煉獄の賭博師<中>
「さて、これからゲームを始める訳だが………少年はギルドナイトって知ってるか?」
「いえ、初めて聞きます。」
「そうかい。ならルールを説明させてもらおうか。」
テーブルの中央に投げたトランプの箱を手繰り寄せて、新品の証でもある封を切った。流れるように滑らかな動作で箱からカードを取り出すと、カットした後上から順に五枚引き、それを二組作った。
「ギルドナイトはまだ世間では認知度の低い遊戯だが、他のトランプゲーム同様に、老若男女問わず誰でも楽しくやれるのが人気のポイントさ。」
ギルドナイトとは、配られた五枚のカードを使って勝負するゲーム。
お互いのプレイヤーは親の定めた方向から順に、手札のカードを裏向きにして置いていき、五枚全て置き終えたら、これまた親の定めた方向から順にカードを表返し、その数値の高さを競う。
基本的に1が一番弱く、13が一番強い。同じ数字は引き分け。ジョーカーは数字に関係なく引き分けにする効果を持つが、例外的に1には負ける。
上記のルールに則って五回繰り返し、勝利数の多い方が一セット先取となり、どちらかが三セットするまでゲームを続ける。
前回の時と同じく要点を押さえながら、レジーは淡々と説明する。
「………とまあ、ざっくりだったが理解出来たか?」
「問題ありません。ところでカットは誰が?」
「ここには俺と少年の二人しかいない。順番が妥当か?」
「では僕が先で。イカサマを防ぐ意味でも。」
「手厳しいね。」
やれやれと肩を竦めて、レジーはトランプの束をラドの右手に向けて軽く放り投げた。
新品の証でもある封を切ることによって、イカサマは行ってないアピールをしているのだと考えたラドは、カードに細工がされていないかを一枚一枚入念に確認した後、何度も何度も執拗にカードを切る。十二分にカードが混ざったところで、順繰りにカードを配った。
「五枚揃ったな。っと、ここで二つ程、ゲームに関する提案をさせてもらっても良いか?」
「………一般の方の提案なら二つ返事ですが、貴方が言うと警戒せざるを得ません。」
「警戒するなって。まあ、聞いてから判断してくれ。まず一つ目、通常は三セットだが、五セットにしないか?という提案。んで二つ目は、勝者がカードを配る役を継続して行うというもの。」
話を聞く限りでは別段何のことはないが、裏がなければこのような提案は持ち出さない。ラドはこの発言にどんな意図が含まれているのかを冷静に考えるが、その先の答えは見えない。
「三セットだとあっという間だから、運が絡みづらくなってくる五セットでやらないかってことだよ。それから、勝者がカードを配る役を継続して行うっていうのは、単純に『勝っている』っていう感覚を実感する為さ。特別深い意味はない。」
根っからの賭博師であるが故に、戦いの緊迫感を欲するのだろう。この提案を断れば、別の算段を用意する可能性も否めない。特にこちらが不利になる要素も見当たらないので、相手を納得させるのも含めて了承する選択を下す。
「無茶な提案でもないので、了承します。これを断って、別の攻撃を企てられても困りますからね。」
「ありがとうよ。それじゃあ手札の確認して、カードを裏向きに配置しな。」
レジーはそう言いつつも、ラドの瞳を捉えたままカードを置く気配はない。ラドの些細な仕草や視線の動きを観察して、どの位置にどのカードを置くのかを考察しているのだろう。前回のチンチロリンとは違い、今回のギルドナイトは人読みが大事になるゲーム。お互いに手の内を明かしていない初回は、特に神経質にならなければ勝ちは拾えない。レジーに意識を向けつつ、ラドは自身の手札を確認する。
左から順に、7、10、12、2、6。
良くも悪くもないといったところであった。1なら13に勝つことが出来るが、2にはそのような特別な効果はない。低い数字は捨て駒と割り切って運用していくしかないだろう。レジーがどのような戦略を用意しているのかは定かではないが、一般的には競技の団体戦と同様に、士気を上げる為に初戦はなるべく勝ちを狙いにいく。
