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変化

狂気の殺人鬼ゴーシュを打ち倒したラド達は、瀕死のセリスを聖典教会リベル・サーンクトゥスの緊急診療室まで運び、治療室の前で待機していた。

もう時刻は零時を過ぎており、ラド、ウル、ジンの三人はついでに治療を受けている際に、医師に一端帰るよう言われたが、セリスの安否が気がかりで熟睡出来ず、結局三人とも治療室の前のソファで一夜を明かした。


うたた寝していたラドは、ウルに身体を揺すられて目を覚ます。そして、真っ先に治療室の立て看板を見ると、「終了」の文字が書かれていた。ほどなくして、担当医の男性が扉の向こうから神妙な面持ちで姿を現す。

言葉では表現しにくい嫌な感覚が全身にまとわり付き、背筋が凍る。結果を聞く事に恐怖さえ感じた。雰囲気に飲まれてラドが躊躇っていると、代わりにジンがその重い口を開いて医者に問う。


「………どうでしたか?」


「結果だけ言おう、彼女は無事だ。」


張りっぱなしだった肩の力が一気に抜けた。安心し過ぎて気が緩んだのか、涙が自然と頬を伝う。ラドは心の奥底から仲間の無事を喜んだ。

今すぐセリスに会わせて欲しいと面会を求めたが、もう少し体力が回復してからと断られてしまった。医者からそう言われては大人しく待つほかなく、その間にラド達三人は事後報告を済ませるべく、ナーゲルの元へと向かった。









―――――時計が針を刻む音と、無数の歯車が絶え間なくひしめき合う、不思議な場所の地下でイヴァムと何者かが密会していた。


「成果は如何程のモノかな?」


イヴァムは、淡い光を放つ巨大な筒状の入れ物にもたれ掛かりながら、その者に問う。するとその者はにやりと笑みを見せ、三枚の書類をイヴァムに手渡す。

それは実験の成果を記した書類であり、イヴァムの望みである実戦投入がもう間近であると記されていた。一通り目を通した後、満足気に書類をその者に返却する。


「フフフ、予想以上だ。その手腕には素直に感心するよ。」


その者は、自身の夢の為に行っている事だから当然だと答えた。


「そうだったね、これは失敬。」


そちらの方は大丈夫なのかと、逆に問いただされる。


「僕を誰だと思ってるんだい?それこそ失敗はありえないよ。」


絶対的な自信で答えるイヴァムに、その者は納得したのか小さく頷いた。

しばらくして、奥の扉からハンニバルとリオンが姿を現す。どうやらイヴァムを探していた様子であった。


「おや、二人共どうしたんだい?」


「どうしたじゃねぇ。勝手にいなくなりやがって。」


「フフフ、すまないね。それで、何があったのか聞こうか。」


リオンがその件について言いかけるも、ハンニバルがずいと前へ歩み出て詳細を報告する。


「同士ゴーシュが敗れ、三つ目の烙印を刻んだ。残るは西区のみとなった。」


その者はその件を知っているようで、特にこれといった反応を示す事無く傍聴していた。その澄ました表情に腹を立てたリオンは、わざと聞こえるように舌打ちする。


「同士リオン、慎め。」


「うるせえ野獣。」


「まあまあ。リオン、血気盛んなのは良い事だけど、その矛先は別に向けてもらえるかな?」


「分かっているさ。計画には、こいつの力が必要だって事ぐらいはな。」


口ではそう言うが、眼はその者をきつく捉えたままだった。ハンニバルは、溜め息混じりにリオンに戻るよう促して、静かに扉の向こうへと消えていった。リオンもばつが悪そうな顔を隠さないまま、同じく奥へと消えた。

気配が消失した後、イヴァムはその者に近づいて微かに笑う。その笑みを言葉で表すのなら『邪悪』。その一言に尽きると言っても、過言ではなかった。


「膜は殻となり、やがて層を築く。そうなれば仮初めの平和は、新たなる舞台の幕開けの為の尊い犠牲となるんだ。実に愉快じゃないか。」


大袈裟に両手を広げて喜ぶイヴァムに、その者は言う。


計画を完遂させる為に、最後まで抜かりのないようにして欲しい、と。


「当然さ。茶番劇も含めて………ね。」


イヴァムは殺して嘲笑った。その嘲笑いは、決して誰の耳にも届かない深淵の地で静かに波打った―――――









ナーゲルへの報告を済ませたラド達執行の三人は、しばしの休息を取るように命じられた。ラドはウル、ジンの両名と別れた後、配給部門にその旨を伝えて自宅へ戻った。

普段なら仕事をしているはずの時間に、自宅にいるというのはどうにも落ち着かなかったが、昨日の戦いに次ぐ戦いで疲弊しきった身体が、ラドを深い眠りへといざなった。


―――――それからどのくらいの間、眠っていたのだろうか。玄関に取り付けられた来客用の鐘の音で、ラドはうっすらと目を覚ました。目を擦ってぼやけた視界をはっきりさせ時計を見やると、針は午後の四時を指していた。よくもまあこんなに長い時間熟睡出来たものだと、ラドは自分自身に呆れながらも、玄関にいる人物に声をかける。


「はーい、今出ます。」


聞こえるように言ったつもりだったが、反応はない。もう帰ってしまったのだろうか。とりあえず、扉を開けて確かめることにする。するとそこには、俯いたウルがちょこんと立っていた。


