120 虚を以て実と為し、実を以て虚と為す
「キネレット、オラだ。今帰っただよ」
拠点に帰るとガブルは大声でキネレットを呼びながら屋内に駆け込んだ。だが屋内には誰も居ない。ガブルはキョロキョロとあちこちを見回しながら、自分の居室や離れを探し回った。
「ガブル、みっともないことは止めなよ。ギネレットが居るはずないよ、今は『豊穣の森』で働いてる最中なんだから」
ジェシーが呆れ顔でガブルをたしなめた。
「そうだったべ。キネレットは働いてるだな」
ジェシーに言われてキネレットが仕事を持っていることを思い出したのか、やっとガブルも落ち着いた。
四人は順番に風呂に入って狩りの汚れを落とす。三日間のことだったが、衣類も肌も血と泥とがこびり付いていた。さっぱりしたところで勇人が【亜空間庫】から買い置きの屋台料理を出して四人でつつき出した。
ジェシーとヨナは何処から持ってきたのかエールやワインを出して屋台の串焼きを肴にグビグビとやりだしている。この分隊では女性陣の方が圧倒的に酒豪だ。ヨナはウワバミ、ジェシーはザルと言うのが勇人とガブルの一致した評価である。怖いので二人きりのときしか口には出さないが。
暫くそうしているとキネレットが仕事から帰ってきた。
「お前様、帰ってきてただか。店に寄ってくれても良かっただべ」
「狩りが散々でよ。そんな気にならなかっただ」
帰るなり探し回ったとは流石に言えず、ガブルは適当に誤魔化す。
「狩りがどうであれ、お前様が無事で良かっただ。オラ、お前様が一文無しで帰ってきても一向構わねえ。ちいとくれぇ蓄えはあるだろうし、オラの稼ぎも少ないけどあるだ。いよいよとなれば村さ二人で帰れば良えだ」
「そうなったら多分ガブルの身体が持たないわね」
すかさずヨナの茶々が入る。
「ははは。きっと、持たないのは村の娘っ子だよ。もう『種馬さん』は止めて『性豪さん』って呼ぼうよ」
ジェシーもその尻馬に乗ってキツいジョークを飛ばす。この辺りは平常運転だ。
「キネレットもここに座って食べなよ。【虚空庫】に十日分くらい入ってるから食べ物が足りないなんて心配しなくて良いぞ。屋台料理ばっかりだけどな」
「お酒もあるよ」
ジェシーが酒を勧める。キネレットはドワーフだけあって飲む方はこれまたザルかウワバミか。すぐに女性三人の酒盛りが始まる。狩りの顛末の話で盛り上がり夜が更けてゆくとキネレットに散々飲まされたガブルはそのまま横になって寝てしまい、勇人は無言でひたすら肴を出し続けた。
(ワイ、リビング自動販売機やな。金貰てへんから「販売機」や無うて「供給機」か)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌日からはまた魔猟士としての仕事を開始した。オークは元々間引く必要が有るくらい増えていたし、獣も少しずつ元に戻ってきた。それにつれて各地で経済的難民となっていた魔猟士たちも次第に戻ってくるようになり、領都ラフィアディアは徐々にもとの賑わいを取り戻していった。
そんな生活が二月ほど続いた頃、気になる話が舞い込んできた。
「ねえ、知ってるだか? 今度この街に百二十人ほど兵隊が来るらしいだよ」
キネレットが「豊穣の森」から帰ってくるなりそんな話を始めた。
「国軍の演習かい」
「それが何とかって侯爵の私兵なんだべ。人探しに来るんだと」
その言葉で四人の間に一気に緊張が走った。
「やっぱり報告が届いていたのかな」
「いいえ、それにしては遅すぎるわ。報告は届かなかったんだと思うの。それで今度はもっと優秀な密偵をこの周辺にばら撒いて情報収集をしたんだと思う。その結果居場所を突き止めて私兵を派遣したのね。今度は正面から殺る気よ」
「一人殺るのに増強中隊を派遣してとはなぁ」
(幾ら何でもやり過ぎやし、事が公になって却って面子が潰れるんちゃうやろか。知らんけど)
