不可視の暗殺者
やや端折った話ではあったが、ラドはジンの過去話を真摯に聞いていた。セリスの時もそうだったが、悲しい過去を持つ人間程、明るく振舞うものなのだろうか。
「簡潔で申し訳ないんだけど、大体こんな所だね。以前ラチア鉱山で戦った時に、君にも見せたと思うけど、あの狂気に満ちた破壊だけを楽しむ殺戮者………あれがもう一人の僕だ。」
「………一つの身体に、二つの人格ですか。」
「うん。そして驚いた事に、本来能力は一人一つと決まっているけど、どうもウンブラの書の影響で、お互いの精神に一つずつ能力を所持しているんだ。」
これまでウンブラの書には様々な超常現象を見せられてきた故に、すんなりと受け入れられてしまう。
「今の僕を陽、もう一人の僕を陰と仮称して話を進めると、陽は一定距離の移動過程を飛ばす事が可能な絶影。そして陰は、行使させる事で見える物体の急所に刃を接触させる事で、如何なる物も切断出来る一閃。この二つが、僕の能力だ。」
「ジンさん、その移動過程を飛ばすと言うのは?」
「君も既に見ているはずだよ。今朝の組手の際にね。」
その言葉で、ラドはジンがいつの間にか自身の背後に回り込んでいたのを思い出す。
「分かりやすく説明すると、一定の距離までに限定された、言わば瞬間移動さ。」
「なるほど………って、組手の時に能力を使ってたんですか!?」
「ごめんよ、ちょっと確かめたい事があったからさ。」
頭を下げて謝罪するジンを慌てて止めに入る。行使したのは事実だが、ジンは意味もなくそんな事をする人間ではないのを理解していたからだ。
「いえ、僕の方こそ脱線させてすみません。話を戻しましょうか。能力の条件は何なんですか?」
「それが不思議な事に、陽は僕のやる気次第で行使出来るんだ。ウンブラの書と何か因果関係があるんじゃないかと思ってはいるんだけど、それはイヴァムにしか知り得ない事情だからね。特に問題はない様子だから、有効に使わせてもらっているよ。」
実質無制限に使用可能な瞬間移動。疲れる事なく移動し続けられるのは、戦闘において非常に頼もしい能力だと感じた。
「では陰は?」
「僕の身体を、一時的にもう一人の僕に譲渡する事。かなりの狂犬だからなるべく呼びたくないんだけど。」
ざっくりではあるが、ラドはジンの能力についての特徴を紙に書き留めた。これから起こるであろう戦いに勝利する為には、ジンの力が必要不可欠になるからだ。
「分かりました、………えっと、ありがとうございますジンさん。」
「うん?何故礼を?」
「僕を信じてくれているからこそ、話してくれたんですよね。だから、ありがとうございます。」
ジンの顔に笑顔が戻る。ずっと胸の内に溜め込んでいたものを打ち明けて、無事受け入れてもらえたからだ。どこか憑き物が落ちたような、澄み切った表情だった。
「こちらこそ。兄の………イヴァムがこれからやろうとしている事は、きっと多くの人を不幸にするだろう。僕はそんな奴の蛮行を見過ごす訳にはいかない。だからここに来た。ラドも、一緒に戦ってくれるかい?」
「勿論です、一緒に頑張りましょう。」
「ありがとう。」
今までで一番感情のこもった、ジンの礼を受け取った後、お互いに握手を交わして、休憩小屋を発つ。そして、再び山道階段を登り始める。先程までとは違い、より一層身も心も引き締まっていたラドには、多少の恐怖感など何の事はなかった。
力強く階段を踏みしめては、着実に登ること数十分。ようやく、目的の崖付近に辿り着いた。
その際ジンは何かの異変を感じ取ったらしく、目線だけをラドへ送ってアイコンタクトを試みている。ラドもこれに反応すると、ジンは自身の腿の辺りを軽く三回叩く。
それは、山岳に訪れる前に取り決めていた合図であった。この合図は叩いた回数で方角を示すサインであり、一回なら正面、二回なら右側と時計回りに数える。三回叩いたと言う事はつまり、背後に何かがあると訴えている。ラドも意識を集中させれば、確かに気配は感じるのだが、それが何なのかはいまいち掴めない。もしかすると、これが噂の見えない人間なのかも知れない。
ラドは背後のそれの正体を確かめるべく、あえて振り返らず崖へと向かって歩き始める。ラドの行動の意図を理解したジンもそれに続いて歩き出す。
すると、やはりと言うべきか、予想通りと言うべきか、背後のそれは罠にかかった。二人の後をつけるかのように移動したのが災いして、地面に撒かれていた無数の砂利を踏みつけて音を鳴らした。
音をきっかけにそれの位置を特定したジンは、振り返り様に音の位置へ向けて短剣を投擲する。命中するかと思われたが、短剣は甲高い音と火花を散らして宙を舞い、落下して地面に突き刺さった。
