続かない平和
数日後、ラドは体の調子が回復したウルと一緒に買い物すると約束した、ショッピングモールを訪れていた。
最近建造されたばかりで規模も膨大な為、人波が至る所に出来る程の賑わいを見せていた。
ラドとウルは離れ離れにならないよう、なるべく身を寄せ合うようにして歩こうと考えていたが、ウルの考えとは違っていた。
「ラド。」
名前を呼んで右手を差し出してくる。
「うん?どうしたんだい?」
「手、繋ご。昔よくやってたみたいに。」
「ええっ!?」
「嫌………かな?」
勿論ウルの事が嫌いになるはずは無いが、若干の抵抗感を感じずにはいられなかった。しかし冗談ではなく、確かに手でも繋いでいなければ間違いなくはぐれてしまう程の人混みであった。
ラドは手汗がないか自身で確認してから、おずおずとウルと手を繋ぐ。その手はやはり温かかった。
「行こうか。」
「うん。」
緊張のきの字も感じさせないウルとは反対に、ラドは慣れるまでの数分間ずっと人形のようにぎこちない挙動であった。
まず最初に、二人は洋服屋へと向かった。ラ・サネルと呼ばれるブランド品を取り揃えた人気店である。
ウルは身の丈に合った洋服やアクセサリーを真剣に物色して、その中で特に気に入ったとされる何点かをかき集めて試着室へと入った。
しばらくして試着室のカーテンが開くと、可愛らしいその姿がラドの眼を釘付けにした。
桃色のワンピースに貴重な鉱石であるコランダムをあしらった腕輪、そして頭に白色のベレー帽を浅めに被ったその姿が、歳相応の女の子らしさを際立たせていた。
「どう………かな?」
流石のウルも恥ずかしくなったのか、珍しく頬を少しだけ赤く染めてもじもじしている。
「うん、とっても似合うよ。」
「本当?」
「本当さ。いつもと違った雰囲気が凄く可愛いよ。」
「そう………なんだ。」
ウルはかすかに聞こえるぐらい小さく呟いた後、俯いて顔を隠したまま試着室へと逃げ込んだ。ラドはお世辞ではなく、本当に可愛らしいと思っていた。それに『昔』とは違った『今』のウルを少しでも知る事が出来るのが何よりも嬉しかった。
その後いくつかを試着したが、最終的には一番気に入った最初の組み合わせを購入した。次にラドの私服を見て回り、お昼にはレストランで食事をし、偶然開催されていたショーを見物したり………。当たり前の日常を過ごしているだけのはずなのに、ラドは楽しくて仕方がなかった。
隣にウルがいる。たったそれだけでいつもの日常がこんなにも楽しい。いつまでもこんな幸せな時間が続けばいいな。と、思わずにはいられなかった。
しかし残酷なまでに現実は、ラドに癒しを与えてはくれなかった。
二人がカフェで休息を取っている最中、ショップストリートの奥が騒がしくなってきた。それも歓喜の賑わいではなく、悲哀の叫び声。その負の感情の波はラドとウルを一瞬にして飲み込んだ。
「何だ………!?」
「向こうで何かあったのかな。」
「行こう、ウル!」
ただならぬ事態にラドには立ち上がって、ウルと共に恐慌吹き荒れる市民の波をかいくぐってストリートの奥を目指した。
「こ、これは………!?」
辿り着いたその先の光景に、思わず口を開かずにはいられなかった。
噎せ返るような血腥さと横たわる人達。そして、事切れた人を貪るように歩き回る三匹の漆黒の狼。こんな街中の中心地で、このような異常事態が起こっているというのが信じられなかった。
ウルは早々に能力を解放した。美しい漆黒の髪が白銀へと染髪されてゆく。戦闘準備が整うと同時に、ウルはラドに目で訴えかけた。ここは私に任せて、市民の避難誘導と安全確保をお願い………と。
ラドはそれを即座に察し、別れ際に大切な人の無事を祈りつつ速やかに行動に移った。
「僕は聖典教会の者です!!慌てないで、僕の指示に従って避難して下さい!!」
ラドの声が聞こえ始めたのを確認した後、ウルは漆黒の狼達の注意を引き付ける為に、それぞれの足元に軽い牽制弾を放った。三匹の狼達はウルに向かって遺体を放り投げて敵意の眼差しをむき出しにする。
「私が相手だよ。」
まるで人間に睨まれているかのような異質な感覚に気圧されるも、勢いよく地面を蹴って交戦を開始した。
まずは固まっている三匹の中心へ氣弾を撃ち込んで散開させる。
狼はそれぞれウルを取り囲むように連携を取って順繰りに攻めてくる。
大きく口を開けて飛び掛ってきた最初の一匹の口内に、握り拳程の氣弾を放り込んで返り討ちにし、すぐさま次に飛び掛ってきた狼への対処を行う。
連続して握り拳程の氣弾を撃てない為、体術で応戦する。
刃物より鋭利な大爪で引き裂こうとしてくるが、その一撃を体を大きくのけぞらせて華麗にかわし、まるでダンスを踊っているかのような美しいサマーソルトで、自身の小さな体と一緒に狼を宙に打ち上げる。
そして、宙に浮いている間に溜めておいた氣弾を、最後の一匹の頭を目掛けて発射した。
