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諸悪の根源

怨嗟の悲鳴が街中に反響し、灼熱の業火が命の灯火を飲み込んで拡大する。イヴァムによって生み出された結界が発動してそう間もない頃、行く手を阻む黒い怪物達を可能な限り切り裂きながら、聖典教会リベル・サーンクトゥスへと走る迅雷があった。

その正体はジン・フォルバートであり、市民の悲鳴を聞いて、いち早くこの異常事態を察知したジンは、原因の特定と、大まかな指示を仰ぐ為に、大司祭ナーゲルの元へと急いでいた。


襲い掛かって来る怪物達の知能は高く、民家に隠れていた市民を引っ張り出しては束になって喰らうなど、想像以上に統率の取れた行動をもって、逃げ惑う人々を次々と狩っていく。

大地を覆い尽くす血塗りの池に憤りを感じながらも、怪物を両断しつつ一直線に教会へと疾走する。ようやく教会の建物が目視可能な範囲まで到達した矢先、空から一本の細剣が舞い落ちる。ジンは、それが誰の手によって放たれた一撃であるのかを理解した。故に、振り払わずにその場に立ち止まる。


細剣は重力に従って落下し、真っ直ぐ地面に突き刺さる。その後、現れた一人の男の手によって引き抜かれた。その人物は、ジンの兄でもあり、仇でもある、この事象を引き起こしたであろう全ての元凶………。


「イヴァムッ!!」


「やあ、待っていたよジン。」


狂気渦巻く乾いた風が、互いの髪を弄ぶ。ジンはその渦に飲まれないよう、怒りを静めてイヴァムへ短剣の切っ先を向ける。


「今度こそ、お前の企みを聞かせてもらうぞ………!」


「フフフ、そんなに敵意を向けないでくれ。僕は君との再会を素直に喜んでいるというのに。」


「黙れ。聞きたいのはそんな下らない話じゃない。」


毅然としたジンの態度に、やれやれと肩をすくめたイヴァムは、腹の底に溜め込んでいる闇を吐き出した。


「ジン。僕はね、この世の在り方についてずっと疑問を懐いて生きてきた。何故何事においても、上と下があるのか………とね。そして、その上と下を最も体現していたのが、僕達の生まれ育った場所………マガガナだ。」


「だから、救われない人達の為に日々行動していたんじゃないのか!?」


「そうだよ。でもね、僕は悟ったんだ。どれだけ偽善を掲げようと、それは机上の空論でしかないとね。結局は弱肉強食。動物達と同様、本能のままに強者は弱者を貪り尽くすのが正しい答えだと。」


「武器を持たない弱者を虐げるのが正しいだと………?そんなこと、あるはずが―――――」


「じゃあ聞くけど、君の優しさで人の渇きを満たせるのかい?」


「それは………っ!」


「不可能さ。人間は生きる為に、他の罪無き命を奪って己の渇きを満たしているのだからね。君も例外じゃない。でも恥じることはないよ、それが正しい姿だ。」


正解でも、決して間違いでもない、イヴァムの哲学的な問い。ジンは、その問いには答えないという意志を、自らの獲物で示す。ジンが短剣を振りかぶると、待ち兼ねていたと言わんばかりに、イヴァムは愛用の細剣を構えて応戦する。目で捉えられない程の素早い刃が交錯し、五回の打ち合いの後に鍔迫り合う。


「一体何が言いたい………!?適当な言葉を並べて混乱させるのが目的なのか?」


「この世は人間だけを過剰に特別視している………そう思ったんだ。何故人間だけが、こうも全生命体の頂点のように扱われている?元を辿れば全て同じ生き物だ。」


「言葉を解して他とコミュニケーションが取れるのは、世界広しと言えど人間だけだ。自制を利かせてやれるのも、他人を思いやり尊重してやれるのも人間だけだ!」


ジンの精一杯の『人間』という概念に対する主張を、イヴァムは鼻で笑った。


「なるほど。だから人間は尊われるべき存在だと?苦しいね。そんなちっぽけな理由では、弱者は納得させられても、強者には通用しない。」


イヴァムの細剣が、甲高い金属音を鳴らしながら徐々にジンの短剣を押す。負けじとジンも押し返すが、完全に押し返すことは叶わない。


「お前は強者だとでも言いたいのか!?」


「強者の上を往く存在………絶対者だよ。何人なんぴとたりとも、僕より上の高みへ行かせる気はない。」


「イヴァム、お前も人間だ!ただ性格が歪んだだけの………傲慢な人間だ!!」


「それで怒りを誘っているつもりかい?ジン。僕を諭したいのなら、もう少し賢くなってもらいたいな。」


「お前はその傲慢さをもって、セントラルホームの罪無き人々を殺めたのか!!」


感情を剥き出しにして刃を振るう。右手の短剣が払われると同時に、左手の短剣で喉元を目掛けて切りかかるが、イヴァムの放った閃光の軌跡は、それをいとも簡単に払い退けた。


