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煉獄の賭博師<上>

レジーとの勝負でラドが飛び込んだ穴の先は、摩訶不思議な異空間であった。明るいと言えば明るく、暗いと言えば暗い。広いと言えば広いし、狭いと言えば狭い。何とも形容し難い、と説明するのが適切と言い切れるぐらいに捻じ曲がっていた。


「こっちだ、少年。」


既にレジーは、椅子と思しき物体に腰掛けてラドを待ち侘びていた。その隣には禍々しいデザインのテーブルが置かれていた。ラドは用意された椅子に腰を下ろし、レジーと対面する。


「さて、これからゲームを始める訳だが………。少年、分かってるよな?」


「賭け事の基本………チップですね。」


「そうだ。この戦い、敗者が勝者に渡すチップはこいつさ。」


そう言って自身の胸の辺りを親指で軽く小突く。発言した際の声色から読み取るに、レジーにとって命は随分軽いモノのようだ。


「命を粗末にしてはいけません。」


「違う違う。それだけ本気ってことだよ。それに、そのぐらい賭けないと、緊張感がないだろう?」


「………どうしてそんなに賭けに拘るんですか?」


レジーは口から僅かに溜め息を漏らすと、静かに語り始めた。


「俺はとある街の貴族の生まれでな。恵まれた環境の下で、何一つ不自由のない生活を送っていた。ただ一つだけ問題を残して、な。」


「問題?」


「俺の親父が、筋金入りの賭博師ギャンブラーだったのさ。………尤も、賭博師ギャンブラーの名を騙っているだけで、実際は貴族の立場を利用した、非合法の賭けを貧民に押し付けては金を巻き上げる、人間の風上にも置けない屑だった。」


軽い口調で言うが、相当な憎しみがこめられているのがよく分かった。


「そんな親父はある日、街を牛耳る上層部連中のお茶会に誘われたんだ。親父は嬉々として行ったさ。奴らの本当の目的も知らずにな。」


「………騙されたと?」


「そうさ、奴らは好き勝手にやる親父を疎ましく思っていた。だから親父の信条である賭博ギャンブルで、完膚なきまでに叩き潰してやろう………ってな。で、結果は推して知るべし。親父は度重なる敗北で精神的ショックを負い、以降部屋に閉じ篭もるようになった。正直、俺はざまあみろって思ったよ。今までの悪行を考えれば当然の報いであり、罰だと。だが、それから俺の地獄は始まった。」


レジーは組んでいた足を元に戻す。陽気に語れる話ではない分、自然と身体が真面目な話をする体勢になってしまうのだろう。少なくとも、ラドにはそう見えた。


「三日後、部屋の前に置いておいた食事にも一切の手をつけず、ずっと部屋に引き篭もる親父の体調を心配した母は、合鍵を使って部屋に入ったんだ。………するとどうだ?驚いた事に、もぬけの殻だったのさ。親父は、家の財産を根こそぎ奪って逃げ出していたんだ。その光景に母は狼狽して倒れた。そりゃそうだ。親父だけならまだしも、家の金を全て持って行かれちゃあ俺達は生活出来ない。俺もしばらくの間は放心状態で言葉の一つも出なかったが、突然玄関から響いたガラスの割れ音と、複数の怒声によって現実に引き戻された。」


一拍置いて、レジーは本を読んで聞かせるかのように続ける。


「俺が小走りで玄関まで行くと、想像していた通りの男達がたむろしていた。何の用だと問えば、金を受け取りに来たと吠える。勿論俺はそれが何なのかを知らない。だから聞いたのさ、一体どう言う事なのか、と。するとその言葉を聞いた男達は、急に嘲り笑い出した。何も知らない俺が、余程滑稽な存在に見えたんだろうさ。事実、その通りだったが。感情を剥き出しにして俺が怒鳴ると、一番手前にいた男が腹を抱えながらこう言ったんだ。お前の親父の購入物の請求は、全てお前の母親が支払うよう契約書にサインされている。ってな。」


その怒り震える声色に、ラドは心の痛みを感じていた。幼少期には、ラド自身もそれなりに苦い経験を経ているが、レジーの場合と比較して、『親の愛情』という一点において大きな差異があった。愛されず、物のように打ち捨てられる。辛いなどと言う一言では表現出来ない苦悩。

ラドは初め、この語りがレジーの心理的動揺を狙った攻撃だと考えていたが、どうしてもそんな風には見えなかった。そんな複雑な表情を、フードで隠した瞳で観察しつつレジーは語りを再開する。