弾は見事狼の眉間に命中し、のたうち回って低い唸り声を上げる。
ウルは着地してから間髪入れずに素早く詰め寄って、追加の回し蹴りをお見舞した。
気合の一撃に狼は大きく吹き飛んで地面を転がり、建物の支柱に激突した。
その後宙を舞っていた一匹が、上に被さるように降り落ちた。しばらく様子を窺うが、痛手を負わせた三匹ともに立ち上がる気配はない。
しかしウルは万が一の不測の事態に備えて、それぞれに再度気絶する程度の氣弾を撃ち込んでから、一番近くの狼に慎重に近づく。
すると、触れようとした瞬間に狼は目を見開いて、鋭い大爪を伸ばして来た。
念を入れた攻撃の裏をかいた奇策に回避が間に合わず、服ごと肩を引き裂かれた。肉に食い込むその痛みを堪えて距離を取ると、他の二匹もふらつきながらもむくりと起き上がった。
ただの動物にしてはあまりに知恵が回る一連の行動に驚きつつ、ウルは肩の止血をしてから攻撃を再開した。
双方共に怪我を負っている所為か、その動きは開幕よりも大分落ちていたが、戦うには十分であった。
指先から氣弾の雨を一匹に浴びせて黙らせた後、ワルツを踊るように体を捻りつつ残りの二匹へと突っ込んだ。
一匹は正面から応戦する素振りであったが、もう一匹は側面に回り込む動作を見せていたのをウルは見逃さなかった。
側面に回り込もうとした狼に、回転で勢いをつけた足蹴りを放ってからバック転をし、迫っていたもう一匹の攻撃を華麗に飛び越して、そのがら空きの背中に氣弾を撃ち込んで吹き飛ばした。
狼達は今度こそ沈黙したのか再び立ち上がる気配はなかった。念の為今一度確認すると、死んではいないものの、もう息をするのもやっとといった状態であった。
とりあえず安心して能力を解こうとした矢先、奥からもう一匹、群れから離れていた漆黒の狼が姿を現した。
「まだ………!」
先手を打とうと氣を準備したが、狼は仲間が倒されているのを目の当たりにして恐れ戦いたのか、急速に反転して逃走を始めた。
向かって来るのかと、予想して構えていただけに出遅れてしまった。見失わないよう急いでその後を追いかける。
狼は小道路に入ってウルの追尾を振り切ろうとしたようだが、聖典教会周辺の地形に詳しいウルにとっては、その行動は何の意味も持たなかった。どんどん距離を縮めて、氣弾が届く間合いまで持ち込む。
走りながらだと狙いを定めにくいが、当てられない程ではなかった。
曲がり角を抜けた先の直線で撃つ為に力を溜めていると、狼が角を曲がったと同時に轟音と共に凄まじい熱気が押し寄せてきた。
何が起きたのだろうと急いで角を曲がると、そこには焼け焦げた狼と、一人の男が立っていた。
男はやたらと派手な炎が描いてあるパーカーにフードを深く被っており、顔までは分からなかった。
派手な上半身とは反対に下半身は驚く程地味で、灰色無地のぶかぶかのズボンを穿いており、お世辞にも服のセンスが良いとは言えない男であった。
ウルの存在に気付いた男は、振り返って陽気な声を出す。
「おっと、少女の獲物だったか。悪いな、急に飛び出して来たもんだからついやっちまったよ。」
「いえ、助かりました………。失礼ですが、貴方は?」
「それはこっちの台詞さ。少女こそ何者だい?」
「失礼しました。私はウルリリカ・エーテルハート。聖典教会に所属している者です。」
軽くお辞儀をするウルに対して、男はそれを手で制す。
「いやいやそこまで律儀に挨拶しなくてもいいって。それよりも、何だって街中に黒い狼がうろついてるんだ?そう言った行事でもあるのか?」
「申し訳ありませんが、私にも分かりません。突如として出没したもので………。」
「へぇ、そうなのか。そいつは知らなんだ。」
「それで重ねてで申し訳ありませんが、貴方は………?」
「さあて、ね。俺はただの賭博師さ。じゃあな少女。」
無関心。といった様子で背を向けて、軽く右手を振りながら静かに去っていった。ウルは結局、何故狼が黒焦げになっているのかを聞きそびれてしまった。
名乗らなかったフードの男は、底知れぬ何かを隠し持っているように感じざるを得なかった。
それよりも、この狼は一体どこから湧いて出て来たのであろうか。戦闘中には余裕がなかった為に気が付かなかったが、異様に体が太っているのが気になった。
まさかとは思うが、この狼達もイヴァムの放った刺客だという可能性も捨てきれない。報告して詳しく解剖してもらおうと考えていたその時、突如狼の黒い皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちた。
その後も凄まじい勢いで皮膚が剥がれ落ち、最終的にはその中身を曝け出した。
「人………間………!?」
理解したくない現実を目の当たりにして、しばらくの間ウルは動く事さえままならなかった………。




