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僕は戦う

悪意の念が周囲に漂い、何とも形容し難い不快感を醸し出す。レジーの協力もあって、無事聖典教会リベル・サーンクトゥス内へ突入出来たラドは、異質な空気を放つ廊下に疑問を懐いていた。景観こそ損なわれていないが、どこか別の次元にいるかのような感覚に襲われ、神経をすり減らされれる。


邪悪な気配に飲まれないように駆け抜けること数分。ラドはようやく、祈祷の間の大扉前まで辿り着いた。本来であれば、扉前には聖騎隊の面々が、不動の構えで牙城を護っている。しかしいざ辿り着くと、やはりその姿はどこにも存在しなかった。


「大司祭に召集されたのか、それとも………。」


あれやこれやと思考してしまうが、今はそんな事を考えても仕方が無い。ラドは雑念を切り捨てて、大扉に手をかけた。美しい女神像の両手から流れる清き水の音が、その神聖さを際立たせている場所、大司祭祈祷の間。一般はおろか、大司祭ナーゲル直属の護衛隊である「聖騎隊」ですら進入を許されない、まさに神域と呼ぶに相応しい間。

当然だと言うべきか、ナーゲルの姿はなかった。代わりに、壇上の傍に見慣れぬ階段を見つける。階段は地下深くへと続いており、薄暗いのもあってか底は見えない。何となくだが、この闇の先にナーゲルやウルがいる………そんな気がした。


本当の意味でこの戦いを終わらせるべく、恐る恐る階段に足を伸ばして、闇の中へと踏み入った。明かり等の照明器具は一切無く、足元すら目視するのも困難を極める。ラドは最初の段階で、大体の段差の幅や高低差を覚え、その感覚を頼りに少しずつ進んでいった。

少しずつ地上の音が聞こえなくなり、極度の緊張が胸を締め付ける。しかしそれ以上に、無計画に能力リボルトを行使し過ぎた所為か、身体の負担も相当蓄積されていた。緊張よりも、容赦なく身体をむしばむ痛みの方が勝る。ラドは思考を邪魔する痛みと戦いながら、黙々と階段を下りた。


やがて、完全に地上の音が聞こえなくなると、底から明かりが漏れているのを確認する。身体にまとわりつく悪寒を振り払いながら、その明かりの先へと進んだ。

辿り着いたそこは、まるで何かの儀式を行っていたかのような、だだっ広い場所だった。周囲には、昔ウルと見た顔面岩が並んでおり、奥には祭壇が―――――


「待ちわびましたよ、ラドクリフ。」


「ナーゲル………大司祭!これは一体………ウル!?」


祭壇手前にある段差で横たわっていたウルの姿を見つけたラドは、可及的速やかにその場まで駆け、物言わぬそのか細い身体を抱き起こす。ウルは死んでいるかのように冷たく、顔は青ざめている。直前まで能力リボルトを行使していたのか、美しい髪は白銀へと変わっていた。


「ウル!しっかりして、ウル!!」


「無駄ですよ。何度呼びかけようと、貴方の声が届く事はありません。」


「………どう言う意味ですか!?一体ウルに何を―――――」


「私は何もしていません。ただ単純に、彼女の灯火が尽き果てた。それだけのことです。」


ナーゲルが何を言っているのかを理解出来なかったラドは、再度ウルの名前を叫ぶ。しかし、返ってくるのは自身の空しい木霊だけだった。


「ふふふ、どうやらウルリリカから何も聞かされていないようですね。」


「何を………!?」


「いいでしょう。物言わぬ彼女に代わって、私が教えてあげましょう。しかしその前に………他に聞きたいことがあればお答えしますが、どうでしょうか?」


「本当は今すぐにでも教えて欲しい所ですが、その前に………聞かなければならない事があります。」


「ほう、聞きましょう。」


「ナーゲル大司祭の目的は何なんですか?イヴァムと結託して、大勢の民を犠牲にしてでも、叶えたい望みだと言うのですか………!?」


「当然です。それが全てにとっての幸福と成り得るのですから。」


ラドが今まで見てきた光景全てが、ナーゲルによって引き起こされた惨事であるのを知らなければ、幸福と言うその言葉に、心地良さを感じられたのだろうか。ラドは、口から飛び出しそうになる怒りの言霊を抑えて、ナーゲルの大層なご高説に耳を傾ける。


「イヴァムからどの程度聞いているのかは存じませんが、私の目的は………そう、真なる神になること。」


「ふざけているんですか!?いくら最高指導者という立場にあったとしても、神になろうなどと………!冒涜にも程があります!!」


「幻滅するでしょうが、神などまやかしです。結局人間は、心のり所欲しさに光を求めているに過ぎないのです。具体的な『偶像』が必要不可欠であったが為に、人間が主観的に理解しやすい『神』を人間が創造した。………ただ、それだけのことです。」


