112 軍師呉用の罠?
また定時投稿をミスってしまいました。申し訳ありません
翌日はいよいよエリシャ湖畔の街道を進み、西エリシャ峠を越える旅程に入った。峠を下った先の街までが今日の予定で、護衛はそこまでの契約になっている。
この日の旅程がこの旅の最難関で、このために魔猟士隊が護衛に雇われたと言って過言でない。ガリアは出発前に魔猟士隊を集めて、途中自分たちが持参した飲食物以外は絶対に口にしないように厳重に申し渡した。
一行は厳重警戒の中を進んだ。当然魔猟士隊は前後の街道だけでなく右手の葦の茂みの中の踏み分け道、左手の林や草原にも斥候を走らせて警戒していた。だが一向に山賊が現れる様子はない。
「なあ、ガリア。いっこうに山賊共は出てこないな。いつ襲ってくるつもりなんだろう」
「多分、峠を登るときか、上で一休みしている時に襲ってくるつもりなんだろうね」
勇人の言葉に、ガリアは辺りに気を配りながら答えた。特に緊張した様子はなく、斥候を走らせたのも念のためという雰囲気だった。
「あいつら『義賊』なんて呼ばれているんだろう。何故なんだ」
「なかなか上手い手を使うんだよ。まずこの辺りで悪どい盗賊働きをすることはない。この辺りで狙われるのは貴族か大商人の隊商だけだ。それどころか、奪った金品の一部をこの辺りの住民にばら撒いてるんだ。
施しを受けた住民からすれば悪どい貴族・商人から奪った金品を恵んでくれる義賊だな。そうやって、この辺りの住民を味方に付けているから国やこの地の領主が討伐隊を出してもその情報は砦には筒抜けになっているし、島を攻めようにも住民が舟を隠してしまうからそもそも島に渡る手段がない。そうやって生き残ってきたんだよ」
「そうなんだ。それで峠で襲われる理由は?」
「峠道が険しくてね。普通の馬車では登りきれないから、貴族ならその従士、商人なら雇った護衛が馬車を押すんだ。それで峠道の途中や峠に着いた時には従士や護衛はクタクタに疲れている。そこを襲うと人数差以上に実力差が出るわけだよ」
「出発の時に持参した飲食物以外は口にするなって言ったのは食べ物や飲み物に毒とか痺れ薬とか入れられると困るからなんだね」
「そうだ。タダでさえ疲れで実力差が出ている状況でそんなものまで食らわされた日にゃたまらねえからな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日は夏の終わりだと言うのに太陽は真夏よりも厳しく照りつけ、気温はうなぎ登りに上がった。湿度は高く吹き出す汗はダラダラと流れ落ちた。水筒の水は直ぐに底を尽き出す。勇人は持っていた水と塩を混ぜて生理食塩水を作り配って回ったが、一人では文字どおり焼け石に水だった。
峠道に掛かるとその惨状はピークに達した。従士たちは全員が馬車に取り付き喘ぎながらそれを押した。男爵側の隊長から馬車押しを手伝うよう要請があったが、ガリアは契約外だと一蹴した。彼女としてはせめて魔猟士隊だけでも戦える状態で峠道の頂上まで連れて行きたかったのだ。
峠に着くと銃士隊は文字通りその場に倒れ込んでしまった。峠には茶屋が在り、甘い菓子と酒と茶を売っていた。「グリフォンの夢」の面々は他の隊員とともに勇人から渡された桶に入った生理食塩水を配って回ったが、それを配り終えないうちに峠の反対側から登ってきた商人の一団が茶屋に寄った。
「おい亭主、暑気払いだ。一杯くれ」
「あいよ。五十文だ」
亭主が二つ有る酒樽の一つから柄杓でお椀に注いで、店先の長椅子に座った商人風の男に渡す。男はそれと引き換えに五十文を支払うと、お椀の酒をぐいっと飲み干した。
「ふうっ、生き返るぜ」
それを目にした他の男たちも次々と酒をたのんで思い思いの場所で飲みだした。それを男爵の護衛の従士たちや魔猟士隊の面々は羨ましそうな目で見ている。
「おめえら、護衛中は何が有るか分かんねえんだ。酒なんか飲むんじゃねえぞ」
