117 トラタヌ中隊
ゴブリン騒動が収まってから数ヶ月が経った。ガブルとキネレットは上手くやっているようで、夜は相変わらずうるさい。
獣は少しずつ戻っているようだが、完全に元の状態に戻るまでには何年か掛かるのだろう。その点魔物の回復は速い。特にオークは数ヶ月経った今、人里に被害が出るほどの回復を見せている。
「なあ、何でオークだけがこんなに早く増えるんだ」
「グリフォンの夢」は今日もオーク狩りに出て、三頭ものオークを仕留め、組合に納品した流れで、その食堂に居た「天使の羽根」の面々と同席していた。
「オークはゴブリンに刈り取られたって訳じゃねえからな。奴らはゴブが増えて手に負えなくなったからターセン山の近くまで避難してただけなんだよ。あたいらがゴブを退治しちまったから元々の縄張りに戻ってきたって訳さ」
勇人の疑問にガリアが何を今更という顔で答えた。
「でもオークはゴブリンと違って肉なんか食べないんだろう。何でこんなに人が襲われるんだい」
勇人が疑問に思うほど、あちこちの村でオークの被害が報告されていた。
「奴らもゴブリンと同じで集団で生活してる。で、大人になるまでは成長するのに肉が必要になるんだ。ゴブ騒動まではその肉はゴブで賄ってたんだが、ゴブが少なくなった。それに自分たちの群れが小さくなった分を取り返すために子供を沢山作った。当然子供に食わせる食料を調達しなけりゃならねえ。獣は居ねえ。ゴブと同じくらい仕留めやすい人に向かうって訳だよ」
「それじゃ、今度はオーク狩りなのね」
ヨナが聞くとも無く独り言ちた。少し頬が紅潮している。狩りと聞いてワクワクしているのだろう。業の深いことだ。
「私の感じゃ、もうすぐ始まると思いますわ。オークの村を一つ、二つ潰しておこうってことになるんじゃないでしょうかしら」
「ゴブリンのときとどう違うのよ」
マヤの言葉に敏感に反応してジェシーが尋ねる。
「ゴブリンのときには手当たり次第で良かったのですわよ。アイツら対して強くないですし、巣でも狙わない限りは安全に狩れましたわ。でもオークはそうは行かないの。一匹一匹がゴブよりはるかに強いし、大抵群れで来ますものね。
分隊なんかで奥まで入ると反対にやられてしまいますわ。だから、こちらも身の安全を考えて中隊を組んであいつらの村を囲んで一網打尽にするという方法で間引きますのよ」
「たぶん、今頃、偵察が上手い分隊が組合に雇われて大きい群れを捜してると思うぞ」
イラナはニヤッと笑った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇人たちと「天使の羽根」がそんな話をしてから二日後のことだった。イラナの予想通り、組合の依頼ボードに中隊募集の依頼票が出された。手当は出ないが獲物の売却代金は山分けだ。当然D級以上の魔猟士限定となっている。
地球上の近代的な軍隊ならば小隊が三十名前後で任務に応じて十名から十五名の分隊二、三に分割運用、中隊は三個小隊で百名超というところだが、この世界の魔猟士は分隊が四名から六名でこれが一般的には活動の最小単位だ。これ以上の人数となると一人あたりの分け前が少なくなってしまう。
これを小隊と言うにはこの世界の軍隊と比べても少なすぎるので分隊と称している。それが受けた仕事や目指す狩りの内容によって二、三合同で小隊を組んだり、小隊が二ないし八個合同して中隊を構成する。従って中隊は五十人から百五十人とそのときによってばらつきがある。
今回の募集では人員百名が予定されていた。中隊募集としては大規模な部類に入る。それだけ大きいオークの集落を見つけたということなのだろう。成獣が二百頭、それに幼獣が五十頭というところだろうか。これが勇人たちの読みだった。ほかの魔猟士も同じ考えだろう。
「『グリフォンの夢』は応募されますの」
勇人たちが依頼ボードを見ながら小声で話していると、後ろから野太い声が聞こえた。振り返るまでもない。「天使の羽根」のバペットだった。
