踊らない人形<中>
リオンが聖騎隊に昇進してからの初仕事は、大司祭ナーゲルからの特命であった。
とある街に在住しているサーバティと言う名の富豪を訪ね、ある物を渡して欲しいと。重量のある小袋を手渡されたが、鉄の接触する音で硬貨だと気付く。おそらく、その人物に対しての謝礼か何かなのだろう。
きっちりと封のされた一通の手紙と小袋を鞄に入れ、リオンは旅立った。
聖騎隊に所属する以前から、日帰りがほとんどであったが、少し街から離れた場所へ赴くことはあった。その度に訪れた街の情景や、そこで暮らす人々の様子を記録し、エミィへの土産話にしていた。今回はどのような土産話を持って帰ってやれるのだろうと、期待に胸を膨らませて目的地へと向かった。
ゴトゴトと馬車に揺られて移動すること二日、ようやく辿り着いたその場所は、美しい海が見える港であった。
「これが、海………か。」
セントラルホームは内陸地に存在する為、湖こそあれど海などない。それ故にリオンも海を見るのは初めてだった。人から聞いた話よりも圧巻の景色に心奪われ、しばらくの間波打ち際でぼうっと眺めては、この感動を胸に刻み込んだ。
それから片手ぐらいの大きさの地図を広げて、サーバティ邸を探す。セントラルホームほど複雑に入り組んだ路地ではないので、苦労することはなかった。道中それなりの数の人間とすれ違ったが、行き交う人々に出会う度に、やけに親しげに話しかけられた。
この街にも聖典教会の支部が存在するとはいえ、記録によると勤めている人間は、片手で数えられる程しかいない。普段から教会を利用している者は、その人間達を把握しているはずである。故に街人から見れば、新人が赴任して来たと思ったのだろう。………そう、考えた。
しかし、現実は違った。
リオンは昔、身体が不自由なことを理由に、エミィが近所でも素行が悪いと有名な子供達にいじめられていた時、その子供達に何故そんな事をするのかと問い詰めたことがある。
すると驚いたことに、子供達は口を揃えて『仲良く遊んでいただけ』と平然と言ってのけた。その時の子供達の瞳に、この街の住人はそっくりだった。顔は笑っていても、瞳の奥底には淀んだ悪意が潜んでいる。軽く利用してやろうと言わんばかりの邪の塊。
職業柄、普段相手の目を見て話すリオンにとっては、短時間でも相手にするのは苦しかった。適当に話を合わせてやり過ごし、そそくさと場から立ち去る。この街は商業が活発だと聞いていたが、随分な競争社会らしく、日の光でキラキラと輝く海とは正反対な『汚れた街』だった。
少しだけ不満を露わにしつつも、リオンは歩きながらメモ紙に街の感想をざっくり書き記す。真実をエミィに伝えることはしないが、自身の勉強にはなると思ってのことだった。街人の悪意をかわし続けながら歩くこと数分、ようやくサーバティのプレートが提げてある豪邸に辿り着く。
建物全体は厚みのある塀で囲まれており、入口にはボディガードと思しき人間が周囲の様子を逐一確認している。蟻一匹通さない、厳重な体制だった。リオンは入口の人間に事情を説明し、中に入れてもらうようお願いをする。雰囲気から断られてしまうかと危惧したが、意外にもあっさりと中へ入ることを許された。
礼を言って門をくぐると、庭に設置された噴水付近で佇む一人の女性の姿が視界に入った。
長く美しい紺藍の髪に、お淑やかな外見に似合うロングのワンピースを身に纏った、清潔感ある女性だった。塀の内側にいるということは、サーバティ家の関係者であるのは間違いない。リオンは挨拶も兼ねて女性の傍に寄った。
「失礼、少し宜しいですか?」
「はい、何でしょうか?」
女性はリオンの方を向いて柔らかな笑みを浮かべる。その瞳は、これまでの街人とは違いとても澄み切っていた。
「主はご在宅でしょうか?少々用がありまして、セントラルホームから馳せ参じたのですが………。」
「その制服、聖典教会の方ですね。父上でしたら、中に。ご案内します。」
父上。どうやら女性は令嬢のようだった。踵を返して屋敷へと向かう女性の後ろ姿が、やけに寂しげであったのが気になり、失礼かとは思ったが、リオンは軽く質問する。
「嫌なことでもありましたか?」
「えっ?」
「いえ、随分と寂しげな様子だったもので。俺………いや、私の勘違いでしたら申し訳ありません。」
「………あの、お名前は?」
「リオン・マークウェル。聖典教会の聖騎隊に所属している者です。不躾ながら、貴方のお名前も聞かせていただけますか?」
「リィズ。リィズ・サーバティです。リオンさん、用事が済んだ後で時間があれば、少々お付き合いいただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。では後程。」
屋敷の大扉を開けると、リィズは入口で待機していた執事に案内を任せ、自らは部屋へと戻って行く。そしてドアノブに手をかけたと同時に振り向き、軽く目を伏せて「また後で」と、動作で訴えて扉の向こうへ姿を消した。