「では何故、ナーゲル大司祭はそんなまやかしの象徴になりたいと!?」


「貴方は何か勘違いをしていますね。私がなるのは偶像ではなく、真の神です。」


ナーゲルは大袈裟に両手を広げて、その強大さを表現するかのように天を仰ぐ。


「ラドクリフ。貴方が道行く途中に出会ったであろう、黒き魔物の正体は勿論ご存知ですね?」


「分かっているでしょうに………!」


一々神経を逆撫でするような発言。ナーゲルの本質は、かなり陰湿であった。


「そういきり立たないで下さい。あの魔物は何の為に創られたのかを知りたいのでしょう?あれは、とある実験の失敗作なのです。」


「実験………!?」


合成獣キメラはご存知ですね?」


合成獣キメラ。それは、人間と野生動物を混ぜ合わせることにより生まれる、禁忌の生命体。禁忌であるが故に、いかなる理由があろうとも、どれ程優れた指導者であろうと、決して創り出す事は許されない。


「禁忌の生命体の創造………!そこまで、落ちていたんですか………!?」


「私の計画を実現させる為には、必要な経費だったのです。」


「外道な!」


「否定はしません。ですが、犠牲となった彼らも、さぞ本望であったことでしょう。私が神となる為の供物となれたのですから。」


ナーゲルは僅かに口元を弓なりに曲げると、両腕を下ろして得意気に語る。信じていた者に道具として扱われ、操り人形として命を絶たれた犠牲者達を深く悼み、ラドは思考を再開する。


合成獣キメラと神………大体ですが、理解出来ました。」


「流石はラドクリフです。言わずとも、真相に辿り着きましたか。」


ラドは、あえて口にしない。言葉にすると不快感で心が乱れるからだ。ナーゲルの目的………それはおそらく、自らが合成獣キメラとなることに違いなかった。ナーゲルは指導者としては優秀だが、能力者リボルターである訳でもなく、戦う事に関しては未熟であった。

故に、聖典教会リベル・サーンクトゥスの最高指導者としての立場を利用して、各地から実験体を手に入れ、自身が合成獣キメラとなっても意識を保っていられるようにする為の研究を続けていたのだろう。そして、その方法を解明したと同時に計画を一気に推し進め、今まで廃棄せずに保管していた失敗作達を私兵として利用した………。そう考えると、今までの対応にも納得がいく。


「恐怖で人を支配するつもりですか?」


「いいえ、あくまでもこれまで通り振舞いますよ。ただ、言葉だけで人心を掌握することは叶わないのです。」


「だから、『偶像』でしかなかった神の存在を、自らの容姿を変化させることで、自身が『神』だと大衆に認知させ、未来永劫みらいえいごう語り継がせると!?」


「そんな陳腐な言葉では語り尽くせない、もっと崇高且つ偉大なモノなのですが………まあ、その解釈でも良しとしましょうか。」


くだらない。実に矮小で、くだらない身勝手な理屈だった。自身が特別な人間だと信じて疑わないその傲慢さが、数え切れない人間を死に追いやった。ラドの心は、痛みを忘れるほど激しい怒りに満ち溢れ、いよいよ自制を利かせるのも限界に近くなってきた。

そんなラドの心情をよそに、ナーゲルは自己心酔しているのか、口を動かして話を続ける。


「しかし、貴方には本当に感謝していますよ、ラドクリフ。どのような手段を用いたのかは分かりませんが、貴方が今ここにいるという事はすなわち、イヴァムを倒したと同義なのですから。」


「仮にも協力し合っておきながら………!」


「偶然利害関係が一致していた為、一時的な馴れ合いをしていたに過ぎません。お互いに利用されるのは承知の上でしたよ。私の計画が完全に成就する前に始末しなければと考えていましたが………おかげで手間が省けました。尤も、イヴァム自らが用意した器に打ち倒されるなど、皮肉な話ですがね。」


「それも聞きたかった。器とは一体何なんですか!?」


「既に亡き者の矮小な野望を打ち明けるのは少々不満ですが、まあ良いでしょう。イヴァムの目的………それは人間と言う概念の本質を見定めることでした。」


「概念の、本質?」


「そうです。度重なる過去の経験から、イヴァムは人間に対してある疑問を抱えていたのです。何故この世界は、人間だけを過剰に特別視しているのか………と。そして、彼はある一つの答えを導き出しました。自制を利かせ、各々(おのおの)で多少の差異はあれど、内に秘めたさがを抑えて日々を過ごしている人間。その人間が、一斉に欲の枷を外すととどうなるのか………その結末を見届けて、本当に人間はこの世界に存在する価値があるのかを知りたいと。」


確かにイヴァムは悪人であったが、ラドは純粋に、イヴァムが人間をそんな風に考えるようになった過程を知りたいと感じた。もう既にこの世にはいないだろうが、それでもただ一言『悪』で切り捨てるのは、どこか違う気がしたからだ。


