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123 季布の一諾

 狭間から覗くと沼トカゲたちが一号砦を目掛けて体当たりをしたり尻尾で殴ったりしているが、砦はびくともしていない。屋根も四隅を補強したおかげで壊れたりズレたりする様子はなかった。ひと安心だ。


 (さて、どうしよか。リーアを助けに行くんは決定なんやけど、ヨナのはなあ)


 もうヨナが知ってしまったので、帝室で情報が共有されるのは仕方がない。問題は運ばれた兵士、攻められた貴族やその兵士たちが輸送方法に疑問を抱き、いずれは自分に目が向いてしまうだろう。


 それは避けたい。自分に戦略級の能力があると知られればアビーとリーアにも思わぬ災難が降りかかるだろう。二人を連れて他国へ逃げるしかなくなる。


 だがヨナの願いも叶えてやりたい。勇人は葛藤を抱えながら一階に降りた。


「ヨナ、聞かせて欲しいんだけど、テレビジア領兵の口は堅いか」


 勇人はヨナの目を見てそう聞いた。


「テレビジアは我の秘密領じゃ。そこの領民は領主代理から農民に至るまで、我の身に危険が迫った時のために生きておる。


 我に絶対忠誠を誓って居るし、いざとなれば従士は千五百名まで一般兵は三千まで十日で揃う体制ができておる。そのために税金は全額免除で、我の帝都での収入によって領の費用をまかなっておる。


 我が秘密じゃと言えばそれを漏らすものは居らぬわ」


 ヨナは胸を張って答える。


「わかった。それじゃあ、僕とアビーは帝都に行く。その途中でテレビジアに寄ってヨナをそこまで連れて行くよ。


 帝都でリーアの救出を行うからその途中で失敗して命を失うことがあるかもしれない。だからテレビジア領に戻ってこれると確約は出来ないよ。でも上手く救出できれば必ず戻る。


 リーアの救出のときに帝都の様子もある程度分かると思うから、ヨナのリベンジ方法についてはそのとき考えよう」


「それで頼むのじゃ。我もそれまでにテレビジア領兵に召集を掛けておくでの」


「それから領兵を何人収容できるかはやって見なければ分からないからな」


「それも承知じゃ」


 ジェシーがそれを聴いていて不満そうに口を挟んだ。


「ちょっと、あんたら三人だけで行くつもりなの。ボクたちも連れて行けよ」


「そうだべ。オラたちをのけ者にするなんて水臭いだ」


 ガブルも不満を口にする。二人の抗議に勇人は困り顔になった。確かに二人の意言い分にも理はある。


「出来るだけ少人数で、目立たないようにやりたいんだ」


 そこでヨナから助け舟が出た。


「帝都の民には森人や山人を差別するようなものは居らぬ。


 じゃが森人も山人も野人と比較すれば人数は極端に少ない故、どうしても帝都では目立ってしまうのじゃ。魔猟士の格好をしてれば特にの。


 だからユージンが二人を連れて行かぬというのはそれなりに理に適っておるぞ」


「けど、アビーは黒目、黒髪でおまけに国軍の魔法兵だべ。帝都で上官や同僚に出会えばすぐにばれてしまうだ」


「そこは我が何とかする。容姿を変える魔法での」


「そんなものがあるの?」


 ジェシーが興味をひかれたようだ。


「うむ。『化粧』と言う名の魔法じゃ。あと『馬子にも衣裳』と言う魔法も有るぞ」


「ううっ、その手があったか・・・ボクには無縁だけど」


 ヨナの言葉にジェシーは脱力して、その場に座り込んでしまった。


「とにかく見張りを残して寝るだ。一号砦は破られそうもないだし、明日は領都まで帰る旅があるだ」


 ガブルの至極真っ当な言葉に全員が頷いた。


「オラが最初に見張りにつくだ」


 ガブルが最初の見張りを引き受けたので、残りは思い思いの場所に夜具を出して眠ることにした。さすがにヨナもジェシーも寝室ユニットを出せとは言わなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝、沼トカゲが巣に戻ってしまうと同時に勇人たちは動き出した。領兵部隊の死体は一切残っていない。


「あいつらの死体はどうなったのじゃ。成獣の魔物は肉は食べぬのではないのか」


「成獣はね。幼獣は食べるよ。ボクはあれから調べたんだ。


 ここには人も獣も寄り付かない。成獣はここの魔素だけで生きて行けるけど、魔素が少ないあの柵より外には出て行けない。すると幼獣の餌が不足する。種の存続の危機ってわけだね。


 それで餌が手に入るときにはありったけ取って幼獣の糧にするんだ」


 「グリフォンの夢」の中では、一番の勉強家であるジェシーが解説した。


「好都合だな」


 勇人はそれを聞いて満足そうに頷いた。


 連中の見張りが四人残っている。そのうち二人は確実に近くに居る。そいつらにヨナとアビーが死んだと思わせなければならない。見張りが沼地の様子を見に入ってくるまでに偽装の準備をする必要がある。