「誰だ、そこにいるのは。隠れてないで姿を現したらどうだ?」
ジンの力強い口調に応じるように、何もないはずの場所から、ややしゃがれた女性の声が聞こえてくる。
「ウフフ、少し驚かされたわ。まさか私が行動するのを誘っていたなんて。」
「貴方が『見えない人間』の正体ですか………!?」
「巷ではそんな呼ばれ方してるのね。私も有名になってきたと言う事かしら。」
ラドはくすくすと厭らしく笑い声を発する女性に対して、人間性の低さを感じた。
「能力を解除して大人しく投降すれば、手荒な真似はしない。」
「私に命令するつもり?」
「強制ではない。これはあくまで勧告だ。」
「つまるところ脅しってことね。」
女性の溜め息が聞こえてくる。この手のやり取りが嫌いなのか、再度大袈裟に溜め息をつく。
「面倒な男。アンタみたいなのは嫌いよ。二度とそんな口が利けなくなるよう、徹底的にいたぶってから切り刻んであげる。あの方からいただいたこの力でね………!」
ラドとジンはその台詞を聞き逃さなかった。十中八九、あの方とはイヴァムであろう事は明白だった。
「まさか、イヴァムからウンブラの書の切れ端を………!?」
「あら、知っているのね。そうよ、選ばれた者にしか力を得られないとされる究極の書物らしいわ。適正に合わない人間は廃人になってしまうとか。」
要するに、今目の前で力を手にしている自分は勝ち組だと、宣言しているようなものだった。口調からも、その自身の程が窺える。
ジンは絶影を行使して短剣を回収した後、刃を声の方向へ向けた。
「前言撤回だ。悪いけど手荒な真似をしてでも、奴に関する情報を引き出させてもらうぞ。」
「出来たら、ね。私の名前はナタール。能力は消失。見えない恐怖を教えてあげるわ!」
ナタールと名乗った女性はその言葉を最後に、足音はおろか、気配さえも完全に遮断した。辺りには微かに頬を掠める風と、虫の鳴き声だけが聞こえている。
その丁度良い静けさは、本来ならばとても魅力的なのだが、今は逆に恐ろしさを演出していた。
相手がどこから襲って来るのかさっぱり検討がつかないので、ラドはひとまず凸のある崖側に逃げる。自ら退路を断つのは愚策と思われるかも知れないが、この場合自身が崖を背にする事で、余程想定外の飛び道具を用いられない限り、相手は前方からしか攻撃を仕掛けられないので、決して下策ではなかった。
ジンはラドの前に立ち、いつでも応戦出来るよう構えを崩さず周囲を警戒している。
その時、ジンの右足の脛が突然パックリと割れて、傷口から血が流れる。慌ててジンは前方を短剣で薙ぐも、手応えはない。
「まさに不可視の殺人鬼………か。ラド、少し頼まれてくれるかい?」
「何ですか?」
「僕がここで応戦して時間を稼ぐから、ラドは何とかして攻略する手立てを考えて欲しい。」
ラドを信頼しての、ジンの頼み。わき目で見つめるその瞳に大きく頷いて、ラドは思考に集中した。
まずは、周辺の風景を観察する。山だけに大なり小なり岩が点々としており、形も不揃いで足場としての利用は推奨されない。奥の方には大木と呼べるほど巨大ではないが、木陰で休めるぐらいの樹木が一つそそり立っている。他にも雑草やら枝木やらが点在しているが、これらは利用出来そうになかった。
そんな山の様子を一通り観察した後、ラドはある一つのモノに注目した。それは、ここより少し高い標高に転がっていた巨大な岩だ。山の上に山があると比喩表現しても納得出来る程にその巨大な岩は、利用するのに適した位置に存在していた。
しかしこの作戦を成功させるには、自身が数秒間ナタールの注意を引きつけなければならない。如何にしてナタールをこちらに誘導させるのかを考え、その答えを導き出す。糸を線に変え、作戦の道筋を固めた所で意識を現実に戻し、ジンの様子を確認する。
「作戦考え終わりました。ジンさん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないよ。」
そう軽く返事をしたジンだったが、背中から見ても分かる程に全身血塗れで、服の至る所がすっぱりと切り裂かれていた。
「ジンさん、血が………!」
「中々にやっかいだね。闇雲に振り回してもこちらが消耗するだけだし、かといって攻撃を受けた瞬間に反撃しても、相手は既に離脱している。」
確かに相手も手練れなのだろうが、ジンも相応の腕前である。ラドを守らず自由に立ち回っていれば、倒せはしなくともここまで負傷はしなかったはずである。ラドが必ず、勝つ為の策を考えてくれると信じていなければ、このような真似は決して出来ない。
ラドはジンの想いに応えるべく、作戦の内容を相手に悟られないよう、傷薬にメモ紙を巻きつけてジンに投げ渡す。
