012 奇貨居くべし
サミュエルはラフィア辺境伯領の領都ラフィアディアでサミュエル商会の名で商業を営んでいる。
思えば二十年ほど前に、引退する行商人からラフィアディアからローレン村を含む数々の村を回ってラフィアディアに戻る行商ルートの権利を購入して、行商人としてスタートしたのが始まりだった。それからは機会がある毎に行商ルートを買い込み、従業員を増やして行商業者として地盤を築いて行き、数年前にはラフィアディアの商業組合に加入して今では領都でも商会を営んでいる。
ローレン村を通るルートを一年に一度回るのは、勇人を拾うまでは、彼が初心を忘れないために自分に課している義務のようなものであった。それが今では三か月に一度は村を訪れている。仕事に余裕があるときは行商をしながら、そうでないときには別に馬車を仕立てて。
今回は少し余裕があるので自ら行商をしながらここまで来た。
行商と言っても村で露店を開くわけではない。村に一、二軒ある雑貨屋に一般的な商品を卸し、特別な注文は翌月に届けるという言わば問屋のような立ち位置での商売となっている。もちろん村人の産品、日持ちのする換金作物とか毛皮などの購入もそれらを預かっている雑貨屋との取引で入手する。そうやって日に何軒もの雑貨屋と取引しなければ取り扱う商材が高いものについてしまう。
サミュエルはローレン村の雑貨屋との取引を終えて教会へ向かう道すがら初めて勇人と出会った時のことを思い出していた。
そのときも一年に一度の行商ルートを巡る言わば巡礼の旅の途中であり、下ローレン村での取引を終えて上ローレン村の雑貨屋へ向かう田圃道をのんびりと馬車を操っていた。そのとき右手の田圃でどさどさと何かが落ちてきたような音がして思わず顔をそちらに向けると、数丈上の空中に黒い穴が開いていてその縁に人がぶら下がっていた。
穴にぶら下がっているときには歳の頃は定かではないものの確かに大人に見えたが、穴から目も眩むような閃光が走り、ワッと言う大声とともに落ちてきたのは子供だった。だが衣服は見慣れないものではあったが明らかにその子の身の丈にはあっておらず、着ると言うよりは包まれていると言った方が正鵠を射ているという有様だった。
サミュエル商会は行商業者としてはラフィアディアでも指折りの商会となっていたが、その一方で領都商業組合内では新参の商会に過ぎず、一般市民にその名が浸透しているとは言えない。また貴族・教会などの特権階級とは未だ取引の方途も見当たらず、商圏の拡大に苦慮していた。
サミュエルはチュードが落ちてくるのを見たのは初めてであったが、知識として多くのチュードが空に開いた穴から落ちてくると言うことは知っていた。そのため落ちてきた勇人を見てチュードだと直感した。しかしチュードが落ちてくるときに大人から子供の姿になると言うのは聞いたことがなかった。そればかりか見たところ十歳にも満たない子供のチュードと言うのも聞いたことがなかった。
見た目は子供で中身は大人のチュード、これは拾い物かもしれない。サミュエルは咄嗟にそう思った。落ちてくるチュードの大半は余命幾ばくもない老人で言葉を覚えるまでに命が尽きてしまい、偶に落ちてくる若いチュードは殆どが変質的な考えに凝り固まっていて真面な話ができないと言われている。そんな中で上の世界の知識と子供の柔軟な心を持ち、この世界の言葉を学び現状を知る十分な時間も持っているとなれば上の世界の新しい知見をもたらしてくれるのではなかろうか。うまくすれば画期的な商材を開発したり、商業の新しいやり方を伝授したりしてくれるかも知れない。
サミュエルは咄嗟に勇人を囲い込むことにした。奇貨居くべしである。しかし街へ連れて行ったのではすぐに周りに知れてしまう。せめて言葉を話せるようになるまで二、三年間は秘密裏に囲い込みたい。そこで思いついたのがその時近くにあったローレン村の教会兼孤児院だった。
気絶している勇人と落ちてきた荷物を馬車に積み込むと教会に行き、レヴィナ助祭と下働きのエラドに勇人の保護を頼んだ。勇人は教会に着いて暫くすると気が付いたが何も話そうとせず、どうも記憶を失っているように見えた。サミュエルは少し落胆したが、落ちたことかあの強烈な光の影響で一時記憶を失っただけでそのうちに記憶が戻るだろうと楽観的に考えることにした。
彼は勇人の保護を教会に依頼してからこれまで毎月銀貨5枚の寄付をしている。それはラフィアディアでははした金だが、ローレン村ではちょっとした金額であり、まして教会にとっては孤児一人を預かって余りある金額である。
彼は勇人を保護して以来その金を出すだけでなく、それまで一年に一度訪れるだけだったローレン村を回る頻度が三か月に一度になった。勿論行商をしながら回るとおおよそ一月かかるので忙しい身ではそんなことはできない。五日ほどかけてローレン村を行き帰りし、教会で勇人の様子を聞くだけである。あれから三年、もうそろそろ記憶が戻っても良いころだ。それが彼の偽らざる心境だった。
