煉獄の賭博師<下>
心の壁は、無情にも押し寄せる流水によって決壊し、余裕の感情は泡となって消えた。レジーは、自らの敷いた術中に嵌るラドの姿を眺めては、満足気に口を弓なりに曲げる。
「少年は13、5、8、9、10。対する俺は1、5、11、7、12。………2-3で俺の勝ちだ。」
「くっ………!」
「どうした、降参するか?」
「そんなことは絶対にしません!」
「OK。さあ、続きだ。」
先程までとはやり方を変えて臨んだ三回戦目もあっけなく敗れ、続く四回目も、突破の糸口が掴めずに惜しくも敗れてしまい、4-4のフルセットまで持ち込まれた。
あらゆる思考を巡らせて仕掛けを模索したが、未だ突破の糸口が見えない。精神的動揺が行動にまで反映されているのが如実に理解出来た。もう後がない。その事実が、ラドを確実に追い詰めた。失意の中、レジーの手元から最後のカードが送られる。
不意にウルの顔が脳裏に浮かぶ。笑顔を失っても尚、前に向かって突き進むあの儚い少女の姿が。
「………そうだ。」
今まで何の為にやってきたのか、そう自分自身に問いかける。無論、ウルの笑顔を取り戻す為。だとするならば、ここで怯えている暇があるのか?悩むまでもなかった。
「………ウル。」
あれほど焦り、追い詰められていたラドであったが、ウルとの思い出を頼りに冷静さを取り戻した。お互い離れているのに、まるで心は繋がっているかのような、不思議な感覚。その不思議な感覚が、ラドの怯えと恐怖を振り払い、優しく包み込んだ。
「うん?どうした少年。いよいよ降参か?」
「僕は負けられないんです………!僕を待ってくれている人の為にも、こんなところで!」
怒りではなく、想いの声を持って自らに喝を入れ奮い立つ。まだ勝負は終わっていない。
「やる気が戻ったのは結構なことだが、もう手遅れだぜ少年。今更なにを考えても、な。」
レジーは配ったカードに目を通しながら陽気に口を開く。既に勝利の余韻に浸っている賭博師に一泡吹かせてやるべく、ラドは集中し直す。雑念を取り払い、視覚と聴覚、そして触覚に神経を注ぐ。何か大事なことを見落としてはいないだろうかと。
その際、またしてもふとゲンの言葉を思い出す。師の言葉を心の中で反復しながら、仕掛けを探す。すると、正解が自ら歩み寄って来た。
「分かったのか?」
ラドの悟りを得たかのような表情で、レジーは察したようであった。
「ええ、今一度冷静になって見渡してみたら、意外と簡単な仕掛けだったことに気が付きました。答えは案外近くにあるものですね。」
「………聞こうか。」
「仕掛けの正体は………これですね。」
そう言って、ラドはまだ手に取っていない自身のカードを指差した。レジーの眉が僅かに上がる。正解の反応だった。
「違和感があったんです。貴方のカードに対する扱い方に。どうしてあんなに丁寧に扱っていたのか?理由は明白。トランプに仕掛けを施したから。」
「っははは!そうさ、正解だ。少年はゲームを始める前に、自分自身の目で全てのカードを確認している。それ故にイカサマをされても、まさかカードに仕掛けられているとは思いもしないだろう?だから俺はその心理を突いてこの作戦に出た。………それで、トランプの何処に、何を仕掛けた?」
「思い出したんです。初めて貴方と出会った時に、貴方が見せたあの力を。」
あの時、レジーが右足を思い切り地面に叩き付けた際、地面から熱を帯びた煙が充満していた。あれこそが仕掛けの正体で間違いなかった。
「おそらく貴方は、火の能力を用いて、カードごとにほんの僅かな歪みをつけたのではないかと。そうすれば、貴方の手元に来たカードには、貴方にしか分からない印をつけられる。五セットの勝負にしようと提案したのは、運が絡みづらくなってくると発言された言葉の通り、より多くのカードを識別可能な状態にしておく為。」
レジーは黙って頷く。それを確認したラドは、勢いそのままに自らの推理を展開する。
「そして親を継続させた理由は、後半の巻き返しにおいて、自身にとって都合の良いカードを厳選し、さも術中に嵌めたかのように演出する為。全て弱いカードだと、あからさまだとばれて精神的な動揺を誘えないから………違いますか?」
「………っははは!!」
一拍置いた後、今までにないくらい声を上げてレジーは笑う。導き出した答えは、概ね正解らしかった。
「そうさ、カードを混ぜず綺麗に整頓して少年に渡したのは、俺のつけた痕に触れられないようにする為さ。だから先に勝たせて親を譲り、少年の指捌きを観察していた。痕をつけるのに最適な箇所はどこか、ってな。」
「それが、ここだと?」
カードを逆さまにして際の辺りを指で擦ると、ほんの僅かだが熱がこもっており、所々やや凹んでいた。
「四回戦目までで印をつけられる最大上限は二十枚。しかし、毎回違うカードが来るとは限らないし、もしかすると、印をつけたカードがまた自らの手元に来たのかもしれません。そして、五回戦目。貴方が印をつけたカードが一枚も僕の手元になければ、完全に運で勝負する他なかった。」
「言いたいことは分かるぜ。どうしてそんな危険な賭けで勝負に臨んだのかってことだろう?」
ラドは無言で頷く。これほど技量のあるレジーならば、もっと安全且つ楽な方法で戦えたはずだからである。
