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躊躇うな

光さえ届かぬ深淵の地で、静かに始まろうとしている最終幕。所々に設置された蝋燭ろうそくの明かりに照らされながら、高鳴る心臓を思う存分に解放して、ラドは壇上のナーゲルを睨めつける。


「ふふふ、良い気迫です。そうでなくては面白くありませんからね。」


「手加減はしないぞ………!」


「ご冗談を。本気で来ないと、私ではなく貴方が死にますよ?」


ラドは一気に階段を駆け上がる。素早く距離を詰めると、牽制に右拳でナーゲルの顔面を狙う。しかし、当然無抵抗で受けるはずがない。ナーゲルは両手を鋭利な刃に変化させると、その牽制を振り払った。衝撃で吹き飛ばされたラドは、空中で体勢を整えつつ壇上最下部に着地する。


「その腕は………!?」


「そう、これが合成獣キメラの力です。」


ナーゲルは右腕の性質を変化させてみるみると伸ばし、蟷螂かまきりの鎌に似た刃を生成する。そしてその場に留まり、腕だけを動かしてラドの首を狙う。

相手がまだどんな手を隠しているのかを把握出来ていない為、使用条件の厳しい犠牲サクリファイスの力に頼る事は難しい。刺し違えて倒すのもやむなしだが、ナーゲルが倒れた姿を直接この目で見届けなければ、おちおち死んでもいられない。

ラドはひとまず距離をとって大鎌の射程から遠ざかるが、ナーゲルはその手を読んでいた。さらに右腕を伸ばすと、コの字に曲げてラドの退路を塞ぎ取り囲む。


「逃げられる………とでも?」


ナーゲルが大鎌をスライドさせる前に、ラドは大きく跳躍して難を逃れる。代わりに、付近の石柱が生贄となったが、ものの見事にぱっくりと両断されていた。


「思ったとおり、凄まじい破壊力だ………!」


「そう怖がらずとも、すぐ楽にして差し上げますよ。」


ナーゲルの追撃は続く。体勢を整える隙を与えまいと、遠方から巧みに大鎌を操りラドを追いかける。今はぎりぎりの所でかわせてはいるが、このままでは埒が明かない。状況を打開すべく、ラドは素早く頭を回転させ、反撃の糸口を掴む。

懐に忍ばせておいた数少ない呪符ソーサリーを取り出し、その中の「前方に障壁を発生させる」呪符ソーサリーを用いて防護陣を展開する。


「それは………まだ残っていましたか。」


「ええ、癪ですが、今は使わせてもらいます!」


「愚かですね。その呪符ソーサリーを精製したのは私なのですよ?弱点など把握しています。」


ナーゲルはわざと呪符ソーサリーに向けて攻撃を繰り出し、障壁を展開させ続ける。


「何を!?」


ラドがそう叫ぶや否や、いつの間にか先端が枝分かれしていたナーゲルの右腕は、障壁の外側へと手を加えていた。特殊な印が円を描いて回っているのが呪符ソーサリーの特徴の一つだが、ナーゲルはその印の一部分を引き裂いて、障壁の展開を打ち消した。


「ご覧のように、貴方の抵抗は児戯に等しい。理解出来ますか?」


「それでも、僕はっ!簡単に諦めはしない!!」


「強情ですね。ですが、悪くはありません。貴方の全力を、私に魅せて下さい。」


そう言い放って、ナーゲルは左腕も伸ばして攻撃に参加させた。二次元の攻撃が三次元へと進化を遂げ、苛烈を極める。触れた時点で両断される、恐ろしいまでの切れ味を誇る二対の大鎌は、まるで本物の生き物のように、阿吽の呼吸でラドの逃げ場を徐々に潰しては角へと追い込み、やがて完全に行動を封じた。


「鬼ごっこはもうお終いですか?」


「まだ………!」


「この状況下でも勇ましいのは賞賛に値しますが………。」


ラドはまだ諦めてはいない。ナーゲルの言葉を遮るかのように前方へ駆け出す。走り様に身体を屈め、大鎌を潜り抜けると言わんばかりの仕草で挑発すると、やはりナーゲルは反応した。ラドを包囲網から逃がさないようにと、大鎌の位置を変えてそのままスライドさせるが、ラドは陣形が変わる一瞬の隙を見て跳躍する。

狙いは関節部。ナーゲルの腕は先端の大鎌の部分を除いて、人間の腕が幾つも連なったような形状になっている。そして、ナーゲル本人は壇上から動かず、数20~30m離れた高台から攻撃を送っている。そこから導き出される答えは………『自重』。


物体の重量そのものに変わりはないが、長い棒を端で持った際に、中心部で持った時よりも重いと感じ、維持をするのがやや辛い。ナーゲルの腕は今まさにその状態であり、これ程際限なく腕を伸ばしていれば、相当な負荷が掛かっているはずだと確信したラドは、一番脆い繋ぎの関節部へと狙いを定めた。

何とか大鎌を回避したラドは、跳躍した勢いそのままに、全身を無駄なく利用して関節部に急降下する。


「喰らえええぇぇ!!」


読み通り脆かったらしく、ブチリと嫌な音を立てて腕の先端は地面に落ちた。


「ぬうっ………!」


ナーゲルは大袈裟に身体を捻って動かしたかと思うと、急いで失った片腕を収納する。切り離された方の腕は、瞬く間に砂となって掻き消えた。


「少し油断しました。そうでしたね、仮にも貴方はイヴァムを倒した男。過小評価が過ぎたようです………拝ませて上げましょう。」


改め方は行動で示す。ナーゲルはまとっていた法衣を脱ぎ捨て、姿形を完全に怪物へと変貌させる。魚のヒレに近い巨大な耳に、光を失った漆黒の瞳。真っ白な皮膚の至る所から、血管らしきよれた線が浮き出ており、両手両足共に爪の長さが20cm近い。神と呼ぶには程遠いその容姿に、ラドは戦慄した。