「ジンさん、それを傷口に塗って下さい。」
あたかもそれらしい台詞を言い放って、ジンに巻きつけたメモ紙を見るよう促しつつ、相手にこちらの動きを悟らせない。
「わざわざすまないね。ラド。でもこれは後で使わせてもらうよ。」
笑いを含んだその返事に、ラドは作戦の内容を理解したと受け取った。そして、一呼吸置いた後ジンは絶影を駆使して移動を開始した。
ラドはジンに注意がいかないよう、走りながらある道具を用意する。それは以前にもラド達に勝利をもたらしてくれた奇跡の札、呪符。今回は対象の能力を押さえ込む呪符を使用する。前回利用した時と同じように細かく千切って、紙吹雪のようにばら撒いた。
やはり、大司祭たる者が作製しただけあって、その効力は千切っても尚健在である。風に煽られて舞った無数の呪符がナタールの身体に付着したらしく、付着した箇所だけ実体が現れた。
「なっ………!?」
想定外の事態に声を漏らしたナタールは、すぐさま呪符の塵を払い落として再び姿を消す。その様子から、決して自分を無視出来ないだろうと踏んだラドは、走りざまに次々と呪符を千切ってはばら撒く。
このまま上手くいくかと思ったが、そう都合良く事は運ばない。ラドが目的の場所へと進んでいる途中、背中に鋭い痛みが走った。どうやら追いかけて来たナタールに鋭利な物で刺されたらしく、背中にはあっと言う間に血溜まりが作られた。
急所ではなかったのが不幸中の幸いであったが、もはやこれ以上は動けなかった。必死に呪符を振り回しながらも地面へ転がるように倒れる。次の攻撃が来れば間違いなく死ぬ。そんな瀬戸際の状況にも関わらず、ラドは勝利への渇望を捨ててはいなかった。
何故ならば、ジンを信じていたからだ。彼が自身を信じてくれたように、ラドもまたジンを信じていた。
そして、そんなラドの想いは現実となる。
「ぶった斬れろおおぉぉぉ!!!」
いつの間にか陽から陰へと入れ替わっていたジンが、絶叫と共に一閃を放ち、目的の巨大岩を木っ端微塵に両断したのだ。細かく刻まれた岩は礫となって、雨のようにラドのいる地点に降り注いだ。
その瞬間、ラドは残された力を振り絞って、降り注ぐ雨の痛みに耐えつつ周辺をよく見渡す。すると、一箇所だけ礫の落下軌道が不自然な場所を発見した。
「そこだ!!」
その場所へ向けて渾身の力で電磁ワイヤーを飛ばすと、見事ワイヤーはナタールを捕らえた。それを目印に、頭上から飛び降りてきたジンが止めの一撃を放つ。痛みで能力を維持出来なくなったのか、ナタールは姿を晒してその場に崩れ落ちた。対象の沈黙を確認した陰のジンは、ラドの傍に駆け寄る。
「ラド、無事かぁ!?」
「大丈夫です。この勝負、僕達の勝ちですね。」
「ああよ。しかしまあ、テメェは無茶し過ぎだ。」
言い方は乱暴だったが、どこか優しさを感じた。
「役に立たない分、少しは無茶しないと………。」
「黙ってろ、今手当てしてやる。」
ジンはリュックから救命用品を取り出すと、慣れた手つきでラドに手当てを施す。
「残念だわ。アンタ達を殺せなかった………。」
敗れたナタールが息苦しそうに口を開く。その風前の灯火に、ジンは満足そうに鼻を鳴らした。
「ハハッ、この俺に楯突くからだ。それで、イヴァムの事を洗いざらい吐いてもらうぞ。」
「無理よ、私は何も知らない。力を貰っただけだもの………。」
「はぁ!?テメェ、叩き斬られてぇのか?」
「それに私だけじゃない。もう一人、いるのよ………。今頃きっとセントラルホームで―――――」
ナタールはその続きを発する事なく息絶えた。本当は捕らえて罪を償わせるつもりだったが、手加減して勝てるような生ぬるい相手ではなかった。故に致し方ないと割り切り、簡易的ではあるが墓を作って埋め、供養した。
「おい、そんな悪人を丁寧に扱う必要はねぇだろ。」
「悪人とは言え、同じ人間ですから。生前がどんなに善人、悪人だろうと、屍となれば皆同じです。それに、人を悼む気持ちだけは無くしてはならない………そう思っているので。」
「………ケッ。おかしな奴だぜ、全く。」
「はは、褒め言葉として受け取らせてもらいます。それよりも、急いでセントラルホームに戻らないと。ウルやセリスさんが危ないです!」
体力が回復しきっていないのに無駄に身体を動かすので、ふらついて倒れそうになる。ジンはそんなラドの身体を支えた後、瞳を閉じた。そして数十秒後、陽のジンと入れ替わる。
「やれやれ、ウルが口酸っぱく無理するなと言うのが分かってきたよ。」
「ははは、すみません。」
ラドとジンは急いで下山を開始した。ウルとセリスの無事を願って――――――――