「理由は単純明快。俺が賭け事に病みつきだからさ。もしあの場で負けていたのなら、運に見放されたと思って素直に諦めたさ。だがどうだ?少年の手札を見た時、俺のアドレナリンが爆発した。ああ、やっぱりこのスリルは賭博でしか味わえない………ってな。」
ラドは命懸けの思いで戦っていたが、こうしたやり取りに慣れているレジーは、純粋に勝負を愉しんでいた。
「自分自身を貫き通すその姿勢だけは、尊敬します。」
「だけっておい。………まあ、少年にとっては俺は敵だし、しょうがないか。褒められて悪い気はしない。」
決して嫌味ではないレジーの笑みに、何故だかラドは応えたくなった。
「さあ、泣いても笑っても最後だ。行くぜ少年!」
気合十分に、レジーは五枚の手札を全て伏せる。ラドの所持しているカードを把握しているが故の行動であった。仕掛けが見破られた以上、隠す必要がなくなったのだろう。ラドの手札の脆弱さがそれを物語っていた。
2、3、4、3、5。
この手札で勝てる見込みはゼロに等しい。だが、ラドには奥の手があった。まだレジーには見せていない、とっておきの秘策が。
「何だか嬉しそうだな、少年。」
「そう見えますか?」
「ああ。俺を出し抜いてやると言わんばかりに目を輝かせてる。」
「この勝負、勝たせてもらいます!!」
レジーと同様に、ラドも五枚の手札を一斉に伏せる。迷いなきその行動に、レジーはやや驚いた様子であった。
「思い切りの良さは評価するが、半ばヤケクソって感じだな。」
「それはやってみてからのお楽しみです。」
「面白い!それじゃ、少年の意地………見せてもらおうか!」
レジーの視線がカードに移ったその刹那、ラドは『切り札』を披露して見せた。すると、意気揚々とカードを表返したレジーの表情が凍りつく。それもそのはず、レジーのカードが13であるのに対して、ラドのカードは、決して送られていないはずの、1のカードが置かれていたからである。
百戦錬磨の玄人であるレジーは、自身の腕を疑わない。故に、信じられないといった様子で勢い良く立ち上がり、しばらくの間呆然としていた。
「どう………ですか?奇跡、起こしましたよ?」
「少年が俺の動向をチェックしていたのと同様に、俺も少年の動向には細心の注意を払っていた。だが、何故だ!?何故カードが………くっ!!」
悔しさを滲ませながら、仕掛けのタネを知りたいが為に、レジーはお互いのカードを次々と表返していく。そして、最後の一枚までめくり終わった後に言葉を失う。
レジーの残り四枚のカードは、それぞれ13、13、12、ジョーカー。
対するラドのカードは1、1、1、ジョーカー。
3-1で、ラドの勝利であった。
「僕の勝ち………ですね。」
「っはは………参ったなこれは。イカサマを仕掛ける側のはずの俺が、いつの間にか少年に仕掛け返されてたってのか。目には目を、歯には歯を、イカサマにはイカサマを、ってことか。」
憑き物が落ちたかのように、穏やかな表情を見せたレジーは、微かに笑って椅子に腰掛け直した。
「俺の負けだ、少年。一体どんな仕掛けを使ったんだ?」
「命懸けの………仕掛けですよ。」
額から多量に発汗させ、やれやっと言ってのけたラドの態度に何かを感じたのか、レジーは目を伏せて瞑った。
「命懸け、か。そりゃあ俺が勝てない訳だ。」
ラドの仕掛けの正体、それは能力、犠牲であった。この世のありとあらゆるモノを分解、再構築可能な奇跡の力。ラドは自身の生命を代償に、カードの表側を分解した後、再構築して数字を書き換えたのだった。
物質の大小に応じて対価は変動するが、たった五枚のカードを作り変えるだけでも、体感で一年近い命を浪費した。肉体への反動も大きく、それが表面上は発汗という形をもって現れ、内面は心臓を締め付けられるかのような激痛が駆け回っていた。
「少年の覚悟、見せてもらったぜ。遊び感覚の俺には、到底達することの出来ない鋼の意志をな。」
脱力していたレジーは、腰掛けている椅子の背もたれに寄りかかって、呆れるほどに大きな伸びをする。
「はーっ。何だろうな、この気持ち。よく分からないが悪くない………いや、むしろ清々しい。」
「それは何よりです。正直駄々をこねられたらどうしようかと思っていました。」
「俺はガキか!素直に負けを認めるさ。悔いはない。今までで最高の勝負だった。………さあ、ルールに則って俺を殺してくれ。」
レジーは自らの首を掻き切るポーズを取り、ラドに殺害を促す。しかし、戦いを通して様々な事情を知ったラドは、そんな事をするつもりは毛頭なかった。
「貴方の境遇には同情の余地があります。まだ引き返せる方を、殺めたりしません。」
「おいおい、それは聖典教会の掟に従ってのことか?」
「いえ、僕自身の意志です。貴方は………まだ人間だ。それに、貴方の腕を見込んでお願いしたい事もありますしね。」
打ち倒した今だからこそ、レジーは必ず心を開いてくれる。ラドはそう信じていた。その偽りなき瞳に屈したのか、やがて諦めたように肩を落とした。
「本当、優しいのか厳しいのか分からないな、少年は。」
レジーがウンブラの切れ端を能力で燃やすと、異空間はゆっくりと元へ戻っていった。