ガリアが釘を差す。魔猟士隊の面々の恨めしそうな視線がガリアに突き刺さった。と、そのとき男爵の馬車の戸が開いてエフライムが顔を出し護衛隊長に目配せをした。
護衛隊長がエフライムの側に行くと、彼は護衛隊長に何か言い、護衛隊長は渋い顔をしながら何やら問答をしていたが、根負けしたのか頷くと茶店に行った。
「男爵ご嫡男がご所望だ。一杯注いでくれ」
「ありがとうごぜいやす。五十文でございます」
護衛隊長が金を渡すと亭主はお椀に酒を注いで渡し、隊長はそれを馬車まで運んでエフライムに渡した。それを受け取って彼は護衛の従士の目も気にせずに一気に飲み干す。
みんながその有様に気を取られているとき、木陰から現れた貧相な男が自前のお椀をもう一つの酒樽に突っ込むとそれに波々と酒を満たして逃げ出した。亭主は慌ててその男を追いかけ、広場の外れで追いつくとお椀を取り上げて男を殴り倒した。
「不逞やつだ。俺っちが酒樽をここまで運んで来るのにどんだけ苦労したって思ってるんだ」
亭主はそう言いながら茶店に戻ってくると既に二割ほど減った最初の樽に取り上げたお椀の酒を戻した。
「美味い。こういう炎天下で暑気払いに飲む酒は格別だな。特に毒が入っている様子もないぞ。一人一杯ならよかろう。従士の面々にも許してやれ」
鷹揚に構えたエフライムの声が聞こえ、護衛の従士たちから歓声が上がった。我先に茶店に群がる。魔猟士は元々個人事業主で、今は便宜上ガリアが隊長を務めているに過ぎない。こうなってしまえば彼女がどう静止しようと聞く耳は持たない。従士たちに混じって魔猟士が酒樽に群がるのにそう時間はかからないだろう。
(まずいなぁ。これ水滸伝の黃泥岡と同じや。誰やこんなん思いついたんは。著作権侵害や・・・あっ、もうとっくに切れとるか。そうでっか・・・なんて言うとる場合やあらへやわ)
「ガリア、これは不味いぞ」
「いや。酒は美味そうだが」
「そうじゃなくて、あの酒盗人が盗んだ酒樽の酒には毒が入ってるんだ。酒を汲んだお椀にも。それを亭主が取り戻して、最初に売ってた酒樽に入れただろう。そのときにお椀とお椀に入れた酒に入っていた毒が最初の酒樽にも入ったんだ。だから飲んだら毒にやられるぞ」
「なぜそんな事が言えるんだ」
飲んでもいないのに毒だと言われたのだ。ガリアが不審に思うのも無理はない。
「僕の国の昔話にそんなのがあったんだ。とにかく止められる奴だけでも飲むのを止めさせてくれ。護衛に雇われていてその最中に酒を飲むだけでも言語道断だろ」
「確かにそうだよな。あたいが良く知ってる奴の小隊だけでも止めてみるよ」
「天グリ小隊」はマヤ以外は酒に余り興味がなく、喉が乾けば水という真っ当な連中だったので止めるのは簡単だった。と言うよりもバペットがマヤを羽交い締めにして止めていた。あと二十人ほどの二個小隊もガリアに心酔している分隊の集まりだったのでほぼ酒を飲むのを止められた。
他に下戸が五、六人。これは最初から飲む気のない連中だ。そう言う者は従士隊にも数人居た。勿論男爵も警備隊長も飲んでいないし、侍女も侍従もそうだ。
戦闘員として総勢三十五人程度は確保できた勘定になるが、山賊が百五十人も出てくれば立ち打ちするのは難しい。勇人は自分の勘が外れているのを願った。
十分くらい経っただろうか。次々と酒を飲んだ者が倒れてゆく。【虚空庫】の中身がばらまかれていないところから判断すると直ぐに死亡にまで至る毒ではなさそうだ。
「これは・・・畜生、直ぐに敵が来るぞ。倒れてる奴を脇へ避けろ。同士討ちになる」
ガリアの指示によって酒を飲まなかった従士や魔猟士たちは倒れている仲間を広場の隅に運び始めた。
「僕は砦を出すよ。この人数じゃ籠城するしかなさそうだからね」
「おう、頼んだよ」
ガリアの了解を得て、勇人は広場の真ん中まで進むと、そこに一号砦を出し始めた。それを設置し終えるか否かで広場の周囲の林の中から鬨の声が挙がり、盗賊どもが現れる。その数は林に隠れて定かではないものの少なくとも百名以上は数えられるだろう。
