122 昨日の敵は今日も敵だけど、敵の敵は味方~敵が敵である間は
「ユージン、助けてくれ!」
それがアビーの第一声だった。
「まあ、待てよ。アビーの話は後でゆっくり聞く。今は戦闘中だ」
勇人がそれに答えた瞬間だった。辺りに腹の底に響く野太い雄叫びとくぐもった唸り声が沼のあちこちから聞こえてきた。
「おっと、援軍が来たよ」
ジェシーがそう言って狭間から頭を少しだけ覗かせ、辺りの様子を伺った。
(やっと騎兵隊の到着やな。ラッパはないけど)
「ふふふ。敵の兵隊連中、こっちのことはそっちのけで小さく固まってるわ」
同じくヨナもチラチラと外を見ている。
「ユージン、敵の一人を拐ってどうするだか。気に入って嫁にでもするだか」
「お前と同じにすんな。こいつは僕の孤児院時代の幼馴染だよ」
「オ、オラ嫁なんぞ貰ってねえだ」
「そうよね。ハレム野郎だもの」
ヨナが混ぜっかえすと、ガブルは真っ赤になって俯いてしまった。
「援軍って、あのトカゲか」
アビーもそっと覗いて、外の光景を見るとそう呟いた。外では敵の中隊が必死になって防戦しているが、一人また一人と沼トカゲに噛み殺され、太い尾でなぎ倒されている。
「そうだ。奴らはこの沼の主だよ。この沼は不帰沼って呼ばれてる。迷うと帰れないってこともあるが、ここで一晩野営すると奴らに噛み殺されるって意味もあるらしい。可愛そうだけどアビーの居た中隊は全滅だな」
「そうか。オレはユージンに助けられたのか」
勇人の言葉にアビーは小さくひとりごちた。
「連中、もうすぐこっちにも来るぞ。狭間を閉じて俺達も砦に籠もろう」
勇人の呼びかけに応じて「グリフォンの夢」の仲間は一階に降りた。
「アビーも一階に行ってろ。僕も狭間を閉じたら下に降りるよ」
その言葉に小さく頷くとアビーも下に降りていった。勇人も砦の屋根を密閉型に変更すると、強度を確かめるように一廻りしてから一階に降りた。
一階では仲間の三人が一塊になってアビーを見つめており、そこから少し離れてアビーが居心地悪そうに体育座りをしていた。無理もない。勇人は誰の了解も得ずに敵兵の一人を拐って来たのだ。
「やあ、みんな。少し詳しく紹介するよ。アビーは僕より一つ歳下だ。孤児院に居た時は僕の護衛だと言って殆どずっと僕に付いてきていた。
リーアという親友が居てその二人で七歳から十歳までは僕の面倒を見てくれていたし、言葉も教えてくれた。僕にとっては孤児院の中で一番の親友だったんだ。
ここへ連れてくるのにみんなの了解を得なかったのは悪かったが、時間が無かったんだ。許して欲しい」
「まあ良いわ。ユージンの親友って言うなら敵兵のひとりでも私に危害を加える気がなければ許すことにする」
「んだな。ユージンが嫁っ子にするつもりならそれでも良えだ」
「うん。可愛いとか美人とか言う訳じゃないけど、あの身のこなしだったら一緒に魔猟士ができそうだね」
ジェシーがアビーを上から下まで眺めて言った。確かに太い眉、強情そうな目鼻、厚い唇と顔つきはとても可愛いとか美人とか言えるレベルではないし、体つきもジェシーよりはましという程度である。つまりそこだけを見れば、ヨナやエフラよりは遥かに彼女の許容範囲なわけだ。
「バカなことを言ってないで、今のうちに晩飯にしよう。敵兵が居なくなったらこっちが攻撃される。そうなれば飯なんか食えたもんじゃなくなるぞ」
「それよりも先に風呂にしてほしいな」
「私もそれに賛成するわ。時間がないから三人で入りましょう」
ヨナの言葉に今まで黙っていたアビーが反応する。
「三人ってオレも入るのか」
「そうよ。何か問題でも有るの」
