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夕陽の笑み

エティーラの遺体を回収したラド達執行のメンバーは、翌日早朝に大司祭祈祷の間へと集合した。

ナーゲルはラド達に労いの言葉としばしの休息を取るよう伝えた後、どこか憂いを帯びた顔をしたまま早々と祈祷の間から姿を消した。

大司祭という立場上、様々な問題の処理や後始末で心労が溜まっていたのかも知れない。話をしている最中も、ずっと上の空といった様子であった。

突然のエティーラの飛散死。これがラド達にとって何を意味するのかは誰にも知り得ないが、生前エティーラが言い放った言葉から察するに、彼女の死は最初からイヴァムの計画の一端に過ぎなかったという事実であった。

そんなイヴァムの計画の全貌や、ジンの秘密など、ラド自身もっと追求すべきなのだろうとは思ったが、今は戦う事だけで精一杯。と言うのが本音であった。

付け加えるのなら、イヴァムに関しては情報が少な過ぎる為に憶測や仮説を立てる事しか出来ない。ジンに関してはウル同様、気持ちの整理がついてジン自らが話してくれるまで待っても遅くはないだろうと考えた。


皆が祈祷の間を後にする中、ラドはウルを誘って聖典教会リベル・サーンクトゥスの近くにある公園へ来ていた。昨日の今日でウルの怪我が完治する訳はないので、当然松葉杖をついてなのだが。

当初はラドがウルを背負って行こうかと思ったのだが、ウルに「断固として拒否。」と断られてしまった。

それでも、ウルの負担を減らしてあげられるよう色々考えたが、結局頷かれる事はなかった。

ベンチに二人で腰を下ろして自然を満喫していると、公園の奥からアイス販売の人力車がやって来た。

車夫の男性は木陰に車を置いてから看板を立て、今から仕事を始める準備をしている。

その様子をじっと目で追いかけていたウルにアイスを買ってあげようと思ったラドは、ポケットから財布を取り出して席を立つ。


「ラド?」


「ちょっと待ってて。」


早歩きで車夫のいる木陰まで行き、まずは訪ねる。


「あの、すみません。まだ準備中でしょうか?」


「おやいらっしゃい。別に構わないよ。何にするかね?」


「ありがとうございます。えっと………それじゃあ。」


ラドが選ぼうとした矢先、突然車夫がラドに向けて二つのアイスバーを突き出してくる。


「悪いね、兄ちゃん。彼女連れだとは分からなかったよ。ほれ、こいつはサービスさ。」


「あ、あのっ!別に僕は………!」


「ハハハ、いいっていいって。これはおじさんからのちょっとしたお節介さ。仲良くやんなよ?」


ノーク達の時もそうだったが、車夫にも勘違いされてしまった。やはり年頃の男女が一緒にいると、周りからはそう見えてしまうものなのだろうか?

ラドは車夫にお礼を言いつつ、若干顔を赤らめながらウルの座るベンチへと戻った。


「おかえり。」


「ただいま。はい、ウル。」


「………アイス?」


「うん。一緒に食べよう?」


ラドの手からアイスを受け取って、ウルは無言で首を縦に振った。


「おいしいね。」


「………うん。」


ラドは先程の車夫の発言に心をかき乱されて、思うように言葉を続けられなかった。

これもまたノークの時と同じく、ラドは自身の心の中で曖昧になっている部分を突かれると、途端にまごまごしてしまう。直さなければと何度も思ったが、そう簡単に可能なものならば誰も苦労はしない。


「ラド、どうしたの?」


普段と様子が違うラドに気付いたウルは、その顔を覗き込むように見る。

ラドは咄嗟に顔を伏せて何でもないと必死に否定するも、分かりやすいあからさまな態度で、何かがあるのはバレバレであった。


「嘘。だって、ラド変。」


「うっ………。」


「嫌じゃなければ教えて?私もラドの力になりたいから。」


ウルの真摯な眼差しに答えてあげたくなったが、言えるはずもなかった。何故ならば、それはラドの気持ちに関する話だからである。

少年期時代、ラドはウルを家族の一員として見て、接してきたはずだった。

しかし七年ぶりに再会してからと言うものの、大人になったウルに対して上手く言葉に出来ない「何か」を覚え始めていた。それは子供の時にはなかった特別な感情。その特別な感情が何なのかは、未だに分からないのだが。


