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慟哭

ラドと涙の告別を終えたウルは、玄関前で愛しい我が家を隅々まで眺めていた。

たった数日間他所へ行くだけで大袈裟な。と、笑われてしまうような行動であったが、それだけウルにとって大切な時間を過ごした場所である。離れたくないのも当然であった。


そして約束の時間、支度を終えてやって来たマークバーンと共に、定期馬車を利用して目的地セントラルホームへと向かった。片道で二日程だと聞いているので、単純計算しても往復で四日はかかる事になる。途中で何度か降りて休憩を取ったものの、慣れない所為かウルは酷く疲れていた。

そんな馬車に揺られて移動すること二日目の昼頃、突如馬車の揺れが収まる。何かあったらしく、御者ぎょしゃの慌てふためく声が聞こえてくる。


「何かあったようだ。ウル、ここで待っていなさい。」


異常を察したマークバーンはウルに書物を手渡した後、他の人間の合間を縫って馬車から降り、状況確認へと赴く。ウルは窓越しにその様子を見ると、何やら盗賊らしき複数の成人男性が御者ぎょしゃを取り囲んでいた。


「俺達に出会ったのが運のツキだ。お前ぇら、やっちまえ!!」


リーダー格と思しき男が腕を振り下げたと同時に、周りの男達が一斉に御者ぎょしゃに襲い掛かる。しかしその攻撃が御者ぎょしゃに届く前に、男達の獲物は次々と鋭い閃光に弾き飛ばされて宙を舞った。

マークバーンだ。素早く距離を詰めた後、自慢の帯剣で男達の持つ獲物のを薙ぎ払い、全て叩き落したのだ。先程まで不安げに傍観していた他の乗客も、その鮮やかな手並みにささやかな賞賛を送る。ウルは、そんな自身の父を誇りに感じていた。


「な、何だ!?」


「賊か。このような一般街道にまで出張るとは珍しいな。自らの行いを懺悔しにやって来たのか?」


「んなワケねぇだろう。………ん、その制服見覚えがあるぞ。お前聖典教会リベル・サーンクトゥスの人間だな?」


リーダー格の男はマークバーンを睨みつけながら、手下に拾わせておいた武器を構える。交戦する気はあっても懺悔する気など毛頭ないようだ。


「知識はあるのか、それならば話は早い。悪は裁かせてもらう!」


姿勢を低くして、マークバーンはリーダー格の男に突撃した。もっと激しい戦闘が繰り広げられるかと思われたが、次の瞬間には、リーダー格の男の獲物は再び地面に叩き落されていた。


「老いたとはいえ、賊に遅れを取るほど衰えてはいない。」


「くそっ、何だこいつは!?」


「大人しく投降しろ。さもなくば痛い目を見る事になるぞ。」


言葉だけでなく、気迫でも圧力を掛ける。その気圧される程の重圧に、男達はたじろいでいた。


「馬鹿野郎、この程度で怯んでんじゃねえ!契約の内容を忘れたのか!?」


「契約………だと?」


不審な言葉を耳にしたマークバーンはすかさずそれを追求する。しかし、返答したのは男達ではなかった。


「僕が命令したのさ。」


いつの間にか付近の小岩に、一人の少年が足を組みながら佇んでいた。領家の人間を彷彿とさせる出で立ちに、人目を引く白銀の髪。全てを見下したかのような鋭く冷酷な目つきが印象的な少年で、他の男達と違い異質な感覚を醸し出していた。少年は、溢れ出す殺気を隠そうともしないで徐々にマークバーンに歩み寄って行く。


「イ、イヴァム坊ちゃん。」


リーダー格の男は少年をイヴァムと呼び、やたらと媚びへつらっている。もしかしなくとも、坊ちゃんと言う事はそれなりの身分の人間であるのは明らかだった。


「情けないね。僕の言いつけを一つも守れないとは。」


イヴァムの鋭い眼光が男達に突き刺さる。視線だけで大の大人を怯えさせるその眼光は、同年代の少年とはあまりにもかけ離れていた。


「こ、これには事情がありまして………。」


「言い訳は見苦しいよ。罰を受けるんだ。」


直後リーダー格の男の身体は、イヴァムの放った細剣に両断された。真っ赤な血飛沫と共に、先程まで生きていた男の身体が無残にも地面に転がる。突然の不意打ちにウルは顔を背け、他の乗客は悲鳴を上げた。何の躊躇もなく斬り捨てたイヴァムは、涼しい表情をしたまま細剣に付いた返り血を払い飛ばす。