「俺は激しく恨んだ。あろうことか、親父は苛立ちの矛先を俺達家族へ向けたのさ。………だが、いくら恨もうが、返ってくるのは男達の下卑た嘲笑だけだった。金は全て親父が持って逃げたので、支払いは無理だ。俺はそう答えるしかなかった。当然、はいそうですかと引き上げるような連中じゃない。支払えない代わりに、俺に代金分の『暴力』を振るった。それこそ、一般の人間が体験することのない『暴力』をな。」


レジーは覚悟を決めたように、ついにそのフードを脱いでその顔面をさらした。燃えるように純然と煌く紅色の短髪に、獲物を刈り取らんとするが如く異様に鋭い目つき。そして、顔面の至る箇所に点在する擦り傷、切り傷、刺し傷の痕が見られ、前述の話と照らし合わせるに、相当な『暴力』を受けてきたのが瞬時に理解出来た。それからもう一つ、何故頑なにフードを脱ぐのを拒んでいたのかも。


「失礼しました。貴方がフードを脱ぐことを拒んでいたのは、こういった理由があったからだったんですね。」


「そーゆー事。あんまり見せびらかして気持ちの良いものじゃないしな。………正直引いただろう?」


常人であれば、目を逸らしていたであろう。しかし、ラドは決してうろたえることはなく、真っ直ぐにレジーの瞳を覗く。怯えを見せないその態度に満足したのか、レジーは軽く息を吐いた。


「俺は、借金を返済する為にすぐさま行動を起こした。だが、年端もいかないガキが真面目に働いたところで、賃金はたかが知れてる。だから俺は、もっと手っ取り早く返済できる方法がないかを必死で模索した。時間を要す程、連中に催促と称した『暴力』を受けるからな。」


「………その辿り着いた答えが賭博ギャンブルだと?」


「そうさ。親父は己の立場を利用していただけのペテン師だったが、偶然にも俺には才能があった。家の書庫に眠っていたあらゆる手品書もあっという間に解読して習得し、ばれないようにイカサマを行うテクニックをひたすら磨いた。………そして、息を吸い込むようにイカサマを行えるようになった俺は、決着をつける為に男達の住処に単身で突撃した。扉を開けた早々、奴らは金は用意したのかと群がって来たが、俺はそれを一蹴して言ってやった。金を支払う前に、少しだけ賭博ギャンブルで遊んでくれないか?と。奴らは金と女、そして賭博ギャンブルと、まさしく絵に描いたような連中だ。俺が大金を見せつけると、喜んで勝負を受けてくれた。」


レジーの表情が歪む。どのような駆け引きが行われたのかは想像もつかないが、きっと血を血で洗う壮絶さがあったのだろうと察する。


「結果、俺は会得した数多のイカサマで男達の精神を打ち砕いた。奴らもまさか、俺のようなガキに何度も敗北するとは思いもしなかっただろうからな。あれは愉快だったさ。ちょっと手を加えてやるだけで、慌てふためいて。まあ………やり過ぎた所為で、結局力にものを言わせた実力行使に及んで来た訳だが。」


「勝ったんですか。」


「余裕で。言ったろう、偶然にも俺には才能があったと。それは指先だけじゃなかったのさ。過程で能力者リボルターとなっていた俺は、圧倒的な力を持って奴らを殲滅した。今までの仕返しも兼ねてな。………だがどうだ?俺は力で相手を屈服させる事に満足感を得られなかった。そうだ、殺し合いにはないあの独特の臨場感、スリルは賭博ギャンブルでしか得られない。気が付けば、俺は借金を返済する為に始めた賭博ギャンブルの虜になっていたのさ。」


レジーは唐突にコインを弾く。宙に浮いた一枚のコインは瞬く間にその数を増やし、五枚に増える。レジーはそれを落とすことなく全ての指先に乗せてみせる。


「何事も極めれば武器になる。それが俺の場合は力ではなく、賭博ギャンブルだったってことさ。楽しいんだ、純粋にこいつが。今じゃこいつが俺の人生の全てとさえ言い切れる。」


「………貴方の賭博ギャンブルに対する情熱は理解しました。その想像を絶する過去も。ですが、聞いた以上余計負ける訳にはいかなくなりました。僕は、それを踏み越えてでも先に進ませてもらいます。」


「言うねえ。だが、そのくらいの啖呵を切ってもらわないと興が冷めるってもんだ。つまらない話を聞かせてしまった分、ゲームで盛り上げさせてやるよ。」


「いえ、決してつまらないなんてことはありませんでしたよ。貴方の人となりが分かる良い話でした。だからこそ、僕も本気で戦える。」


ラドの闘志を秘めた瞳に、レジーの感情は最高潮に達している様子であった。手持ちのコインを懐にしまい、代わりに未開封のトランプカードを取り出してテーブルへ投げた。


「ゲームの始まりだ。互いの命をかけた………な!」

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