「オレがお前を殺さないって信じるのか」
「裸どうしでしょ。あなたは火魔法使いだと見たけど、私は雷魔法使いなの。接近戦なら私の方が有利よ」
「そうか・・・【雷撃】撃ってたのはあんたか。あれは凄いな」
「認めてくれてありがとう。あなたの【火箭】も凄いわね。あれだけ長いのを見たのは初めてよ」
「とにかく風呂だよ。ユージン、頼む」
ジェシーの頼みに応じて勇人は風呂ユニットを出すと、湯船にお湯を満たした。ついでにシャワー用の湯もタンクに用意する。三人は悠然と風呂ユニットに入っていった。
三人が風呂に入っている間に勇人はトイレや寝室を出し、砦の中央に二号砦を出して夕食の用意をした。いつものように屋台料理なので串物がほとんどだが量だけは十分にある。
飲み物はジュースと水、さすがに酒は出さない。全員が風呂と着替えを済ませると夕食を食べながらの話となった。
「アビーは国軍に入隊したはずだよな。何で侯爵軍に居たんだ」
「所属は今でも国軍の魔法兵大隊だが、今回、侯爵軍から魔法兵大隊に強力な魔法兵三名の出向依頼があった。
オレはどうしてもラフィアディアに来てユージンに会いたい事情があったんだが勝手に隊を離れる訳には行かず困っていたんだ。そこへ出向依頼があったから渡りに船で志願して加わった」
「ふうん。それでどうしてもここへ来たかった理由って何だい」
「リーアが監禁された。助けて欲しい、それをお前に頼みたかった」
「何でそんなことになったんだ」
勇人の問いかけにアビーは勢い込んで話し始めた。
「リーアはオレと一緒に帝都に出た後、帝都の孤児院に泊まり込んで孤児たちに算術を教えながら民間の施療院に勤め始めたんだ」
「国軍の施療部隊に入るんじゃなかったのか」
「そういう話で帝都に出たんだけど、やっぱり軍隊は嫌だって言いだしてな。それで非常時だけ施療部隊に所属して従軍するということで軍部に納得して貰ったんだ」
(予備役軍人言うわけか)
アビーは話を続けた。
その生活は一年くらい経過したころ、或る伯爵が孤児院に慰問に来て、リーアの算術授業を見て、大人でも難しい掛け算や割り算を十歳にもならない子供が簡単にやってるのに驚いた。
伯爵は彼女を自分の子供の算術教師として雇うことにした。伯爵家の教師が孤児院から通っているのは外聞が悪いと言われたので、給金で住まいを借りてそこから週一日は伯爵家に教えに行き、週二回夜に孤児院に教えに行き、それ以外は施療院勤務という生活が始まった。
これは半年前まではうまく行ってた。ところが半年前に伯爵家に行った時のこと、伯爵の十四歳になる長男が冒険心から夜に伯爵家を抜け出した。
丁度その日、リーアは授業を終えたのちに使用人のひとりの結婚祝いで内輪の食事会に呼ばれて使用人食堂に居たので、その行方不明騒ぎに巻き込まれてしまった。
まず邸内をひと渡り探したが見つからなかったので、外に出たと判断されて家人総出で捜索のために街中に散ることになった。当然リーアだけ帰る訳にはいかず彼女も捜索に出た。
土地勘のある下町の方に捜索に行ったところ、長男が地元のチンピラともめてる場面に遭遇した。双方が剣を抜いて切り合いになったが、相手の方が格段に強く、瞬く間に長男は左腕を切り落とされてしまった。
それを目にしたリーアはそのまま放っておけず、【止血】、【局所麻酔】を使って、血管や骨だけでなく神経まで繋いだ。具合が悪いことにそのとき現場をキシェフ侯爵の馬車が通りかかって侯爵に一部始終を見られてしまった。
