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胸に秘めた刃

大司祭祈祷の間の入口を護る番人である聖騎隊の面々に謁見を願い出て、ナーゲルへ拝顔の栄に浴する。

ラドは修練場でジンに話した『見えない人間』の件について、ナーゲルに簡潔に伝えた後、調査をさせてもらえるよう懇望する。

もしかすると、イヴァムに関する情報が手に入る可能性も捨てきれない。それに何より、いつまでもこのまま手をこまねいて、イヴァムの計画が成就するのを黙って見ている訳にはいかない。………そう力強く言い放って。

ラドの咆哮にも似た熱い叫びに、ナーゲルは目を閉じて何か考えていた様子であったが、やがて目を開いてやんわりと微笑み、ラピス山岳へ行く事を許可してくれた。ラドとジンは利き腕を胸に当て、軽く拳を握って静かに一礼し、すぐさま祈祷の間から退室した。


それからウル、セリスの両名に召集をかけて話し合いを行った結果、『有事の際セントラルホームに誰もいないのは危うい』と言うウルの意見を採用し、ラドとジンの二人で行くこととなった。

ラピス山岳はセントラルホームの東側に位置しており、それほど離れていない為に訪れる人も多く、知名度は高い。尤も、現在は別の意味で高くなっているのだが。比較的緩やかな傾斜で登りやすい山ではあるが、軽視や油断は命取りになりかねない。万全を期して望む。


東門の入口でジンと再合流したラドは、門番に話をつけてからラピス山岳へと歩き始める。

長い期間都会のセントラルホームで過ごしていたラドにとって、目の前に広がる情景はとても懐かしく、美しく映った。

どこまでも続く雄大な地平に、風に揺られてさざめく木々。そして、無邪気に戯れている小動物達の群れが、自然の素晴らしさをこの身に教えてくれる。爛々と輝く日差しに当てられて、思わず伸びをする。こんなに晴れやかで、懐かしい気持ちを感じたのはいつ以来だろうか。

精神的な疲れや不安が、一気に消し飛んだような気がした。


「どうしたの、ラド?えらく元気が良いじゃないか。」


「いえ、随分と久方振りに気持ちの良い空気が吸えたので、嬉しくなって。」


「人の密集している場所は、どうしても空気が淀む。居を構えて人間同士の繋がりを得る代償に、自然を遠ざけているからね。だからこそ、こうした天然の風景がより美しく映るんだと思うよ。」


ジンの言説に耳を傾けながら、自然を満喫しつつ三十分程歩いて、目的地であるラピス山岳に到着した。近くに立ててあった看板の案内に沿って移動すると、登り口が見えてくる。ラドが階段に足をかけようとしたその時、ジンが静止する。


「ジンさん?」


「血の臭いがする。それもやけに濃い………。」


そう言って階段の先を睨みつけるジンの瞳は本気だった。


「つい数分、もしくは数時間前にも殺人が行われていたと?」


「おそらく、ね。ラド、警戒を怠らないで。」


「了解です。」


意識を集中させると、ラドでもハッキリと感じられるぐらいの悪意の波が押し寄せてきた。身震いを抑え、二人は山を登り始めた。奇襲に備えつつ長い長い階段を進み、ようやく休憩小屋まで辿り着いた。

ジンが周囲の様子をくまなく査察してくれたが、異常見受けられなかったようで、問題ないといったサインを示す。気を張りすぎて疲れた為か、誘われるかのように小屋の中へと入る。

山道の途中に設置された小屋なので簡素な作りだが、日差しや雨露を凌ぐには十分だった。ラドは、何度も補修された跡が見て分かる椅子に座って、リュックから水筒と手製のパンを取り出してジンへと手渡す。


