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戦慄の鋼線

夜も更けた東門の入口付近の街灯の下、佇む二つの影があった。

その正体はウルとセリスであり、夕暮れまでには戻ると言っていたはずのラドとジンが、結局戻って来ない事に一抹の不安を覚えていた。

もう門は閉じてしまっているので今日中の帰還は叶わないが、それでもと心が突き動かされた二人は、日付けが変わるまで待ってみることにしたのだった。


そんな静寂が支配する街中から、門に向かって歩いて来る足音が聞こえだした。仕事や飲み帰りの人間かと思いウルが顔を音の方へ向けると、そこには同じ聖典教会リベル・サーンクトゥスの正装を身にまとった、二十~二十五歳ぐらいの男性の姿が見えた。整えられた水色の髪に、少し垂れた目が特徴的な青年で、一直線にこちらに向かって来ている。

何処の部門の人間だろうかと思ったが、隠す気のないその垂れ流された殺気で、敵だと判断した。

セリスも殺気に気付き対抗の気を発するが、青年はその気迫に臆する事無く淡々と距離を縮め、二人の前へ立ち塞がって不敵な笑みを浮かべた。


「こんばんは。こんな夜更けにどうされたんですか?」


「………貴方こそ、そんなに殺気を漂わせて何のつもりですか?」


「ハハハ、やだな。私は警邏けいらの最中ですよ。やましいこと事なんて何も―――――」


「嘘を言っても無駄です。私は警邏けいら部門の人間。貴方のような方は名簿に存在していません。」


ウルの鋭い瞳に見つめれられた青年は、低い声で小刻みに笑い本性を露にした。


「あぁ、そうか。いやあ頑張って隠したつもりだったけど、もう我慢の限界だ。」


青年が腕を振り上げる。すると、突然ウルの頬が浅くぱっくりと割れ、裂け目から血が流れ頬を伝う。不意打ちを受けたウルは、素早く十二分に距離を取った。


「ウルちゃん大丈夫!?」


「平気。今のは一体………?」


「惜しい。あと少しで君の皮が綺麗に剥げたと言うのに。」


青年は心底残念そうに言い放った後、今度は右側から右手を勢い良く薙ぐ。ウルはステップを踏んで後退すると同時に、オーラ弾を発射する。だがそれは青年に届く前に、青年が放ったとされる何かに真っ二つに両断されて消失した。


能力リボルト………?」


「ご名答、私は能力者リボルターさ。ただの能力者リボルターではないのだけれど。」


懐から一枚の紙切れを取り出して、ひらひらと揺らしながら見せびらかす。それは、ウルとセリスにはとても見覚えのある物だった。


「ウルちゃん、あれって!?」


セリスは驚きを隠せず、感情のままに声を張り上げてウルに問う。


「ウンブラの書………。」


「その通り。私はイヴァムから力を与えられた。限られた人間だけが到達出来る領域に踏み込んだのさ。」


唇を嘗め回しながら、嬉しそうに書の切れ端を眺める。


「これのおかげで、私は自らの抑えていた欲望に忠実になれた。ずっと心の中でくすぶっていた鬱憤を、解消させてくれた。感謝してもし足りないよ。」


「欲望………?」


「私はね、女性の肢体が大好きなんだ。それも君達のような美しい肢体を、この手で分解するのが何よりの喜び。」


狂気と恍惚の入り混じった表情でウルとセリスを交互に見つめ、再度唇を嘗める。


「自己紹介が遅れたね、私の名前はゴーシュ。能力リボルト鋼線フィールム。君達の名前を聞かせてもらえないかな?」


「断固として拒否だよ!貴方を成敗する!」


セリスは空間から水彩剣アートブレイドを呼び出して構え、威勢の良い啖呵を切る。このような狂人に話し合いは無意味だと悟ったのだろう。何より、イヴァム関係者である以上、容赦する必要性はない。ウルも能力リボルトを完全に解放して、漆黒の髪色を白銀へ染めた。


