纏う意味
心地良いそよ風が、生い茂る草木をなびかせている自然豊かな丘の上で、聖典教会配給部門長であるノークは、両手を合わせて祈りを捧げていた。
訪れた場所は墓場であり、今日は愛する妻であるミシェラの命日であった。生前ミシェラが好きだと言っていたコチョウランの花を墓石に添えて、ノークは懐かしむように語り始める。
「よう、元気にしてたか?俺は変わらずだ。」
勿論返事はない。しかし、特に気にした様子もなくそのまま続ける。
「お前が逝ってからもう三年だ。昔はそんなことを考える余裕もないぐらいイライラしていたが、今は可愛い部下が出来たお陰で退屈しない。お前にも紹介してやりたい新人もいる。」
かすかに髪を揺らす程度に吹いたその風は、まるでミシェラがノークに対して返事しているかのような、静かで優しい風だった。
「近い内に連れて来るから、待っててくれ。それじゃ、今日は早いがもう帰るぜ。時間に余裕があればまた来る。」
教会員用のコートを翻して、ノークはその場を離れた。そしてしばらく歩くこと数十分。南区のストリートに出てから、ライターでタバコに火を付けた。
「さて………帰るか。」
墓場で見せていた溌剌としたノークの表情は、いつものやる気のなさそうな表情へと戻り、気だるそうに教会へと足を進めた。
一方、休憩と称してノークがいつまで経っても戻らない為、配給部門の皆は激務に追われていた。ラドもその激務の渦中で、懸命にせっせと書類を片付けていた。
こうして残った書類の量を見る度に、ラドは感じていたことがある。それはノークの力量だ。
いつもは適当な事ばかり言って仕事をサボりがちではあるのだが、そのノークがいないだけで残っている量が段違いであった。
「休憩長すぎねーか、リーダー。」
ぼやくロッズに、クリオが諭す。
「まあ、今日ばかりは長めに休憩させてあげようぜ。」
「あっ………そうだった、な。悪い。」
クリオは何故ノークが戻らないのかを理解していたらしく、言われたロッズもすぐに気付いて仕事に戻った。
ラドも、何となくではあるが察しはついていた。おそらく今日は、ノークの愛人であり、既に亡くなっているミシェラの命日なのだろうと。早朝は特別会議に出席していた上、今日もいつ帰宅できるか目処が立たない状況なので、致し方ないのかも知れない。
部門員の皆もそれを理解していたのか、誰も不満を漏らす者はいなかった。それはノークに対する信頼の証であり、憎まれ口を叩きつつも何だかんだ慕われているのがよく分かる一面だった。
そして、皆が作業を再開してから数十分後、ノークが手土産を片手に戻って来た。
「おーう、お前ら遅くなって悪かったな。ほれ、差し入れだ。」
「リーダー早くして下さいよ。リーダーがいなきゃこれ終わらないんですから。」
「悪いな。さ、とっとと始めるか。」
自身の席に着いてせっせと仕事を始めるノークに促されるように、他の部門員もペースを上げた。
そんなこんなであっと言う間に午前が終わり、昼食を配給する為に各部門員は担当の地区へと赴く中、ラドもまた、南区の小教会へ向けて足を運んでいた。
ここ最近では珍しく雨が降っていたので、傘を差して舗装のされていない水溜りの路地を歩く。
小教会の入り口が見えてくると、そこには傘も差さずに佇む一人の青年の姿があった。茜色と山吹色の合わせ髪が特徴的で、その身には聖騎隊の制服を纏っている。大司祭直属の護衛隊である立場の人物が、小教会に用があるのだろうか。リィズに会う前に、ラドは青年に話しかけた。
「こんにちは。」
ラドの一言でハッと我に返った青年は、こちらに振り向いた。その瞳はどこか寂しそうであり、心の奥底に深い闇を抱えているかのような哀愁を感じさせた。
「その制服、聖騎隊の方ですよね?小教会に何かご用でしょうか?」
「いや………ここに知り合いがいると聞いて、ちょっとな。そう言うお前こそ小教会の人間か?」
「失礼しました。自分は中央本部配給部門員のラドクリフです。昼食配給の為にここを訪れた次第です。」
青年はラドの瞳をじっと見つめてくる。まるで、信用に値する人間かどうかを見定めると言わんばかりに。
ラドはその鋭い棘のような視線に少し緊張した。品定めが済んだのか、青年は自身のポケットから小さな紙袋を取り出した。
「これを、リィズ・サーバティに届けてくれるか?」
「えっと、ご用でしたら直接中に………。」
「いいから受け取れ。」
結局、無理矢理渡された。受け取った紙袋はとても軽く、中には一体何が入っているのか気になった。が、勝手に覗くのはご法度だろうと気持ちを抑えた。
目的を果たした青年は、何も言わずに踵を返して立ち去ろうとする。
「あの、傘を!!」
ラドの問いかけに対して、右手を挙げて左右に振った。必要ない、と言う事らしい。
青年の姿が見えなくなるまでその背中を見送った後、ラドは小教会の中へと足を踏み入れた。入口の小鐘を鳴らすといつもの四人、ミケ、ルゥ、シューン、リンドがラドを迎えてくれた。
