踊らない人形<上>
セントラルホーム南区奥地の貧しい家庭で、リオン・マークウェルは誕生した。一日の食事にすら困るぐらい貧困な家庭であったが、父親と母親の『生き延びることへの執着心』は常人の何倍も優れていた為、その執念強さを生かして、何とか日々の生活を送っていた。
リオンも親の影響を受けて強く、逞しく育ち、弱きを助ける正義の味方として、周囲から頼られる存在となっていった。
それから数年後、リオンにとって初めての「妹」が誕生する。名前はエミィ。足に重度の障害を患い、車椅子なしではまともに歩くことすらもままならない、か弱い妹だった。
しかし、リオンたち家族にとっては、その程度の障害など今までの生活と同じで、たいした問題ではなかった。皆で笑って大事に、大事に育てられ、エミィは思慮深くて慎ましやかな女の子に成長していった。
だがその数年後、不慮の事故で父親がこの世を去ってしまい、状況が一変する。大黒柱である父親がいなくなってしまったことで、生活費があっという間に底を突いてしまう。エミィの治療費の事もあり、母親は毎晩家計の切り詰めに四苦八苦していた。
そんな頭を抱えて悩む母親の為に、何か出来ないかとリオンは考えていた。ある日、学び舎に行く途中で興味深い広告を見つける。聖典教会の広告だ。大司祭と呼ばれる、教会で最も偉い人間の絵画が描かれており、『共に歩む同志を求む』と添え書きしてあった。
「わぁ………!」
思わず声を漏らしてしまう程に、リオンにとってそれは輝いて見えた。
「俺もここに入団すれば、母さんを助けてあげられるかな………?」
強烈に心動かされたリオンは、早速広告をもらっては急ぎ帰路に着き、母親に相談した。すると、やはりというべきか、母親は『勉学に勤しみなさい』とだけ言い放ち、聞く耳を持たない様子であったが、リオンが母の役に立ちたいと必死の説得を繰り返すと、母親は涙を流して泣き崩れた。
やはり内心は限界だったのだろう。何度も何度も『辛い思いをさせてごめんね』と、謝罪の言葉を繰り返してはリオンの頭を優しく撫でた。
母親の涙でより決心の高まったリオンは、学生を辞めて聖典教会の門を叩いた。入団の条件は人を助けたいと思う強い意志。十分過ぎるくらい持ち合わせていたリオンは、勿論合格であった。
新しい未知の世界に触れ、戸惑いながらも充実した日々を送っていたが、価値観の違いで合わない人間や、理不尽な物言いをしてくる人間にも遭遇し、ストレスを溜める日も少なからずあった。しかし家に戻れば、笑顔で自らを祝福してくれる最愛の妹の存在が、リオンのつまらない悩みを消し去ってくれた。
マークウェル家は木造建築の二階建てであり、一階は母親の経営している軽食堂、二階が一家の居住宅となっている。一階の母親に帰宅した事を伝え、カウンターの奥にある階段を上り二階へ行く。リビングを通って自分の部屋に戻ると、そこには机に向かって何やら一生懸命なエミィの姿があった。桃色の透き通った長髪を揺らしながら、慈愛を感じる優しき瞳で一点を見つめ続けている。
「ただいまエミィ。」
「あ、お帰りなさい兄様。」
「今日は何をしていたんだ?」
「兄様から教えていただいた、木彫りの工作です。中々兄様のように上手く出来なくて………。」
リオンが机の上を覗き込むと、形の悪い『花』と思しき物が置かれていた。あれからエミィは足だけでなく、手にも異常をきたしており、完全ではないが手の自由も利かなくなっていた。それ故の出来栄えであったが、リオンは優しく微笑んでエミィの柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「上手に出来ているさ。兄ちゃんが保証する。」
「本当ですか?」
「ああ、今までに兄ちゃんが嘘をついたことがあったか?」
エミィは髪を揺らしながら懸命に首を横に振る。
「だったら兄ちゃんを信じろ。な?」
「はい、ありがとうございます兄様。」
エミィのか細い肩に触れ、リオンは今日も誓う。真面目に働いて、もっと上の位に就いて、稼いだお金でエミィの手足を元通りにしてやりたい、と。
「………兄様?」
「すまない、ちょっと考え事をな。今週末はどこへ行く?」
「それでしたら兄様、私あの湖に行ってみたいです!」
嬉しそうに手を合わせエミィがはしゃぐと、リオンもつられて笑顔になる。
「以前話した西区のペルサ湖か。少し遠いが、頑張れるか?」
「はい、兄様が連れて行って下さるなら、どこだって平気です。」
「分かった。次はそこにしようか。………さて、場所も決まったことだ。もう今日は寝るとしよう。」
エミィを部屋まで運んでベッドに寝かせ、眠るまで傍にいる。それがリオンの日常だった。
「兄………様………。」
寝言で兄の名前を呟く心優しき妹の肌に触れ、安心させてから静かに部屋を後にする。
「俺が必ず、エミィを幸せにしてみせる。」
そう再度決意表明をして、リオンは床に就く。夢を現実のものとする為に―――――。
それから幾ばくかの時が流れ、ついにリオンは聖典教会大司祭直属の親衛隊である『聖騎隊』へと昇格する。正式な通知を受けた時は、ついにここまで来たとリオンは喜びを露わにして高らかに叫んだ。これでエミィの手術代は勿論、母親にも楽をさせてやることが出来ると。
自宅に届けられた聖騎隊の制服に袖を通し、真っ先にエミィに披露する。するとエミィは、歓喜の涙を流して兄の昇進を心の底から祝った。
「どうしたエミィ!?どこか痛いのか!?」
「いえ、違います兄様。嬉しいんです。兄様の努力が皆さんに認められて。」
「エミィ………。」
「兄様は私の誇りです。これからも頑張って下さい。私は、ずっと兄様を応援しています。」
一番はエミィの為であったが、わざわざ言う必要もないので黙っておく。それよりも、リオンはエミィに伝えなければならないことがあった。
「ありがとう、エミィ。それはそうと、いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「数日後に用があってセントラルホームを少し離れるんだが、俺がいなくても平気か?………いや、自惚れが過ぎるか。」
リオンが申し訳なさそうに頭を下げると、エミィは悪戯っぽく笑ってリオンの頭を軽く小突いた。
「もう、兄様ったら。確かに寂しくないと言えば嘘になりますが、もう私も子供ではありません。お留守番くらい出来ます。」
「そうか、その言葉を聞けて安心した。お詫びといっては何だが、戻って来たらどこかへ遊びに行こう。場所を考えておいてくれ。」
「ふふっ、それでしたらもう考えてありますよ?」
直接口に出さずとも、リオンにはエミィの考えが理解出来た。
「………ペルサ湖、か?」
「そうです。どうしても、もう一度あの景色をこの目で見たくて………。」
「了解だ。楽しみにしててくれ。」
「ありがとうございます、兄様。ふふっ、今日は嬉しい事ばかりです。」
「それは何よりだ。だけど、今からうきうきしてたら当日まで持たないぞ?」
「大丈夫です。早く帰って来て下さいね、兄様?」
エミィと約束を交わした数日後、リオンは大司祭ナーゲルの特命で、とある街を訪れることとなる―――――




