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119 敗軍の兵は賞を語る

 川沿いに一時間ほど下るとオークの集落があったらしい広場が見えた。何棟かの掘っ立て小屋があったようで焼け残った柱から煙が上がっている。広場の真ん中が幾らか綺麗にされ、その端にオークの死体が積み上げられていた。真ん中には怪我人か死人かわからないが、二、三十人が寝かされていた。他の者はあちこちに座り込んでいる。みんな大なり小なり傷を負っているように見える。中隊長のノマムは端寄りの石に座り込んでいた。


「ノマム、大変だったみたいだね。何があったんだい」


 ガリアが近寄って声をかけるとノマムは顔を上げて彼女を見た。顔には疲労の色が滲み出ている。


「ガリアか。奴らの小屋に火矢を打ち込んで攻撃を始めたときにオーガが現れやがった」


「攻めたのか」


「最初は数頭だったからガキどもの食料調達だと思ったんだ。奴らの皮はいい金になるからな。こっちの人数はたっぷり居るし、行き掛けの駄賃で殺っちまえって思ったんだ。だけど第二陣が俺達の後ろに忍び寄ってた。奴らもここのオークを根絶やしにするつもりだったんだ。結局オークに加えて三十頭以上のオーガを相手にしなけりゃならなくなった。しかも不意打ちを食らってな。それからは指揮なんて出来ゃしねえ。てんでに逃げろとか戦えとか、もうボロボロだったよ」


「オーガがオークの村を襲った理由は分かったかい」


「いや、分かんねえ。ただオーガの野郎、成獣は放っておいて、まず最初に幼獣を徹底的に殺ってた」


「やっぱりそうかい。オークの若いやつがオーガの幼体を餌にしたんだろうね。その復讐に来たってところかな」


「なるほどな。どっちにしろ災難だよ。これで俺も俺の分隊も評判はガタ落ちだな」


 そう言うとノマムは膝に肘をついて項垂れ、頭を抱えてしまった。これにはガリアも掛ける言葉がなく、そこを静かに離れると魔道士たちを見回して大声で呼びかけた。


「おい、あんたら何時までそうやってるつもりだい。肉がどんどん悪くなるよ。その前に血抜きだ、内蔵抜きだ、魔石は取りこぼすなよ。さあさあ、仕事にかかろう」


「後処理だ? 俺達が倒したオークは二十頭もないぞ」


「バカ言うんじゃねえよ。魔猟士が倒そうとオーガが倒そうと肉は肉だ。有難たく頂けば良いんだ。早くしねえと大怪我してるやつも死んじまうぞ」


 見ると魔猟士のうち【治癒】が一人前の者は怪我人の治療に掛かっている。ヨナもそれに加わってかなりの重症者を相手にしていた。


 (ほんまにあいつの魔法はほんま全部乗せやな。ラーメン全部乗せ食いたいなぁ)


「どうしろってんだよ」


「放っとけば命が危ない重症者は何人だい」


「四人だな」


「それなら、無傷か軽傷で力の強いやつを八人選んで、そいつらを担架で運ばせろ。後の者は解体作業だ。ここに有るだけじゃねえよ。あたいらも八十体くらい持ってんだ」


「あっ、「グリフォンの夢」のバカ容量野郎か。分かったよ・・・おい、そこの八人は担架で重症者を街まで運んでくれ。後の者は解体だ。サボったやつには分前はねえぞ!」


 ノマムは大儀そうに立ち上がるとそれでも精一杯声を張り上げて指示を飛ばした。


「あたいらもやるよ」


 ガリアの一声で天グリ小隊も動き出す。


 ベテラン揃いの中隊とあって動き出すと無駄がない。林から木を切ってきて三角錐に組む者、それに太い横木を渡す者、横木に何処から出してきたのか木製の組滑車をぶら下げる者、それにオークを吊るす者、血抜きをして内蔵を落とす者、魔石を回収する者、それぞれが自分の仕事をわきまえて動いている。勇人は【次元刀】で丸太を切って回った。できれば運搬もしたかったが、それをすると生き物を【亜空間庫】に収納できるということがバレてしまうと気づいて差し控えた。


 百五十体もあったオークだが七十人近いベテラン魔猟士が組織だって動くと処理は速い。その日の夕方には処理が終わり、その日はその場で野営、翌朝街に帰ることとなった。


 その夜のことだった。魔猟士たちが思い思いの夕食を食べ終わり、就寝前に寛いでいるときにノマムが立ち上がり、魔猟士たちを見回した後に重々しい声で口を開いた。


「今日は本来ならば難しい任務では無かったはずなのに、大勢の負傷者に加えて十一人の死者まで出してしまった。オーガが乱入したという予想外の事態があったとは言え、それに適切に対応できなかった俺に責任の大半がある。命を失った仲間や重症で魔猟士としての道を経たれた仲間には申し訳なかったと言うしかない。


 そのうえで、厚かましい話では有るが提案を一つさせて欲しい。結論から言い、そのあと理由を言うのでよく聞いて受け入れるか否か各自判断をして貰いたい。


 端的に結論を言えば、今回の報酬は諦めて欲しい。理由はこれから話す。


 今回百五十体ほどのオークを回収した。今はかなり価格が落ち着いてきては居るがゴブリン騒動前の相場には戻っていないので、オークの中に損傷の激しいものがあるのを差し引いても一体平均二両にはなるだろう。締めておおよそ三百両だ。


 これに対して亡くなったものが十一人、昼前に後送した重症者四人は今後魔猟士として活動できるまでに回復する見込みはない。この十五人のうち、十二人には妻子や両親、兄弟など養ってゆくべきものが居る。彼らには一人当たり二十両の弔慰金ないし慰労金を渡してやりたい。これで二百四十両になる。


