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その男の名は

正体不明の漆黒の狼が出没した事件から数日、ラドは緊急警邏の為に、早朝から事件の発生した中央区のショップストリートを一人歩いていた。

無事に狼を殲滅したと聞きつけて、市民の避難が終わってから真っ先に彼女の元へと向かったのだが、奥から戻って来たウルは何故だか酷く気持ちが沈んでいて、生気が抜けた廃人のようになっていた。

肩の怪我を心配しつつ事情を聞くも、ただ一言「一人にして」と言い残してその場を後にしてしまった。

一体ウルに何があったのか、知りたくとも知る事は叶わず、ウルの力になれない自分を悔やんでいた。

しかし、いつまでも卑屈になっている訳にはいかない。ラドは自身の頬を二度叩いて気持ちを切り替え、警邏を再開する事とした。


事前に調べておいた危険そうな箇所を五つ程回ったが、事件からそれ程日が経っていないのもあってか、人が疎らであり怪しい人物がいればすぐ特定出来るような状況なので、ストリートの最終地点に到達するまでそれ程時間はかからないと思っていたが、いかんせん広大が故に結構な時間を労してしまった。

安全を確認し一区切りついた所で、小腹が空いてきた。近くの露店の時計を見ると、丁度十二時に差し掛かろうとしていた。

ラドは空腹を満たす為に最寄のカフェへと立ち寄ると、見知った顔の人達が一つのテーブルを囲んでいた。

何をしているのか気になったラドは、注文した後そのテーブルへ顔を出すと、見知りである配給部門員の数名がラドへと振り返った。


「おお、ラドいい所に!」


「クリオさん、一体どうされたんですか?」


ラドが偶然ここへ来た事が心底嬉しそうなクリオは、手招いてテーブルを指差した。促されるままテーブルを見ると、そこにはロッズとやたらと派手な炎が描いてあるパーカーにフードを深く被っている長身の男が座っており、テーブルの中央に置かれた食器の器らしき物に複数のサイコロを投げ入れていた。

何かの遊戯かと思ったが、場の空気に呑まれて口を閉じてしまう。


「出目は5。俺の勝ちだな。」


「くそっ、何で勝てねえんだ!?お前やっぱりイカサマしてないか!?」


「おいおい、アンタの運の無さを俺の所為にするとはセンスがないな。」


正論を突かれてロッズは黙りこくる。勝利の余韻を味わっていた謎の男は、ラドの姿に気付いたらしく首を動かしてこちらを見てきた。とはいえ、フードを深く被っているのもあってか、どんな顔つきなのかは分からなかった。

男は派手な上半身とは反対に下半身は驚く程地味で、灰色無地のぶかぶかのズボンを穿いており、お世辞にも服のセンスが良いとは言えなかった。


「おや、新客か。よう少年も一つどうだい?」


男は器から三つのサイコロを取り出して、宙に浮かせて遊んでいる。


「おお、ラドいい所に!俺の代わりにこいつを負かしてやってくれよ!!」


「え、えっと………一体どう言った経緯でこんな勝負を?」


ロッズが話そうとしたのを男が遮る。


「俺がちょいと遊ばないかって誘ったのよ。そしたらまあ、何度も負けるもんだから、しまいにはイチャモンをつけてきた………と。」


ロッズが視線を逸らしているのを見る限り、それが全てのようだった。しかし、それだけではラドが代わりに勝負する理由にはならない。男に自身が何故ここにいるのかを説明して、フードを取って顔を見せるようお願いしたが、男はこれを突っぱねた。


「嫌だね。」


「何故ですか?取っていただけなければ、こちらも貴方を疑わざるを得なくなってしまいます。一瞬だけでもいいので、お願い出来ませんか?」


「少年よ、俺は嫌だって言ってるんだぜ。聞こえてるのか?」


「ですが―――――」


男は、ラドの瞳の前にサイコロを突き出して煽る。直接口にこそ出さなかったが、従わせたければこれで俺に勝て。と、訴えていた。


「分かりました。では僕が勝ったらそのフードを取ってもらいます。」


「ああ、いいぜ。」


新しい相手が現れた事に喜びを隠し切れない男は、口元を歪ませて足を組みなおした。その際に木製のテーブルに膝が当たったらしく、器が音を立てて揺れた。

ロッズと交代して席に座り、注意深く男の周りを観察する。自信がありそうな態度からして、この遊戯は男の得意とする部類なのだろう。

ロッズの言葉を完全に信じる訳ではないが、イカサマをしていないとは言い切れない。どうにもセンスの偏った服装にも目を配りながら、男の言葉を待った。


「さて………少年は『チンチロリン』って知ってるか?」


「聞いたことありません。」


「ここよりもずっと遠い国で流行ってる賭博遊戯の一つさ。っと安心しな。金を取るつもりはないからよ。」


「ルールを教えてもらえますか?」


「OK。」


チンチロリンとは三つのサイコロを使って行う賭博遊戯の一つである。

器の中に投げ入れた出来役でその優劣を競う、単純で嵌りやすいルールが魅力の遊び。


出目:例として2、2、4と数字が出たとする。この場合、半端なサイコロの目である4が自分の役となる。補足として、出目が1の場合は即負け、反対に出目が6であれば即勝ちとなる。