「ジンさんどうぞ。」


ありがとう(ダンケ)。このパンはラドの手作りかい?」


「はは、違いますよ。贔屓にしてもらっている飲食店のマスターからいただいたんです。」


「そうか。美味しそうだね、いただきます。」


ジンは手を汚さないよう、紙の切れ端を使って器用に食べている。その様子が実にジンらしいと思いつつ、ラドも食事にあり付く。店で食していた時もそうだったが、マスターは既存料理のアレンジが非常に上手で、具は分からないがこのパンも例に漏れず美味しかった。

舌鼓を打ち、空腹を満たした所でジンと軽い雑談をする。


「そう言えば、ジンさんは何処から来られたんですか?」


「マガガナって言う、ここからずっと西にある大きな街さ。まあセントラルホーム程巨大な訳じゃないけど、それなりの大きさの街だ。」


「マガガナ………聞いたことあります。確か、貴族と平民との格差が激しい縦社会の街だとか………。」


あまり良い思い出がないのだろう、ジンの表情が曇る。


「ああ。他の人には失礼な話だけど、幸いにも僕は貴族の生まれだったから、虐げられる事はなかった。多くの平民がまるで玩具のように扱われ、貴族に嵌められて人生を狂わされ、のたうち死に絶えるのをこの目で見て育った。」


言葉では一言でも、それは想像を絶する光景だったのだろう。ジンの重たい口と瞳が物語っていた。


「でもある日そんな状況を変えようと、一人の男が立ち上がった。」


「一体何方(どなた)が………?」


「男の名前はイヴァム。………そう、あのイヴァム・ジア・ラザードだよ。」


「ど、どうしてジンさんがそんな事を知って………!?」


「それはね、イヴァムが僕の実の兄だからさ。」


ジンの口から飛び出た衝撃の発言に、ラドは思わず口を噤んだ。まさかそんなはずは。と、ジンに目で訴えるも、首を横に振る。事実だった。


「僕の本当の名前はジン・ラザード。ラザードは父で、フォルバートは母型の性なんだ。驚いたかい?」


「驚いたも何も、どうして………そんな話を?」


「ごめん、いい加減話しておかないとって思ってさ。このまま隠し続けるのは僕も嫌だし、何より僕を信じてくれてる君達に申し訳が立たなくてね………。」


いつも冷静沈着でセリスのストッパーでもあるジンが、ここで初めて『哀』の表情を見せた。普段からは想像もつかないその表情に、心の底から悩んでいたのだと理解するのは容易だった。


「続きを、聞かせてもらえますか?」


目を閉じて、語り部のように聞き取りやすいテンポで話し出す。






イヴァムは生まれついての天才だった。何をやっても瞬く間に理解し、父親が雇った有数の恩師も皆逃げ出す始末。そのあまりにも桁外れの才に、巷ではいずれ世界を変革させる先導者。などと、幼少の頃からもてはやされていた。しかし、イヴァムはそんな他の貴族や民衆の言葉には目もくれていなかった。


イヴァムにはある目標があった。それは、縦社会の現実を自身の力で変える事。成人してもいない若輩者に、何十年と続いている現状をどう変えられるんだと、ジンは思っていた。

しかし、彼が十六歳になったある日の事、それは突然起こった。ジンが屋敷で母親と優雅に音楽を聴いていると、屋敷中から割れるような悲鳴が沸き起こり騒然とする。ジンは事態を把握すべく扉を開けようとしたが、その前に扉が開き、次々と戦闘員と思しき筋骨隆々の男達が部屋内に飛び込んで来た。

それだけならばまだ良かったのかも知れない。ジンは、その後ろに続いてやって来た人物に驚愕した。その人物は、父のロクスであった。

貴族としての矜持を誇る父が、同胞である貴族を、ましてや家族を襲うなどと、どう考えてもあり得なかった。一体どんな心境の変化があったと言うのだろうか。


「父さん!一体これはどう言う事なんだ!?」


「どうもこうも、今見たままだ。」


そのぐらいも理解出来ないのか。といった様子でジンを見下ろすロクスの瞳は、とても冷酷だった。多くを語らないロクスに代わって、扉の奥からやって来たイヴァムが口を開く。