「人類の行く末ともなれば、尋常ではない莫大な時間を要する。故にその前準備として、長い歳月を生きる力を求める必要があったのです。」


「それで、この計画を仕組んだ………と言う訳ですか。」


「ええ。セントラルホーム全体に結界を張り、その中流れた血を触媒に、ウンブラの書を用いて生命の源に変換します。それを新たな入れ物………つまり器である貴方達の肉体に移したうえで、イヴァムの精神を定着させる。半永久的な不老不死体の完成となるはずだったのですがね。」


「僕達を器に選んだ理由は!?」


「純粋な心を持ち合わせた人間が、選定に一番適していると言っていましたね。後の事は本人にでも………おっと、もうこの世には存在しませんでしたね。」


さて、この話しは終わりにしましょう。と、ナーゲル自らが話を中断させる。いよいよ、待ち兼ねていたと言うべきか、ウルの真相について話題が移ろうとしていた。ナーゲルは祭壇頂上からラドをきつく見下ろすと、これから告げられる真相に喜びを隠し切れない様子だった。意味有り気に、二度踵を地面につけて音を立てると、ゆっくりと口を開いた。


「さて、本題に入りましょう。貴方の最も知りたかった、ウルリリカの能力リボルトについてです。彼女の能力リボルトであるオーラは、実は感情を破壊するだけではないのです。もう一つ、あるのですよ。」


ナーゲルが発した意外な真相に、ラドは息を飲んだ。


「もう一つの代償………それは、命です。」


「なっ………!?」


オーラは、彼女の魂そのもの。つまり、常に己の命を削り続けながら戦っていたのです。」


予想を遥かに上回る告白に、ラドは頭の中からその情報を消去しようと試みたが、ナーゲルの瞳は嘘をついてはいない。伝えられた真実は、残酷だった。


「まだそれだけではありません。彼女は七年前、ウンブラの書を入手せんと道を阻んだイヴァムの襲撃を受けて、他界しているのですよ。」


「う、嘘だ!そんな―――――」


「彼女の生きたいと願う強い意志にウンブラの書が反応し、オーラと言う名の有限の命を彼女に与えたのです。見たことはありませんか?能力リボルトの酷使により苦しむ姿を。」


思い当たる節が無い訳ではなかった。窃盗スティール能力リボルトを所有する能力者リボルター、ドルフとの戦いの際、能力リボルトを奪い取られたウルは、通常では考えられないほど異常に衰弱していた。さらに、奪った能力リボルトを行使していたドルフも、一発一発放つ度に苦悶の表情を覗かせていた記憶がある。単に狂人が故に、痛覚も狂っているのかとその時は思っていたが、誤りであった。


他にも、風邪をひいて倒れた時もあった。その際に、ウルの周囲に発せられていた光の球は、ウルの魂が肉体から離れようとしていたのではないか………と。そしてそれを止めようと、その時はまだ存在を認知していなかった自身の能力リボルト犠牲サクリファイスを無意識の内に行使し、現世に留まらせたのでは………とも。


あの時も、あの時も。様々な記憶がラドの心を蝕む。否定出来ない数々の情報が、【既にウルは死んでいた】という事実をつきつけてくる。そんな中、かつてラド自身が口にした、ある言葉を思い出す。それはとても苛立ちを増長させる、後悔の言霊。


「何が、戦いをやめてとも言わない。だよ………!僕は、僕はっ………!!大切な人の事を、何も分かってあげられなかった………!!!」


瞳から雫がこぼれ、ウルの頬に落ちる。どれだけ強く抱きしめても、ウルの瞳が開く事はない。ナーゲルの言っていた通り、僅かに残っていた灯火が尽き果てたのだ。ウルは自らの命を引き換えにしてでも、父親の意志を継いで最後まで戦い抜いた。

本当は、まだ生きていたかったのではないか?ラドは、掘り起こされた記憶の中で、ウルが愉しげにしている姿を想っては、そう強く感じずにはいられなかった。ラドが後悔に苛まれている様を満足気に眺めていたナーゲルは、静かに口に右手を添えてラドを嘲笑する。


「ふふふ、しかし彼女は実に良く頑張りました。知らぬとはいえ、父親の仇とも等しい私に忠誠を誓い、私から与えられた仮面を被り、ちまたでは黒い幽霊(ブラック・ゴースト)などと呼ばれ………ははは!実に良い『道化ピエロ』でしたよ!」


「ナーゲルッ!!!!!」


「さあ、来なさいラドクリフ。貴方の軌跡もこれで終わりです。」


ナーゲルがゆっくりと構えると、ラドはウルの遺体を安全な場所に置いてから、ナーゲルを威圧する。


「こんな男を、のさばらせていてはならない………。このままじゃ皆が、もっと大勢の人が不幸になる。だから………ウル、僕に勇気を与えてくれ………!大司祭ナーゲル!!ラドクリフ・オーゲンスが、お前を裁く!!!」

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