墓場と弔い
翌日、いつものように大司祭祈祷の間に集結した執行の四人は、ナーゲルからの報せを聞いていた。
その内容は数日前に発生した、謎の黒い狼によるショップストリート襲撃事件。専門の医師達による解剖の結果、あの狼達は元は紛れもない人間であることが発覚した。
衝撃的事実にセリスやジンが動揺する中、ラドとウルは冷静であった。ウルは事の顛末を見届けていたが故にある程度理解していたし、ラドに至ってはウルからその話を事前に聞いていたからである。
調査の結果、突然変異した理由は人体実験にあるとの可能性を示唆した。今後も新たな事実が判明次第追って通達するとした上で、その場は解散となった。
ラドは残って、昨日出会った聖騎隊の青年の正体を明らかにすべく、ナーゲルに話を伺うことにした。
「大司祭様。少々お話を宜しいでしょうか?」
「構いませんよ、どうしましたラドクリフ。」
「大司祭様の護衛隊である聖騎隊についてなのですが、人員の名簿等の記録や資料はありますでしょうか?」
「何故そのようなことを?」
リィズの件は伏せ、ナーゲルに昨日の青年の特徴を伝えて、可能であれば会わせてもらえないだろうかと願い申し立てたが、ナーゲルはわずかに俯いて顔を強張らせた。
「まさか………リオン?」
「リオン?」
「ええ。おそらくその人物はリオン・マークウェル。かつてイヴァムがまだ聖騎隊に在籍していた頃に所属していた者です。」
「と、言う事は今はもう………。」
「はい………。イヴァムが離反した日を境に行方をくらましました。当初は彼もイヴァムの計画に賛同し、加担しているとの噂も後を絶たず、身を案じておりましたが………。」
ナーゲルの顔に生気が戻る。積もる問題は別として、彼が生きているという事を知れて嬉しかったらしい。
「ラドクリフ。もし今後彼を見かけることがあれば、ここに立ち寄ってもらうようお願いしてはもらえないでしょうか?」
「はい、それは勿論なのですが………一体何故、あの方は聖騎隊の制服を身に纏っておられたのでしょうか?」
「それは本人にしか分かり得ない事です。きっと並々ならぬ事情があるのでしょう。ともあれラドクリフ。伝えて下さった事、感謝していますよ。」
深くお辞儀をしてナーゲルの謝辞に応えてから祈祷の間を後にした。名前だけでも聞ければ良しとするつもりだったが、少し裏の背景も垣間見えた。
その後はウルと一緒に、日課である朝練をこなしてから食堂を訪れた。何だかんだ、ウルと食堂に来たのはこれが初めての事かも知れない。
厨房では、威勢の良い豪快な笑い声が響いている。声の持ち主は料理長のバン・グレモスその人であり、本日も皆に一日を乗り切るだけの体力と栄養を与えてくれている。
バンはラドの顔を見るなり、その巨躯を揺すってカウンター越しに近づいて来る。
「ラドっち、今日も早いじゃねえか!」
「ええ、早起きは三文の徳とも言いますし。バンさんこそ、毎日ご苦労様です。」
「ガハハハハ!!言うじゃねえか、こいつぅ!!」
思い切り肩をバシバシ叩かれ、若干痛かった。
「おい、ラドっち。今日はウルちゃんと一緒かい!いいねぇ、恋人同士仲睦まじくて!!」
バンの発言にラドは顔を真っ赤にして俯く。うっかりしていた。
そう言えば、まだバンにはウルが恋人だと言うのは誤解であると釈明していないままであった。
「家族、です。」
縮こまって返事一つ出来ないラドとは反対に、ウルは力強くぴしゃりと言い放った。その物言わさぬ凄みを感じ取ったバンは、そのまま大人しく引き下がって注文を聞いてきた。
気恥ずかしいまま頼み、食事を受け取って席に着く。ウルもラドの隣に腰掛けてから両手を合わせ、小声で「いただきます」と言ってから食事を始めた。
脇目でちらりとウルを見るが、別段変わった様子は見受けられない。先程はああは言ったが、実際はバンの言葉をどう受け取っているのだろうか。その事が気になってしまい、中々食事が手に付かなかった。
「ラド、早く食べないと冷めるよ?」
「あっ!う、うん。」
いただきますと礼をしてから一心不乱にパンを頬張る。
「むぐぐっ………!!」
しかし、無理をしてそんな事をすれば、当然喉に詰まる。胸を叩いて苦しむラドに、ウルはミルクを差し出す。それを受け取り、一気に喉へと流し込んで一呼吸。
「ふぅ。ありがとう。」
「どういたしまして。焦って食べるからだよ。」
「あ、あははは。気を付けるよ………。」
無性にがっくりと肩を落とすラドの行動に、ウルは首を傾げていた。
色々とアクシデントがあったが、食事を終えた二人は微妙な空気を払拭出来ないまま、それぞれお互いの職場へと赴いた。
ラドが配給部門の扉を開けると、そこにもまた気まずい空気が淀んでいた。何事かと思って周囲を見渡すと、原因はすぐに特定できた。
「おう、ラドか。」
「おはよう………ございます。」
己が目を疑うぐらい、ノークは怒りを露にしていた。こんなに荒れた態度を表に出すのを見るのは、初めてのことかも知れない。一体何があったのかをまさか本人に聞く訳にはいかないので、こそこそと自身の席に座って、隣のクリオに小声で話しかける。