「ああ、バペット。どうしようか迷ってるのよ。Dじゃちょっと危ないかな。と言うか弾かれる可能性の方が高いよね」
ジェシーが後ろも見ずにそれに応じた。
「そうですわね。普通のD級ならお勧めはしませんわ。でもあなたたちなら砦が有るし実質的には攻撃、防御ともB級以上でしょう。迷うことは有りませんわ」
「でも上のクラスから採って行くと私たちは参加を認められないかも知れないわ」
「大丈夫だ。これってそう割の良い仕事じゃねえからな。一人当たり上手く行って二両、下手すりゃ一両にもなりゃしねえ。それより討伐隊の周辺で張ってて落穂拾いをしたほうがよっぽど銭にならあね。D級ならそっち狙いだ。C級は別の場所で自分たちだけで稼ぐほうが儲かるって考えるわな」
「そう。案外魔猟士も世知辛いのね」
「魔猟士も食べて行かなきゃなんねえんだからな。綺麗事ばかりは言ってられねえんだぞ」
「それで行くんだったらあたいらと小隊を組んでくれよ。何かのときにあれは役に立つからな」
ガリアは露骨に砦が狙いだと言葉にする。だが色々屁理屈を付けられるよりはよほど気持ちが良い。これまでの付き合いで彼女たちが勇人たちを対等に扱ってくれてきたからだろう。
「申込に行くよ」
ガリアの言葉を切っ掛けに二つの分隊は組合の受付に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
勇人たちや「天使の羽根」が参加を申し込んでから三日後に分隊長、小隊長が招集された。今回の作戦の説明のためだ。ガリアといつの間にか「グリフォンの夢」の分隊長をさせられていた勇人は連れ立って集会に出た。
今回の中隊長は「桑園の誓い」分隊の分隊長ノマムが務めることになっていた。勇人はどこかで聴いたような分隊名だと思ったが、何のことはない十歳の頃桑畑で実を盗み食いしていた悪ガキ三人が、偶々出てきたツノウサギを仕留めて舞い上がり、将来は三人でA級の魔猟士になろうと近い合ったというだけだった。護衛依頼や討伐依頼を重ねてA級まで上り詰めたが【虚空庫】が四斗樽二樽分しかないので狩猟ではあまり稼げず、いつも金には困っているらしい。
「おっ、君たちも参加してくれるのか。【虚空庫】内に砦を持ってるんだってな。それが役立ちそうな役割を振るから頼むよ」
ノマムは勇人を見るとチラッと妬ましそうな表情を見せたものの、すぐに切り替えて笑顔を振りまきながら自ら勇人に近寄り挨拶をしてきた。
「難しいことはできませんが、できるだけのことはしますよ」
勇人は当たり障りのない返事を返す。
適当なイスに座って待っていると間もなく作戦会議が始まった。巣は領都から見て南東方向、ターセン山の聖域との境界線近くの水場に小屋掛けをしているらしい。成獣は百五十から二百、幼獣は五十前後。そこを包囲して攻めるのだが南西から北までは厚くし、北東方面は手薄にして残党をそちらに押し出す。実はそちらにはオーガの集落があり、そちらにオークを追い込むことによって彼らにも討伐を手伝わせようというのが今回の作戦の提要だった。
実際のところ、各小隊の配置や役割はノマムが決めてしまっており、作戦会議はその要請と確認の場に過ぎなかった。オークたちは西方面から攻められて守りきれないとなると川沿いを北東に向かって逃げる。そのまま北東に向かえばオーガの集落だが、途中で北に逃げやすい場所が一箇所ある。
「天使の羽根」と「グリフォンの夢」はそこに陣取ってオークたちをオーガの集落方向に追い込む任務を要請された。少人数だがいざとなれば砦に退避出来るというのが理由だった。
(あのアホ、ホンマにいつまでも祟るなぁ。すっかりバカ容量の【虚空庫】持ちで定着してもうたやないか)
「ユージン、良いな」
「ああ」
ガリアが小さな声で聞いて来た。勇人も短く答える。
「了解した」
勇人の返事を聞いてガリアが張りのある声でノマムの要請に答えた。
