぞ。用件と言うのは、この者ともう一人の女性の組合員証を作ってほしいのじゃ。ユージン、お前は幾つだったかの」
「僕は十八だ。アビーは十七だよ」
「よし。名前と年齢は元のままでよいじゃろう。あまり弄ると言い間違えて、却って危険じゃ。この者はユージン、十八歳、髪、目とも黒、遊撃士、D級。もう一人はアビゲイル、十七歳、髪は茶、目の色は青、同じく遊撃士、D級じゃ」
「おいおい、そんな勝手な組合員証を作っても良いのか」
「ここは我の領地ぞ。何も心配することはないのじゃ。カトリエル頼んだぞ」
「承知いたしました。直ぐに作成してお持ちいたします。では失礼をさせて頂きます」
カトリエルはそう言うと早々に退出した。
三十分ほどで組合員証は届けられた。見ると適当に汚し塗装がなされていて、如何にも何年も使われていた風にできている。ヨナからそんな指示はなかったのだが、カトリエルはよく気の回る男だったらしい。勇人は自分の組合員証に署名を記入した。
それからは随分待たされた。その間にヨナも風呂に行ってしまい、勇人も入浴するように言われた。男の風呂は早い。出てきた勇人は一人暇を持て余した。
やがてヨナが帰ってきて、それからもまだ暫く待たされたあとノックがあった。
「ジョラにございます。ガブリエル様の入浴が終わりましたのでお連れ申しました」
ヨナが入室を許すと、ジョラと彼女に連れられた女性が入ってきた。それを見て勇人はあんぐりと口を開けたまま言葉に詰まってしまった。ヨナは満足そうに何度も頷いている。
「さすがはジョラじゃ。よくぞ別人に仕上げたの」
「恐れ入ります」
「お前、アビーか」
「そうだぞ。もみくちゃにされて大変だったぞ」
「おほほ。大変に活発な方でいらっしゃって、三人がかりでお世話させて頂きました」
積年の肌の汚れは綺麗さっぱりと拭い去られ、眉毛は細く仕上げられて、薄く化粧まで施されている。髪の毛は脱色されて亜麻色となり、同色のウイッグで長髪を装っている。何より変わったのは目で青色のカラーコンタクトを嵌めている。
「ちょっと良いか。脱色やウイッグがあるのはまだ良いけど、カラーコンタクトはこの国の技術じゃ無理だろう?」
「うむ。ウイッグや毛染の技術もないぞ。これは南の国から伝来したもので、その国には西から伝わったそうじゃ。この国でもごく一部の貴族しか知らぬ技術じゃ。カラーコンタクトは、上から落ちてきた若い女が持っておった。可哀想に落ちた際に両足を骨折してのう、暫く国が保護しておったのじゃが、将来を悲観して自ら命を絶ってしもうた」
その女性と個人的に親交があったのだろう。ヨナは少し上を向いて懐かしむような、そして悲しむような複雑な表情を見せた。
勇人はそれ以上ヨナに声を掛けることが出来ず、アビーに再度視線を戻した。
(「馬子にも化粧」言うとこやな。いや年齢差考えたら「孫にも化粧」やんか。どっちにせぇ、これやったら帝都で知り合いに出会てもアビーやとは分からんやろ。そやけど何日かは帝都に滞在するんやし、その間はどうするかなぁ)
そんな勇人の気持ちを察したのか、ジョラが口を開いた。
「アビゲイル様には、基本的な化粧の仕方はお教え致しましたし、何度も練習していただきました。この程度のお化粧ならばもうご自分お一人でなされますわ」
「うむ良い仕事じゃ。下がって良いぞ」
「ありがたきお言葉。では下がらせて頂きます」
ジョラが部屋を出たあと、ヨナが話しかけてきた。
「今日はもう遅いから、一晩ゆっくりして明日の朝出かけるが良い。帝都への街道まで戻って、そこから道を見ながら行くがよい。アビーは帝都への道は分かるかの」
「分かるぞ。帝都からラフィアディアまで歩いてきたからな」
「うむ。街道はツァハヴ川に沿っておるから山の頂から見ても間違うことはあるまい」
「殿下、イザヤにございます。ご夕食の準備が整っておりますれば、食堂にお越し下さい」
「左様か。大儀じゃ。勇人、アビー夕食に行くぞよ」
三人は夕食を取り、暫く今後の話をしていたが、勇人らが明日早朝に立つとあって早めに休むことにした。
「寝室はお一人様向きをお二人分準備させて頂きましたが、お二人様向きを用意させて頂いた方がよろしかったでしょうか」
案内の侍女にそう言われて二人は真っ赤になった。
「一人部屋でお願いします」
「明日はお早いお立ちと聞いておりますので、そのほうが宜しいかと」
「そ、そんなんじゃねえぞ」
「おほほ」
侍女は二人を見て上品に笑った。