子供達に急かされ、手を引っ張られて台所へ行き、皆で仲良く食事にありつく。
そして食事が終わってからは勿論遊び。しかし今日は雨なので、外ではなく屋内で遊び、トランプ、積み木、ごっこ遊び等々、子供達の満足のゆくまで遊びに付き合ってあげた。
そして午後一時半頃、子供達全員が寝静まってから、ラドとリィズは台所で一時の休息を取っていた。
「あの、リィズさん。」
「何ですか、ラド君?」
青年から届け物を依頼されていたのを思い出して、受け取った紙袋をリィズに手渡す。
「これは………?」
「聖騎隊に所属されている、リィズさんのお知り合いの方からです。」
ラドの答えに、リィズは予想外にも首を傾げた。
「聖騎隊の方、ですか?」
「確かにそう言われてましたけど………。」
「その方、名前は何とおっしゃってましたか?」
肝心の名前を聞くことをすっかり忘れていたラドは、深く頭を下げて謝罪する。
「すみません、てっきりリィズさんの知り合いの方だとばかり思っていたので………。」
「そう、ですか。」
「本当に知らないんですか?」
「はい………聖騎隊のような目上の方々とは接点はありませんから………。」
リィズの態度に嘘は見受けられない。しかし、確かにあの青年はリィズ・サーバティと言っていた。
もしかして、前回リィズを執拗に追い狙った変質者、ドルフのような聖騎隊の名を騙ったただの悪人だったのだろうか。
そう考えたが、青年の瞳にはかつてのラドと同じモノを感じた為、それはないだろうと判断した。
「ところで、その紙袋には何が入ってるんでしょうか?」
リィズは簡易の接着を開封し、その中身を取り出した。中から姿を現したのは手の平にすっぽりと収まるぐらいの、花らしき形をした木彫りであった。
不器用な人間が拵えたのか、一般の人間からすれば花とは言い難い代物だが、作り手の血の滲むような努力が垣間見える、何とも面妖な木彫りであった。
「変わった木彫りですね。」
「本当ですね、どこか懐かしい感じのするとても可愛らしい木彫りです。」
「でも、どうしてこれをリィズさんに………?」
「それは分かりません。でも、今手に取って思ったんですが、これは私が持っていなくてはならないと………感じています。」
一体リィズにどんな心境の変化があったのだろうか。大事そうに木彫りを優しく握るその姿は、確かにそんな気持ちを感じさせた。
「はは、本当によく分かりませんがリィズさんがそう思うなら、それで良いと思います。」
「そうですね。届けてくれてありがとうございます、ラド君。」
その後、少しの間リィズと談笑してから小教会を出る。教会本部への帰り道、偶然通りかかったセリス、ジンと共に戻ることにした。ラドはその帰路の途中で、二人が聖騎隊について何か知らないかを訪ねてみようと考えた。
「あの、セリスさん、ジンさん。」
「ん、何かなラド君?」
「聖騎隊について何ですが、隊員の名簿とかはあるんでしょうか?」
「随分とまた唐突だね。何かあったのかい?」
ラドは二人に、当たり障りのない範囲で簡潔に事情を説明した。
するとやはりと言うべきか、セリスは頭を抱えて考え込んでいたが、ジンは口に軽く手を当てて情報を整理しつつ、ラドの質問に応じてくれた。
「なるほどね。確かにそれは気になるところだけど、残念ながら聖騎隊の隊員名簿というのは存在しているのかさえも定かじゃない。それこそ、大司祭様のお膝元だからね。」
「やっぱり、そうですよね。」
「その人がどんな人なのかは知らないけど、大司祭様に直接お伺いすると良いんじゃないかな?以前なら無理な話で片付けられただろうけど、今の僕達の立場なら規則に触れない程度に教えて下さると思うよ。」
ラドも決してその考えが及ばない訳ではなかったが、この短時間でこれだけ考えをまとめて相手に伝えられるジンに感心した。
「分かりました。ありがとうございます、ジンさん。」
「どういたしまして。………ってセリスはいつまで考えてるんだい?」
「もーちょっと待って、いい考えが浮かびそうだから!むむむぅ………!!」
真剣に考えているセリスを尻目に、いつもの調子で肩を竦めるジンをなだめつつ、セリスにもう解決した事を告げる。
「セリスさん、考えて下さってありがとうございました。もう大丈夫ですので。」
「ガーン………。ごめんね、役立たずで………。」
セリスはよろよろと崩れ落ちて地面にのの字を書く仕草をするも、ジンはこれを無視してさっさと行ってしまった。
「あああっ、待ってよジンーーー!!」
執行として同じ部門員になる以前から組んでいただけに、二人の仲は良好だった。ジンのセリスに対する接し方は、傍から見ればそうは感じないだろうが、他の者には絶対に見せない特別な感情を含んでいた。
「ラド、口元が笑ってるよ。いい事でもあったの?」
「ええ、ありましたよ。」
微かに笑うラドの瞳には、毎日のようにウルと遊んでいたあの日の記憶が流れていた。




