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伝えたい

「ラド、ちょっといいかい?」


早朝の訓練中に来訪したジンの一声で、ラドは訓練を一時中断した。以前にもこうして顔を出した事はあったが、非常に珍しい光景だった。


「ジンさん?おはようございます。どうされたんですか?」


「早朝から悪いね。どうしても君に聞きたい事があったものだからさ。」


「聞きたい事………ですか?」


ジンの表情は真剣そのものだった。冷やかしをするような人物ではないのを分かっているので、一層重要な話であるのが容易に理解出来た。


「ああ、失礼なのを承知で聞かせてもらう。ラド、君は能力リボルトがないと言ったよね?」


「ええ………。」


「実際はあるけど、まだ能力者リボルターとして覚醒していないだけじゃないのかい?」


ジンの突拍子もない発言に、流石のラドも難色を示す。ありえるはずがなかったからだ。ラドには分からないが、能力リボルトを持つ人間は、内側に眠るその力の片鱗を感じると言う。しかし、ラドにはそのような感覚は全くと言っていいほどない。


「どうして、そう思われたんですか?」


「以前僕がここにお邪魔した時言っただろう?確かめたい事があるって。」


「それが、能力リボルトに関する事だと?」


ジンは無言で頷く。この様子だと、ジンはかなり前からこの件について疑念を抱いていたらしい。


「最初は少女の姿をした、あの殺人鬼と対峙した時だった。ラドは何か覚えていないかい?」


いつぞやの路地裏で、ラドに襲い掛かって来たアンテのことだろうか。


「相手の能力リボルトで身体を引き裂かれて、倒れた所辺りまでは………。」


「そうか。その後、陰の僕が殺人鬼を倒したんだけど、驚くことにラド、君が受けたはずの傷口は完全に塞がっていたんだ。」


ラドは驚愕し、口を噤む。ジンの深刻な表情を見る限り、かなりの大怪我だったようだ。大事には至らずに済んだと思い込んでいたが、事実は異なっていた。


「さらに今回のセリスの件。正直、あの傷ではもう助からないと思ってた。なのに、今日セリスのお見舞いに行った際、彼女は何事も無かったかのように元気にしていた。」


ジンの心中は複雑そうだった。結果的にセリスが助かったことを喜んでいるのだろうが、それとは反対に、本来セリスに訪れるはずの『死』を意図的に回避させた事になるのを、由としていない様子であった。

死はいずれ誰もが辿り着く人生の終着点。理由はどうであれ、一個人だけを特別扱いして、生きながらえさせる事はあってはならない。ましてや聖職者なら尚更である。


「加えてセリスの治療を担当した医者は、僕にこう話してくれたんだ。確かに出血はしていたが既に傷口は塞がっており、隈なく検査を行ったがどこにも異常は見当たらなかった………とね。この二つの件、運が良かったでは片付けられないんだ。」


「だから、僕に能力リボルトがあるんじゃないかと………?」


「そうさ。ラド、本当に何も感じないのかい?」


意識を集中させ、心に向かって呼びかけてみるも、全く反応はない。


「駄目です。全く………。」


ラドの至極残念そうな表情に、ジンは口元に手を当てて考える仕草をする。しばらくその状態が続いたが、やがてジンが口を開いた。


「分かったよ。この件についてはいったん保留にしよう。僕の方でも色々調べて見るからさ。それから、悪いねラド。あまり気分の良い話じゃなかっただろう?」


「いえ、今後の為にも無視出来ない大事な話です。話してくれて、ありがとうございます。………その、ジンさん。」


「うん?」


「組手、付き合ってもらえませんか?出来れば能力リボルトはなしで。」


「はは、もう使わないよ。僕でよければ相手になるよ。」


それからラドは、ジンと短時間ではあるが組手に勤しんだ。何かに集中しなければ、心が掻き乱れてしまいそうだった。能力リボルトがある。その一言が、ラドの心の奥底に深く沈んでいった。


早朝訓練が終わった後、普段通りに配給部門で仕事をこなしていたラドだが、結局例の一言がずっと頭から離れなかった。ぼーっとしていたらしく、ロッズやクリオのみならず、ノークにまで心配されてしまった。

もし、能力リボルトがあるとするならば、何故その力を感じないのだろうか。考えても答えは出ず、心に呼びかけても反応はなく、焦燥感に駆られる。

しかしこんな情けない表情を、これから会う子供達にまで見せる訳にはいかない。そう自分自身に言い聞かせて、心身共に気を引き締め直した。


そしてお昼。小教会へとやって来たラドは、普段と違う雰囲気を感じ取った。子供達が遊んでいるはずの庭にも人っ子一人見当たらない上に、声もまるで聞こえない。

何があったのだろうと急ぎ足で玄関まで行き、錆びれた扉前の小鐘をわざと強く鳴らす。すると音を聞いた子供達が、切羽詰っているような足音を立てながら、玄関に近付いて来るのが分かった。