「盾持ちは男爵の馬車に向かえ。男爵様を助けて砦に連れてこい。飛び道具を使えるものは砦に入って盾持ちの援護。その他の者は男爵の直掩」
ガリアの指示に従って、今まで倒れた仲間を退避させていた者たちはそれぞれの役目に従って行動し始めた。ガリアの近くにいた「天使の羽根」と「グリフォンの夢」の面々のうち、ガペットとイラナ、ガブルとヨナは男爵の救援に向かい、マヤ、ジェシーは一号砦の入口の防御に回った。
勇人はバスユニット、トイレユニット、寝室ユニットと出せるものを次々と出しながら馬車に向かった。馬車と一号砦の間に遮蔽物を出すためだ。男爵一行とその救援に向かった従士隊、魔猟士隊の面々はその陰を伝いながら一号砦に向かう。全員が通り過ぎるのを確認すると今度は勇人はそれを収納しながら一号砦に戻る。
遮蔽物のお陰で大半の者が無傷で一号砦にたどり着けた。傷を負った数人もかすり傷だ。【治癒】が使える者によって直ぐに回復に向かう。全員が砦内に退避したのを確認すると勇人は砦の出入口を閉じようとした。
「おい、ユージン、出入口は開けておけ。その代わりにさっきのように遮蔽物を出して、人が二人ぐらい入れるような隙間を開けておけ」
「何で閉じないんだ」
ガリアの言葉に従って、勇人は出入口の回りに、当面使う予定のない寝室ユニットや風呂ユニットを出して出城代わりにしながら尋ねた。
「相手は魔物じゃねえ、人だ。土魔法を使う者も何人も居るはずだ。役立たずと言われてる土魔法だが、この際一番怖いのはそれだぞ。砦は石で出来てるから土魔法で穴を空けることができる。悠長に構えて山賊どもを砦に近づける訳にはいかねえ。
砦に籠っちまえば攻撃は間接攻撃しかなくなるが、それが出来るのは籠城した者のうち半数に満たねえんだぞ。残りの半数を上手く使うにゃ、わざと入口を開けておいて近づいてきた賊を遮蔽物の間から剣や槍で攻撃するのが一番だよ」
(なるほど、さすが隊長に指名されるだけのことはあるわ)
「な、何故儂の馬車の荷物を助けぬ。お主らは護衛であろうが!」
今度は砦の中でダミ声で怒鳴る男がいた。男爵だ。ガリアが言い返す。
「男爵様よう。契約のときに護衛の最優先は何かって聞いたよな。そのときあんたは自分だと言った。だからあんたを最優先で助けたんだよ」
「儂と同じようにすれば儂の荷物も助けられるはずであろう。なぜ儂だけなのだ」
「あたいらはあんたの部下も含めて三、四十人ほどしか残ってないんだ。人と違って動かない荷物を運んでたらこっちにも損害が出る。これ以上減ったら守り切れねえ、そう予想できたからあんたらだけを助けたんだよ」
「儂の荷物を放棄するんだな。契約違反だぞ。おい従士長、お前は部下を率いて儂の荷物を回収してこい」
「殿、そのご命令には従いかねます。我々従士隊は現状数名です。今、回収に向かいましてもガリア殿の言うとおり、重い荷物を担いでここまで帰ってくるまでにはほぼ全滅でしょう。唯でさえ少ない人数でお命をお守りしているのです。これ以上少なくなれば殿のお命をお守りすることさえおぼつかなくなってしまいましょう。そうなっては殿のお命を第一に考えねばならぬ従士長としては領地に残られた奥方様始めご家族の方に申し訳が立ちませぬ」
「ぐぬぬ。荷物を諦めよと申すのか」
「荷物が奪われると決まったものでも有りません。ここはご自身とお世継ぎのお命を第一にお考え頂き、なにとぞご自重を」
「もうよいわ」
さすがに従士長にまで反対されては男爵も我を押し通して忠臣を失う愚を悟ったようだ。
山賊たちは四方から砦を目指しており、遠距離攻撃に倒れながらもジリジリと砦に近づいてきた。そして遂に第一陣が砦の入口近くにまでたどり着き、障害物の間の僅かな隙間を挟んで剣や槍での交戦が始まった。勇人も周囲の目を気にしながら、その目を盗むようにして【亜空間庫】からボルトを撃ち出して応戦した。使ったのは重力ボルトではなく普通に【亜空間庫】に打ち込んでおいたボルトだ。重力ボルトでは強力すぎて当たったところに大穴があいてしまう。