 さらに現状で起き上がれない重症者が十四名、そこに横たわっている。彼らが魔猟士として働けるまでに回復するのには最低でも一月はかかるだろう。その間の最低生活費として一人当たり三両を渡したい。これで四十二両。先程のと合わせて二百八十二両必要になる。


 それを差し引くと今回の売却代金からここに居る者に渡せるのは一人当たり四、五分だろう。それで我慢してもらいたい。もちろん俺は一文も受け取るつもりはない。


 これは強制できる話ではないし、そうするつもりもない。また多数決で決める話でもない。どうしても正当な取り分が欲しいと言う者はそれを受け取ってもらって良い。ただ、その分、渡せる弔慰金や慰労金が減るということだけは念頭に置いて考えてもらいたい」


 魔猟士にしては長い演説だったが、要は亡くなったもの廃業するしか無い者に金を渡したいという話だ。魔猟士なんて所詮は個人事業、S級に上り詰めるのも一攫千金も力量次第ならば、実力不足で燻るのも力量に見合わない仕事を受けて命を失ったり人生を棒に振るのも自己責任なのだ。


 そういう観点からすれば、ノマムの言葉は高位の魔猟士としては失格なのだろう。


「なに言ってやがんだ。手前(てめえ)の失敗のケツを俺達に拭かせるつもりか」


「命懸けで稼いだ金を技量不足で死んじまった奴に払えってえのか」


「魔猟士は自己責任、死んだやつは所詮力不足だったんだよ」


 当然反対の声が挙がる。


「おいお前、確かヤロンって名前だったな。俺は見てたぜ。そこに寝てるイダンはお(めえ)が目の前のオークに気を取られて後ろから来たオーガに気付かなかった時にそいつを引き受けてお前を助けたんだ。そのときにぶっ倒されたんだよ。それでもそんな事が言えるのか」


 流石にそう言われるとヤロンは言葉を無くして座り込んだ。


 突然勇人が立ち上がった。


「僕もタダ働きは嫌だ。僕は駆け出しでも魔道士の端くれだ。タダで仕事は受けない」


「おう。魔道士になったばかりのときに決闘をして金を譲らなかった兄ちゃんだな。組合長と金のことでやり合って一歩も引かなかった根性は健在ってわけだ」


 勇人はその声にニコリと笑って続けた。


「だから一文貰う。後は好きにしたら良い」


「何だよ。守銭奴の兄ちゃん、あのときとは随分違うじゃ無えか」


 勇人はそう言ったは魔猟士を可哀想な物を見る目で見た。


「僕は守銭奴じゃないよ、お金は好きだけどね。あのとき三両を譲らなかったのは筋が通らなかったからだ。勝手に決闘をさせて、勝手に賞金を決めておきながら、相手が大怪我をしたらその賞金を諦めろなんて筋が通らないだろ。


 今回の提案も僕たちに報酬を諦めろって言うんだから、あまり筋は良くないよ。でもそこに居るのは背中を預けた仲間だよ。それがケガをしたり亡くなったりしたんだから少し違う気がするんだ。


 だから僕は報酬を彼らに使うってのに反対じゃない。自分の分隊の仲間がケガをしたり亡くなったりしたらみんなそうするんじゃないかな。急ごしらえの中隊だって同じだよ。


 でも、タダ働きは僕の魔猟士としての矜持に反するから一文だけ貰う。後は中隊長の差配に任せるよ。


 でもこれは僕の考えだ。みんなはそれぞれ自分で考えて正当な取り分を貰うのも良いし、中隊長の言うように五分貰うのも良いし、僕みたいに一文貰うのでも良いし、何も貰わないのでも良い。中隊長が言ったように多数決で決める問題じゃないんだ」


 勇人はそう言うと静かに座った。久しぶりに心情を吐露したためかどっと疲れが出て、一旦座ってしまうと立てる気がしなかった。ガリアが立ち上がった。


「ユージン、その歳にしちゃあ中々良い演説だったな。あんたらも見てただろうが、あたいたちの獲物は全部こいつの【虚空庫】でここまで運んだ。明日領都まで帰る時にはここにある全部の獲物と仲間の遺体もこいつの【虚空庫】で運んで貰うことになるだろうよ。そう言う意味じゃこいつから一番働いてるんだ。そいつが一文って言うんだからあたいも一文にしとくよ」


 ノマムが再び立ち上がった。


「これから紙を回すから、自分の希望するところに名前を書いてくれ」


 そう言って用意していた紙を回し始めた。まず近くに居る者からということで、勇人はかなり早く順番が回ってきた。紙を見ると表になっていた。名前の記載場所の上に条件が書かれている。


 『規定通り(総売上/総人数)』、『五分(売上によって上下あり)』、『一文』、『無償』の四分割だった。ノマムは無償のところに、彼の分隊「桑園の誓い」のかれ以外のメンバーと「天使の羽根」のメンバーは「一文」のところに名前を書いている。勇人もそこに自分の名前を書いて「グリフォンの夢」のメンバーに回した。


 一時間ほどで表はノマムのところに戻ってきた。勇人が覗き込むと驚いたことに殆どの者が「一文」か「五分」のところに名前を書いており、「規定通り」のところは二、三名だった。「グリフォンの夢」のメンバーではヨナは「無償」、ガブルは「一文」そしてジェシーは「五分」だった。勇人は何となく予想が外れた気がしてジェシーを見た。


「ホントは『規定通り』に記入したかったんだけどね。あんたの顔も立てなくっちゃならないから『五分』にしたよ」


 ジェシーはそう言って目を逸らせた。勇人には本心なのか照れ隠しなのか区別がつかなかった。


 翌朝早くにキャンプを撤収して領都に向かった。道中には何事もなかったが、中隊はさながら葬家の犬の群れだった。

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