「ウル?」


ラドの声が聞こえると、ウルは顔を上げて安心したような溜め息を吐いた。


「何回も鳴らしたんだけど、返事がなかったからいないのかと思ってた。」


「ああっ………ごめん。今の今まで寝てたんだ。」


「知ってる、その寝癖を見れば分かるよ。」


決して笑みは見せなかったが、ラドを指差すウルはどこか楽しげだった。


「ははは、本当みっともないな。それはそうと、一体どうしたの?」


「セリスのお見舞い、一緒に行こうと思って。」


「もう面会しても大丈夫なの?」


「うん、ジンが先に行って話をしたみたい。変わらず元気そうだったって喜んでた。」


「そっか。じゃあちょっと待ってて、準備して来るよ。」


ウルが頷いたのを確認してから、ラドは急いで支度を済ませる。そして五分後、二人は並んで東区の大通りを歩きだす。夕方でも往来が激しいこの場所は、仕事帰りの人も入り乱れて驚く程の交通量を誇る。

以前聖火祭でもそうしたように、気恥ずかしいが手を繋いでその中を歩く。


「やっぱり、まだ慣れないな………。」


「昔はよくこうしてたのに?」


「い、今と昔は違うよ。その………色々と。」


ラドは最近のウルに関して気になる事があった。以前は全くの無表情で、何を思っているのかがこれっぽっちも読み取れなかったが、今では少しだけ感情を表に出すようになったのだ。

能力リボルトの影響で、ウルの感情は極限まで抑制されているはずなのだが、一体何故なのだろうと疑問を感じていた。しかし、その事を聞く勇気はラドにはなかった。心の内を悟られないように平静を装う。


「うん、時が経てば変わるよ。ラドも、私も。でも………変わらないモノだってある。」


ウルはやや語気を強めてラドの手を強く握る。その先の台詞を言わずとも、ウルの想いが流れ込んでくるようだった。


「だね。僕はいつまでも、ウルとこうして一緒にいたいな。」


「ラド、それって………?」


告白じみた自身の発言にハッとして、慌てて否定するもウルは嫌悪感を示しはしなかった。だがしかし、どこか寂しそうな感じを受けた。


「そう………だね。ずっと、いられればいいね。私も………そう願ってる。」


「ウル?」


「ごめんね、何だかしんみりしちゃった。行こう。」


手を繋ぎ直して二人は歩き出す。片方は喜び、もう片方は悲しみをその背に負いながら。


汽車をいくつか乗り継ぎして聖典教会リベル・サーンクトゥスに辿り着くと、人も疎らになってきたので手を離す。そして、セリスのいる診療所の治療室へと足を運んだ。


「おーっ、いらっしゃい!」


やって来て開口一番、元気なセリスの声色が二人を出迎える。身体中に包帯こそ巻いてはいるが、痛みなどまるで感じさせない、いつもの元気なセリスだった。ウルの言葉を疑っていた訳ではなかったが、こうして直に元気な素顔を見られたので、ラドはほっと胸を撫で下ろした。


「セリスさん、身体の具合はどうですか?」


「おかげ様で!全然大丈夫だよ!」


そう言って、大袈裟に力こぶを作って見せる。空元気ではないようだった。


「良かった。一時はどうなるのかって思ったけど。」


「ごめんね。それとありがとう、心配してくれて。」


「何を言ってるんですか。僕達は仲間じゃないですか。」


「えへへ、そうだね。でもありがとう!本当に嬉しいよ。」


セリスは、はにかみながらお礼を言う。やはり面と向かって言われると、誰でも恥ずかしい。そんなセリスにラドは表情を緩ませ、ウルは言葉で突っ込みを入れる。そんなこんなで小一時間ほど浅く広く色々な話をして、三人で会話を楽しんだ。


「あ、もうこんな時間。」


不意にセリスが時計を見る。すると、もう面会の終了の時間が間近に迫っていた。名残惜しそうに時計から視線を逸らして、ラドとウルに微笑みかける。


「面会時間………ですね。」


「うん、ごめんね。また明日も来てくれると嬉しいな。」


「セリスが良いなら私達はいつでも。」


「ありがとウルちゃん。それじゃあまた明日。」


お互いに手を振り合って別れ、長いようであっという間だったセリスとの会談を終えたラドは、帰路に着くことにする。しかし、ウルがラドの袖を引っ張ってそれを引き止めた。


「………ウル?」


「わがままでごめん。もう少しだけでいいから、一緒にいたい。」


その時のウルは、いつもと様子が違った。頼られるのは嬉しいが心配になる。


「ああ、僕で良ければいつまでも。そうだ!折角だから晩御飯一緒に食べないかい?」


「うん………!」


その返事は、どこか弾んでいるようにも聞こえた。理由はどうであれ、昔のウルに戻りつつあるのは確かだった。それを知れたラドは少し喜びを隠しきれず、クスッと笑みをこぼす。


「何で笑うの?」


「いや、嬉しくてさ。」


「………私が子供っぽいって事?」


「違うよ。ただ単純に嬉しいんだ。」


「そうなの?変なラド。」


「そうだね、あははっ。」


沈んでいく太陽を背に、二人は仲睦まじく中央区の繁華街へと歩いて行った。

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