一時間も交戦していただろうか。やはり砦の存在は大きく味方に大した損害が無いのに反して山賊たちは五十人を切るような状況になっていた。山賊たちは馬車の停まっているところにたどり着くと、それを盾にするようにその陰に隠れ、入口を攻めていた者たちも後退してそれに合流した。
「あいつら、馬車から荷物を持ち出してるぞ」
誰かが叫び声を上げた。その声に勇人が馬車に向けていた目を凝らすと確かに荷物を積んだ馬車の砦から陰になっているところを壊してそこから一人二個ずつ箱を運び出してそのまま後ろの林に消えている。荷物は如何にも重そうでしかも馬鹿でかい。普通に【虚空庫】持ちと言われるレベルの者では一つ入れられるかどうかだろう。一つ【虚空庫】に収納した者はともかく、二つの荷物を背中に担いだ山賊はよろけながら歩いている。その人数は十五人だ。
「あれは千両箱だぞ」
それを見ていた一人が目聡く荷物が何かに気付き、大声で回りに伝えた。全部で三万両だ。
(一両十万円として三十億円や。親戚の娘の成人祝としては破格やなぁ。貴族のことやし、知らんけど)
荷物を担いだ山賊に攻撃が集中し、五人は倒したが一人が倒れると残っていた山賊の一人がその荷物を代わって担ぎ、とうとう全部を運び出してしまった。残りの山賊三十人は暫く砦を攻撃し、砦からの出撃を阻止していたが、三十分くらいするとやはり引き上げ始めた。このとき間接攻撃の集中打を受けて十人くらいは倒れたが二十人は逃げおおせた。多分先に逃げた千両箱の運搬役と合流して島に戻るつもりなのだろう。
砦に籠っていた者はそれを見てゾロゾロと外に出た。馬車は千両箱を運んでいた一両を除いて全く損害を受けていない。倒れていた従士や魔猟士たちも一人、二人と起き出した。どうも飲まされたのは毒ではなく痺れ薬だったようだ。
「全員起きたら出発だ。俺達の契約は次の街までだからあと一息だな」
ガリアが疲れた声で言った。
「お、お前らは馘首だ。もう護衛は要らぬわ」
男爵は怒り狂っている。それを見てガリアは言った。
「男爵様、あたいらを馘首にするのはあんたの勝手だが三十人分の依頼料百五十両は払ってもらうよ」
「護衛も満足にできなかったではないか。払わぬぞ」
「あたいら三十人は命懸けであんたとあんたの世継ぎ、侍女、侍従の命を守ったんだ。契約通りにな」
「他の者は寝ていたではないか。やつらが寝ていなければ儂の荷物も守れたのにお前らは勝手に七十人も寝ていたのだ。依頼料を支払う必要はないわ」
「やつらが酒を飲んだのはあんたのお世継ぎが勝手に酒を飲んで、従士たちに酒を飲むのを許したからだろ。ああなってはあたいには魔猟士たちを止めることはできねえよ。だから勝手に酒喰らって寝てた者の依頼料まで渡せとは言わねえ。だがやつらの三分の一から四分の一くらいの兵力になってもあんたたちを守りきったやつらの依頼料は支払ってもらうよ。どうしてもってのなら真偽判定に持ち込むだけだ。そこでどんな裁定が出るか、楽しみだよ」
「受けて立ってやる」
ここまで来ると売り言葉に買い言葉、一触即発の事態となった。だがここで思わぬ援護が入る。
「殿、それは少々不味いのでは。小職も真偽判定となれば真実を言わねばなりますまい。彼らが契約を守った事実は否定できませぬぞ」
(あっ、こいつ千両箱を守りに行かなかったんは男爵を守るためや無かったんちゃうか。自分が犬死するんが嫌で言うたんやろ。真偽判定でそれがバレたら困るちゅうわけやな。男爵の自分を見る目がどん底まで落ちて従士長解任ちゅうのは厭やったんや。ま、何にせえ今は味方や。何も言わんとこ)
「あ、あい分かった。契約書を出せ。三十人は任務を果たしたと記載してやる」
従士長にまで反対されて男爵は仕方なく契約書に署名した。
「では男爵様、我々はここで任務を終了いたします」
ガリアはいい顔でそう言うと、首を振って着いてこいと言う合図をし、もと来た道を通って峠を降り始めた。魔猟士二十九人がそれに続く。
2026/7/14 少し内容を変更しました