アラシ:1、1、1などの、俗に言うぞろ目の事であり、本来のルールに則れば賭け金の五倍取る事が可能なのだが、今回は即勝ちとする。


シゴロ:4、5、6の連番。アラシと同じく、ルールを変えて即勝ち。


ヒフミ:1、2、3の連番。同じくルールを変えて即負け。


ブタ:いわゆる役なし。ただし、この場合に限り二回まで振り直しが可能。


ションベン:サイコロが器から落下すると出目関係無く即負けとなる。


以上のルールを踏まえた上で三番勝負を行い、先に二勝した方が勝者とする。


男は、分かりやすく且つ淡々とルールを説明した。慣れているだけあってか、一度聞いただけでラドもすんなりと理解出来た。


「なるほど………分かりました。では始めましょう。」


「ああ。先行は少年に譲ってやるよ。投げな。」


ラドは男から受け渡された三つのサイコロを、こぼさないように慎重に投げる。

サイコロは重力に従って器の中に入り、カチャカチャと小気味良い音を立てて暴れ回る。やがておさまり、三つの数字がその姿を現した。


「2、2、4………と言う事は、僕の出目は4ですね。」


男は無言で頷き、見物人達はささやかな歓声を上げた。しかし、まだこれで終わりではない。次は男の番だ。

男はラドからサイコロを受け取ると、実に慣れた手つきでサイコロを器の中へと放り込んだ。

回転したサイコロ同士が激しくぶつかり合って火花を散らしながら、器の中を縦横無尽に駆け回っている。

まるで手品でも見せられているかのような、その鮮やかな技に魅せられた。自信有り気の態度は決してハッタリではなかった。

やがてサイコロの勢いも弱まり、三つの数字が顔を覗かせる。


「4、5、6………悪いな少年。ジゴロで俺の勝ちだ。」


思っていた以上にあっさり負けてしまった。しかし落ち込んでいる暇はない。


「二回目、お願いします。」


「ああ。今度は俺からいかせてもらおうか。」


男は器からサイコロを取り出して、再び鮮やかに投げ入れる。がしかし、今度は調子に乗り過ぎたのか、サイコロの一つが器から飛び出してしまった。


「あっちゃあ………やっちまった。俺の負けだ。」


相手のポカとはいえ、一勝をもぎ取れた事に固唾を呑んで見守っていた配給部門の皆は、お互いに顔を見合わせて喜ぶ。しかしラドだけは、その表情を崩さなかった。

先制で一勝をあげていて、心理的に余裕があったからこその態度だと思ったが、わざとらしいその声色が妙に引っかかった。

ウルと毎日のように接していたおかげもあってか、ラドはその人物の声色で考えている事が大体読み取れるようになっていた。

おそらくこの男はわざと負けた。自分自身がイカサマをしていない事実を裏付ける為に。

ラドはそう仮定して、改めて周囲の様子を注意深く探った。すると、遊戯を始める前は薄ぼんやりとしか見えていなかった光景が、はっきりと見えるようになり、男のイカサマを白日の下に晒した。