「ノークさん、どうされたんですか?」
「リーダーの奥さんが眠ってる、南区の墓場が荒らされてたらしいんだ。誰がやったのかは知らないけど、罰当たりな奴だよ。」
クリオの話している内容が聞こえたのか、ノークは大きく咳払いをして椅子から立ち上がった。
「お前ら、今日はいつもよりペース上げてやんぞ………!!」
見る者を圧倒する鬼の形相に、意見するのも恐ろしいと感じた皆は、せっせと作業に取りかかった。
善悪の判断がつかない子供のような存在が、稀に悪戯をする事例もある。今回もそのケースなのだろうか?そう考えたが、どうにも心に引っかかって素直に納得できなかった。
ノークにどやされない程度に考察しつつ、仕事を終わらせたラドは、普段より少し早めの汽車を利用して南区の墓場を訪れた。
クリオから聞いた通り墓場のあちこちに穴が開いており、掘り返されたような形跡があった。酷い物は墓石が欠けていて、誰がの墓なのかも分からなくなってしまっている。
「酷い………どうしてこんな事を………。」
そう呟かずにはいられなかった。せめてもの弔いとして、墓場に備え付けてあったシャベルを用い、穴を埋めてから地面を均しておいた。
それが済んだ後に両手を合わせて屈み、墓荒らしの代わりに先人、賢人達への謝罪の黙祷を行う。しばらくしてラドは立ち上がり、小教会へと向かった。
昨日と同じく、今日も子供達が遊び疲れるまで付き合ってやり、それから全員を寝かせる。その後リィズに、聖騎隊の青年であるリオンについて話をした。しかし返ってくる答えは昨日と同じで、特に進展はなく、余計に彼に対する謎が深まるだけとなってしまった。
また何か情報が入り次第教えますと言い残して、帰路へつく事とした。
汽車へ乗り込もうとした直前、後ろから肩を掴まれる。ラドは振り返らずとも、その人物が誰であるのかを理解していたが、会話をする為に振り返る。
「ウル、どうしたの?」
「ラドっ………緊急だよ………!!」
ウルは切羽詰った声色でラドの手を引く。何度経験しても、ウルが感情を表に出している姿は慣れない。昔はこれが当たり前だったからか、どうにもおかしな感覚に陥る。
「急いで………!」
「分かった!」
気持ちを切り替えてから、ウルについて行く。南区のストリートの人混みを駆け抜けること数十分。
行き先は推測通り墓場であったが、ほんの数時間前に綺麗にしたはずの場所は、またしても掘り返されて悲惨な光景が広がっていた。
「………っ、どうして!?」
「ラド、あそこ!」
ウルが指差した方向に目をやると、そこには一人の老人が佇んでいた。前髪が大分後退しており、それとは反対に顎髭は胸に届く程長い。全身茶色のロングコートを身に纏い、不気味な笑みが皺だらけの顔をさらに歪ませている。
ラドは老人が墓荒らしの犯人だと直感的に確信した。どういった目的でこのような行為に及んでいるのかは定かではないが、決して許される所業ではない。
「すみませんが、そこのお爺さん。手を挙げてこちらに来てもらえますか?」
そう訴えるも、老人はラドの呼びかけに応じない。
「カカカ。小僧よ、お前さんのような若造がこんな人生の終着駅に何の用じゃ?」
「ふざけないで下さい。貴方がこの墓を荒らしたのでしょう。」
「そうじゃ、ちょいと寂しかったからの。だから………呼んだんじゃよ。」
意味深な言葉を放ち笑い声を漏らす老人に、危険を察知したウルは氣弾を牽制発射した。しかし老人は氣弾の一撃に脇目も振らず、両手を地面に叩き付けた。その瞬間、複数の位置で地面が光る。
すると驚くべき光景が目の前に広がった。突如地面を突き破って人が現れたのだ。正確には違う、かつて人であった者がだ。死体は酷い腐敗臭を撒き散らしながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
恐らくこの老人の能力だと理解は出来たが、想像を超える衝撃と臭いに思考が停止してしまう。
「ラド………!」
ウルの声で現状を把握したラドは、ひとまず距離を取って周囲を確認する。幸い南区の墓場周辺は廃墟となっている地区である為、それほど頻繁に人間が行き来してはいない。近隣住民が巻き込まれる心配はないだろうと、自らの心を落ち着かせる。
「ごめん、もう大丈夫だ。それよりも―――――」
ラドは視線を奥の老人に向ける。
「驚いたかね?これが儂の能力、死者じゃよ。死体を意のままに操れる。」
「冒涜を………!!」
「カカカ、そういきり立つでないわ。これからこの力の素晴らしさを、お前さんにも教えてやろうと言っておる。のう、ラドクリフ・オーゲンス。」
不意に自身の名前を呼ばれて悪寒が走る。ラドは確信した。この男は、イヴァムの手の者だと。
「貴方は、イヴァムの手の者ですね。」
「左様。儂の名はハルドラ。さあ、心ゆくまで鎮魂歌を歌ってもらおうかの!」
ハルドラの合図と共に、死者達は呻き声を上げてラドとウルに襲い掛かった。