「侯爵様はそれくらい面子を潰されたって思っているってことよね」
(捕まえて強制的に自分の側室にする方がよっぽど体裁良えような気いするけど。まあ、そんなことしたら間違い無うヨナに寝首搔かれるやろなぁ)
勇人はチラッとヨナを見て、それから自分の首筋を思わず手で撫でた。
「辺境伯様は私兵の入城を許すだか」
「それは分からないわね。事によると拒絶するかも。その場合は何処かで野営することになるわ」
「情報収集が必要だね。キネレットにはどうする?」
「宿屋に勤めてるってのは好都合よ。この際事情を打ち明けましょう」
「ヨナがそう言うなら異存はないぞ」
キネレットは自分の身の振り方に話が向かったものの何のことか分からずキョトンとしている。ヨナは彼女の方を向くと話し始めた。
「キネレット、聞いてちょうだい。私は村娘ヨナってことになってるけど、本当はミリアムと言って家名は隠すけど子爵家の娘なの。私がオールラウンダーだと知って、さる侯爵から側室に欲しいという申し入れがあったんだけど、あまりに酷い条件だったので父も私も乗り気になれなかった。
なんせ孫どころかひ孫ほど歳のはなれたおじいちゃんが私をよりにもよって二号にするって言うのよ。でも両家の力関係から正面切って断るわけにも行かなかったので、私が家を出て、侯爵には父から娘が逐電したと言い訳をして貰ったの。
これが侯爵の面子を潰したと言うことでその逆鱗に触れて、最初は私を連れ帰るつもりだったらしいんだけど、今では殺せって言う命令になっているらしいわ。これまで二度襲われたけど運良く撃退できた。今度この街に入ろうとしている侯爵の私兵中隊は多分私を追ってきているのだと思うし、今度は絶対に逃さないつもりだと思うのよ。
それで私からのお願いなんだけど、宿で耳にした噂をこちらに知らせてほしいの。あなたから聞きただす必要はないわ。ただ耳を澄ましていてくれればいい。お願いできるかしら」
「そんな事情があっただか。分かったべ。間諜みたいなことはできねだども、耳をそばだてるくれえのことは出来るだ、任せてくんろ」
「よし。これでこっちの体制は整ったな。あと一番重要なのは何時中隊がこの街に到着するか、入れるのか野営かだ。ここを重点的に聞き耳を立てて貰おう」
「それで、到着日が分かったとしてどうすんのよ」
「奴らは正面の人数は百二十人らしいけど、他にも諜報員が各地に先乗りして情報収集に当たってるに決まってる。この街にも何人も入り込んで、こっちの動静は既に捕まれてると思うんだ。だから逆にそれを利用して、こっちが有利な場所、出来れば圧倒的に有利な場所に誘導するってのはどうだろう」
「そんな場所があるの」
「それがあるんだ。まあ聞いてくれ」
勇人は自分の計画を話し始めた。それを話し終わったとき三人は大笑いした。
「遣られたことをやり返すのね」
「ガブル、ちょっと一号砦を補強するから明日付き合ってくれよ」
「何処へ行くだか」
「北の森だ」
「分かった。付き合うだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
何かをヒソヒソと話している見慣れない四人組がいたという情報がキネレットからはいったので、こちらも情報収集をしようと組合に行ってみると運良くイラナが居た。彼女は勇人たちを見ると足早に近づいてきた。
「二、三日前に角の居酒屋で居合わせたんだが、のんべの魔猟士に散々酒を飲ませてヨナのことを聞いていた奴が居たぞ。お前ら何したんだ。奴は魔猟士の格好をしてたが、あの身のこなしや佇まいは軍人だ。それもかなりベテランの諜報員だったぞ」
「やはり間諜が居たか。それでどんなことを聞いていたんだい」
「絵を持っててそれを見せて確認してた。髪や目の色とか、どんな魔法を使うかも聞いていたな。それに仲間のお前たちのことも、その戦い方とか得物とか使う魔法とか根掘り葉掘り聞いていたな」