「貴方を、裁きます。」


「美しい………!!」


ゴーシュは嬉々として二人へと突っ込み、両腕を交差させるように薙ぐ。

ウルとセリスはおおよその感覚でそれを飛んで避けると、背後に設置してあった街灯が、輪切りになって無残に崩れ落ちた。


「うわわっ、凄い威力!あの攻撃を受けたらタダじゃ済まなさそうだね………!」


「セリスは近接戦闘する際に一層注意して。」


「了解!」


勢い良く地面を蹴って、セリスが攻撃を仕掛けに前に出る。

走りざまにイメージを膨らませ、それを現実のものとする水彩剣アートブレイドの力で炎を発生させ、轟音と共に渦巻く灼熱の炎を振り回す。

しかし、ゴーシュの指先から放たれる十本の鋼線フィールムが、炎を切り裂いて飛散させる。


「無駄さ。私の能力リボルトである鋼線フィールムは、一本一本が柔軟にしなる鋼の刃。そんな弱い火を掻き切る事は造作もない。」


セリスの能力リボルトを嘲笑しつつ、鋼線フィールムを巧みに操ってセリスに飛ばす。


「そんな事を言ってられるのも今のうちだよ!」


セリスは臆する事無く距離を詰め、次なる一手を披露する。

ゴーシュの放った鋼線フィールムの一部を水彩剣アートブレイドに絡ませた後、氷を発現させて隅から隅まで凍結させた。


「どうだっ!」


「中々。随分と頑丈な剣だと思ったけど、これは君の意思の力に比例して強固になるんだね。通りで私の鋼線フィールムで切れない訳だ。」


足の止まったこの好機を逃すまいと、ウルはすかさずオーラ弾をゴーシュに連続して撃ち込む。


「動けないと思ったのかい?でも残念。こいつはいつでも指から切り離せるんだ。」


そう悠長に説明して、実際にやって見せた。切り離された鋼線フィールムははらりと落ちて灰となり、指先から新たな刃が姿を現した。ウルのオーラ弾は鋼線フィールムに軌道を変えられて、明後日の方向へ飛んでいく。


「アハハ、楽しいな。粋の良い女性の肢体ほど切断し甲斐がある。」


「うう、ぞわっとする………!」


「そう言わずに、大人しく切られて欲しいな。その方がお互いの為だ。」


「訳の分からない事を。」


「おっと、喋り過ぎたかな。それよりも続きを楽しもうか。」


ゴーシュは鋼線フィールムを地面に打ち付けて石畳を断裂し、破砕したつぶてを拡散させた後、真っ直ぐ二人に向かって突撃して来る。何とかしてあの十本の矛と盾を攻略しない限り、ゴーシュを打ち負かす事は難しそうだった。

ウルはセリスに挟撃のコンタクトを取り、了承のサインを得てからつぶてを払い落とす弾と、牽制弾をそれぞれ数発放つ。

的確な射撃で、こちらに飛んだつぶては大方叩き落とす事に成功するが、牽制弾の方は、先程と同様に鋼線フィールムに阻まれてしまう。しかし、これはあくまで牽制に過ぎない。本命はセリスの移動にあった。


ゴーシュがウルの攻撃を払った際の隙を狙って、水彩剣アートブレイドに風の力をまとわせ加速を付けたセリスは、空高く跳躍する。

はためくスカートを抑えながら、円を描くように宙を舞ってゴーシュの背後に着地し、間髪入れずに反転して攻撃を仕掛ける。ウルはそのタイミングに阿吽の呼吸で合わせて、一気に距離を詰めた。


「なるほど、挟撃か。確かに有効な手段ではあるけど、その戦術には致命的な穴がある。」


ゴーシュは口元を弓なりに曲げ、得意気に身体を捻って右手は前方に、左手は後方にそれぞれ薙いだ。

この短時間でウルとセリスの癖を見切ったのか、二人の対応出来ない位置に向けて鋼線フィールムを飛ばして迎撃する。ウルは咄嗟の機転で何とかこれを凌ぐも、加速の付いていたセリスは歯止めが利かず、手痛い一撃を受けた。


「うあああっ………!!」


「セリス!」


見るだけでその痛みが伝わって来るほど、あらゆる箇所を切り裂かれたセリスは、ふらついて地べたに崩れる。身体を両断されなかったのが不幸中の幸いであったが、地面には多量の血が流れる。しかし、耐え凌いだのが不満だったらしく、ゴーシュは狙いをセリスに定めた。