勢い良く扉が放たれると、子供達が一斉にラドへ飛び込んで来た。それぞれが瞳を潤ませて、今にも泣きだしそうな状態であった。


「ラドお兄ちゃん!リィズお姉ちゃんが………お姉ちゃんが!!」


どうやらリィズに何かが起こったらしい。ミケはラドの袖を必死に振って、その危機を知らせようとしている。子供達が取り乱している分、ラドは冷静にならなければならないと、逸る気持ちを抑えて事情を聞く。


「落ち着いて。一体何があったの?」


優しく諭すと、最年長のリンドが声を震わせながらも懸命に口を開く。


「さっきまで、俺達家の中を掃除してたんだけど………面白くないからって、途中からふざけて遊んじゃって………。そしたら、シューンが物置き棚にぶつかっちゃって、それで棚がドミノみたいに全部倒れてきて、俺達を助けてくれたリィズ姉ちゃんが棚の下敷きに………!!」


その話を聞いたラドは、反射的に声にならない叫びと共に小教会の中へと駆け出した。物置き部屋は突き当たり。迷わず一直線に向かい、飛び込むように部屋に入る。

するとリンドの証言通り、物置き棚はドミノの如く倒れており、周囲には古本や玩具などが散乱していた。ラドはその一角で棚に押しつぶされているリィズを発見し、傍まで走る。


「リィズさん、大丈夫ですか!?しっかりして下さい!!」


返事がない。どうやら気を失っているようだった。とりあえず、覆い被さっている棚をどうにかして動かさなければならないが、さすがに一人で持ち上げるには無理がある。だからといって、他の人間に助けを求めに行く時間も惜しい。頭の回転を早めて打開策を考えていたその時、遅れて来た子供達と一緒に、意外な人物が姿を現した。

茜色と山吹色の合わせ髪が特徴的な、聖騎隊の制服を纏っている青年で、それは以前ラドが出会い、ナーゲルが再会を切望して止まない人物、リオン・マークウェルであった。


「さすがにラド一人だと大変だと思ったから、近くにいた偉い人連れて来た!!」


突然の来訪に驚いて目を丸くしたラドに、ルゥが簡潔に説明する。


「ど、どうして………!?」


「たまたま通りがかっただけだ、特別深い意味ない。それよりも、早くこの棚どかすぞ。」


「は、はい!!」


リオンに促されるまま、ラドは力を合わせて端から順番に棚を起こし、何とかリィズを救出することに成功する。急いで怪我の有無を確認したが、運良く棚のわずかな隙間に挟まれていたおかげか、軽い擦り傷程度で済んでいた。

ホッと一安心したところで簡易的な治療を済ませ、リィズを背負って彼女の部屋まで運ぶ。ベッドまで運んだ後、泣き疲れて半醒半睡はんせいはんすいの子供達を年少から順に寝かし付けて、再度リィズの部屋まで戻る。

扉の前ではリオンが腕を組みつつその様子を傍観していたが、やがて踵を返して立ち去ろうとする。


「待って下さい!えっと………リオン、さん。」


「もう用は済んだだろう。俺は帰らせてもらうぞ。………それより、何故俺の名前を知っている。」


「大司祭様が、貴方の事を探しておられました。」


ラドはナーゲルが話していた事を、簡潔にまとめてリオンに伝えた。すると、予想外にもリオンは苦虫を噛み潰したような顔で、ラドに好戦的な眼差しを向けた。


「別に俺は会いたいなどと思っていない。」


「えっ、それはどう言う………。」


「俺はもう聖典教会リベル・サーンクトゥスの人間でなければ、聖騎隊の人間でもない。それだけのことだ。」


「それならば、何故聖騎隊の制服を。」


その言葉は決して触れてはならない逆鱗に触れてしまったらしい。リオンは激しい怒りと憎しみの心情を露わにして、自身の胸の辺りに握り拳を当てながら吐き捨てるように言い放った。


「こいつは………俺の未練だ。」


ラドはどう言葉をかけてやれば良いのか、分からなかった。心情が読み取れる程に荒れているにも関わらず、瞳は虚ろで悲壮感に満ちている。怒りと悲しみの感情を生み出しているのが、聖騎隊の制服であると知っていても尚、その身に纏うのは相応の理由があるのだと、ラドは勝手ながらにそう解釈した。


