反攻
鉱山道を全力で駆け上がること数分。ラドとセリスはようやく石灰石の採石場へ辿り着いた。
まずは、複数ある採石袋の中から手頃な大きさの袋を拝借する。そして袋に詰める前に、確認しておきたかった事項の検証を行うことにする。
触れた物に力素を与える呪符の端を破って石灰石に貼り付け、事前に用意しておいた飲用の水を少しだけかける。
破ってしまっては呪符の効力が失われるかと思われたが、予想に反して大分効力は落ちたものの、十分な熱を発していた。これならば考えていた通りの作戦が可能だと、ラドは期待感を膨らませた。
「よし、これならいけそうだ………!」
「あ!そう言えばラド君、重要な事忘れてるよ!!」
「どうしました?」
「これせっかく集めても、どうやって入り口まで運ぶの?かなり重いよコレ。」
ここにもしジンがいたのなら、セリスに盛大な突っ込みを入れていたであろう。
何故ならば、先程駆け登った山道にはトロッコ用のレールが敷かれており、それをセリス自身も何度も見ていたからである。
レールは全て鉱山トンネル入口付近に向かって伸びており、ジンが戦いの場所を移してさえいなければ、ピンポイントで支援物資を届けられる。
ラドはその事について指摘するも、セリスはまだ疑問が残っている様子であった。
「それじゃあそれじゃあ!重い荷物を乗せたトロッコはどうやって動かすの?」
「そこで、セリスさんの出番ですよ。セリスさんの能力を行使してもらって、大風を起こして欲しいんです。」
「ええっ!?それは構わないんだけど………。」
お腹を押さえてラドをちらりと脇目で見る。その目は、食べ物を要求している目だった。
もしかして、トロッコを傾斜に押し出すだけの力が残っていなのだろうか。
「………もしかして、力足りませんか?」
「ううん、そんな事はないんだけど。その………今食べたいかなぁって。一発に全力を込めたいから。」
「分かりました。それじゃあ僕が荷を積んでる間に、英気を養ってて下さい。」
携帯用の軽食と先程使用した飲用水をセリスに与えた後、ラドは出来る限りの破った呪符を貼り付けた石灰石を袋に詰めて次々とトロッコに乗せた。
ここに辿り着くまでに大分疲労しているのも祟って、ラドの体中は悲鳴を上げていた。だがしかし、弱音を吐いている暇はない。この作戦はジンが倒れてしまっては意味を成さないのだから。
セリスが元気を取り戻してくれた今、これ以上時間を使う余裕はない。出来る限り力を尽くして、今自分に出来る事をただひたすらに取り組む。数分後、想定より時間を労したが積み込みは完了した。
ラドの作業が終了すると同時にセリスも食事を終えたらしく、ラドに向けて親指を立て、準備が出来た事を合図していた。
ラドは、トロッコに積んだ石灰石袋の山の上に飛び乗る。
「それじゃあセリスさん、お願いします。急勾配はないので脱線しないとは思いますが、適度に。」
「分かった。よーし、行くよ!!」
空間を指でなぞって再び水彩剣を取り出すと、目を閉じて頭の中で想像を膨らませる。イメージが固まった所で、セリスは大きく目を開いて水彩剣を大きく薙いだ。
「でええぇぇぇぇい!!!」
セリスのイメージである大風はうなりを上げて、数百程重量のあるトロッコをレールの傾斜地点まで一気に押した。
「セリスさん、力強すぎ―――――」
ラドの言葉はセリスの耳に届くことはなく暗闇の鉱山道に掻き消えて、迅速な速さでトロッコと共にレールを下っていった。ラドの姿が一瞬で見えなくなった後、その場に一人残ったセリスは小さく呟いた。
「やり過ぎちゃった………。」
凄まじい速度で坂道を下っていくトロッコに振り落とされないよう、必死にしがみついていること数十秒。
驚異的な速度のおかげか、ラドはあっと言う間に鉱山トンネルの入り口付近へと戻って来た。
そして奥には、まだ戦闘中のジンとエティーラの姿も確認出来た。
しかし驚いた事に、ジンには作戦の内容を一切伝えてはいないのに、レール上からエティーラを動かさないような立ち回りをしていた。
もしかすると、ジンには最初から全てお見通しだったのかも知れない。味方ならばこれ以上ないぐらい頼もしい存在だと、ラドは純粋に思った。
交戦中のジンとエティーラは、レールから響く耳を劈く音でラドの存在を察知した。
「姑息な真似をするわね。でも、無駄よ。」
エティーラはレール上にラドを閉じ込めた際に利用したのと同様の氷壁を生成して、ジンの猛追を払いつつラドへの対処を素早く行った。
勿論トロッコにブレーキなど存在しない為、このまま乗り続ければ氷壁に衝突する。その前にラドは荷を踏み台にして空高く跳躍した。その後トロッコは氷壁に衝突し、反動で積み込んでいた石灰石袋と共に飛び跳ねてラドと同じく宙を舞った。予めわざと袋は全て開いておいたので、空中には石灰石の雨が展開される。
「そんな礫で………甘く見られたものね。でも、奇襲としては合格点かしら。」
エティーラはラドの策略を鼻で笑って、その希望を打ち砕こうと自身の周りに雹を展開した。