木製のテーブル。執拗に見せない顔。上半身と下半身での服装の差異。テーブルと密着した膝。そして、大袈裟に回転させて器に放り込んだサイコロ。

ラドの頭の中で、全ての糸が繋がって一本の線になった。見えた、男の仕掛けたトリックが。


「………ははは。」


「うん、どうした少年?」


「ちょっと提案をさせてもらっても良いですか?」


「へぇ、面白い。聞こうか。」


こちらの意図が伝わるように、わざと大袈裟に器を自分の方へと寄せる。


「遠くてやりづらかったので、これでやらせてもらっても構いませんか?」


男は数秒間黙ったが、やがて口を開いた。


「いいぜ。」


「ありがとうございます。では、いきます。」


感謝をしつつサイコロを器に放り込んだ。再びカチャカチャと音を立てて暴れ回るサイコロの勢いはすぐにおさまり、結果を覗かせた。


「おおっ!!」


その結果に思わずロッズが大声を上げた。それもそのはず、ラドの出した目は先程男が出した数字と同じ4、5、6のジゴロであったからだ。


「僕の………勝ちですね。」


ラドの勝ち誇った態度に、男は声を張り上げて笑い出した。笑い過ぎだ、と言われるぐらい盛大に笑った。


「はははは!俺の負けだ少年、やるじゃないか。しかしまあ見破られるとは思わなんだ。」


「何っ、それは一体どう言う事だ!?」


ロッズが男に食い掛かろうとしたのを部門員が押さえつける。


「ロッズさんのおっしゃった通りだった。と言う事ですよ。この人は絶対に勝てない勝負を、まるで互角であるかのように『演出』していたんです。」


「正解。」


「なっ………やっぱりお前イカサマしてたんじゃねぇか!!」


「怒るなよ。それとも、今からイカサマするけど黙っててね。なーんて言うのか?」


男の言い分は尤もであったが、ロッズはやはり納得がいかないようだ。興奮しているロッズの代わりにクリオがラドに仕掛けの謎を問う。


「教えてくれよラド。一体どんな方法で俺達を騙したってんだ?」


「その答えは、膝とサイコロにあります。」


クリオは器の中からサイコロを一つ取り出して、皆に見せるようにして持つ。


「特に何もないように思えるけど………。」


「そのサイコロの四方角に、少量の鉄が仕込まれてるんです。」


「鉄だって!?けど、なんだってそんなものをわざわざサイコロの中に仕込むんだ?」


「こいつで動かす為よ。」


男は立ち上がって膝を上げて曲げて見せる。すると、膝からボタンぐらいの大きさの物が出っ張っていた。


「こいつは磁石じせきっつって、鉄を引き寄せる力がある優れものよ。」


男の発言で、クリオは気付いたようだった。


「つ、つまりテーブルの下からこの磁石じせきってやつで、サイコロの動きを操っていたってのか!?」


「ご明察。」


「その為にわざと足を組んで、膝がテーブルの裏にぴったりと付くようにしていたんです。そして磁石じせきの力が発揮しやすい、木製のテーブルがあるこのカフェを選んだ。とはいっても、そんな簡単に操れるような技ではないと思います。おそらく、何千、何万回と練習して、違和感無く自然に見せられるようになるまで仕上げたんでしょう。実際僕も全く分かりませんでした。」


だが、それだけではなかった。男はこの仕掛けに気付かれないようもう一工夫していた。


「さらに服装。これは直接的なタネが仕掛けてある訳ではありませんが、気付かれないようにするのに一役買っています。」


「そ、それってつまりどう言う事なんだ、ラド。」


「クリオさん、この方の服装を見て何か思いませんか?」


ラドの質問にクリオは少し首を捻るが、ありのままの思った事を口に出した。


「顔が見えなくて胡散臭い。それからやたらと目を引く、炎が描いてあるパーカー。ズボンは灰色無地で目立たない………あっ!!」


「そうです。人間は心理的に顔を隠されれば見たくなります。その心理に則り、あえてフードを深く被って顔を隠し、目立つパーカーを着ることによって、上半身に視線を集中させたんです。テーブルの下で行うイカサマを確実のモノにする為に………。」


男はラドの解説を聞き終えると同時に、軽い拍手を送った。指摘されないと言う事は、どうやら間違っていないらしい。


「本当、見事だよ少年。お前が初めてだ。たった二回で俺の仕掛けに気付いた奴は。」


「あんまり褒められても嬉しくはないですけどね。」


「俺の名前はレジー。レジー・ディーヴァだ。少年の名前は?」


「ラドクリフ・オーゲンスです。ではレジーさん、約束通りフードを取ってもらえますか?」


「ああ、ちょっと待ってな。」


レジーはフードを脱ぐフリをして、右足を思い切り地面に叩き付けた。その衝撃なのかは定かではないが、地面から熱を帯びた煙が充満した。


「うおおおっ、何だこりゃあ!?」


「っく、一体何のつもりですか!レジーさん!!」


ラドの叫びに返事はなかった。視界が晴れるのを待ってから周囲の様子を確認したが、既にその姿は見えなくなっていた。


「ああっ、あの野郎逃げやがった!クリオ、探すぞ!!」


「ええ!?おい、待てロッズ!」


クリオとロッズ、それに部門員の皆が散り散りなってレジーの姿を捜す中、ラドはその場に立ち尽くしていた。

レジー・ディーヴァ。彼は一体何者だったのだろうか。とてもではないが、ただの賭博好きには見えなかった。その上先程の熱を帯びた煙、あれは彼の能力リボルトなのだろう。

いつかは止むだろうと思っていた不吉な風は、止まないどころか熱風となって吹き荒れた。

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