「ラド、本当に大丈夫?」


「だっ、大丈夫だよ!何ともないから!」


「そう………。」


表情には現れずとも、残念そうな様子は汲み取れた。ウルを悲しませる事はしたくないのだが、こんな恥ずかしい話を対象である本人に話す訳にはいかなかった。


「ごめん。」


「ううん、私の方こそごめんね。誰にだって言いたくない事だってあるのに………。」


空気が重い。ラドは明るい話題に切り替えようと試みる。


「あ、あのさ!そう言えば最近中央区にショッピングモールが出来たらしいね。ウルはもう行った?」


「まだだよ。行きたいなとは思ってたけど、色々忙しかったから。」


「それじゃあさ、良かったらまた今度行かないかい?丁度大司祭様にも休息をいただいた事だしさ。」


「ん、いいよ。」


ウルの返事は即答だった。

別段今まで通りの会話のはずなのに、特別な感情を意識してからと言うものの、一つ一つのウルの反応が妙に愛おしく感じてしまう。


「そんなに嬉しかった?」


「うん、それは勿論だよ!ウルと買い物なんていつ以来だろう。」


「七年ぶり、だよ。」


宙に浮いた足をぶらぶらさせて、ウルは自分なりの嬉しさを表現する。昔からの癖で、椅子に座っていた際によく見せていた事を思い出した。

表面上では分からなくとも、内面は違わない。ウルはあの頃と何も変わってはいないと言う事実を改めて実感した。


「ラド、アイスが。」


気が付けば、ラドの持っていたアイスは大分溶けて液体になっており、棒から垂れて手に付着していた。


「ああっ、しまった………。」


「見せて。」


ウルはスカートのポケットからハンカチを取り出して、ラドの汚れた手を綺麗に拭いてくれた。


「いいよ、ハンカチ汚くなっちゃう。」


「ダメだよ。手、出して。」


言葉には言い表せないこそばゆさが、ラドの心臓を高鳴らせる。緊張のあまり思わず顔を背けてしまう。

ウルはそんなラドの気持ちはお構いなしに淡々と汚れを拭いていく。


「はい、綺麗になったよ。」


「ありがとうウル。」


どういたしまして。ウルがそう言い終えた時、公園の奥から一人の子供が半泣き顔でとぼとぼと歩いて来た。


「あの子、どうしたんだろう?」


「………迷子、なのかな。ごめんラド、私ちょっと行って来る。」


ウルは子供が心配になるあまり、松葉杖も持たずに立ち上がった所為で地面に倒れそうになる。ラドはその小さな体を抱きとめて松葉杖を持たせてやる。


「ありがとう。」


「気にしないで。あの子の事が心配だったんだろう?」


無言で頷く。子供を助けてあげたいと思うウルとは反対に、ラドは疑心暗鬼に陥っていた。

それもそのはず、以前商店街で同じような子供を助けようとしたが、善意を逆手に取られて殺されそうになった事があるからだ。

しかしウルが子供を助ける意思を示している以上、余計な口は挟めない。いざとなったら捨て身の覚悟で彼女を守ると腹を括って、二人で泣き出しそうな子供の傍へと近寄った。


「僕、どうしたの?」


体勢を変えるのも辛いだろうに、ウルは嫌な顔ひとつせず子供に目線を合わせて話しかける。


「お母さんが、お母さんが………!うっ、うっ………!」


「お母さんとはぐれちゃったんだね。でも大丈夫、お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に探してあげるから。」


「………本当?」


「本当だよ。だから、泣かないで。」


男の子の頭を優しく撫でて安心させてあげる。すると効果があったようで、男の子は自然と落ち着きを取り戻していた。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。」


「ハハハ、その言葉はお母さんが見つかってから受け取らせてもらおうかな。」


流石に片手しか使えないウルに、子供の手を引っ張って歩かせる訳にはいかないので、ラドが男の子の手を繋いでから母親探しを始めた。

しかし大した情報も所持していない上、男の子はここがどこかも分からないと訴えている為、想像以上に骨が折れると思ったのだが、公園の外に出ると意外と早く母親を見つける事が出来た。

どうやらこの親子は、ラドとウルが行く約束をしたショッピングモールを訪れていたようで、あまりの施設の巨大さと人混みに目を奪われている一瞬の間に人波に飲まれてしまった結果、はぐれてしまったようであった。


愛しの息子の無事を確認して泣き崩れた母親が平静を取り戻した後、男の子の元気なお礼を背に、ラドとウルは再び公園へと戻って来た。

親子の姿が完全に見えなくなってから、ウルはラドの肩へもたれかかった。


「ウル!?」


「ごめんね、ちょっと疲れちゃった………。」


怪我をしているにも関わらず、いつも以上に動き回れば疲れるのも当然であった。ラドは動けなくなってしまったウルを背負って宿舎へ送る事にした。

初めは拒否していたウルも致し方ないと思ったのか、最終的にはしぶしぶではあったがラドの背中に乗った。

七年前にも怪我をしたウルを背負って家に帰った事があったが、その時と変わらない、小さくて羽の様に軽いままであった。


「重くない?」


「全然。むしろ軽すぎじゃないかい?ちゃんと食べてる?」


「うん………。」


やはり疲労が溜まっていたのだろう。その受け答えには若干の重みを感じた。ラドもまた、ウルとは別の重みを感じていた。人を救う為の聖典教会リベル・サーンクトゥスが、助けを求める人を疑って最後まで親身になれなかった事を。

ラドは、過去の恐怖に怯える己の心の弱さを恥じた。そんな自責の念に駆られていると、ウルはラドの耳元で小さく語りかけた。


「ありがとラド。何だか私、ラドに助けられてばかりだね。日常の時も、戦いの時も………。」


「いいんだ、もっと僕を頼って欲しい。それでウルの負担が少しでも減ってくれるなら、僕も嬉しい。」


何か思い詰める事があるのか、ウルはラドの服のシワをぎゅっと強く掴む。


「またそうやって、無茶しようとする………。」


「いや、決してそんなつもりじゃ―――――」




クスッ………。




ラドには一瞬だけ聞こえたかすかな笑い声を聞き逃さなかった。まさかと驚いて顔を後ろに向けると、そこには目を閉じて安らかな寝息を立てているウルの姿があった。


「聞き違い………じゃないよね?」


問いに返事はなかったが、ラドは何故か凄く満たされていた。

夕日が彩る美しい町並みに風情を感じつつ、今更ながら気付いた背中の感触にどぎまぎしながら宿舎へと歩いて行った。

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