それに対して、ラドはあたかも攻撃を仕掛けるかのような素振りで、障壁の呪符を前方へ突き出す。すると、エティーラはラドの攻撃が放たれる前に潰そうと考えたのか、雹を先に放った。
エティーラには、トロッコの攻撃が失敗した際に咄嗟に用意した、苦し紛れの一手に見えたのだろう。
しかし実際は障壁の呪符を取り出しただけなので、攻撃ではなかった。取り出した理由は別にあり、力素が加わった石灰石の熱に自身が焼かれない為であったのだが、どうせならとハッタリにも利用した。
その機転が功を奏して、石灰石が落ちてしまう前にエティーラに攻撃をさせる事に成功した。
放たれた雹が、空中に舞った呪符を貼り付けた複数の石灰石と接触して反応し、雹を打ち消すと共に辺り一帯を一瞬で煙に包み込んだ。
「まさか………これは!?」
ラドの細工に気付いたエティーラは即座に後退を試みたが、もはや手遅れだった。常人であればまず立ってはいられない熱にその身を焼かれ、よろめいて膝を突く。
その好機にラドとジンは障壁を展開して走りながら、対象の能力を封じ込める呪符を用意して吶喊した。
煙の中を動く二人の影を目で追っていたエティーラは、既に交戦する気はなくなっていた。
熱がひくまでの僅かな間とはいえ、今能力を行使しようにも雹の冷気より石灰石の熱が上回っている為意味を成さず、その上後退しようにも、体を焼かれて思うように身動きが取れない。
さらに前方から迫る二つの影に加えて、後方からもう一つの小さな影が接近している事に気付いたからだ。
まさに打つ手無し。あれ程有利だった状況を、たったの一度で覆されてしまった。
「参ったわね。完敗よ。」
ラド、ジン、そして後方から現れたウルの三人で呪符を展開し、エティーラを虹色の結界に閉じ込めて無力化した。
その光景を確認した後に、ウルは力尽きて地面に崩れ落ちた。
「っ、ウル!!」
視界にウルの姿が見えた時からずっと心配していたが、倒れた所を見せられては気持ちを抑えられるはずがなかった。ラド自身の体力も限界のはずなのに、それを全く感じさせない速さでウルの傍に駆け寄ってその小さな体を抱き起こす。
「ウル、しっかりして!」
「………ラド。」
「駄目じゃないか!こんなに怪我………してるのに!」
「それは皆も一緒、だよ。私一人が寝ている訳にはいかない………。」
「それでも!!ウル、僕に無理するなって言ってた君が無理してどうするんだよ、もう………!!」
心配が過剰なのはラド自身も理解していたが、どうにも瞳から流れる涙を抑え切れなかった。
感情の抑制が効かなくなってしまう程、ウルの身を案じている………と。
そんなラドの温かい手を握って、ウルは小さく口を開いた。
「ラドは泣き虫さん、だね。」
「ああ、そうだよ。僕は泣き虫なんだ。すぐ………っ、泣く!でも、僕が泣いてウルが無事なら、僕はっ………その度に何度でも泣くさ………!」
「………ありがとう、ラド。」
二人のやり取りを遠巻きに見ていたジンは、いつの間にか凶暴な鳴りを潜め、普段通りのジンへと戻っていた。
結界の中でしゃがみ込んで目を閉じたまま、抵抗する気のないエティーラを見下ろしつつ話す。
「さて、これからお前には色々話してもらうぞ。」
「嫌よ。大体、質問したいのは私の方よ。貴方も大概だけど、あの子。一体何なの?」
不満そうな態度を露にして、エティーラは顎でラドを指した。
「ラドか?」
「書の力で強化された私の雹を受けても、ただ一人だけ何とも無い。いえ………正確には違うわね。恐ろしい速度で傷が塞がった、と言った方が正しいかしら?」
「随分と曖昧だな。」
「分からないんですもの、当たり前じゃない。貴方は、何か思い当たる節があるんじゃないの?」
敗北している割には意外にも冷静なエティーラに図星を突かれて、ジンは若干動揺するも顔には出さないよう平静を装う。
「知らないな。それよりも、無駄口を叩く暇があったらさっさと立て。今からお前を聖典教会に連行する。」
「嫌って言ってるのよ。それに、もうすぐ時間なの。」
急に意味深な言葉を発するエティーラに、ジンは問い詰める。
「時間?どう言う意味だ。イヴァムの言葉遊びでも移ったか?」
「そうよ。と、言いたいところだけど違うわ。言葉通りの意味よ。」
エティーラは胸に手を当てて、静かに言い放った。
「貴方達が勝とうが負けようが、私はここで死ぬ運命だったって事よ。それじゃ、さようなら。イヴァム様………貴方様の計画の一端に携えた事、このエティーラの誇りです。」
そう空に告げたエティーラは、突如として結界を破って外へ飛び出して来た。
想定外の行動にジンは身構えるが、直後エティーラの体から多量の血が鮮血飛散し、絶命した。
「………っ何!?」
あまりにもありえない状況に唖然としつつも、ジンは地面に血を流したまま動かないその遺体を探ってみる。しかし、特に何かを仕掛けられた訳ではなさそうだった。
「一体、何が………。」
夜の肌寒い一陣の風が、まるでイヴァムの計画通りに事が運んでいるのを嘲笑っているかのように吹き荒れていた。




