121 疾く戰へば則ち存し、疾く戰はざれば則ち亡ぶを死地と為す
当日早朝、「グリフォンの夢」は南門を出立した。用心のためキネレットは作戦で留守にするあいだ「豊穣の森」に寝泊まりさせて貰うことになっている。
相変わらずディナは幼女の振りをして新客を誑かしては喜んでいるが、夫婦共々腕力では人後に落ちないので安心して任せられる。
数日前から拠点が見張られており、当日も四人の間諜が何食わぬ顔で付いてきているのは確認済みだ。南門を出ると「グリフォンの夢」はそのまま街道を南下し始めた。間諜の一人が東門に走るのが遠目にも見て取れた。
間諜が盗み聞きした情報で四人がオーガの巣の方へ行くと踏んでくれたおかげで、半日ほど先行することができた。勇人たちは後方に三人の間諜を引き連れてひたすら南に進み、とある村のところで東の沼地の方に下りだした。
付いてくる間諜は二人となった。久しぶりに来た不帰沼は昼間とあって不気味な静けさを保っていた。
前回来た時は、沼地帯に三十分ほど進んだところに砦を出したが、今度は更に奥深く一時間進んだところで乾いた土地を見つけて一号砦を出した。周囲を見回すと五十メートル以内に陣地に出来そうな乾いた土地はない。ここなら魔法攻撃は受けにくいし、夜間沼地を一時間かけてとなれば、敵中隊が退却するのも困難だろう。
早朝に領都を出て、かなり早足でここまで来たので時刻はまだ三時頃だ。敵中隊は一時間もすればここに至るだろう。
移動中は装備品を総て【虚空庫】に収納しておくことができるので、この世界の軍隊の移動は早い。中隊ならば勇人たちと同じくらいの速さで移動できるはずだ。
一号砦を設置して暫く待っていると制服を身にまとった百人あまりの者たちが現れ、一番広い乾燥地に集結した。中隊の中で【虚空庫】の大きな者が運んできたのだろう。四角い石を出して簡易な陣地を築き始めた。司令官と魔法兵部隊がそこに籠るらしい。
ここで敵の中隊長は作戦を誤った。すぐに攻撃を開始すべきだったが、説得を始めたのだ。
「『グリフォンの夢』の諸君に告げる。今すぐ降伏し給え。我々が求めているのは分隊員ヨナの身柄のみだ。他の諸君については降伏後すぐに釈放する用意がある。
見てのとおり我々と諸君との戦力差は明らかだ。だが戦闘に入れば諸君は全滅だが当方にも相応の損害は出よう。無駄な人的損害を避けるためにも降伏するよう勧告する」
拡声器のようなものを使っているのか声は良く届く。
「魔導拡声器ね。大層なのを持ち込んだものだわ。風魔法を利用して声をこちらに送り込んでるのよ」
貴族だけあって魔道具に詳しいヨナが解説してくれる。それにしても自らの軍隊の消耗を避け、こちらの降伏か悪くとも内部分裂を誘う良い作戦だ。普通ならば・・・
「奴らが知らないだけでここは『死地』だ。早く攻撃しないと助からないぞ」
「なによ、それ」
「元の世界に『孫子の兵法書』ってのがあってね、それに早く戦えば生き残れるけどぐずぐずしてると死ぬ地形があるぞって書いてあるんだ。そういう土地を死地って言うんだそうだ。なんかトートロジー臭いけどね。
その少し前に圮地って地形の説明もあって、それはまさにここみたいな土地のことを言うらしい。そこは出来るだけ早く通り抜けろって書いてある。まあ難所はなにがあるかわかんないから急いて出ろってことだな。それもまさにここだよ」
「じゃあオラたちはなるべく引き止めるべ」
「ジェシーは『魔導拡声器』のまねが出来るかい」
「できるよ」
ジェシーは勇人の問いかけに事もなげに答えた。
「それなら引き伸ばしを頼むよ」
彼女は勇人からそう頼まれて三階へ登ると、両てのひらで口の回りを囲い返答を始めた。
「そちらの要請は承った。こちらとしても考慮に値すると考えている。しかしながらこれまで仲間として活動してきた一人をそちらに差し出せという要請なのでしばし話し合う必要がある。まず引き渡した場合のヨナの身柄はどうなるのか見通しを教示願いたい」
十分ほどして返答があった。
「ヨナについては反逆の疑いで告発されている。引き渡しを受けた場合には帝都に押送し、そこで公正な裁判を受けることになろう」
「了解した。内部で協議したいので二時間の猶予を求める」
「二時間待てば日没となるので、そこまでの猶予を与えることは出来ない。五時までに回答を要求する。五時までに回答がなければ攻撃を開始する」
ジェシーは上手く一時間を稼いだ。敵中隊も時間を稼いだのは同じで、周囲の木を伐採し、それを沼地に敷いて通路を作ったり、太い木を攻城槌にするために加工したりと攻撃の準備を進めている。互いに時間を有効に使っているのだ。こちらは援軍待ちの時間稼ぎだが。
五時少し前になったので全員が三階に上がった。勿論身を隠している。
「お前たちの結論を聞こう。降伏する気になったかな」
敵の司令官は余裕だ。
「熟慮した結果、そちらの要請は拒否することにした」
こちらもジェシーが余裕たっぷりに答えた。この距離で魔法を当てられるのはそうそう居ないからだろう。勇人はそのやり取りの間に敵をざっと見渡した。
見慣れた・・・いやこちらでは見慣れない迷彩柄の戦闘服を着て鉄兜を被った奴がいる。手にしているのは・・・自動小銃だ、あのバナナ型の弾倉はたぶんAKー47かAKМ!