「奴らをどうするだか」


「殺るのか」


 ジェシーがガブルの言葉を引き取る。舌なめずりをしそうだ。


 (危ない奴っちゃなぁ。それもこの頃どんどん酷うなりよる)


「物騒なことは言わないでくれよ。黙って帰すんだ。でもこっちが全員無事という設定はまずいな。ヨナに対する追及が続くことになってしまう」


「じゃあ、死んだことにする?」


「うん。奴らに二号砦を見せつけよう。それで領軍との攻防の際にヨナは死んだと見せかける。


 それとアビーも死んだことにしよう。こっちはもともと領軍に居たんだから居なくなっても不思議には思われないはずだ。ヨナ、アビー、僕の【虚空庫】に入ってもらうよ」


 勇人はそう言うと有無を言わさず二人を【亜空間庫】に収納した。そして二号砦を出すと、その前に座り込んだ。


「ガブル、ジェシー、二人も同じようにしてくれ」


 二人は頷くと思い思いの場所に座り込んだ。疲れた表情を装っている。


 暫くすると領軍の見張りをしていた二人が現れた。もう他人のふりはしていない。


「おい、お前たち、追いかけてきた兵隊はどうなった」


 勇人たちが精魂尽きていると思ってか、露骨に聞いてくる。


「全員トカゲに食われちまったよ。僕たちの仲間も一人やられた。熱くなるなって言ったのに敵兵との殺り合いに夢中になって、砦の狭間から身を乗り出したんだ。トカゲに攫われたよ」


「そうか。残った顔ぶれから見ると殺られたのはヨナって女だな。それならお前たちに用はない」


 見張りは満足そうにそう言うと、顔を見合わせて互いに頷き、その場を後にした。領都の見張員とともに帝都に帰って皇女の死を報告するのだろう。


 勇人たちはそこでたっぷり一時間を潰したあと二号砦を撤収して帰路についた。


「それでユージンたちが帝都に行っている間、ボクたちはどうしたら良い」


「キネレットも加えて四人でブルカン村に行くべ。ユージンが帰ってくるまでオラとジェシーはそこで待ってるだ」


「それが一番良い方法かな」


「そしてボクは毎晩種馬さんのピロートークと付き合わされるって訳だね」


 軽口が出た。ジェシーの調子が戻ってきたようだ。


「オラもキネレットもそんなことしねえだ」


「あら、ひたすらやるだけなのね。さすが種馬さん、でもそれじゃハレム野郎にはなれないよ。もっと愛を囁かなくっちゃ駄目だよ」


「ははは。ガブル、反論するのはやめとけ。口じゃジェシーには勝てないよ」


 そんな無駄口を叩きながら歩いているといつの間にか領都の南門に近づいていた。


「よし、ここからは葬式顔になろう」


「そうだね、ヨナが死んだってのに笑ってるわけには行かないよ」


 三人は吹き出しそうになるのをこらえて沈鬱な顔を作り南門を入った。


「組合にヨナの死亡報告はしないだか」


「うん。帝都での後始末が終わったあとあいつがどうするか分からないからね」


「そうだね。ヨナが帝都に残るって決めてから引退抹消でも言いわけだし」


「キネレットには街を出るまでヨナが死んだことにしておくだ」


「それが良いな」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 勇人たちは一旦拠点に帰った。キネレットにヨナが亡くなったと告げると彼女は意気消沈してしまった。


「一旦、村へ戻ったほうが良えだ。オラたちも付き合うだで」


「うん。そうすべぇ。オラ、今は村のみんなと話してえだ」


「そんじゃあ、準備をすっべえ。キネレットは『豊穣の森』に挨拶してくるがええだ。その間にオラたちは荷物を纏めておくだで」


 キネレットが「豊穣の森」に挨拶に出かけると残された三人は荷物を纏めた。ヨナの分はそのまま勇人の【亜空間庫】に放り込む。


 それから勇人はブルカン村への土産を買いに街に出た。これは必須だ。


 途中で組合に顔を出してみたが「天使の羽根」の誰ともで会わなかったので、拠点の出入口に「暫くブルカン村に出かけます」と言う張り紙をした。「天使の羽根」に対する連絡はこれで良いだろう。


 四人は西門から出かけ、その夜はブルカン村へ行く途中の林の中に二号砦を出して野営した。翌朝出立して昼前にはブルカン村が見える所まで来た。


「この辺りでいいかな」


「そうだべな。キネレット、これから見ることは誰にも言わないでけろ」


「うん? お前様がそう言うなら、オラは何も見なかっただ」


 勇人はそれを聞いて小さく頷くと【亜空間庫】からヨナを出した。キネレットは目を剥いている。ヨナは辺りを見回し、キネレットが居るのを見つけると状況を大まかに察したらしい。