「隠しても無駄さ。父さんを利用してこの街の主導者に成り代わり、この街のルールを根本から変える気なんだろう?ねえ、母さん。」


母、メイアは慈愛に満ちた人間であり、表裏のない素直な性格である。故にそのような愚行をするはずがない。事実メイアの肩は震え、瞳は潤んでいた。


「私は、そのような事は企んでおりません。貴方こそ、一体どうしてしまったのですか!?」


「愚問だな。私は反乱分子の始末をしようとしているに過ぎない。ジン、お前もそそのかされおって。我が息子ながら何と恥ずべき事か。貴族としての誇りを忘れた者には制裁が必要だ。」


迷いのない、はっきりとした口調で言い放つロクスは本気だった。


「待ってよ父さん!これは何かの間違いだ!!兄さんも、どうしちゃったんだよ!?」


「どうかしたのは君達の方さ。本当に、僕が気付いていなければ危うくこの街の秩序が崩壊する所だった。」


ジンは、その言葉に全身が沸騰する。自分だけに話してくれた、縦社会の現実を変えたいと思う気持ちは嘘だったのか?と。


「兄さん、言ってたじゃないか!縦社会の現実を変えたいって!!なのに、なのに………!!」


「もういい、喋るなジン。言い繕ったところで無駄だ。」


ロクスが指を鳴らすと、周りを取り囲んでいた男達が一斉に槍を構え、メイアへと向かって突き刺した。数十人から至るところに刺されて、無事なはずはない。多量に鮮血を撒き散らし、メイアだったそれは崩れ落ちた。


「あ………母さぁぁぁぁぁん!!!」


無我夢中にそれを抱き起こして呼びかけるも、もう返事はない。ジンの瞳から、無数の雫がこぼれ落ちた。時に厳しく、時に優しく接してくれ、理想の母として敬愛していたメイアの死。止め処なく溢れ出る感情がジンの身体から放出される。かつては自身の妻であったと言うのに、ロクスは眉一つ動かさない。完全に心が壊れていた。


「次はお前だ、ジン。」


「こんな事………俺は認めない………!!認めねえぞ!!!」


突如、雷鳴にも似た閃光が部屋中を駆け巡る。すると、周囲にいた男達の胴体は真っ二つに切断され、死屍累々と積み上げられた。それらは全て、ジンがやった。


「イヴァム。お前の言う通りだった。やはり隠し玉を残していたようだ。」


ロクスの発言に、イヴァムは答えない。低く喉を鳴らして愉快に笑っていた。


「イヴァム?」


「フフフッ、あははは。どうやらジンの強い想いに、これが感応したようだ。」


イヴァムは、手元から一冊の書を取り出した。とても古びたその本は、まるでこの世の物ではないかのような、異質な感覚を漂わせている。


「それは………一体?」


「知る必要はないよ。貴方の人生もここが終焉なのだからね。」


空間から呼び出した剣を用いて、イヴァムは躊躇なくロクスを両断した。あまりに突然の裏切りに、言葉を発する事なくロクスはその場に崩れ落ちて屍と化す。


「イヴァムッ!!!」


「ジン、おめでとう。君はウンブラの書に選ばれたんだ。君には、僕の主催する舞踏会に参加する資格があるようだ。」


「何の事だ………!!そいつは一体何なんだ!!」


「知りたければ、セントラルホームへ来ると良い。役者が揃い次第、面白い遊戯を始めよう。」


イヴァムは空間を裂いて亀裂を作り、その中へと消えていった。ジンは追撃を試みたが、覚醒したばかりだからなのか、能力リボルトを行使しようにも上手く発現出来ず、結局事の真相を知るイヴァムを取り逃がしてしまった。


「くそっ、母さん………ちくしょおおおぉぉぉぉ!!!」


その日、ジンは能力者リボルターとなった。皮肉な事に努力ではなく、ウンブラの書の力によって。もう一つの、新たな人格を宿す事を代償に――――――――

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