「如何でしょウ?これが私の求めた『神』の姿そのものでス。」


「仮面の時といい、センスがないですね。」


「つまらない挑発ヲ。」


内心は頭にきていたのか、ナーゲルは力強く大地を蹴って凄まじい速度で祭壇を駆け下り、一気にラドの元まで接近して来る。あのジンにも負けず劣らずの速度にたじろぎはするものの、落ち着いて深呼吸し、中央に場所を移して迎撃体勢を整えた。

やがて射程内に入ったナーゲルは、走りながら勢い良く左腕を真横に薙ぐ。すると、風圧で刃が形成されラドに向けて飛んで行く。ナーゲルの進行速度と相まって、咄嗟の出来事だった故に完全にかわすことが叶わず右肩を掠める。衣服が切れ肉体にも傷が入り、僅かではあるが流血した。


「ふふフ、まだまダ!」


風の刃で戸惑っているラドに思考させる暇を与えない。ナーゲルはまたしても左腕を大鎌に変化させると、思い切り振りかぶる。まともに当たれば間違いなく死ぬ。否が応でも回避することを余儀なくされたラドは、すんでのところで何とかかわす。


「まだ終わりではありませんヨ!?」


今度は右足を鋭利な刃に変化させると、強烈な回し蹴りを放つ。右腕、左足と、次々に形状を変化させ、全身を武器に大立ち回りを演じる。その一撃は石柱を切り裂き、地面を抉り穴を空ける。瞬きすら出来ぬ程の切迫感に押され続け、確実に体力を奪われていく。

防戦一方では無駄に消耗するだけで、時間が経過すればする程こちらが不利になる。これまでのナーゲルの態度、声色、素振り等々をかんがみるに、どうやら今以上の手品は出て来そうになかった。


ラドは、いよいよ犠牲サクリファイスの力を行使する事を決断するが、どのタイミングで行使するのかを決めあぐねていた。犠牲サクリファイスは相手の懐に入らなければ放てない。万が一外せばナーゲルご自慢の大鎌で身体を両断される。その上、残りの命がどの程度あるのかを知る術がないので、闇雲に攻撃しても寿命を縮めるだけで得策ではない。もっとも効果的なタイミングはいつなのか………中々答えが見えなかった。

絶えず思考を続けながらナーゲルの猛攻を凌ぐのは難しく、ラドの身体に疲れが見え隠れし始める。やや動きが鈍ってきたのを肌で感じたナーゲルは、不敵な笑みと共に攻撃を加速させた。


「もう限界のようですネ?貴方の疲れが手に取るように分かりますヨ!?」


「この程度………!ジンさんの太刀筋の方が、何倍も鋭い!!」


「口だけは達者ですネ!」


「ナーゲル、お前に味あわせてやる………!お前に教わった、『信念』の力をな!!」


ラドはもう、余計な事を考えるのをやめた。いつまでも答えが見つけられなかったのは、何だかんだと理由をつけつつも、本当は自らの死を恐れていたに過ぎなかったと気付いたからだ。




傷だらけになってでも立ち上がり、戦う事をやめなかったセリス。


苦渋の選択で、肉親をその手にかける決意をしたジン。


そして、自らの命を賭して父親の遺志を継ぎ、半死の状態になってまでも最後まで運命に抗い続けたウル。


他にもノーク、クリオ、ロッズ、リィズ………数え切れない人間達が、ラドに勇気を与えてくれた。怯える必要はない。皆が幸せに未来へと羽ばたく為に、受け取った勇気を、今ここで――――――――


ラドは全身に犠牲サクリファイスの力を廻らせた後、最後の一歩を踏み出した。


「受け取れ!これが僕の全てだあああぁぁぁ!!!」


ナーゲルから見れば、それはただの「万策尽きた故の悪あがき」そのものだったのだろう。自ら射程内に入って来た隙だらけのラドの肢体を両断しようと、右足で蹴りを放つが―――――


「何いいいぃぃぃッ!?」


触れる前に、右足は無残にも塵となって宙を舞った。命が焼けて消えるのも感じながらも、ラドは前へ前へと突き進み、ナーゲルの身体を『分解』した。


「馬鹿ナ………!?この力は一体!?」


断罪ジャッジメント!!!」


最後の一言と共に、ナーゲルの全身は塵となって虚空の彼方へ消え失せた。同時にラドも地面へと力なく倒れ、代償をその身に味わう。イヴァムとの戦いの際以上に、犠牲サクリファイスの力はラドの魂をむさぼり体内を暴れ回る。体感にして実に二十年近い命の重みを受けたが、不思議と前回よりも痛みが和らいでいる気がした。


虚無の空間に佇むこと数分。動悸が治まったラドは、残っていた付近の石柱を支えに、ふらつきながらも身体を起こして立ち上がる。周囲をくまなく見渡すが、もうナーゲルの姿はない。改めて、決着のついたことにほっと胸を撫で下ろし、足を引きずるような形で、ウルの元へと静かに移動を始めた。

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