「ブルカン村に行く途中なのね」


 開口一番そう言った。


「ヨナ、亡くなったんで無かっただか」


「済まねえ、状況を話すとややこしいことになるんで、死んだことにしてただ」


 五人で村に入った。酒や菓子をもたらす彼らは、ここでは何時でも歓迎される。その日も案の定宴会になった。


「で、今回は何の用じゃな。まさかキネレットがもう身ごもったと言うことでもあるまい」


「ああ、今回はギネレットの他にジェシーとガブルを暫くここに置いて欲しいと思って来たんだ」


「ほほう。お前さん、ヨナとデキたのかのう」


「そ、そんなんじゃないよ。ヨナはラフィアディアに来る前、とある貴族様から妾にって言われたんだが、それが嫌で断って逃げ出したんだ。


 その貴族様が自分の面子を潰されたってんで、しつこくヨナの命を狙ってて、今まで三度も刺客に狙われたんだ。それでその決着を付けるためにそいつの所に行くことにしたんだよ。


 隠密行動になるんで、僕とヨナだけの方が良いってことになって決着を付けて帰ってくるまで念のため二人にはギネレットと一緒にここに居させて貰おうと思って来たんだ」


 勇人はヨナから聞いていた偽の身の上話と創作とをゴチャ混ぜにしてそんな話をでっち上げた。


「そうかい、そうかい。村としてはガブルが居てくれるなら大歓迎じゃ。せいぜい頑張ってもらうかのう」


 そう言って村長は嬉しそうに笑った。


「だってよ、ガブル。良かったじゃない、暫くハレム野郎になれるわよ」


 ジェシーが耳聡くその会話を聞きつけて含み笑いをしながらガブルを誂う。


「よすだよ。オラ、一人で十分だべ」


「あら、毎夜、毎夜じゃ、キネレットも大変だって言ってるかも」


 ガブルは真っ赤になって下を向いて黙ってしまった。自覚はあるのだろう。


「良い良い。これから十分に日はあるのじゃろう。そのうちにガブルもその気になろうて」


 ひとまずここへ来た目的ははたした。品のない冗談が交わされるようになり、夜は更けていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝早くに勇人とヨナは出立することとなった。


「多分、私はここを発つとヨナではなく皇女ネリア・ショーシ・ラ・タイラーとなってしまう。キシェフとの暗闘に勝っても負けてもここへ戻ってくることはないわ。ジェシー、仲良くしてくれてありがとう。ガブル色々誂ってごめんね、そしてありがとう。さようなら」


「そうだね。皇女殿下に戻って摂政になるために機会を伺っていたんだもの。今が一番のチャンスよ。絶対に掴んで。ユージンが居ればなんとかなるよ」


「オラ、ヨナが遠くへ行って仕舞うのは悲しいだ。ずっと『グリフォンの夢』の一員でいてくれると思ってただからな。


 でも最初っから貴族様だと言われてただし、外から見たらこうなるのは当たり前だっただな。でも貴族が嫌になったら帰ってくるが良えだ。オラはいつでも大歓迎だで」


「ありがとう。ジェシー、ガブル。行ってきます」


 三人とも目に薄っすらと涙を浮かべながら笑っていた。そうしないと泣き出しそうだから。


 二人は取り敢えず西への街道が見えるところまで戻った。テレビジア領はラフィアディアから見て西の方角にある。西への街道を見ながら【そこまでドア】を使うほうが迷う危険を少なくできる。


 勇人がヨナと初めて出会った時、ヨナは北から来ていたが、これはヨナがテレビジア領の閉鎖されているのを見て万一のことを考えて北に大回りしてラフィア領に向かっていたからだった。


 山頂伝いに【そこまでドア】で飛んで、ほぼ半日でテレビジア領が見える所まで来た。秘密のうちに領への出入りを監視している侯爵の手の者も既に遥か後ろになった。


「次の山の頂きまで行けばテレビジアディアが見えるわ。この辺りでアビーに出てきてもらったらどうかしら」


「そうするか」


 勇人はヨナの提案を受けてそう答えると、【亜空間庫】からアビーを出した。アビーは突然変わった風景に一瞬戸惑った。


「うん・・・ああ、そうか。オレは勇人の【虚空庫】に入ってたんだったな。ここはどこなんだ」


「テレビジア領だよ。あの山の頂きまで飛べば領都が見えるんだって」


「そうか。じゃあ、早速行こうぜ」


 アビーから催促が入った。何時もだらけてるくせに興味があるとなると俄然張り切る。彼女の平常運転だった。

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