「これが弱点さ。戦力がばらける分、崩されると非常に脆い。さて………まずは君からだ。」


もうセリスに抵抗する力は残されていないようだった。微かに呼吸を繰り返すだけで、剣を取ろうともしない。まさに絶対絶命であった。


「セリスっ………!」


ゴーシュの無情な一撃が、セリスに襲い掛かる。間に合わない。そう心では分かっていても、ウルはオーラ弾を放たずにはいられなかった。


「セリス、起きて!セリスっ!!」




その時、東門の入口に異変が起きた。

決して人の手では開けられない、固く頑丈な門が紙のように両断されて、地面に散らばった破片が砂煙を発生させたのだ。突然の事態に、ゴーシュは攻撃の手を止めて門の方を一瞥する。すると、砂煙に紛れて光速で接近して来る一つの影が見えた。

防御態勢を整えて影に備えるも、その速度はゴーシュの予測を遥かに超えていた。影の正体はジンであり、攻撃射程圏内に入るや否や、二対の短剣で十本全ての鋼線フィールムを鮮やかに切断した。


「ほう。」


「セリスを死なせはしないっ!!」


「戻って来たと言う事は、ナタールは敗れたか。使えない女だ。」


強襲されたにも関わらず余裕の表情を崩さないゴーシュに対して、ジンは怒涛の攻めを繰り返してセリスから遠ざける。ウルはゴーシュの口ぶりと、ジンの体中の傷跡を見て、どうやらラピス山岳で能力者リボルターと対峙したのであろうと察した。しかし、こうしてジンは戻って来たが、周囲にラドの姿は見えなかった。


「ジン、ラドは?」


「無事だよ。妙な胸騒ぎがしたから、僕だけ先に戻らせてもらったんだ。」


ラドは無事。信用に値する人間から、その言葉を聞いたウルは心底安堵した。セリスの容態も気がかりではあったが、再度集中して目の前の敵に専念する。


「私は男に興味はないんだ。早くここから退場してもらいたいな。」


「お前は僕の大切な仲間を傷つけた。五体満足で済むと思うな………!」


「それはこちらの台詞だ。私の憩いの一時を邪魔した罪は重いよ?」


「ほざくな!!」


ゴーシュの挑発にも似た本心に激情したジンは、能力リボルト絶影プロセスネグレクトを行使して肉眼では捉えられない程光速で詰め寄り、二対の短剣を振るう。

致命傷には至らなかったが、ジンの攻撃はゴーシュの衣服を切り裂いた。


「やるじゃないか。だけど、腹立たしいね。」


張り付いたジンを引き離そうと、ゴーシュは新たに生成した鋼線フィールムを薙ぐが、ジンは後退するかと思いきや、その合間を掻い潜ってさらに接近する。

二度目の予想外に少し表情を崩すも、ゴーシュはジンの攻撃をギリギリのところで捌く。


ウルはこの機に乗じて、一気呵成に攻め立てようと思ったが、今の怒気迫るジンとは上手く連携が取れないだろうと判断する。闇雲にオーラ弾を放っても、ジンに当ててしまう可能性があるので、一端この場はジンに任せて、ウルはセリスの救護を優先した。


ジンはウルがセリスに向かって移動を開始した事を脇目で確認した後、攻撃を加速させる。何故ならば、もっとゴーシュの視線を、自らに集中させなければならなかったからだ。そう、ジンは囮だった。

先に一人で戻ったと言うのは、敵を欺く為の嘘であり、本当は二人一緒に帰還していた。ジンが先に飛び出してゴーシュの視線を釘付けにしている間に、ラドは黒いコートを身にまとって暗闇に紛れ、とある場所を登っていた。