「それでどれくらいの情報が渡ったんだ」
「あいつはお前たちとは殆ど接点がない魔猟士だったし、この間のオーク狩りにも参加してなかったから魔法についちゃ通り一遍のことしか知らなかったよ。それでもユージンの【虚空庫】の容量が多いとか、ジェシーが風魔法を使う森人だとか、ガブルが山人の上に【剛力】が使えるので見かけによらず力があるとかその程度のことは喋ってたな」
「侯爵の私兵が一個中隊ほどこっちに向かってるって話を聞いたんだけど知ってるかい」
「ああ、街じゃ結構噂になってるぞ」
「辺境伯様は入城を許すだろうか」
勇人は真顔になって心配そうに聞いた。
「あのお人の立場と性格からすればまず許可しないだろうな。まあどの領主だって他領の軍隊が自分の領都で暴れるなんてのは見たくないはずだ。でも爵位の上下や派閥の関係で止むを得ずって場合もあるわな。でもその点ここの領主様は辺境伯で爵位は同等以上だし、自前の軍も持ってる。それに北の脅威に備えるってことでどの派閥にも属していない」
「じゃあ、この街に居る限り安全ってことか」
勇人の顔つきから険しいものが少し無くなった。
「だがな、それじゃ飯の食い上げだぞ」
(魔猟士は魔物を獲って何ぼやからなあ)
イラナも当然、即座にその結論に至り、心配そうに聞いて来た。
「そうだね。他の領地か、外国にでも逃げることにするか」
勇人は如何にも気楽に答える。
「逃げるったって相手は百人からの人数だぞ。回り込まれれば逃げ場はなくなる」
「大丈夫。一つあるだろ。奴らが束になっても通れないどころか全滅しかねない場所が」
勇人はニヤッと笑った。
「オーガの巣か。あそこなら一個中隊でも通るのは難しいけど、お前らだって通れねえぞ」
「大丈夫。上手い遣り方があるんだよ。秘密だけど」
イラナは最初は小さい声で話していたのだが、勇人が結構周囲に聞こえるような声で話すので、つられて次第に大声で話すようになっていた。
「じゃあ、僕たちも依頼ボードを見に来たんでこれで失礼するね」
「おう。俺も帰るところだった。それじゃくれぐれも気を付けてな」
「そうするよ。ありがとう」
勇人とイラナが話をしている間、三人はそれとなく周囲に気を配っていたが、イラナが去るとジェシーが勇人の耳に口を寄せてきた。
「ひとり、何気ない風で聞き耳を立てていた奴がいたよ。ユージンがイラナと別れの挨拶をしているときにそっと出ていった」
「上手く情報をばらまけたな。これで目的地まで邪魔されずに行けそうだ」
ジェシーの言葉に、勇人は悪い笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二、三日後ヨナは一人で組合事務所に出向いた。さすがに街中で襲ってくることはないだろうと言う読みだ。もっとも少し離れて三人が護衛についている。受付まで行くと何気ない調子でリオールに話しかける。
「他所の領の兵隊が沢山街に入ってくるんだってね。もっぱらの噂よ。私たち若い女はおちおち街をぶらつくことも出来なくなっちゃう。嫌だわ」
ちょうど昼過ぎの時間帯で暇を持て余していたリオールはすぐに話に乗ってきた。
「大丈夫よ。ご領主様が兵隊の入城を断ったから」
「そうなの。ご領主様って力があるのね。じゃあ兵隊たちは野営するしかないわね」
「ええ。街をぐるっと回って東門の先の草地で野営するんですって。明後日にも着くらしいわ」
リオールは気軽に話してくれる。それにしても東門の外で野営とは情報をばら撒いたのが効いたようだ。ヨナは必要な情報を手に入れたので、あとは適当に世間話をして組合事務所をあとにした。
その夜、拠点では明後日の作戦について再度確認が行われ、明日は出立準備に当てることにした。
そしていよいよ作戦決行の日が来た。