その後、侯爵は伯爵家の様子を注視していて、伯爵の息子の腕が完全に動くようになったことを知ると秘密裏にリーアを拉致して自分の屋敷の塔屋にある監禁室に監禁してしまった。侯爵としては、万が一の時の保険にするつもりだったのだろう。
アビーは八方手を尽くしてリーアの所在を知ったものの流石にその塔屋から彼女を助け出す手段がなかった。それで【そこまでドア】でリーアのところまで飛べる勇人を辺境伯領まで探しに行きたいと思っていたところ、今回侯爵が辺境伯領に兵を送ること、帝国軍に魔法兵の派遣を求めていることを知り応募した。
これがアビーが勇人に助けを求めた理由だった。
「なるほど、事情はわかったよ。少し考えさせてくれ。ところで、アビー、お前は侯爵軍と暫く一緒に行動してたんだろう。フルバ侯爵がヨナの命を狙う理由について何か聞いてないか」
「フルバ侯爵? そんな奴は知らねえぞ。外で騒いでるのはキシェフ侯爵の軍だ。それに殺せって命令されてるのはヨナじゃなくってネリア皇女だぞ」
その言葉を聞いてヨナが顔を顰めて舌打ちをした。勇人はヨナを見る。
「そんな下品なことをなさってはいけませんよ、皇女殿下」
「仕方ないわね。我は皇姉ネリア・ショーシ・ラ・タイラーじゃ。テレビジア領主ネリア・ミリアム・ビン・テレビジアでもある。今まで黙っていて悪かったのじゃ」
「じゃあ、フルバ侯爵に側室になれって言われたとか、それが嫌で逃げだしたとか言うのはすべて嘘だったの」
「すまぬ。その通りじゃ。フルバ侯爵は温厚な老人じゃ。そのような無体なことは言わぬ」
「話の辻褄が合わないとは思ってたんだ」
ジェシーは今までの微かな違和感の原因が分かって深く頷いた。
「何時からじゃ」
「最初の刺客に襲われたときからだね。ボクが侯爵ならヨナを捕まえて無理矢理にでも側室にしなけりゃ面子が立たないって考える。そのためにはどうしたって捕まえて自分の屋敷に連れ帰り、側室にしたって事実を周りに見せつけなきゃ。それを秘密裏に殺してしまえなんて明らかにまともな考えじゃないからね」
「そう言われればそうじゃな。我の話をせねばなるまい」
そう言うとヨナは身分を偽ってここに来なければならなくなった経緯を話し始めた。
先の皇帝が身罷ったとき、ヨナは十歳、その弟は三歳だった。弟が次期皇帝として立ったが、皇帝としての職務を行うことは出来ようはずがない。誰かが摂政として皇帝の権限を代行する必要があった。
帝国法では皇位継承権を有する者、皇后と側室およびそれらの四親等の親族は皇帝の実子を除いて摂政となれないこととなっていた。
ヨナの弟の戴冠によって従弟に当たるエラザールが皇太従弟となった。彼なら従弟とは言いながら年齢的には二十歳を過ぎており摂政の資格は十分だったが、皇位継承権を持つものが男系男子に限られていたため、エラザールに次ぐ継承権者は遥かに血の薄い者となった。
そのためエラザールが継承権を放棄して摂政となる訳にも行かず、時の宰相だったキシェフ侯爵が摂政を兼ねることとなった。
そのときから侯爵の専横が始まった。商人や下級貴族から賄賂を取って御用商人に取り立てたり陞爵させ、逆らうものは冤罪に陥れたり暗殺したりと皇帝の権限を乱用してやりたい放題だった。
だが年月が経ちヨナが十四歳になると話が変わってきた。十五歳になれば成年に達して摂政となることができる。彼女には皇位継承権がないため帝国法にも抵触しない。
ヨナが摂政になれば権限は皇帝代理で宰相の上に立つことができる。そうなればキシェフ侯爵は宰相を罷免され、それまでの専横を暴かれて爵位剥奪悪くすればそのまま処刑ということになりかねない。
