操り人形
賭博師、レジー・ディーヴァとの勝負を終えてセントラルホームへと疾駆していたラドは、ようやく西門の入口まで辿り着いた。門は閉じており中の様子は確認出来ないが、街の至る箇所から悲鳴が飛び交い、外からでも分かるむせ返る死臭と、身を焦がす煙が空へと舞う。哀の感情が蔓延しているのが感じ取れた。
侵入する場所がどこかないかと探していると、偶然にも門の端の一部が、騒動によって破壊されていたので、その隙間から侵入を試みる。しかし、透明の膜のようなものがラドの進行を阻む。能力の類なのか、蹴っても叩いても割れる気配がない。
突破口を考えていたその時、散々たる景観になった街の奥から一人の男性が、死に物狂いの形相でこちらに向かって来るのが見えた。その背後にはいつだったか、ウルから教えられた黒い狼に酷似した、黒い巨人が蠢いていた。
離れた所からでも感じる邪気に悪寒が走ったラドは、急ぎ目の前の膜を破る唯一の方法を実行に移す。能力、犠牲を行使して膜に触れその一部を分解せんとするが、カードを書き換えた時よりもはるかに大質量の分解に、胃が逆流しそうになる。軽く見積もっても七~八年は費やす命懸けの大仕事は、決して楽ではなかった。
「ぐうぅっ………!」
我慢していたが、耐えられない程の強烈な痛みに声を漏らし膝を突く。しかしラドは、情けない姿は曝しても、犠牲の行使は中断しなかった。目の前で逃げ惑う人を見捨てる訳にはいかない。その強い思いが、ラドの心を駆り立てた。
力を込め続けて三十秒弱。ようやく人一人分通過可能なぐらい、膜の壁を分解することに成功する。動悸が激しくなり呼吸すら困難に陥るが、今はそれどころではなかった。すぐさま男性に聞こえるぐらいの大音量で叫ぶ。
「そこの方っ!!………早くこちらへ!!」
ラドの声に気が付いた男性は、感嘆の涙を浮かべながら、全力でラドの元まで息を切らしながらやって来る。
「一体何がどうなっているんだ!?突然怪物が聖典教会から湧き出したと聞きつけてから、あっという間にご覧の有様に………。その制服、あんたも教会の人間なんだろう?なあ、どうなってるんだ!?」
「落ち着いて下さい。僕も今戻って来たばかりで、よく状況を飲み込めていないんです。」
なるべく精神的動揺を抑えさせる為に、落ち着きを払いつつ錯乱している男性を諭す。
「そうだったのか、すまない。そうだ、それよりも黒い奴らが………!」
「ええ、ここは僕に任せて逃げてください。」
「逃げるって言ったってどこに………!?外に出ようとしてもおかしなガラスで塞がれて出られないし………って、あんたはどうやってここに?」
「分かりにくいかと思いますが、ここに人一人分ぐらいの穴を空けてあります。なので、ここから外に逃げて下さい。」
本音を言えば今すぐにでもそうしたいのだろうが、男性はもの悲しげに振り返り、かつて華やかであった街の変わり果てた様を眺める。
「さあ、早く!」
「まだ、友達が取り残されているんだ………!お願いだ、出来る限り皆を助けてやってくれ………!!」
涙声になりながらも必死に訴える男性に、ラドは力強く「はい」と答え、街の外へと逃がした。
無事助け出せたことに安堵したラドは、未だ獲物の姿を捜して徘徊する黒い巨人の怪物に向けて、近くに転がっていた手頃な大きさの瓦礫を投げつけた。当然威嚇、牽制を目的とした攻撃だったのでダメージは期待していなかったが、感覚が鈍いのか、瓦礫は怪物の頭部に命中した。
怪物は何事かと周囲を確認するような仕草を見せた後、視界に入ったラドに狙いを定め、ゆっくりと歩み寄って来る。しかしその途中で、不意に活動を停止してその場に立ち尽くしてしまった。敵の作戦かも知れないので、警戒心は解かず慎重に接近する。
だが、ラドの予想に反し、どれだけ近付こうとも怪物は微動だにしない。直接手で触れられる距離まで来ると、まるで石像が倒れるかのように、抵抗なく地面へと倒れ伏した。
「そいつは既に死んでいる。俺が殺した。」
どこからともなく男性の低い声色が聞こえてきたかと思うと、怪物の身体は輪切りにされた。危険を察知したラドは、転がりながらも後退行動を取り、周囲をくまなく観察する。すると正面から七人の少女を引き連れて、ある男がやって来た。
茜色と山吹色の合わせ髪が特徴的で、その身に聖騎隊の制服を纏った元聖典教会所属、リオン・マークウェルその人であった。
「リオンさん………!?どうしてここに?」
「邪魔者を、消しに来た。」
リオンの威圧ある眼光がラドを射抜く。
「邪魔者?それは僕のことですか。」
「………察しの良い奴だと思っていたが、見込み違いだったか。」
いや、殺意ある眼光で予想は出来ていた。しかし信じたくなかったのだった。リィズと話をしていた際のリオンの瞳は、とても慈愛に溢れていたのだから。
「貴方も、イヴァムの………!」
「何だ、分かってるじゃねえか。」
「分かりたくなかったんです!何故、貴方のような方がイヴァムの計画に加担しているんですか!?」
ラドの怒気迫る訴えに、リオンの眉が僅かに動く。
「お前には理解出来んさ………こうならざるを得なかった。」
「騙されているんですか?でしたら、今すぐにでも―――――」
「勝手な憶測で馬鹿を言うな。紛れもなく、これは俺が選んだ道だ。悪魔に魂を売り捌いた、俺の………!」