今回の勝負にもそれが当てはまり、先に一勝を挙げることで、心にある程度の余裕を持たせることが出来る。そのぐらいの基本は、当然レジーも想定しているだろう。だがしかし、ここはあえて愚直にも王道を選択する。
ラドは最初の置き場に12のカードを裏向きで置く。ラドが配置したのを確認した後、レジーもカードを置く。それを残り四回繰り返し、やがて全てのカードを置き終える。
「さあて、これで準備は完了したな。いよいよ勝負の時間だ。」
レジーがラドの事細かい動作を観察していたように、ラドもまたレジーの動向は可能な限り、そして逐一確認していた。よって、自身の目が節穴でなければ、イカサマは行われていない。
緊張の一瞬。一呼吸置いた後、お互いに一枚目のカードを表返した。
「僕は12です。」
「俺は4。やるねえ少年。」
「お世辞は結構です。次いきますよ。」
示し合わせて、順々にカードを表返していく。
ラドは6、7、10、2。対するレジーは5、5、9、13。
「4-1か。ははっ、随分とぼろ負けたな。」
「これで僕が一セット先取、と言う事ですね?」
「そうだ。さあネクストゲームだ。配ってくれ。」
レジーは自身の使用していた五枚のカードを、綺麗に揃えてラドに手渡す。負けたのが悔しかったのか、血湧き肉踊っているのかは定かではないが、やや高揚気味な様子だった。指示通り手早くカットし、一枚一枚順繰りにカードを配る。
二回戦目。ラドの手札はそれぞれ13、10、5、3、11。やはり勢いは大事だと感じさせる、そんなカード群であった。1かジョーカーを出されない限り、13が敗れることはない。他のカードよりも、ある程度信頼が置ける。先程のレジーの配置を鑑みるに、案外正攻法でいった方が相手のペースを崩しやすいのかも知れないが、油断は出来ない。長い試合だけに、初期は勝負を捨ててまで攻略法を獲得しようと画策している可能性も否めない。
「どうした少年?俺がイカサマを仕込まなかったのがそんなに不思議か?」
「いえ、そう言う訳ではないですが………。貴方のことですから、何か仕掛けて来るのではないかと。」
「はははっ、いくら俺でもこんなに凝視されてちゃ、そう軽々とイカサマなんて出来ねえって。」
わざとらしくポーズをとるが、隙あらば仕掛ける気でいる。細かい動きにも目で牽制を入れ、レジーの身動きを封じる。疑り深いレジーは同じ手を使ってくるとは思わないだろう。ラドは再び正攻法で勝負する方向性を選んだ。
素早くカードを五枚伏せ、交戦の準備を整える。予想以上に迷いのないその動きに、レジーは目を光らせていたが、自身はラドに合わせることなく長考の後にカードを配置した。
「さあ、いくぜ?」
二度目の勝負。
ラドは13、10、11、5、3。対するレジーは12、1、9、8、8。
「………3-2か。また少年の勝ちだ。」
「何を企んでいるんですか?」
「何の話だ?」
「………次いきますよ。」
当然レジーは白を切る。ラドはレジーの本懐が何なのかを見抜けないでいた。しかし、既に二勝している為、精神的な余裕は十分にある。慌てず、冷静に、勝負と牽制を両立させていく。
運を味方につけたラドは、驚異の幸で三回戦目、四回戦目も悠々と勝ちを拾った。逆に不安の種はどんどん大きくなるばかりだったが。そして来たる五回戦目、このセットを取ればラドの勝ちとなる。
「ついに五回戦目、だな。」
ラドからカードを手渡されたレジーは笑っていた。不敵な笑み。まるで、これから起こる種明かしを待ちきれない手品師のように。内情を悟られないよう、冷静を装って質問する。
「今までのは遊びだったと言わんばかりですね。」
「遊びかどうかは、少年自身の目で確かめな?」
強烈な眼光に気圧されて、ラドは汗をたらす。完全に相手の動きを制していたはずだったが、この土壇場で自身の目を盗んで巻き返す用意を整えたらしい。たとえそれがハッタリだとしても、今のラドには効果覿面であった。
ラドの手札は7、9、12、10、9。決して悪い手札ではないが、最後は今まで以上にカードの順を考えてカードを配置する。ラドがカードを置き終えてもまだ、レジーはカードを凝視していた。