摂政の任免権は貴族院にあるが、議員の大半はキシェフ侯爵の専横を苦々しく思っているためヨナが成人に達すればすぐにも摂政交代となる。
それを恐れたキシェフ侯爵は元老院に対してヨナがエラザール皇太従兄に謀反を持ち掛けているという偽造文書を示して元老院の同意を得たうえでヨナを逮捕しようとした。
ヨナは懇意にしていた元老院議員からその情報を得て、自らの秘密領地であるテレビジア子爵領に行き挙兵しようと単身帝都を抜け出した。
しかし子爵領がヨナの秘密領地であることはキシェフ侯爵に知られており、そこへ入る道は既にキシェフ侯爵の手勢によって封鎖されていた。それで止む無くラフィアディア辺境伯領へ向かった。
これがヨナのここまで来た経緯だった。
「ユージン、ひとっ走り帝都まで行って早くリーアを助けてくれよ。お前の弟子だろう。【そこまでドア】なら一日で行けるじゃないか」
その言葉に、今度は勇人が渋面を作って舌打ちをした。それに今度はヨナが目敏く気付いた。
「ユージン、その【そこまでドア】と言うのは何じゃ」
「僕の他にはアビーとリーアしか知らない最後で最大の秘密だよ。仕方がない。やってみせるから二号砦の外に出てくれ」
三人は言われるままに二号砦の外に出た。アビーも後から付いてくる。勇人は一号砦の端から端まで【そこまでドア】で飛んで見せた。
その後二号砦に戻るとヨナが口を開いた。
「どこまで飛べるのじゃ」
「見える範囲ならどこまででも。見えないところには行けない。途中に障害物があっても隙間からその先が見えれば飛んで行けるけど、そのためには見える幅まで【そこまでドア】を小さくしなければならないから、自分の身体の大きさより狭い隙間は抜けられない」
「そうか・・・ところでおぬしの【虚空庫】は生き物を入れられるのじゃな」
「ああ。それはもうバレてたのか」
「入れられていた生き物はその間どうなっているのじゃ」
「時間が止まっている」
「人で試したことは有るのか」
「有るよ。入れて二日後に出したら何事もなく、入れられていたことにも気付かずに動き出したよ」
(今も一人入ってるけどな)
「そうか・・・おぬしの【虚空庫】にはどれくらい入れられるのじゃ」
「さすが帝国の皇女殿下だね。もうそこに気付いたのか。実際に調べたことはないけど、事実上無制限だと感じている」
「千人単位の武装兵と兵糧をここから帝都まで一日で秘密裏に運べるということか・・・究極の戦略兵器じゃな」
「だから秘密にしたかった。【虚空庫】の容量をある程度知られるのは覚悟の上だったから、生き物を入れられることと【そこまでドア】のことは秘密にしておきたかった。帝国の奴隷になる気はなかったからね」
「おぬしならたとえ監禁されても土魔法と【そこまでドア】を使えば逃げるのは簡単じゃろうに」
「物理的にはね。でも僕にも大事な人は居るし、今後も出来てくるだろう。そういう人を人質にされれば奴隷の立場に甘んじなければならないことも有り得るだろう」
「今まで根掘り葉掘り聞いて済まぬ。騙しておいてこんなことを頼むのは心苦しいが、我をテレビジア領まで連れて行って欲しい。できればそのあと領兵を千人ばかり帝都まで」
「ユージン、リーアを助けてくれ」
二人は言いつのった。そのとき一号砦の外壁で轟音が響いた。外の侯爵軍が全滅したらしい。敵の敵は味方と言うが、それも共通の敵が居なくなるまでのこと、敵はあくまで敵なのだ。
「オラ、外の様子を見てくるだ」
それまで黙っていたガブルがそう言って立ち上がった。
「僕も行くよ」
勇人は少し考える時間が欲しかったので、ガブルの後に続いた。面倒な話になったというのが勇人の偽らざる気持ちだった。