「失敬。驚かせてしまったかな?」


「何ということを………少年と思い油断していた私の誤りだ。君は一体何者だ?」


「自己紹介が遅れたね。僕はイヴァム、とある街の領主の息子さ。」


「ほう。その領主の息子殿が、賊を引き連れて何をしているのだ?」


マークバーンの挑発に、イヴァムは笑いを堪えつつも受け答えする。


「フフフ、違うよ。これは賊なんかじゃない。ただ賊を演じさせただけに過ぎない。」


「演じさせていた………だと?」


「そうさ。計画通りに事が運べば、もっと楽に終わっていたんだけどね。」


壮大に話すイヴァムの眼光は馬車に向けられていた。マークバーンはその視線で目的が何かを察した。


「まさか、捕らえたのか。」


「あの伝書鳩をかい?ああ、撃ち落とすのは容易だったよ。あるんだろう?あの中にウンブラの書が。」


いち早く情報を届けようと、出立する前に教会本部に向けて伝書鳩を飛ばしたのは失策だったと、マークバーンは心の中で猛省した。イヴァムはそんなマークバーンのわきを通って馬車に接近しようとする。


「っ、させん!!」


馬車を庇うようにして回り込み、イヴァムに剣を振り下ろすも、細剣に阻まれて鍔迫り合いになる。


「フフフ、危ない危ない。」


口ではそう言いつつも、焦っているようなそぶりは微塵も感じられない。イヴァムは、純粋にこの状況を楽しんでいた。そしてマークバーンと剣を交えながらも、残っていた男達に指示を出す。


「さあ、君達は早く馬車の中にある例の書物を見付けるんだ。」


「な、中にいる乗客は………?」


「勿論撫で斬りさ。誰一人として生かして返さないようにね。出来なければ、今度は君達が彼のようになるよ?」


イヴァムの冷酷な口調と、目の前に転がる死体に闘争心を焚きつけられた男達は、獲物を手に馬車へと襲い掛かった。


御者ぎょしゃ、何をしている!?早く馬を走らせてここから逃げろ!!」


イヴァムの剣を辛くも捌きながら、必死に訴えるマークバーンの怒号は無残にも届くことはなかった。一瞬の合間を縫って馬車を見やると、御者ぎょしゃは乗客を見捨てて我先へと逃げ出しており、自身が逃げ延びる為に乗客を囮にする腹積もりらしく、二頭の馬は既に息の根を止められていた。


「馬鹿者め………!!」


「ハハハッ、本能に忠実で良いじゃないか。あれこそが人の本質だよ。」


「皆、早く逃げろ!!!」


乗客は年寄りが多く、急いだ所で大人の男性から逃げ切れるはずはなかった。一人、また一人と捕らえられては、絶望の悲鳴と共にその命を散らしてゆく。その光景はまさに地獄絵図そのものだった。

マークバーンの動きが段々と鈍る。それもそのはず、このような悲鳴と哀哭あいこくが交錯する状況で集中力が保てるはずがなかった。


「おやおや、動きが悪くなってきているよ?そんなにあの老躯達が心配なのかな?」


「やめさせろ!このような狼藉、決して許されるものではない………天罰が下ろう!!」


「天罰?とんだ嘲笑の種だ。もし神様とやらが実在しているのならば、僕は今頃この身を焼かれているはずさ。それとも、君が神の申し子として僕を裁くのかな?」


イヴァムの剣戟を振るう速度が増していく。均衡していたはずの攻防も、次第に劣勢となった。




一方その頃、ウルは馬車の荷台で身体を丸めて縮こまっていた。外では絶えず他の乗客達の悲鳴が行き交っている。本当は今すぐにでも逃げ出したい気持ちで一杯だったが、『死』という恐怖に屈して身体が言う事を聞かず、動けなくなってしまったのだった。

