搦め手
ラド達三人が深淵の地にて戦闘を開始した時、ウルもまた西区へと訪れていた。
アーケードの屋根から市内を俯瞰し様子を窺うも、普段より人が疎らであること以外、特に変わった様子は見られない。
これだけ人がいないのならば、様子を探ってくると言っていたジンとセリスの姿も見えようものだが、それらしい姿は見えない。時間も時間なので帰ったと考えるのが自然だが、そう感じさせない何かが西区全体に渦巻いていた。
狂気の混じった風が髪を撫で仮面を揺らす。仮面が落ちないように縛っていた紐を締め直し、ウルは再び移動を開始した。
「来るよラド、セリス!!」
ジンの掛け声と共に、三人は一斉に散開した。ハンニバルは不敵な笑みを浮かべた後、暗闇に溶けて完全にその姿を消す。
「どこから来る………!?」
大体奇襲は死角と相場が決まっている。しかし今いるこの場所が、ハンニバルの能力によって生成された空間だとしたならば、どこから攻撃が来てもおかしくない。
ラドは自衛に専念すると共に、両手に障壁の呪符を構えて迎撃準備を整える。
「笑止。」
地面からハンニバルの声が聞こえたと同時に、ラドに闇の津波が覆い被さってくる。予測はしていた攻撃だったので即座に身体を捻って呪符を展開する。津波を防いだのを確認した後、反撃に移ろうもするも波はすぐに引き、再び地面に溶け込んだ。
戦闘前のやり取りといい、もっと豪胆な人物かと思っていたが、意外なまでに慎重派なようだった。ラドが次なる攻撃に備えている最中、セリスの方から音が響く。周囲を警戒しつつ目を向けると、そこには全身が真っ黒な謎の人型生物と戦っているセリスの姿があった。
「セリスさん、大丈夫ですか!?」
「何とかね………っ!でも困ったな、このお化け斬っても斬ってもすぐ元通りになるよ!?」
そう言い放って人型の生物を斬り伏せたが、セリスの言う通り切断された箇所はすぐ元通りになり、人型生物は活動を再開しセリスに襲い掛かる。
戦闘前にジンが話していた推測が事実ならば、小さな範囲とはいえ、ここは能力で生成された擬似的な世界。ある程度思い通りの事象を意図的に引き起こせるのだろう。脇目でジンの方を見やるも、やはりジンもセリスと同じく人型生物と交戦していた。
一体一体の動きは緩慢なので、あの二人ならばそうそう倒されることはないだろうが、疲労が蓄積すれば次第に劣勢となるのも時間の問題だろう。ラドは頭の中で攻略法を模索しながら、交戦中の二人に声をかける。
「セリスさん、ジンさん!こちらに来られますか!?」
「させん。」
しかし、返答したのは二人ではなくハンニバル。今度は正面から、ラドに覆い被さるように迫って来る。
「同じ手は通用しません!」
威勢良く呪符を突き出して防御態勢を整えるも、背後から何者かに殴打され、吹き飛ばされるような形で地面に転がった。痛みを我慢して声を抑え見上げると、そこには先程見た人型生物がラドの前に立ち尽くしていた。間髪入れずに、人型生物は次なる攻撃を繰り出す。
ラドは転がってそれをかわし、ハンニバルの奇襲を読みつつ勢いよく立ち上がる。その過程の途中で、障壁の呪符から対象の能力を抑え込む呪符に取り替えたラドは、人型生物に向けて吶喊し、呪符を押し付けた。
するとラドの予想通り、人型生物は瓦礫のように崩れ落ち、そのまま地面に溶けて掻き消えた。
「それは封印の類の呪符か。さしずめ大司祭の入れ知恵か?