複雑に混ざり合った感情を零しながら、リオンは顔を手で覆って呟く。レジーと同様、知られざる重い過去を背負っているのをありありと感じた。
「やめて下さい。僕は貴方とは戦いたくありません。」
「お前はそうでも、俺は違う。あと少しで俺の願いが叶う。お前に邪魔をされる訳にはいかねえんだよ。」
リオンは右手を空に向けて伸ばし、指をパチンを力強く弾く。すると、脇に控えていた複数の少女達が、あっという間にラドを取り囲んだ。能力か何かで人間を操っているのかと思われたが、よく見ると精巧に作られた人形だと気付く。心を持たない人形の冷たい瞳に、感情が吸い込まれるかのような感覚に陥る。
「その表情、気付いたか。これが俺の能力、人形操作だ。こいつらは俺の手足も同然。甘く見ていると一瞬であの世行きだぞ。」
「………ご忠告、ありがとうございます。」
「お前は策を張り巡らせるのが得意だと聞いている。考える時間は与えん。」
リオンの手の動きに合わせて、七体の人形が踊り始めた。ドレス姿の良く似合う少女達は、ふわりとスカートを翻しながらラドに襲い掛かる。先陣を切った一体目の人形は、胸を目掛けて手刀を放つ。本当に人形なのかを疑ってしまう程に、素早く精密な動作はラドの度肝を抜く。しかし、以外にも難なく見切れ、かわし様に人形の手を払い落として地面に倒し、次の攻撃に備える。
「人形相手でも、女には紳士に振舞うか?くだらん美意識だな。」
「何事も心がけることは大事ですよ。そう言うリオンさんも、随分と人形を大事にしておられるようですが?」
豪華絢爛とも言える仕立てに、それぞれの個性を際立たせる装飾品の数々。そして艶が見て取れる程に透き通った美しい髪の毛。一体だけならまだしも、七体全ての人形にこれほど手の込んだことをするのは、並大抵の努力と技量ではない。それ故か、ラドも自然と力を加減してしまっていた。
「余計な口を利くな。頭だけでなく、舌も優秀らしいな。」
リオンの合図で、再度人形達が襲い掛かる。二体目は手刀で足を狙ってきた。跳躍してかわそうとするも、行動の選択肢を潰す為に背後から三体目の人形が接近して来る。ラドは素早く屈み、足払いで背後の人形を転倒させた後、軽く助走をつけて飛び上がり、二体目の人形の背後に回り込んで押し倒した。
ここまで何事もなく対処出来ているが、以前までのラドならば、こうは簡単にいかなかっただろう。日々の弛まぬ訓練の成果がこの戦いに表れている………そうひしひしと感じた。
「あくまで紳士を気取るか。虫唾の走る男だ。」
苛立ちを露わにして、リオンは瓦礫を蹴り飛ばす。そのリオンの態度と人形達の動きを比較して、ラドは一つの疑問を思い浮かべた。
「………何故、一斉に攻撃しないんですか?」
その問いに返答はなかった。次々と人形をけしかけて、思考させる余裕を与えてはくれない。ただ、先程の問いかけの通り、多くとも三体までしか攻撃を仕掛けて来ないので、十分対処は可能だった。
しかし、有効打が入らないのを理由に、リオンは作戦を変えた。人形に二、二、三で隊列を組ませ、先頭の二体を仕向けて来る。
最初と同じ要領で捌こうと構えるが、人形達はその場に留まらず、すれ違いざまに切りつける形で攻撃を行い、終わり次第素早く射程内から離脱する。パターンを変えられた為に対応が後手に回ったが、対処は可能だった。しかし、体勢を整える間もなく、次に控えていた二体の人形がラドへと襲い掛かる。
人形の一撃が僅かに頬を掠めるも何とか対応するが、最後の三体が既にラドへと向かっていた。
「くっ………!!」
さすがに三体ともなると、体勢の整っていない今の状態ではとても捌ききれない。結果、案の定捌けず、人形から手痛い一撃を受けた。手刀のはずが凄まじい殺傷能力で、いとも簡単に衣服を切り裂き鮮血させる。切り裂かれた右肩に激痛が走り、顔が歪む。
「この程度か。さっきまでの威勢は何処へいった!?」
腕の動きで人形達を操っているのだろう。リオンは休むことなく両手を動かし続ける。その細やかな動きに応じるように、再び二体の人形がラドへと襲い掛かる。そして、それを退けても次の二体が、さらに三体が………。波状攻撃と言う言葉が当てはまる今の状態は芳しくなかった。
統率の取れた動きに翻弄され、次第に体力を奪われていく。打開策を講じなければ、防戦一方のまま雌雄が決してしまいそうな状況であった。
「しぶとい奴だ、いい加減倒れろ!」
「まだ、僕は死ぬ訳には………!やり残している事がたくさんある!」
「志だけ立派じゃ何も成すことは出来ん!結局自身の意にそぐわない者は、力で捻じ伏せるしかないんだよ!!」
言い方は乱暴ではあるが、リオンの主張は的を得ていた。どんな綺麗事を並べようと、結果的に解決に利用するのは力だと。
「そうかも知れません。でも、僕は!綺麗事だと笑われても、自分の気持ちを貫き通したいんです!!」
その言葉に、苛烈だった人形達の動きが一転。動きを止め、辺りは静まり返った。
「………エミィと同じようなことを。」
エミィ。リオンが不意に口にしたその人物の名前に、ラドは心当たりがあった。
「エミィ?確か、リィズさんと話をされていた時にも口にされてましたが、知人の方ですか?」
「お前如きがエミィの名前を気安く呼ぶな!!知人と言ったな?そんな小さな存在じゃない。エミィは………俺のたった一人の妹だ!!」