サミュエルが教会に着くと、子供たちは田圃への種まきの最中だった。
彼は一番近くに居た女の子に訪いを入れた。
「エリオラ、助祭様にサミュエルが来たと言って下さいな」
エリオラは黙って頷くと、田圃を出て教会の方へと走っていった。サミュエルは孤児院の前に馬車を止めると荷物を下ろし始めた。古着、端布れそれに少しばかりの食べ物、孤児たちへの贈り物だ。
「助祭様、サミュエルさんが来たよ」
遠くでエリオラの声が聞こえ、暫くすると助祭が教会から現れた。
「サミュエルさん、よくいらっしゃいました。立ち話も何ですから教会の方へおいで下さい」
「それではお言葉に甘えまして。エリオラ、これはお土産ですよ。孤児院に運んで、お菓子もあるから後でみんなで分けて下さいね」
「エリオラ、その前にエラドにもサミュエルさんがおいでになったことを伝えなさい」
「うん、分かった」
「エリオラ、そこは『はい、分かりました』ですよ」
「はい」
エリオラが伝えるまでもなく、エラドはサミュエルが来たのが分かっており、ユージンに声を掛けると二人でこちらへと向かっていた。
そういえばユージンは一人で変なことをしていたな、サミュエルは心の隅でそんなことを思いながら助祭の後に続いて教会の中へと向かった。教会の左手にはこじんまりとした応接室とそれに続く寝室がある。これは本来は巡回司教が来訪した際の居室なのだが、普段は助祭の公的な応接室として使われている。
「早速ですが、ユージンの様子はどうですか」
座るが早いかサミュエルはそう切り出した。方や商人、方や末端とは言え貴族である。普通なら雑談から入るものだがサミュエルにとっては五日がかりの旅であり、一刻も無駄にできない。レヴィナ助祭にとっても持てなそうにもろくなお茶もない。雑談抜きで両者の気持ちが一致していた。
「お急ぎのところ恐縮ですが、エラドとユージンが参るまでお待ちくださいな」
この席に二人が同席することは以前からの慣習である。ユージンの様子伺いが主たる理由であり、彼に一番身近に居る大人がエラドである以上むしろ当然であろう。
「それではこれはユージンの世話をして頂いているお礼です。お納め下さい」
サミュエルは三か月分の養育費として金貨一枚と銀貨五枚を出すとテーブルに置いて、ずいと助祭の方へ押した。
「サミュエルさんの行く末に良きことがありますように」
助祭はニコリとしながらそれを手に取り、自らの虚空庫から取り出した教会の意匠の付いた金庫に入れた。
つまり、サミュエルはユージンの養育費として出し、助祭はそれをお布施と解釈して受け取ったのである。何時ものことではあるがサミュエルは心の内で苦い顔をした。ただでさえ貧しい孤児院の食事なのに一人分余分に分けなければならない。それが無いようにと月銀貨五枚分を渡しているのにそれが教会に入るのかと思うと納得できないものがある。
さきほどエリオラにはお菓子と言ったが実際には小麦粉やハム、ソーセージなどの肉製品である。食料品と言うと助祭の面子を潰すことになるのでお菓子と言った。エリオラもそんなことは承知の上である。
そうこうするうちにノックがあり、助祭がそれに答えるとエラドとユージンが応接室に入ってきた。いつものことなのでエラドは助祭の横に座り、手招きをしながら勇人を呼んだ。
「ユージン、ここに座れ」
勇人は言われるままにエラドの隣に座った。エラドを真ん中に助祭と勇人がその両側に分かれて座り、サミュエルと対座する格好になった。
「それで、ユージンの状態はどうですか」
いつもと同じようにサミュエルがエラドに尋ねる。それに対するエラドの答えは何時もとは違った。
「サミュエル、ユージンの記憶が戻ったぜ」
「それは上々」
「だがあんたが予想したとおりにここでのそれまでの記憶はなくなってしまった」
「言葉は喋れるんでしょうか」
「それは大丈夫だ。ユージン、何か話してやれ」
エラドからそう促されて勇人は話し始めた。
「僕はここではユージンと呼ばれていますが、本当の名前は坂東勇人と言います。お察しのとおりここでチュードと言われる立場です。こんな形ですが大人ですよ。年齢は・・・言いたくないけどあなたよりは年上だ」
(流石にこの形で六十八歳とは言いずらいし)
「あなたの着ていた衣類からみたとおりの子供でないことは察していました。私より年上と言われるなら上々、大人どうし一対一の話をしましょう」
「それは・・・」
エラドがそれを阻止しようとしたが、勇人はそれを制した。
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