父であるマークバーンが必死に戦っているというのに、自分は何をしているんだろうと罪悪感に苛まれたが、十歳前後の少女に出来る事など、何もないに等しかった。

ついに外にいた最後の一人である御者ぎょしゃが命を奪われ、男達は馬車の中へと入り込んできた。


「ん、まだ一人いるじゃねえか。」


「………っ、来ないで!!」


書物を抱えて隅に逃げ、男達に制止するよう求めるも徐々に詰め寄って来る。


「悪く思わないでくれ。俺達も死にたくないんだ。」


男達の瞳は既に死んでいた。生き残る為に過ちを犯したと。しかしこれだけの惨事を引き起こして、後戻り出来るはずがないと悟っていた。

膝が震える。もう駄目だ、死んでしまう。ウルはこんな時にまで、出立する前に見たラドの顔を思い返す。


「ラドっ………助けて………!」


もう会えない。そう考えるだけで、とめどなく瞳から涙が溢れる。さすがに子供をその手にかけるのは若干の抵抗があったのか、僅かの間男達の動きが止まった。しかし、やがて意を決したように無慈悲な一撃が振り下ろされた。

無意識にウルは目を瞑って頭を抱える。しかし、いつまで経っても身体に痛みが走る事はなかった。不思議に思っておそるおそる瞳を開くと、そこにいた男達は全員仰向けになって倒れていた。


「無事、か?ウル。」


「お父さん………?」


突如駆けつけたマークバーンが、すんでの所で男達を薙ぎ払い抵抗する力を奪ったのだった。男達は血を流して苦しそうにしているものの、全員が無事であった。


「間に合って良かった………。」


「お父さん!?」


マークバーンは倒れ込むようにウルに身体を預けてくる。その背中には、先程イヴァムと名乗った男の細剣が深く突き刺さっており、絶えず滴り落ちる流血がもう長くないことを報せていた。


「ウル、逃げなさい。」


「やだっ!お父さんも一緒に!!」


「逃げなさい。あの男がもうすぐこちらに来る。」


「嫌だよ、絶対に嫌!!」


「いつも聞き分けの良いお前が、今日はやけに頑固だな………。育て方を間違えたかもしれん。」


そう言い放つマークバーンの表情は柔らかかった。こんな状況でさえ、父親の身を第一に案じてくれる娘に喜びを感じずにはいられない様子であった。


「そうだよっ!!私、悪い子だから、お父さんと一緒じゃなきゃ嫌!!」


「ふふ、本当に………悪い子だ。」


服が血塗れになろうとも、構うことなくマークバーンに抱きついた。神様にどうか救って下さいと、願いを唱えながら。


「フフフ、やはりそう言う事か。美しくも儚いね、親子の愛とは。」


そうこうしているうちに、ついに悪魔がやって来た。マークバーンは優しくウルを引き離した後に、身を翻して剣を構える。だがその剣先は、素人の目から見ても分かるぐらいにぶれていた。


「もう戦う力も残ってないだろうに健気だね。そんなに愛娘が大事なのかな?」


「愚問だな。我が子を愛さぬ親などおらん………!!」


残る力の全てを振り絞り、イヴァムへ向けて剣を振り下ろす。しかし、背中に突き刺さった細剣の傷が響いたのか、あらぬ方向へと振り切ってマークバーンは床に崩れた。


「お父さんっ!!」


「無様だね。威勢は口だけかい?」


挑発に触発され、倒れた状態でも剣を振るって攻撃を試みるも、利き腕を踏みつけられて沈黙する。


「うぐぅぅ………!」


「やめて!これ以上お父さんを傷つけないで!!」


膝を震わせて涙を流しながらも、ウルは立ち上がって戦う意思を示す。


「ほう、面白い。中々に肝が据わっているじゃないか。」


イヴァムの鋭い視線が突き刺さり、身体の自由を奪われる。しかし、ウルはそんな恐怖心を気力で振り払って、イヴァムを目掛けて体当たりをする。………が、結果は推して知るべし、軽くあしらわれて勢いよく床を転がされ、その拍子に書物を奪い取られてしまった。

早速書物を開き、文面の内容を瞬時に理解すると、恍惚の表情と共に高らかに嘲け笑った。


「ハハハッ、これだよ。これこそ僕の望んだ―――――」


「返………して………!!」


傷だらけになりながらも立ち上がり、ウルは再度イヴァムに向かって体当たりを試みる。


「まさに蛮勇だね。そんな君にはご褒美をあげなくては。喜ぶといい、栄えある実験体の第一号だ。」


「ウルっ!!!」


マークバーンの悲痛な叫びと共に、辺り一面は眩い閃光に包まれた。

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