それからリオンは、執事に案内されて応接間に向かい、サーバティ家の主に会う。娘と同様に瞳に曇りがなく、やや小太りな身体つきに似合わない窮屈な服装が印象的な男性だった。街中の人間が淀んだ瞳をしている中、サーバティ家の人間は、執事やメイドも澄んだ瞳をしている。
主の影響が良い方向に色濃く出ているなと、感心する反面、少しでもここから早く立ち去りたいと思っていた自身を恥じた。ここへ来た理由をかいつまんで伝え、預かっていた手紙と小袋を手渡す。
主は早速その手紙の封を切り中を確かめると、納得したように相槌を打った。その後、執事に紙と筆を持ってこさせ、流れるように文字を書き連ね、封をしてリオンに手渡す。おそらくお礼状だろう、主のにこやかな表情で推察は容易であった。
今夜は泊まっていくように勧められたが、そこまでしてもらう訳にはと断り、これからも交友関係を築いていきましょうと締め括って、主との会談を終えた。
「さて………と。」
応接間から静かに退室したリオンは、付近にあった鏡で襟を正して周囲を確認する。
リィズがどこにいるのか分かってはいたが、他人の邸宅を一人で歩き回るのは非常識なので、部屋前で待機していた執事に事情を説明して、リィズのいる場所まで案内してもらう。そして部屋前まで辿り着くと、執事は深々と頭を垂れて、主の元へと戻っていった。
執事の後ろ姿を見送ってから、ノックを二回。
「はい。」
「お待たせ致しました。入室しても宜しいでしょうか?」
「どうぞ、鍵は開いています。」
「失礼します。」
断りを入れて部屋に入ると、同じ屋敷内とは思えないぐらい殺風景な空間が広がっていた。決して狭い訳でもないのに、必要最低限しかそれはまるでリィズの心の中を表現しているかのような、そんな空間だとリオンは感じた。
「わざわざありがとうございます。その………とりあえず座って下さい。」
言われるがままに、付近のソファーに静かに腰を下ろし、リィズと対面する。
「さて、リィズ嬢。聞きましょう。」
「あの、もう街は見て回られましたか?」
「いえ、そんなには………。これから少し見て回る予定ではありますが。」
屋敷に来るまでに書き留めたメモ紙を、指先でつまんで見せアピールする。その時メモ紙を取り出した拍子に、リオンの懐からエミィの写真がはらりと地面に落ちる。慌てて拾い上げようとするが、リィズが写真を拾い上げてリオンへ手渡す。
「この写真の方は妹さんですか?」
「そうです。実は街を見て回るのは、この妹の為でもあるのです。」
リィズはきょとんとした顔つきでリオンを見つめる。どう言う意味なのかを理解出来ていない様子であった。
「妹は生まれつき病気でして、まともに歩くことすらままならないのです。なので、私が代わりに訪れた街の情景や、そこで暮らす人達の様子を記録し、土産話にさせていただいてるのです。リィズ嬢、宜しければ、後でお薦めの場所を教えて下さいませんか?帰洛するまでに全ての箇所は回れないもので。」
「ええ、構いませんよ。………リオンさんは、とても心の優しい方なんですね。」
「いえ、そんな事は。面と向かってそう言われると、少々むず痒いですよリィズ嬢。俺………いえ、私はそんな出来た人間ではありません。」
「ふふふ、そんなに謙遜なさらなくても。」
「事実です。ですが、妹のエミィに関することだけは、妙にムキになってしまいましてね。何と言えば良いんでしょうか………。」
「家族愛ですね。」
恥ずかしげもなく言ってのけるリィズの発言に、リオンは苦笑いしながら、頬を人差し指で軽く掻く。
「はい。私にとっては、この世の何よりも大切な存在です。」
ハッキリと口にしたリオンの眼差しに、リィズの瞳が曇る。人間関係でなにかある節だった。
「お互いが信頼し合える関係………羨ましい限りです。」
「リィズ嬢には、そういった関係の人はおられないので?」
「お恥ずかしながら。今は、名門の令嬢としてのお付き合いしかありません。」
リオンには、発言の重みが理解出来た。この街の人間は、隙あらばリィズを利用しようと目論んでいるのだろう。街全体の思想がそうさせているのもあった。
俯き加減で悲しげなリィズの力になれないものかと考えたリオンは、ある一つの手段を思いつく。常日頃から胸ポケットに忍ばせている、聖典教会への所属申請書を取り出し、リィズに見せる。
「………それは?」
「貴方の未来を変える仕事のお誘いですよ。必ず叶う、とは断言出来ませんが。」
「聖典教会への所属申請書………。」
「我々聖典教会の仕事内容は様々です。教会と言っても、ただ毎日祈るだけじゃありません。もしその気になられたのでしたら、私の方から今のリィズ嬢に相応しい居場所を推薦させてもらいますが。」
リィズは少しの間考えている様子であったが、やがて意を決したように顔を上げて、リオンの瞳を覗き込む。その瞳にも、決意はあらわれていた。
「リオンさん、計らいに感謝します。私にも………出来るでしょうか?」
「ええ、勿論ですよ。」
きっと出来るだろう。曇りなき瞳の内側に、輝く光の片鱗を見せる彼女には。リオンはそう確信していた。