勇人はジェシーの言葉が終わるか否かのうちに彼女に飛びかかって引き倒した。それとほぼ同時に銃の発射音が響き、彼女が立っていた狭間の縁が衝撃音とともに石を飛び散らせた。
「何するんだよ。見せ場がだいなしじゃないか!」
ジェシーが不満そうに叫ぶ。
「銃だ。僕の世界の武器だ。僕の重力ボルトの何倍もの速さで金属の弾が飛んでくる。避けられないぞ。みんな絶対に頭を出すな」
勇人はジェシーの抗議を無視して、ヨナとガブルの顔を見ながら敵の武器を簡単に説明した。それから手をわずかに狭間から出して砦の外側に【亜空間庫】を広げる。これで当面銃による攻撃は防げるだろう。
彼はもう一度頭を挙げて敵を見回した。あちらからもこっちが見えるのだろう。何度も銃を撃ってきたし、長弓の矢も飛んできたが弾も矢も総て【亜空間庫】に入ってしまう。こちらからの反撃がないのを良いことに槍部隊が沼を渡ってこちらに近寄ってくる。
勇人はもう一度じっくりと攻撃部隊を見渡した。そしてもう一つ不味いものを見つけてしまった。元の世界の軍人がもう一人居る。しかも手にしているのは擲弾筒付きのAKだ。
擲弾を砦の外壁に撃ち込まれるとそれが傷つく可能性が高い。一発当たったぐらいで穴が開くことはないだろうが、これから一晩沼トカゲの攻撃を凌がなければならないのだ。あまり壊してほしくはない。
勇人はその軍人に向かって【亜空間庫】から重力ボルトを放った。ほぼ同時に五発撃って三発目が彼の胸部に命中した。これで暫くは擲弾は来ないだろう。
この攻撃で最初の軍人はこちらに有効な対抗手段があることを知り、石壁の陰に隠れてしまった。ときどきあちこちから顔を出して撃ってくるがこれは暫く放置して大丈夫だ。
押し寄せてくる槍部隊のほうが問題だ。奴らは二十人で攻城槌を持ち、それを二枚の楯を構えた十人の盾兵で守っている。それが二組。
攻城槌で何度も壁を叩かれれば如何に石壁でも壊れてしまう。それに魔法兵らしき者を随伴している。たぶん土魔法使いだろう。
攻城槌と土魔法の二十攻撃を受ければ壁が崩れるのは相当早いに違いない。やはり人族はゴブリンより一枚上手だ。石の外壁の内側に念のため三十センチ角の木材の内張りをしておいたので土魔法では破れず少しは持つだろうが、あとの沼トカゲが怖い。
「ユージン、どうするんだ」
ジェシーが心配そうな声で聞いてきた。
「僕が重力ボルトの乱射で盾持ちを倒すから、みんなは前が開いたら攻城槌を抱えている奴を前の方から倒してくれ」
「ゴブの時みたいに攻城槌の前の方を地面に突き挿させるのね。了解!」
勇人は重力ボルトを攻城槌隊に向けて連射した。重力ボルトにかかっては楯は役に立たない。守っていた盾持ちが次々と倒れた。
楯に守られていた攻城槌持ちが顕になる。そこにヨナの【雷撃】とジェシーの【風刃】が襲いかかる。ゴブルも【剛力】を腕に集めて投石する。攻城槌の先端が沼に突き刺さり反動で後部を握っていた攻城槌隊が吹き飛ぶ。一機を擱坐させた。
その間に勇人はもう一機に重力ボルトの先を向けた。先の攻城槌が擱坐したころにはこちらの盾持ちも倒れ、槌持ちが丸裸になっていた。そこに【雷撃】、【風刃】、投石が襲いかかる。もう少しで一号砦のある乾燥地に登るというところでこの攻城槌も擱座した。
攻城槌を撃退して「グリフォンの夢」のみんなはホッとして座り込んだ。勇人は所々の狭間から顔を出して敵陣の様子を見ていたが、顔を出した途端に顔の横に赤く光る線が走り、慌てて顔を引っ込めた。【火箭】だ。敵の中にここまで飛ばせる手練れが居る。
勇人は【亜空間庫】を盾代わりに再度展開して顔を出し、【火箭】の出どころを確かめ始めた。
敵陣の中に厄介な奴がいた。あいつを死なせる訳にはいかない。沼トカゲが出る時刻が迫っている。急いで助けなければ・・・
敵陣の中から【火箭】を撃ってきたのはアビゲイルだった。
方法は一つしか無い。「ゴブリンの夢」の仲間に知られるが背に腹はかえられない。勇人は頭を狭間から引っ込めると、砦の端に走った。ここならアビーが狙いを変えるのに少し時間がかかるだろう。
勇人は【亜空間庫】を【そこまでドア】に切り替えると出来るだけの速度でアビーの目の前までズームした。
「アビー、こっちへ!」
大声で怒鳴ると、アビーは勇人の顔を見て一瞬動きを止めたが、魔法を止めることは出来ず、右手を少しずらすのが精一杯だった。
勇人はアビーの右手を両手で掴み、【そこまでドア】のこちら側に引き込んだ。アビーもその瞬間に跳んだのだろう。勢い余って勇人は後ろに仰向けでひっくり返り、彼女も空中を飛んだが、こちらは途中で体勢を立て直して猫のように四つ足で着地した。
「ユージン、助けてくれ!」
それがアビーの第一声だった。