そんな中、気を失っていたリィズが目を覚ました。ベッドに横たわりながら、ラドとリオンを交互に見合わせている。


「あれ………私は。」


「良かった、目が覚めたんですね。」


「ラド君?それに、もう一人の方は………?」


「リオンさんです。ほら、以前お話した木彫りの―――――」


「初めまして………になりますか、リィズ嬢。私の名前はリオン・マークウェル。勝手ではありましたが、子供達の願いを聞き入れて助力に馳せ参じた次第です。」


先程までの態度とは真反対な話し方に違和感を覚えながらも、ラドは静観して二人の会話の成り行きを見届けることにする。


「ラド君の話していた、聖騎隊の………。リオンさん、このような格好での挨拶をどうかお許し下さい。」


「構いませんよ、しかし大事に至らなくて安心しました。」


「わざわざありがとうございます。」


ここでリィズは何か違和感を覚えたらしく、やや首を捻って何かを考え込む。


「あの………大変失礼な質問かと思いますが、何処かでお会いしませんでしたか?」


リオンは口では答えなかった。代わりに小さく首を横に振って否定する。


「それよりも、あの木彫りは受け取っていただけましたか?」


「はい、勿論です。あの花の木彫りを見つめると、何だか不思議な気持ちが溢れてきて………とても幸せになるんです。」


「そうですか。可能であれば、これからも持っていていただけると嬉しいです。」


「喜んで。また不躾な質問で申し訳ないのですが、どうして私に………?」


「昔のよしみ………いえ、今の私には持つ資格がないのです。私よりもリィズ嬢に持っていただいた方が、エミィも喜びます。」


所々矛盾している会話に疑問符を浮かべながらも、リィズは何か納得したように頷いた。


「では、いずれまた………また、会えると良いですね。」


「会えますよ、また。こんなに近くにいるんですもの。」


リィズの屈託のない笑顔に、リオンは何か吹っ切れたようだった。背中を向けて、右手を軽く振りながら静かに立ち去った。その姿を見送った後、ラドは先程の矛盾についてリィズに問う。


「あの、リィズさん。今の会話、色々と噛み合っていなかったような気がするんですが………。」


「ですね。私にもよく分かりませんが、自然と口が動いていました。何だか不思議な話ですよね、本当に。」


リオンの言っていたエミィとは、一体誰なのだろうか?あの様子から察するに、花の木彫りを作った張本人で、リオンの知人なのかもしれない。


「それはそうと、子供達の件は怒らないでやってあげて下さい。あの子達も反省して、リィズさんのことをずっと心配していましたから。」


「ふふ、分かっていますよ。怒りはしません。ただし注意はしますよ?」


「ははは、そうですね。リィズさんらしいです。」


「色々と迷惑をかけてすみませんでした、ラド君。」


「そんな、迷惑だなんて………。お礼ならまた会った時にでも、リオンさんに言ってあげて下さい。」


小さく頷いたリィズは、やがて眠りについた。だいぶ心労が溜まっていたのだろう。安らかな寝息を立てるリィズを起こさないよう、ラドは静かに部屋を出て台所へ行き、昼食をテーブルに置いてから小教会を後にした。

結局リオンの動機や目的が分からず終いであったが、聖典教会リベル・サーンクトゥスを怨んでいるという事実を除けば、問題のある人間には見受けられなかった。親睦を深めれば、その理由をいつか話をしてくれるであろうと楽観的に考えながら、ラドは中央区へと戻った。


職場である配給部門の扉を開けると同時に、折りたたんだ紙切れが飛んで来る。ラドは危なげながらも何とかそれを掴み取って中身を開くと、それはとある飲食店の広告だった。何のつもりか分からずきょとんとしていると、ノークが口元をにやつかせて声を弾ませた。


「おう、お疲れだラド。今晩予定あるか?」


「いえ、特には………これは一体?」


「何だ、珍しく察しが悪いな。今晩その店に行くぞ、俺の奢りでな。」


周囲のロッズやクリオ、部門員達の視線がこぞって自身に集中している事に気付いたラドは、今朝の光景を思い出した。


「まさか、今朝僕がぼーっとしてたから、心配して―――――」


「どうする?行くのか、行かねえのか?勿論強制じゃねえぞ。」


「………喜んで、行かせてもらいます!」


「リーダー、俺も行くぜー!」


「俺も、俺も!」


「お前らは自分で払えよ!!」


小さな笑いが巻き起こる。その笑いは、ラドの心の悩みを和らげてくれた。

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