「では、出発は明朝六時。東門前に集合してくれ。異存がなければ本日はこれで解散とする」
会議が終わったことで空気が少し緩み、小隊長や分隊長たちが三々五々席を立ちながら話をするざわめきで場が満ちた。そのときになって気付いたがD級は勇人の分隊を除くと一組だけだった。やはりD級には荷が重い依頼なのだろう。
「明日の朝六時出発とは急だな。よっぽど切羽詰まったことになってるらしいねえ」
「D級が少ないね。やはり危ないのかな」
「同数のオークが目の前に来たらDでは被害が出るだろうよ。そのときにCが近くに居て援助してくれるかどうかは運頼みだからねえ。もう五十も魔猟士を参加させれば危険はぐっと減るんだがね」
「なら、何でそうしないんだ」
「取り分が減るからさ。ノマムの分隊にとっちゃ、それが一番の心配ごとなんだろうよ」
(それに付き合わされる魔猟士は良え面の皮やな)
「まあ、加わってるB級、C級も同じ様なもんさ。どこも【虚空庫】が小さい分隊ばかりだよ。あたいらみたいに街のためなんて考えてる奴らはほとんど居ねえ」
「そんなで大丈夫かなあ」
「普通なら大丈夫だろうよ。いくらノマムだって死にたかねえだろうから、見積もりくらいはちゃんとやってるさ」
歩きながらそんな話をしているうちにいつの間にか階段を下り、組合建物の出入口まで来ていた。勇人はガリアと明日の約束をして別れ、拠点に帰った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
拠点ではキネレットを除いて全員が揃っていて、めいめいが思い思いのことをしていた。ガブルは外で投石紐の練習をしている。以前はどこに飛んでゆくか分からず、町中ではとても練習できなかったが、今では拠点に石壁を立ててそれに向けて練習できるまでに上達している。
勇人が帰ってくると居間にいたジェシーとヨナの目は自然に勇人に向く。間もなくガブルも入ってきて汗を拭きながら勇人を見た。全員が揃ったところで勇人が会議で決まったことを話すとヨナが話の口火を切った。
「まあ、役目としては妥当なところね」
「ああ、『天使の羽根』も居てくれるから人数的にも足りるだろう」
「だども、そったらうまくオーク共がオーガの巣に向かうだか。それにオーガの巣でどうやってオークを回収するだ」
「幾ら魔猟士に追われたからってオークがオーガの巣に飛び込むなんて考えられない。ボクに言わせりゃ殺されに行くようなものだよ。奴らはそんなにバカじゃないね」
「じゃあジェシーの考えだとどうなるんだ」
「ボクたちの方に向かってくるよ。多分、ノマムって言ったかな、中隊長の考えもそうなんだと思うね」
「つまり、私たちの任務は表向きはオークの群れをオーガの巣に向かわせるってものだけど、その実は西側で追い込んだオークの群れを受け止めて仕留めろってことだわね」
「そったら面倒なことせずに、四方から囲ってしまえば良いべ」
「『窮鼠、猫を噛む』ってやつだな」
「それ、何だか」
「意味は分かるわ。四方を囲んで攻めれば逃げ道がないから必死で抵抗するってことでしょ」
「それで、わざと一方を開けて逃げ道を作っておくと囲まれた方は危なくなるとそこから逃げる。すると追撃戦になるから敵を倒すのが簡単になるってことだね」
「僕たちはそのときの鉄床役ってことか」
「中隊長は策士だべな」
「ああ、面の皮の厚いやつだ。おかげでこっちはいい面の皮さ」
勇人の言葉にガブルはキョトンとし、あとの二人は華麗にスルーした。
「まあ、メスと幼獣を少しのオスが守って五十匹位。問題ない数だよね」
「そうだな。砦に籠って七面鳥撃ちだ」
「何よ、それ」
「何でも無いよ。じゃあ、明日に備えてめいめい準備だ」
四人は早速に準備にかかった。ガブルは投擲の練習に戻り、ジェシーはソファーに横になり、ヨナはナイフと短剣を出して刃を真剣な目で眺めている。口角が上がっているのが少し怖い。勇人はいつものように戦闘食の準備のために屋台通りに出かけた。