「自らの心に素直になれない者は不要さ。僕は、その先が見たいのだからね。」


「その先………!?お前は―――――」


イヴァムから放たれる閃光をぎりぎりの所で捌きつつ、執拗な攻めを続ける。


「欲の枷を外した人間がどうなってしまうのか………僕はそれを知りたい。君の言う通り、それでも互いに手を取り合って生きるのか。はたまた己の欲望のままに争って、人間という存在そのものが消失してしまうのかをね。その結末を知る為には、僕は長い歳月を生きる力を求める必要があった。」


「それとこの虐殺に、何の関係性があると言うんだ!?」


「今都市全体を結界で覆っている訳だけど、その中で流れた血を触媒に、ウンブラの書を用いて生命の源に変換する。それを新たな依り代に移し、僕の意識を定着させることにより、不老不死の生命を誕生させるのさ。」


「不老不死だと!?いや、それよりも依り代とは―――――」


「さあて、ね。サービスで答えてあげたけど、満足してもらえたかな?」


イヴァムは全てを悟ったような口ぶりで嘲け笑う。どこまでも人を蔑み、手の平で遊んでいるかのような態度であった。


「ふざけるな!!お前は………お前はっ!!」


「息が荒いよ、ジン。普段の冷静沈着はどこにいったのかな?」


「黙れ!!くそっ、くそっ!!!」


内に抑えていた怒りが爆発し、攻撃の軌道が直線的になる。イヴァムはついに剣で捌くことをやめ、悠々とかわし始めた。


「ほら、どうしたんだい?攻撃に感情が乗り過ぎて、的に当たらなくなっているよ?」


「お前だけは、ここで必ず………!」


「やってみるといい。口だけでないことを祈るよ。」


剣戟は鳴り止む事なく響き渡る。どの音よりも、悲鳴でさえも超えて、より一層激しく――――――――









ジンとイヴァムが交戦を開始した同時刻、ウルは聖典教会リベル・サーンクトゥス内部で黒い怪物達を捌きながら、ようやく大司祭祈祷の間の入口付近まで辿り着いていた。幸いにも祈祷の間近辺は、まだ怪物達の手が届いていないらしく、比較的景観を保っていた。

しかし、何とも形容し難い悪意の念があちこちに漂っており、疲労しているウルの胸を締め付ける。奇襲に十分な警戒を払いつつも、速度を落とさず疾走すること数分。祈祷の間の大扉前まで到達したウルは、一端呼吸を整える。その間に周囲を見渡すも、入口を護っているはずの聖騎隊の姿は見えない。


たとえ異常事態であろうとも、聖騎隊が大司祭の命令以外で動く事はない。何も指示がなければ、ひたすらその場に留まるよう訓練されている人間達のはず。その姿がないとあれば、ナーゲルは既に行動を起こしている可能性がある。生存を間接的に理解したウルは、ほっと一息つく。そしてその姿を確認すべく、祈祷の間の扉に手をかけ、開いた。


「大司祭様………っ!」


当然と言うべきか、そこにナーゲルの姿はなかった。しかし、壇上の近くに見慣れぬ階段があることに気付く。流水の音に一時的な安らぎを得つつも、ウルの視線は見慣れぬ階段に釘付けであった。祈祷の間付近で察知した、何とも形容し難い悪意の念を階段の先に感じていた。

今一度呼吸を整えて気持ちを落ち着かせた後、恐る恐る階段に足を伸ばし、底の見えない暗闇へと踏み入った。明かり等の照明器具は一切無く、足元すら目視するのも困難を極める。ウルは自身の能力リボルトであるオーラを明かり代わりに宙に展開し、段を踏み外さないよう慎重に底へと降りて行く。


やがて底から明かりが漏れているのを確認する。それと同時に、異常な気配が肥大化しているのも察知した。脳裏を過ぎる嫌な予感を振り払い、その明かりの先へと進んだ。

辿り着いた先は、何処かで見たことのある場所だった。まるで何かの儀式を行っていたかのような、だだっ広い場所………。


「これは………確かウンブラの書が祀られていた―――――」


「ようこそ、ウルリリカ・エーテルハート。」


奥に設置されたの壇上から、聞き覚えのある声色が反響する。ウルの悪い予感は的中していた。出来れば、そうであって欲しくなかったと願っていたのに。


「種明かしは、もう少し先にしようかと思っていたのですがね………致し方ありませんか。」


その声色の持ち主は、今まさにウルが捜し続けていた人物であった。ウルに対して向けていた背中を翻して、歪みある笑みを見せた。


「ナーゲル大司祭………!まさか、貴方が!?」


「その通りです。私が真の首謀者であり、セントラルホームに死をもたらす者………。ウルリリカ、今までご苦労様でした。もう、貴方の灯火も限界でしょう?」


ナーゲルの発言で、ウルの中で渦巻いていた疑問が全てが繋がった。全て元凶は、この男だと。ほぼ全ての感情を取り戻していたウルは、怒りの感情をもって、ナーゲルを睨みつける。


「ふふふ。道化がお気に召さなかったようですね。ですが安心して下さい。貴方にはまだ役目があります。」


「私はまだ生きている。貴方のような悪魔を裁くまでは………死ぬ訳にはっ!!!」


亡き父親の姿を思い浮かべながら、ウルはナーゲルへの断罪を開始した。最後の灯火を使って。

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