「どうするか………。」
考えを口に出してしまう程、真剣に悩んでいる様子であった。最後の最後までイカサマはさせないよう、注視して牽制する。すると、レジーは微かに笑った後、一気にカードを五枚全て置いてみせた。
「これでいいかな?」
「自信があるようですね。」
「いや、これでも内心焦ってるんだぜ?俺はもう後がないからな。だがよ、これがいいのさ。やっぱ賭博はこうでないとな。」
「………いきますよ。」
一斉にカードを表返す。すると、そこに広がっていたのは、ラドの予想とは相反するものだった。
ラドは7、10、9、9、12。対するレジーは7、2、10、ジョーカー、13。
「初めに言ったが、ジョーカーは引き分けにする効果がある。つまり、1-2で俺の勝ちだ。」
「そんなっ!」
「自分はちゃんと見ていた!か?残念だが、もう少年は俺のトリックに嵌っているんだ。」
レジーの目は本気だった。ここから一度も負けずに勝利を収めるつもりらしい。それよりもラドは、既に罠に嵌められているという一言に惑わされていた。たまたま勝利したのにも関わらず、ほらを吹いてこちらの集中力をかき乱そうとしている………そう考えたかったが、レジーの勝利はこの土壇場で、偶然起こりうるものなのだろうか?ただの一敗が、ラドの双肩に重くのしかかった。
「さあ、親の権利はいただくぜ。」
ついにレジーの手にトランプの束が渡る。自らの手元にある分、イカサマを仕込むチャンスが著しく増えてしまう。これでは牽制の効果も大きく薄れ、あまり意味を成さない。まさに一転攻勢。
「ここからが本当のゲームだ。俺の手元にトランプが来た以上、もう少年に勝ち目はないぜ?」
「それはやってみないと分かりませんよ。」
「分かるんだな、それが。そら、ネクストゲームだ。」
滑るように五枚のカードを双方に飛ばす。その動作は鮮やか且つ美麗。ほとんど差異なく、横一列に並べて見せた。ラドの瞳に映る焦りを覗き見て、レジーはテーブルの中央に束を置く。早速配られた五枚のカードを表返して手札とする。
10、5、8、13、9。
先程までとそれほど差異はない。依然として悪くない手札であった。てっきり仕掛け損なったのかと思ったが、そんなヘマをするような男ではない。認識を改めたラドは、それ以外で他にどのような仕掛けを施しているのかを考える。
最悪一セットを犠牲にしてでも仕掛けを暴かなくては、レジーの張り巡らせた網を破ることは出来ない。しかし、悠長に思考をさせる暇を与えまいと、レジーは挑発的な口調でラドに問いかける。
「どうしたよ、そんなにピリピリして。そんなに俺の発言が気になってるのか?考えても無駄だぜ。人間はな、焦りの感情が蠢いていると思考がまともに働かない。それに、何でもかんでも俺の発言を信じるのは良くないな。仮にも俺は賭博師だぞ?」
発言を二転三転させることによって、ラドの思考判断能力を鈍らせる。しかし、その精神的攻撃を何とか振り払って、試合に集中する。誘いに乗らなかったのが不満だったのか、レジーは僅かに肩をすくめた。今度は、ラドから攻撃する。
「どうしました?カード置かないんですか?」
「考え中さ。少年こそ、お先にどうぞ。」
違和感を覚えた。思えば、これまでの勝負全てで、レジーはラドがカードを配置し終えてからカードを出している。おぼろげながら、糸が見えてきた。故に、ラドはあえて出さずにレジーの動向を窺う。考えているふりをしながら。
「………なるほど。俺が後出しでカードを選んでいると睨んだのか。だが、その答えじゃ30点だな。」
不正解だと言わんばかりに、レジーは五枚のカードを一斉に伏せた。
「なっ………!?」
「少年の思考は間違っちゃいない。だが、そうじゃない。」
ラドが見た糸はただの糸でしかなく、触れる前から千切れて雲散してしまった。正常な思考判断能力を奪われたラドは、混乱したままの状態でカードを配置するしかなかった。
「この勝負、もらったな。」