場所は東門前に設置された、高さ5mほどの監視台。ラドはジンがその周辺までゴーシュを誘き寄せてくれるのを信じて、じっと息を潜めて待機している。

作戦を成功させる為に、そこまでゴーシュを追い込まなければならないのだが、ジンも決して軽傷ではない故に、動けば動くほど傷口が開いて出血する。

しかしそんな小さな痛みより、大切な仲間をこのような快楽殺人者に傷つけられた事による、憤りの感情の方が圧倒的に勝っていた。

段々と落ちるはずの攻撃速度は逆に加速し、さすがのゴーシュも目を丸くする。


「どう言う事だ?」


「お前には永遠に分からないさ、『心』の痛みは!!」


ゴーシュもたじろぐ威圧と怒涛の攻めで、目的の場所へと押し込んだジンは、心の中で秒読みに入る。


「心の痛み?笑わせる。」


「ならあの世で教えてやる。」




3………2………1………




「ゼロ。」


「何?」


ジンは数字を呟いてその場から離れる。約束の時間だ。

何のつもりだとゴーシュが声を荒げた時には、もう次の攻撃が迫っていた。監視台から身を躍らせ、凄まじい勢いで落下してくるラドに気付くのが遅れ、ラドの展開していた障壁を発生させる呪符ソーサリーに押し潰される。


「うおおおぉぉ!!」


ラドの気合の雄叫びに、負けじとゴーシュは踏み止まるが、隙だらけになった今のゴーシュに攻撃を加えるのは容易であった。ジンは躊躇なくゴーシュの両足を切断して抵抗力を奪った。


「ぐっ………!まさか、こんな………!」


断罪ジャッジメント!!!」


崩れ行くゴーシュを、凄まじい衝撃音と共に地面に叩きつけて勝敗を決する。抉れてひび割れた石畳に仰向けになったまま、立ち上がる気配はない。


「アハハ、迂闊だったな。さっきのアレはブラフだったのか。」


致命傷を負ったはずだが、ゴーシュの口調に苦しみの感情は混じっていなかった。ラドはそんな満身創痍のゴーシュを見おろして、悔しさを滲ませる。今朝出会った気の良い青年が、実はイヴァムの手先だったと信じたくなかったからだ。


「何故ですか!?どうしてこんな………!」


「分からないのかい、ラドクリフ。私は自分の欲望に忠実に行動したまでの事。何らおかしくはないよ。」


「おかしいですよ!人を傷つけて………!」


「何故人を傷つける事が許されない?そんな戒律を一体誰が定めた?この世界では人を殺める事が悪とされているけど、もしかするとそう認識させられているだけで、本当は正しい事なのかも知れないよ?」


「屁理屈を!」


ゴーシュの言い分も、決して分からない訳ではなかった。しかし、そのような問答をしたところで、答えなど出るはずもない。


「結局自身の信じるモノ、それが正義なのさ。だから私は人を殺し続けて来た。」


「貴方とは、友人になれるかもって………そう思ってましたが、残念です………。」


「アハハ、それじゃあ来世でなろう。今世はさよならだ。それじゃあね、ラドクリフ。」


そう告げて、エティーラとハルドラ同様、突然多量の血を噴出して息絶えた。その遺体を呆然と眺めて、ラドは唇を噛み締める。


「たとえ誰も僕の正しさを証明してくれる人がいなくなったとしても、僕は僕の道を行きます。貴方に納得してもらえるような道を、歩み続けます。」


「ラド………。」


哀れな殺人鬼に向けての、ラドの精一杯の言葉。手向けには程遠いが、ゴーシュの口元が微かに動いたように見えた。


「援護助かりました、ジンさん。ありがとうございます。」


「気負い過ぎないようにね。」


「大丈夫です。それより、セリスさんの方が心配です。」


「ああ、行こう!」


安らかに眠るゴーシュに背を向けて、二人はセリスの元へと急いだ。




「セリスっ!!」


戦闘以外で焦りを見せるジンは初めて見たのかも知れない。セリスを介抱していたウルの傍に駆け寄り、その容態を確認する。ウルが最低限の治療を早期に行ったおかげか、最悪の事態は免れていた。


「あ、ジン………戻って来たんだね………。」


セリスだと思えないぐらいか細く消え入りそうな声が、静寂の街に静かに溶ける。


「ああ、僕はここにいるよセリス。」


「よかったぁ………。無事だったんだね。」


「全然大丈夫さ。だから、そんなに弱々しい声を出さないでくれ、君らしくもない。」


「ごめん、ね………。」


セリスは気丈に笑って、がっくりとうな垂れ意識を失う。


「セリス!!」


「急いで医務室に!!」


「ああ、二人とも手伝って!!セリス、死なないでくれ………!」

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