人間の姿を形成したハンニバルは、興味深そうに呪符を見つめては言い放つ。呪符に関する知識がある様子だった。
「もしやと思って試してみましたが、予想通りでした。あの人型生物を生成すればするほど、個々の動きが緩慢になるんですね。………貴方自身も含めて。」
「………鋭いな。」
本気を出せば能力を持たない人間など造作もないだろうに、やけに手を焼いているのが気になった。さらに、セリスやジンと交戦している際に見た人型生物と、先程攻撃を仕掛けてきた人型生物とでは、後者の方が明らかに動作が鈍かった事にピンときたラドは、今回の行動を試したのだった。
「貴方のような方が、手加減などするはずがないと思っていましたから。」
「無論だ。我はたとえ狩りの対象が兎であろうと、全身全霊を賭して事に当たる。故に汝も例外ではない。………しかし、少々見積もりが甘かったようだ。」
ハンニバルは能力の仕組みが見破られた事に、驚愕するどころか、むしろ嬉々としながら全ての人型生物を自身の肉体に呼び戻した。交戦していた人型生物が突然消滅したことで状況を理解したのか、セリスとジンは素早くラドの元へと戻って来る。
「ラド、無事かい!?」
「おかげさまで。セリスさんとジンさんも怪我はありませんか?」
「私なら全然大丈夫だよ。」
「同じく。それよりも、何故突然に人型を引っ込めた?」
ジンの疑問に答えようとラドが口を開きかけたが、その前にハンニバルの重々しい声が回答する。
「見破られた方法で延々と死闘を演ずる事は不可能。尤も、それ以上に汝らを侮辱する事に他ならぬ。」
「それは、僕達を評価している言うことか?おかしな男だ。」
「我は渇きに飢えている。この渇きを満たせるのは、、我の血を滾らせる強者のみ。強者を喰らってこそ生を実感出来る。」
ハンニバルは自身が認めた強者に対しては、敬意を払うのをもっとうとしているらしい。かつて東区で戦ったゴーシュとはまた違った、独特の概念を信条としている人物であるとラドは感じていた。
「貴方の信条はどうであれ、僕達の目的は変わりません。」
「そうだよ、成敗するから!」
「その意気や良し。では下せる事を証明して見せてもらおう。」
第二幕の開幕を宣言するかのように、ハンニバルは体勢を低くすると、凄まじい勢いでこちらに向かって来た。ハンニバルが走り様に右手を闇に染めて薙ぐと、ラド達の立っている数10m程離れた地点まで伸びて来た。予期せぬ攻撃ではあったが、ジンが先陣を切って巧みな剣捌きで、その闇を削ぎ落としてはハンニバルへ向かって行く。セリスとラドも、遅れないようにその後に続く。
ハンニバルは切断された闇の部分を再生させ、今一度薙ぎ払ってくる。勢いに怯むことなくジンは華麗に切り刻んで無力化すると、好機と踏んだのか能力、絶影を行使して高速接近する。一瞬で背後を取ってすかさず一閃するも、発現した闇の膜に防がれる。
「強襲を得意とする能力か。盟主から話だけは聞いていたが、侮れぬ力よ。」
手痛い反撃を受ける前に後退するが、その際短剣の剣先が液体状に溶けているのに気付く。
「迂闊だった。その力のことを忘れていたよ。」
「だったら、離れて攻撃すればっ!!」
ジンを横切って前に出たセリスが水彩剣から炎を発現させ、轟音と共に炎の柱を叩きつけた。
「ぬうっ………!」
ジンが引き付けていてくれたおかげもあってか、ハンニバルは回避が間に合わず、その体は灼熱の炎に包まれた。ラドは追撃すべく、触れた物に力素を与える呪符を取り出しては折りたたみ、炎の中へと投げ入れる。すると、呪符が炎に反応してその力を高め、激しさを増長させる。暗闇が支配していた空間は、瞬く間に炎の海と化した。
「ラド君ナイス判断。これで、倒れてくれるかな………?」
「油断しないでよセリス。目視する限りじゃ炎の中に奴の姿は見えない。もしかすると、既に脱出している可能性が高い。」
ジンは注意喚起をしながら、腰に提げていた予備用の短剣に持ち替えて絶えず周囲を警戒している。確かにこんなにあっさり倒せてしまうような相手ならば、イヴァムに価値を見出されたりはしないだろう。恐らくハンニバルは何かを企んでいる。故に、今は力を抑えている………と、ラドは考えていた。
やがて炎が自然に鎮火し再び闇が舞い戻ると、前方から五体満足のハンニバルが姿を現す。
どうやら周囲が呪符の力で強まった炎の海であったが為に移動出来ず、地中に溶けてやり過ごしていたようであった。しかし、隠れ蓑より呪符の力が勝っていたのか、所々ハンニバルの衣服は焦げていた。
「………見事。だが、我はこの程度で敗れはせん。」
ハンニバルはこれ以上ないくらいの狡猾な笑みを浮かべた。まるで、もう手の内は全て読めたと言わんばかりに。
「まだ何か手があるの………!?」
セリスが水彩剣を構え直したその時、突然ジンが後方へ大きく吹き飛ばされた。
「ジンさん!!」
何が起こったのかを把握すべくラドは周囲を見渡す。すると、地面から大量の黒い腕の形をした闇がラド達を取り囲んでいた。
「くっ、これは………!?」
「しかと堪能してもらおうか。」
ハンニバルによって生成された闇の腕は、非常に機敏であった。不意打ちであったのは確かだが、あのジンですら反応出来ない速度を以って彼を吹き飛ばした。この力を披露する前に見せたハンニバルの表情を思い返したラドはハッとする。こちらの手の内を大方見定めた上で繰り出してきた『奥の手』であることを悟った。
苦戦は必死だが、逆に乗り越えられれば勝機が見えると。そして、これを乗り越える為にはセリスとジンの協力が必要不可欠。ラドは吹き飛ばされたジンの安否を確認すべく、暗闇に向かって声を張り上げた。




